溺れたら最悪だ
そういえば、秋月 白に話しかけられて直前の準備体操がおろそかになってしまっていた。そう思ったのはふくらはぎがつってからだ。
しかも折り返し地点の岩のところでつってしまったのだからたちが悪い。
(溺れたら最悪だ)
ここで溺れたら最後、シナリオの強制力でここからもっとも遠い小島にとばされてしまう。
(がんばれ! 気合でがんばれ私!)
気合で何とか……ならなかった。
……
「うう……は!」
気を失って気が付けば小さな無人島だ。想像以上に絶望感がひどい。
ここからだとさっきまでの遊泳エリアは遠くに小さく見えるだけだ。
(ああ、どうしよう!)
設定集ではどうやって助かったと書いてあったんだっけと頭を巡らす。
攻略対象はどうやって主人公を助けたんだ!
「おや」
私の背後から声がかかる。
この柔らかな耳障りのいい声はまさか……。
「おぬし、気がついたのか?」
月下白露様でした! ありがとうございます!
(え、え、好感度って月下白露様の? それとも私の?)
私からの好感度なら振り切れていますよ! ウェルカム!
月下白露様は私の姿をみて朱が入ったようにその顔を赤らめる。
「なんという姿をしている……。嫁入り前のおなごが肌をさらすものではない」
……このスクール水着のことでしょうか。
月下白露様がいらっしゃるとわかっていたのならビキニにしてきましたよ。
月下白露様は顔をその衣の袖で隠して恥ずかしそうにしている。
狐耳もふにゃんと垂れ下がっている。
(ん。んんんー!)
しっぽが……揺れてませんか! 可愛すぎませんか~!
私がしばし照れ顔を堪能していると、月下白露様は伏し目がちな流し目を送って言った。
「もしかして……漂流したのではあるまいな」
まったく、その通りです!
溺れて良かったなと思っております!
「……送ってやろう」
ええ! そんなことできるんですか! さすが半分仙人!
……一番のチートではないだろうか。
私が尊敬をこめた熱いまなざしを送ると月下白露様は小島の祠に向かって指を掲げた。
(ん?)
きらきらと草露のような透明な光の粒が祠から流れだし、私の体を包んだのだ。
(忘れてた! ここはゲームの世界なんだった!)
もはやファンタジー。
ていうかまって! 帰る前にもっと推しを堪能させてください!
「そうだ、言い忘れておった」
吐息のようなボイスで月下白露様の声が耳元に聞こえる。
「黒い菓子、なかなか美味であった」
(ああ!ありがとうございます!)
きらきらーとエフェクトとともにさっきまでのビーチに帰された。




