そのさきにみたものとは
彼女はわからなかった・・・
「何がいけないの?」
罵詈雑言を吐かれ、さらし者にされ彼女は姿を消した。
人は限りある命の中で喜怒哀楽のある人生を送る。
ある人は愛するものと寄り添い歩む人生を選び、ある人は地位や名誉のために
身を粉にして歩む人生。どれも間違いではない。でも、共通するところがある。
それは、”必ず死が訪れること”・”抗いようのないこ”・”選択できること”
生きていることが素晴らしい、尊いものと人々が考えるのは終わりがあるからだろう。
だが、必ずしもそうとは限らない。それなのにそう考える者が多いからその者たちの声が
大きくなり、常識として絶対的価値観になっている。
だから人々はその終わりを恐れ、権力者は自分の影響力を永劫のものとしたいがために
古より”不老不死”を研究してきたが、それが実現したことは史実ではない...
しかし、史実が世の中のすべてを物語っているわけではない。史実は歴史の中で
起こった出来事の一部を伝えるものであり、小さな出来事や資料として残されてい
ない出来事は、一般的には知られないし、なかったこととして扱われる。
そんな史実にはないが実在した少女が見た世界のはなしをしよう。
「また始まったよ!アースばぁさんの作り話。」村での日常茶飯事。そのお婆さんは
村の人々に疎まれていた。その日常が始まったのは30年前。
ある日突然現れたそのお婆さんは、「やっと戻ってこれた。生まれ故郷に...より
どころはここしかない。」と呟き、その場に倒れこんだ。
突然倒れたので周りにいた村人は大慌てでお婆さんに近寄ると、お婆さんは静かな寝息を
立てて寝ていたのである。
「急に倒れるから死んだのかと思ったわ!」最初にお婆さんに遭遇した村人の村のお調子
者のケイトはそう言って、周りの人たちを笑わせた。
「とりあえずわしの家に連れて行こう。一応何かあると大変だからガイフを連れてきてくれ。」
と村長が町医者のガイフを家に連れてくるよう促した。
「なんて倫理のない人なの!」「生命への冒涜だ!」「僕はこんなことは望んでいない。
さよなら...」
涙とともにアースは目を覚ました。これまでのことが走馬灯のように思い起こされ
アースは感傷に浸り、あたりを見渡した。整って物の少ない部屋。部屋の真ん中には
丸い木でできたテーブルとそれに合ったいくつかの椅子。その椅子の一つには白衣を着た
初老の老人がこちらを見て微笑んでいる。
「おや、気づかれましたか。」扉から入ってきた、いかにも田舎の町にいそうな
穏やかな表情の初老の男がアースに向かって話しかけた。
「私はこの村の村長ボーダです。そしてあそこにいるのは町医者のガイフです。
あなたは村に着くなり村の入り口で倒れて寝てしまったので、私の家まで運びました。
あなたのお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
ボーダは丁寧な自己紹介をしアースの警戒心を解こうとした。
「私はこのメルグ村出身のアースと申します。大変ご迷惑をおかけしてしまって申し訳
ありません...」そう言い終えてアースが顔を上げるとボーダとガイフは顔を見合わせ、
そしてアースにこう問いかけてきた。
失礼ながらあなたがこの村にいたのは何年前のことですか?」
ボーダは探りを入れるように彼女に尋ねた。
彼女はしばらくの沈黙の後口を開いた。
「すみません...実は何年前とかはおぼえてないのです。幼いころにここにいたという
記憶だけはあるのです...」と彼女は目を泳がせながらボーダの問いに答えた。
「そうでしたか、少し疲れがとれましたら久しぶりの故郷を散策でもしてみてください。
私とガイフは用事がありますのでこれで失礼しますね。ここに置いてある物はお好き
に使ってください。」
ボーダはガイフを連れて外へと出て行った。
家からしばらく離れたところでガイフが口を開いた。
「アースという名前、もしかして伝承にあるあの人物じゃないのか?だとしたら私たちは
とんでもない人を助けてしまったことになるぞ!」とガイフは怯えと怒りに満ちた表情
を浮かべボーダに詰め寄った。
「そんなわけないだろう!あの伝承は400年も前の話だぞ!人がそんなに長く生きれる
わけないし、あんなものは迷信だ。たまたま名前が一緒なだけだろう。でも村の外から
来たわけだから、一応行動を監視しておいたほうがいいかもしれないな。」とボーダは
まるで自分に言い聞かせて動揺を落ち着かせるようにガイフをなだめた。
二人が動揺したのも無理もない。このメルグ村の伝承の第4章に”災いの少女、アー
ス”という章があったのだ。伝承にはこう綴られていた。
第4章”災いの少女、アース”
山に囲まれ、農作をして暮らしているメルグ村は争いごとからは縁遠く、皆こころに
余裕があり、貨幣での取引ではなく物々交換をして生活していた。ある日、村の発明家
トリオが王国への出向から戻ってきた。トリオが王国へ出向したのは5年前。村ができ
てまだ間もないころ、当時18歳であった青年は5年の月日ですっかりと大人になった
姿で帰ってきた。その手に...”災い”を連れて...
トリオの右手には小さくか弱い手で一生懸命にトリオの右手を握っている顔の整った
可愛らしい少女の姿があった。
「トリオ、お前さんまさかその子を攫ってきたんじゃないだろうね!」と村のお節介
おばちゃんがトリオを茶化した。トリオはあまり社交的な性格ではなかったのでおばち
ゃんの茶化しにたじろぎながらも「この子は特別な子なんですよ。」と一言言って自宅
の方角に向かって歩いて行った。