蒼輝蜘蛛になる
茜が俺の家に住み始めて1週間が経った。最初は色々と戸惑ったが今ではそれなりに楽しい生活を送れてると思う。先日の一件で俺は俺に対する茜の気持ちを知った。正直意外ではあったが素直に嬉しかった。人に好かれるのも悪くないな。
「来週テストだから今日からは更に勉強に気合を入れるよ!」
うわーめんどくさい…毎日3時間は勉強させてくるのに更にだと?
「そっかーじゃあ頑張ってねー。」
付き合ってられない!俺は逃げる!
「蒼輝くんもやるんだよ?」
ヒィッ!茜の後ろに鬼が見える。こ、殺される…!
「そもそもなんで俺も勉強しないといけないんだ!」
「そんなのいい成績を取るために決まってるじゃん!成績が良ければ給付金がもらえるし!」
成績優秀者には無償で給付金が与えられる。茜はお金に困ってるからな。言ってしまえば成績は茜にとっては生命線のようなものなのだろう。
「それに、ちゃんと勉強しないと大学受験で苦い思いをすることになるし。」
茜は大学に進学するのか…
「俺は別に成績とか気にしないし、大学行きたいとも特段思ってはいねぇーんだよ。」
将来とか考えるのも面倒だ…
「ちゃんと将来考えないと苦労するよ?いい就職先が無くて、低賃金ブラック労働の職業に就く羽目になるよ?」
それは嫌だな…でもそこは大丈夫なんだよな…
「大丈夫だよ。そもそも稼ぎがないのにどうやって俺が生活費や学費を払い続けてると思ってるんだ?」
「あ、確かに…言われてみればそうかも。バイトとかもしてないのにどうやってお金を手に入れてるの?…まさか強t…」
「違うわ。そんなことする人間に見えるか?見えるな…でもしてないから!」
「一人で何言ってるの?」
ですよねー…自分でも馬鹿だと思います。
「一応お金は持ってるから大丈夫だよ。」
「本当に?今あっても働かないと将来どうせ足りなくなるよ?」
「そこも大丈夫だ。俺の口座には一生遊んで暮らせるだけの金が入ってるからな。」
「…え?」
「…え?」
どういうこと?一生って…は?え?
「ちなみにいくらくらい入ってるのかな?答えたくないなら答えなくていいよ!」
ま、まあさっきのは多分いつものおふざけだよね…
「えっと…確か…あと269億円くらいだったはず。」
…………ふぇ?
聞き間違いかな?そうだよね!聞き間違いだよね!
「269万かー確かに結構あるけどそれだけじゃこの先」
「269億な。単位間違えてるぞ。」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
269億って人生何回分だよ!
「いきなり大きな声出すなよ。」
「無理があるよ!声出ちゃうわ!269億だよ?そんなお金どっから手に入れたの!?やっぱり強t」
「だから違うって!一回落ち着け!」
「落ち着いたか?」
「う、うん…少し冷静になったよ。」
269億円という額に腰が抜けそうだけどそれよりもいったいどうやってそんなお金を手に入れたのか。蒼輝くんは高校2年生。つまり今年で17歳。17年しか生きてないのに269億円もどうやってお金を稼いだのか。それも5歳までは孤児院に入ってたわけだし5歳以降?にお金を稼いだとしてもその年齢でどうやって…
「まあ、びっくりもするか。」
「そりゃするよ!宝くじの1等すらしょぼく見える額だよ?」
「まあそうだよな…」
ため息混じりにつぶやく。そこから蒼輝くんは私の目を見て口を開ける。
「俺は生きるのに必死だった。必死だったが故になんでもした。なぜ俺がこんな目に遭っているのか。なぜ俺がこんなに忌み嫌われているのか。なぜ何も悪いことをしてないはずの俺がこんなに苦しめられるのか。…悔しかったんだ。だから俺は人間としての道徳も感情も捨てて俺を苦しめた張本人に復讐をした。」
「張本人…?」
蒼輝くんを苦しめた張本人ってことは…お父さん?
「まあそこから色々あって大金を手にしたんだ。一応お金に関してはちゃんとした契約の下手に入れたからお金は違法な手段で手に入れたわけじゃないよ。」
お金は…か…
「ま、まあなんにせよそれだけあればお金には困らないね!」
「…そうだな。」
「なあやっぱりここに住むのやばくないか?」
「そう?」
いや、そうだろ。逆にどこをどう考えたらやばくないように感じるんだ?茜の頭ん中随分と愉快な設計してるな。
「一応学生なんだぜ。バレたらやばいって。この前だって…」
『最近茜なんか変わった?』
『変わったって、どんなふうに?』
『うーん。なんか前と比べて毎日が楽しそう。彼氏でもできた?』
『ブフォォ!な、何を言ってるの?ベ、ベツニナニモナイヨ。ホントダヨ。マサカオトコナンテ。ワタシトソウキクンハホントウニナニモナイヨ。』
『な、なんでカタコト?というかそーきくん?誰それ?』
「あの時はごめんってー!動揺しちゃってちょっと頭がこんがらがっちゃって…」
「まあ仕方ないよ。次からは気をつけてね。下手に意識するとボロが出ちゃうと思うし、そう言った話を極力しないようにすればいいと思うよ。………ちょっと待って…俺クラスメイトに名前覚えられてなくね…?」
待ってなぜこのタイミングで傷つく羽目になるの?正直俺との関係がバレそうになることよりもそっちの方が気になるんだが!
「うん!蒼輝くんのいう通りにしてみるよ!………あれ?蒼輝くん聞いてる?おーい。あれ?おーい…」
マジか…俺ってやっぱり存在感ないんだな。まあわかってたよ。正直目立つの苦手だしこれでいいんだけどさ…いいんだけど現実ってやっぱりキツくね?
「私、蒼輝くんと一緒に過ごせて楽しいよ。確かにいいことではないかもだけど、好きな人と一緒にいたいって思うことはおかしなことなの?」
「………」
まったく…罪なやつだ…
始まってしまう。地獄のデスマーチが。今日は月曜日。そしてテスト当日である。テスト自体が嫌いなわけではない。適当にやれば楽なもんだ。しかし問題はそこではない。そう問題は今日が月曜日ということ。そしてテスト当日は本来なら午前中に学校が終わるものなのにも関わらず、なぜか今回は午後にしっかりと授業が入っていやがる。
くそ!やられた!どうしてこうなる!もはやいじめではないか!これがこの学校のやり方か!ちくしょう…学校が憎い…社会が憎い…俺はカッコいい…勉強が憎い!
「はーい。机上の物と机の中身を整理してー。テスト配るぞー。」
うるせぇ!こっちはそんな余裕ないんだっての!今現実と頑張って向き合おうと心の整理をしてんだよ!大体机の中に物を入れ忘れてるやつとかいないだろ。あ、テスト用紙回ってきた。仕方ない…とりあえず解くとするか。
…………あれ?筆記用具は?あれ?あれ?
机の上にはテスト用紙以外何もない。
いや、この流れだと普通机の中に物入れっぱなしだったとかのパターンだろ!まさかの逆パターンあるのかよ…
や、やるしかない!先生にバレずに筆記用具を手に入れるしかない!
だがどうする。現在筆箱の位置は別教室。不正を防ぐため、物は全て別教室に置くことになっている。そのため自分の筆記用具を手にいれるのは不可能だ。だとしたら監視役の先生からバレずに奪い取るか。しかし先生が持っているのはボールペン。ボールペンで解答したら流石に変だ。
やるしかないのか。陰キャぼっちがやるにはハードルの高い技だが…
俺はそっと右手を挙げた。
「どうした?」
先生が聞いてくる。
「お腹が痛いです。」
やるしかない!外に出るにはこれしかない!だが…
「お前まだテスト始まって3分だぞ。先に行っとけよ。」
仰る通りです。だが仕方ないんだ!流石の俺も補習とかは受けたくない!
「はぁ…仕方ない。別の先生がつくから行ってきなさい。」
「すみません。」
これで良し。これでとりあえず外には出れた。だが問題はここからだ。トイレに行く際は監視役として先生が同伴する。トイレの中までは流石に入って来ないが入り口で居座られるせいで筆記用具を取りに行けない。じゃあどうするか。簡単だ。本来は使わない移動方法をすれば良い。
トイレには基本窓がついている。これは衛生上の理由だが、これを利用させてもらおう。
窓から教室の人にバレないように出る。ここは2階。落ちたらひとたまりもないだろう。だが臆さず壁を渡っていく。
のんびりもしてられない。時間がないからな。少々急ぐか。
あと10数メートルほど移動すれば筆記用具が確保できる。
3秒でいけるな。
壁を音も立てずに走りながら荷物を置いている教室の窓まで移動する。
やはり鍵がかかってるな。鍵の種類はクレセント錠。この類のやつは若干だが隙間があって外からでも道具があれば開けることができる。しかし問題は道具だ。細く丈夫なものがなければ開けるのは困難だ。だからさっき先生が持っていたクリップを利用させて貰おう。窃盗と特殊開錠用具所持禁止法に触れてしまっているが仕方ないよね!緊急時だから!
ピッキングを開始する。
やっぱり時間がかかる。もっと専用の道具があれば良いんだが…
カチャ…
良し開いた!だが2分も時間がかかったな。専用道具があれば10秒以内でいけたのに…
これで筆記用具確保っと。あとは来た道を戻るだけ。まあ鍵は閉めなくてもバレないだろう。
「あー疲れたー…」
「すごい疲れてるね。どうしたの?」
「まあ色々とあったんだよ。それよりこの後授業あるのってマジ?」
「マジだけど?」
うわぁ…心折れました。もうポックリいっちゃいました。まあ流石に色々と嫌なことがあったし流石にもうこれ以上は…
「来週から体育祭に向けての練習が始まるから六限は出る種目決めるみたいだけどどうする?」
………え?