小さな真実
「いや…俺…両親いないんだよ。」
…え?親がいない?どういうこと?
頭の中は疑問でいっぱいになる。言ってることが難しいわけではないけど、とても信じられるような話じゃない。いや、信じたくないんだ。ずっと疑問に思っていた。私が家に泊まると言った時に親に連絡をとらずに許可してくれた。普通なら親に許可をとるはず。でもそれをしなかった。両親がいないのには何か理由があるはず。そして蒼輝くんが自分の事を話したがらないのはきっととても辛い理由だから。
「ごめん嫌な事聞いちゃったね。」
謝っても彼の傷は治らない。治らないほど開いてしまった傷に私は追い討ちをしてしまった。最低だ…。
「別に…顔もわからない親の事なんて特に何も思わないよ。だから謝らなくていい。」
彼は自分の事を話したがらない。なぜ問題解決能力がここまで高いのか。なぜあれほどまでに強いのか。なぜここまで大人びているのか。それはきっと過去に…もしかしたら現在も辛い思いをしているからなんだろう。きっと誰も彼を助けてくれなかったんだろう。きっと強くなる以外の道がなかったんだろう。きっと子どものままではいられなかったんだろう。本当は私なんかに付き合っている暇なんてないんじゃ…。
「蒼輝くんの事…ちゃんと話してくれないかな?酷いことを聞いてるのはわかってるの。でも、少しでも力になれるなら力になりたい!」
私ができることなんて多分あんまりない。でも一人で頑張ってきた彼をほっとけない。
「…。」
何も答えてくれない。
「言いたくないことはわかっている。でもきっと力になれる!なれるように頑張るから!私に恩返しをさせてほしい!」
お願い…答えて…!
「それを答えるメリットはあるのか?」
…え?メリット?
予想外の返答に思考が止まる。いったい何を答えるのが正解なのかわからない。
「予想外の返答に何を答えたらいいかわからないんでしょ?」
「!!!」
心を見透かされている。私がこうなるとわかってこんなこと言ったんだ。
「力になる?どうやって?」
「え…それは…。」
それ以上の言葉が出てこない。
「そう。茜は俺の事を全然知らない。」
その一言に胸が苦しくなる。
「知らないのにどうやって力になるんだ?」
「そ、それは蒼輝くんの話を聞いてから…。」
「つまりなんの根拠もなく力になると言ったわけか。」
胸の苦しさがよりいっそう増す。確かに力になれる保証なんてどこにもない。
「茜。俺は茜を大切な友達だと思ってるよ。でも友達に自分の事を全部話す人なんてこの世にはいない。何が何でも知られたくないことが人にはある。茜だってあるだろ?」
…確かに私は友達に隠し事をしている。沢山している。蒼輝くんには知られちゃっただけで話すつもりなんてなかった。きっとこのまま話しても何も聞くことはできない。蒼輝くんが言ってることはどこまでも正しいと思える。だったら…。
「だったら…私の全てを蒼輝くんに話すよ!」
「…は?急に何を…」
「蒼輝くんに全て話すから蒼輝くんも全て話して!」
「は!?むちゃくちゃだぞ!?」
「むちゃくちゃでいいの!人ってたまに理屈や道理に合わない事をする生き物なの!だからメリットが無くたって話してもいいと思う。だって私も話すんだし。」
「意味がわからん!自分で言ってておかしいとは思わんのか!?」
「おかしくて結構。私は理屈や道理に従って行動してるわけじゃない。私は私の心に従って動いてるだけなんだから!」
「感情任せは後々痛い目見るぞ!」
「蒼輝くんの事を知れるなら痛い目見るくらいなんてことないよ。」
「なんでそう言い切れるんだよ!茜に何のメリットがあってそんなこと…。」
「メリットならあるよ。」
蒼輝くんの動きが止まる。きっと蒼輝くんですら理解できないことがあるのだろう。そしてそれは今まで彼が感じたことのない感情。
「私の心を包み隠さず全部話します。」
大きく深呼吸をする。私は今から彼に…蒼輝くんに思いを伝える。ちょっと怖いけど、いやめちゃくちゃ怖いけどでも伝えるんだ!
「私は蒼輝くんが…"神藤"蒼輝くんが大好きです。ずっと私の憧れでした。」
「…は?」
蒼輝くんの目が下に逸れる。と言うか言っちゃったー!!言ってから思ったけどめちゃくちゃ恥ずかしい!
「な、なんだよそれ!ほんッと意味わかんねェー…。オマエ何言ッてんのかわかッてんのかァ!?」
「動揺しすぎて素が出ちゃってるよ。」
蒼輝くんの顔が真っ赤になる。ちょっと可愛い。私は彼に思いを告げた。後は彼次第。めちゃくちゃ怖いけど、ちゃんと返事は聞きたいから、どんな結果になっても受け止めるつもりではいる。
マジかよ…これ絶対答えないとダメじゃん。まさか茜が俺の事を好きだったとは。というか憧れってなんだ?憧れるような事したっけ?告白から五分が経過した。なんて答えるべきなのかわからない。俺は茜をどう思ってるんだ?わからない。過去に捨てた感情というものが今になって必要となるとはな。いや、感情が無いわけでは無いがいくつか欠如している。しかし、困ったな。今まで一度も人に愛されるなんて経験ないし、無責任に承諾していいものじゃない。この返事次第では茜に一生物の心の傷を負わせることになる。それだけは何がなんでも避けたい。ここで断るのがいいんだろうな。結局俺には茜を幸せにできるほどの力はないし、この先もきっとそんなたいそれた人間になれるとは思えない。何よりも今は…。とりあえず茜は返事を待っている。今の俺が出せる答えは決まっている。
「茜…。悪いが俺は茜の気持ちに応えることができない。俺には茜を幸せにすることができないんだ。一緒にいたらきっと辛い思いをすることになる。」
仕方ない。そんな言葉を使ってしまいたくなる。だがそれはきっと体のいい逃げなのだろう。だから俺はこの結果を仕方ないとは思わない。これは俺が悪い。茜は勇気を振り絞って思いを告げたのにそれを受け入れなかった。きっとこの先も友達は無理だろう。だけど…もし俺にも少しだけでいい。わがままを言っていいとしたら…俺は…。
「そっか…そう…だよね…私じゃやっぱり頼りないし…きっと…」
「たけど!」
言葉を遮るように声を出す。大きい声でもないのに異様に部屋中に声が響いた。
「だけど…もし俺にわがままが許されるなら俺は茜のそばに居たい。」
「え?」
きっとこれを言う資格は俺にはない。許される確率なんて0に等しいんだ。だって俺は多くの人を…。
「俺は茜が好きなのかもしれない。茜に告白されて嬉しいのかもしれない。でもそれが本当にそう言う気持ちなのか俺にはわからない。俺には”愛”がわからないんだ!」
俺にはわからない。だからこの感情が何なのか俺は知りたい。きっとその答えを茜は持っている。
私の告白はきっと失敗に終わったんだろう。そう思っていた。
「少し話すよ。俺は今まで人の愛情を知らずに生きてきた。まあ仕方ないよな…。親もいなければ引き取ってくれる人もいなかった。みんな俺に恐怖の感情を抱いていたからだ。」
その言葉に私は心が苦しくなる。でも、話してくれた。少しとはいえどやっと話す気になってくれた。
「母親は俺を産むと同時に亡くなったんだ。だから実は顔も見たことないんだ。でも命の危険を冒してまででも俺を産んでくれたことには感謝はしてるよ。」
蒼輝は普通の人とは違う部分が多かった。人のために自分を簡単に傷つける。でも、そこまで普通の人とはかけ離れた存在になるにはどれほどの経験をする必要があるか、きっと生半可なものではなかったはず。それくらい簡単に想像できたのにも関わらず今まで考えないようにしていた。考えたくなかった。大好きな人がそんな辛い思いをずっとしてきたなんて…。
「俺が産まれてすぐに葬式が行われてな。なぜか産まれたばっかりなのに記憶に残ってるんだよ。母親の葬式だけは。」
小さい頃の記憶なんてほとんど覚えてないけど、とてもショックな出来事があれば大きくなっても覚えていたりするらしい。きっとそれだけ蒼輝くんにとってお母さんの死は産まれたばかりでもあるのにキツイものだったんだ。
「父親は俺のせいで妻が死んだって思ってたらしく、俺を捨てて行方をくらませたんだ。そして誰も俺を引き取ってくれる人はいなかった。」
「ひ、酷い…。」
産まれたばかりなのに、誰かにやってもらわなくちゃ生きていけないのにみんな見捨てたんだ…。
「もちろんそのままだと死んでしまうからな。孤児院に俺をぶち込もうとしたんだよ。」
確かにそれならなんとかなるのかな?でも孤児院って血縁者がいない子どもだけが入れるんじゃ…。
「そう。血縁関係を持つ人間がいればその人が面倒を見る必要があるんだが、誰もそれをしたくなかった。だから俺を捨てるためにみんな嘘をついた。この子はうちとは無関係ですとな。」
「そんなの認められるわけが…」
「認められたんだよ。父親はどうやら上級国民層らしく、その辺の融通は聞いてしまうらしい。だから俺には家族がいないんだ。」
私の言葉を制して発せられた事実は、余りにも残酷であった。
「孤児院も俺を5歳までしか面倒を見てくれなかったんだよ。」
「え?それじゃどうやって今まで…。」
「そこからはまだ話せない。でも今はなんとか普通の暮らしをやっていけてると思っている。俺は今の生活に不満はない。」
きっと今の彼が話せるのはここまでなんだろう。でも愛情がわからない理由がわかった。だから私は…
「私じゃ力不足かもしれない。でもあなたの力になりたいの!愛情はこれから嫌と言うほど教えてあげる。私が今まで愛されなかった分まで蒼輝くんを愛するから!だから付き合ってとは言わない。私にあなたの隣にいる権利をください。」
全部言った。私を助けてくれた人を、愛した人を、助けたい。これからもずっと一緒にいたいから。彼に幸せを知って欲しいから。だから私は彼の隣に居続ける。例え、私の恋が実らなかったとしても。
「その熱意には参ったな。ま、そこまで言うなら好きにやりなよ。」
予想外の返事に少し唖然とする。正直断られると思っていた。でも、受け入れてくれた。だからこそ私も本気で頑張らないと!
「それじゃご飯食べよ!お腹すいたー。あと、再来週中間だからご飯とお風呂終わったらテスト勉強するよ!」
「あ、俺今から1時間後にアレしないといけないんで…」
「逃がさないよ?」
こんな風にふざけるのは彼なりに人生を楽しく生きようとしてるからなのかもしれない。