馬鹿と天才と変態と純情は紙一重
コメディということで、いちおうちょっとしたオチはご用意しておりますし、それもおいそれとはバレさせない意外性のあるものとも自負してはおりますが……
超くだらないです。 ただのバカです。
くれぐれもお読みくださる際は、画面に向かっててツバを吐いたり、殴りつけたりすることのないよう、十分ご注意ください。
「ギャアアーッ!!」
あと15秒…… 今の俺には、それさえも気が遠くなるような長さだ。
俺の両腕に、牙にも似た幾つもの鋭い棘が食い込んでゆく。 何度も何度も、容赦なく。 腕から全身に飛び火する激痛――俺はその度に苦痛に喘ぎ、絶叫して身をよじる。 すでに肘から先の皮膚は全体的に血にまみれ、まともな肌の色をしている部分を探すほうが難しい有様だった。
こんな事を、なぜ俺はやっているのか。
罰ではない。 拷問でもない。
実は、俺が必ずしもこんな事に耐え続けなければならないということはなく、止めようと思えばいつでもで可能な「戯れ」に近いことだったのだ。 だから、そもそもやらない事を選ぶことだってできた。
事実、始まってから今までずっと、「もうやめたい」という思いが、一秒の間にさえ何百回と巡るように浮かんできていた。 『意識』のレベルで言うならば、この時点でもういつギブアップしてもおかしくない状態だったはずだ。
だが――
『頑張れ、あと10秒! もう少しだー!!』
『Heeeeey! ブライアン!! Go,Go,Go,Go……!!』
晴天の広場で――囲むように周りに群がって俺を励ます観衆の声が、ギブアップの選択を許さない。 もっとも、今の俺にとっては、もうそれらの声も辛うじて耳に届く程度の状態だったが。
「ぐっ…… アァッ!」
声が、視線が、どこまでも俺を触発する。 俺は「もうやめたい」意識に逆らって、自ら向かっていった。 変わらず次々と落下してくる重さ1キロをゆうに超す棘の塊を、肩まで伸ばした金髪を振り乱しながら、進んで両腕で受け止めていった。 無意識に差し出す両腕はさらに深く傷を負い、生々しく赤みを増した。
俺のことを「変態」とでも呼ぶならそれもいいだろう。 否定はすまい。 「俺の目的」の達成の為にとるべき行動としては、何もこんな痛みを伴う事を選ぶ必要はなかった。 いくらでも他にやり方はあったのだろう。
だがあえて今こうしていることを選んだのは、紛れもなく無意識レベルでの「欲求」に突き動かされたからに他ならない。
新しい世界を切り拓きたいと願う欲求。
自分を根底から変えたい欲求。
そして、生きる喜びを感じようとする欲求。
俺は俺自身の「欲求」を満たすために、必ずこの試練に勝つんだ……!
「ウオオオオオオッ!」
集中力のなせる業か、あるいはいよいよ限界が近いか――観衆のカウントダウンがさっきまでよりも遠く聞こえる。 それでも俺は次々に腕に降り注ぐ「凶器」をなおも必死の形相で受け止め続けた。 落ちてくるものを、ただ受け止めて弾き返す。 それだけを考えて。
そして……
『ピーーーーッ』
1分が経ったことを知らせる電子音が、ついに俺のいる付近全体に響きわたった。 それと同時に落ちてきた最後の棘は、俺は何のためらいもなく見送った。 それもそうだろう、俺はマゾヒストじゃないんだから。
観衆からは一際大きな歓声が届く。 俺はそれに両手を振って応えたかったが、今までさして気にならなかった痛みがここで波を打って激しくなったため、手を挙げるどころか傷だらけの両腕を抱き込むように前かがみになって顔を歪めることしかできなかった。
だが、俺はやり遂げた。 このなんとも言い表すのが難しい絶頂感――体は傷みきっていながら、この精神は反対にみるみる洗われてゆくようだ。
これで「俺の目的」にも、いくらか近づく事ができただろうか。 そんな事を考えていると、周りの人間の中から一人の男が出てきて、俺に近づいてきた。
「エクセレント! おめでとう、ブライアン=マクレガー君! チャレンジは成功です!!」
だが俺はあまりの痛さと興奮から極限状態にも近く、とても満足に受け答えできる状態ではなかった。 一言二言、何と言ったのかも怪しいような返事をかえすのがやっとだった。 正装した目の前の中年の男はそれを察してくれたのだろうか、それ以上俺に構うことなく、今度はその場の全員に対して、野太い声を張り上げた。
「皆様、おめでとうございます! あなた方は今まさに、新たな歴史の1ページをその目で目撃した幸運な人間であります! 我々シグネウス(SIGNEUS)社はその誇りと理念の名の下に、ただ今のブライアン=マクレガー氏のチャレンジを、『地上10メートルの高さから落とされるドリアンを1分間で世界一多くレシーブした人間』として、シグネウス公認の世界記録と認定致します!」
その瞬間、全員の気持ちは最高潮になったようだった。 俺自身もそう――達成感や陶酔感など、ありとあらゆるポジティブな感情が、ようやく今この瞬間、はっきりとした形になって感じられるようになった。 ダラリと下がったままの腕にはまだ相変わらず激痛が走っているが、自然と笑いは止まらなかった。
続いて俺の元にやってきたのは地元のインターネット放送局クルーだ。 もともとどこから聞きつけたのか知らないが、わざわざ駆けつけてきていた。 どうやらこの俺の挑戦を、全世界に配信するつもりらしい。 俺は快く承諾した。 「目的」のためには、その申し出はこちらとしてもこれ以上なくありがたいことだった。
「コングラチュレイション!! やりましたね、マクレガーさん! さあ、ワールドレコード保持者となった今の心境は?」
TVクルーの中の、スーツ姿の若い男がマイクを片手に話しかけてくる。 さて俺の方は、今はだいぶ呼吸も落ち着き、まともに喋ることくらいはできそうだ。
「Yeah,本当に最高です。 これでまた少し、自分の前に道が拓けたような気がしますね」
カメラの前で必死に平静を装って答える俺だが、結局、自分で思うよりも数倍おかしな表情を世界に向けて晒していたのだろう。 だがそんな俺にも、周りからは惜しみない賞賛の拍手、歓声が送られてきた。
俺はこのチャレンジが間違っていなかったと、心から思えた。
そう、俺が目的としていたものに、大きく近づけたという実感がわいた。
リポーターは続けてしゃべる。
「さあマクレガーさん、あなたは恋人を広く募る目的でこのチャレンジを決意されたそうですが?」
「ええ、シグネウスの世界記録で有名になれば、それだけ出会いのチャンスも増えると思ったんです。 それに姉には『あなたにはワイルドさが足りない』とさんざん言われていたのでね。 加えて自分のタフネスをアピールできるチャレンジをしたいと考えた結果、これに行き着いたんです」
「なるほど、では今回『地上10メートルから落下するドリアンを1分間に53個レシーブした』記録を達成されたということで、これは満足の行く結果だったように思いますが、いかがですか?」
「ええ、でもこれがまだ第一歩でしかないことは理解しています。 目的を果たすためにやらなければならないことは、たくさんあるでしょうから」
そうだ、こんな事が俺のゴールではない。 俺は「とにかく彼女が欲しい」、その一心で、やった事もないバレーボールの特訓もしたし、さっきまでのチャレンジ本番にしても想像以上の痛みに53回も耐えることができた。 だが今回のチャレンジはあくまでゴールへと走り出す助走の作業に過ぎないことを、俺自身忘れてはいけないと思っている。
「うーん、さすがUCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)に籍を置くインテリといったところでしょうか? 今回の一見おバカなチャレンジにも、こんな確かな論理があったんですね」
リポーターはニコニコしながら俺の隣で頷いていた。
1分か2分か、手短にカメラの前でさらに話を交わした後、TVのクルーは去っていった。 この場の観衆も今ではずいぶん人数が少なくなったようだ。 ようやく俺に本当の安息が訪れた。 用意していた折りたたみ椅子にどっかりと腰を下ろし、体内の全てを吐き出さんばかりの、激しいため息をついた。 今の俺にはこれまで味わったことのない、大きな安堵感がある。
さて、なんとか今日、ウィルダネスとタフネスを周り(の女性)に広くアピールすることには成功したと思う。 だがさっきリポーターにも言った通り、これはまさにほんの第一歩、チャンスメイクに成功したに過ぎない。
この自分で作ったチャンスを活かし出会いをものにしてこそ、この挑戦に、この記録に、はじめて価値が生まれるとさえ思っている。
さらにそこへ、かなり整った容姿と胸元を開いた格好をした女が、救急用品を片手にクネクネと歩み寄ってきた。 俺の腕を手当てしてくれるこの女は、俺の同級生だ。
彼女は俺の腕に精一杯優しく消毒液を垂らしながら「グッジョブ、とてもクールだったわよ」などと気の利いた言葉も一緒にかけてきてくれた。 「あなたがこんなにユーモラスな人だったなんて知らなかった」とも。
そして、
「ねえ、もし良かったら、そのうちカフェか何かでまたお話しない? 何だかあなたのこと、もっと知りたくなったの……」
とも言った。
それを受けて俺は、彼女に向かって微笑み、言葉を返した。 答えはもちろん……
「ハッハッハッ…… ノーサンクス」
多少顔が良かろうが、俺の一世一代の真剣な挑戦を見てゲラゲラ爆笑していたような、感性の狂った女なんかに用は無い。 まあカリフォルニア大学にはちょっと変わった人間が集まりがちだから、俺の同級生といえば大概こんなものかな。 とにかくこの女には、笑わせてくれる男がお望みなら一回でも多くL.A.のシアターに足を運べ、と言いたい。
断りの言葉を聞いた女はなぜか残念そうに唇を噛みしめたように見えた。 かと思えば、何事も無かったかのように、また俺の腕に消毒液を塗りつけ始めた。
その手つきがさっきよりやけに荒くなったと感じるのは、気のせいだろうか。
しかしまあ、今の俺はそんな「どうでもいいこと」に気を割いてなどいられない。 せっかく今日自力で掴んだビッグチャンスを、なんとしてもいずれモノにしなければならないのだ。 そうでなけりゃ、とてもチャレンジが成功したとは言えない。
『来るべき日のために今後は何をすべきか』 紙とペンさえあれば解ける試験問題――それなんかよりはるかに難解な、答えすら明確でない課題が山ほどあるのだから。
「はいおしまい! それじゃあ、また明日!」
手当てを終えてそそくさと去っていく女は、声もかけづらい程にどこか恐ろしげな雰囲気で、俺は無言で見送ることしかできなかった。
広場の片隅ではリポーターが一人、カメラに向かって締めくくりの言葉を展開していた。 だが俺の今回の挑戦と同様、これは彼らにとっても「終わり」とはなりえないのだろう。 明日も明後日も、苦労して映像をかき集め続け、放送し続けなければならないのだから。 それはある意味では、ずっと、継続的に挑戦を強いられているようなものなのかもしれない。
さて、俺もそんな彼らには負けていられない。
「明日からの挑戦」に向けて、今から気持ちを調えておかないと。
力強い日射しの中、俺は勢いよく反動をつけて折りたたみ椅子から立ち上がった。 そして畳んだその椅子を片手に抱え、確かな決意に彩られた精悍な表情を意識しつつ、颯爽と歩き出した。
そう、俺の挑戦は、まだ始まったばかりだ――
「というわけで、今日見事に世界記録を達成したブライアンさんですが、いよいよ明日が本番であります。
『地上10メートルから落下するドリアンを1分間にヘディングシュートした回数』の世界記録に挑む、彼のスーパー・デンジャラス・チャレンジ! 我々WSC(ウエスト・サイド・チャンネル)は明日、なんとその模様をリアルタイムでお届けいたします! ご期待ください!
それでは今日はこの辺で失礼。 以上、リポーターは私デヴィッド=ハンプトンでした。
明日までごきげんよう、See you!!」
そう、俺の挑戦は、まだ始まったばかりだ――
‐THE END‐
とにかくお目汚しすみませんでした。
しかし、できることならなんとかこれをもっと面白く作り変えてみたいとも思っておりますので、是非とも苦言なり助言なりを頂戴できれば幸いです。
最後までお読みくださった方々、本当にありがとうございました。