第一九話「勇者・有栖川カレンの誕生会 タッパーの会」
――グリーン作戦の翌週。
ちなみに“グリーン作戦 ”とは!?
一見した所、ネーミングを額面通り受け取れば、平和活動の様に聞こえなくもないが……又大枠に於いてはそれは合っているのかもしれないが……実際の所はこうだ。
「ゴブリンの緑色の流血で二子玉川一帯をぐっちょぐちょに染め上げろっ!」
である。命名・コーディネーター立華レン。
つまりスプラッター映画を彷彿とさせる……否、スプラッター映画をワンシーンだけで軽く凌駕する残酷極まりないエゲツナイ作戦……である。ちなみに直人はグリーン作戦の当日、晩飯に妹が出した真緑のグリーンサラダを泣きながら完食した……
その問題のグリーン作戦で、ゴブリンの掃討に成功したデュランダルではあったが、彼等には一つ腑に落ちないことがあったのだ。
ゴブリンの総数は三〇〇〇体超……しかしながらその莫大な頭数を統率するリーダーの存在……又は死体を確認できなかったのである……無論、爆発で派手に消し飛んだ可能性もあるにはあるが……
怪物から市民を守る立場であるデュランダルとしては、引き続き住民の避難を継続し、現場検証を続行したかったのだが……それは住民の反対に合い叶わなかった。二子玉川の住民達は、一刻も早く住み慣れた我が家へと帰りたかったのである。
勇者業には金がかかる……人気取りも組織にとっては重要な仕事の一つだ……直人はレンが過去にそう言ったのを思い出していた。
……かりそめの平和でなければ良いのだが……デュランダルは二子玉川の現状に対して危惧を抱いていたのだ……
――二子玉川での清掃活動がデュランダルの指揮下で行われる中、同地区にあるリッチなパーティー会場では、勇者・有栖川カレンの誕生パーティーが開かれていた。
グリーン作戦を遂行した二子玉川は、実は有栖川姉妹の地元だったのだ……故に今回の作戦では相当熱が入っていたというのを、後になってから直人は聞いた……
誕生パーティーの出席者は、いつもの様にデュランダルの誰とも判断の付かない黒服・サングラスの没個性な面々……どうせ判断が付かないのなら、蝋人形やらダミー人形でも同じなのでは!? との話も出ている。流石に社長のJ・スペンサーは見かけないが……姉妹のコーディネータ―であるランは出席しており、新人らしく方々に挨拶に回っていた。
そして彼女達の地元仲間と思しき少女達……直人の眼力・ザ視姦アイズ……がギラリと発光したのは言うまでも無かった。有栖川姉妹はUNPAに通っているが、地元に同年代の親友が沢山いると聞く……まだ二子玉川での戦闘から日も浅い……さしずめ彼女達はヒーローの様に扱われていたのである。
しかし、ことヒーローという点に於いては直人とて同じ筈……
一瞬、ヒーロー面を引っ提げて、女子高生達にちょっかいを出そうと思った直人だったが、彼はそこで急ブレーキを踏んだ!
唯が明らかに不機嫌そうな表情で、こちらに睨みを利かせていたのである!!
……あの表情は!?
怪物に爆炎魔法をぶっ放す時の表情に相違ない……
直人の中で悪寒が走った。
キレたが最後、唯が何をしでかすのか!? 実の兄にも想像が付かないのだ。
詰まる所、女子高生達にちょっかいを出したが最後、間髪入れずに全員纏めて魔法攻撃! という展開も無きにしも非ずだ……
桐生家では兄が誰と交際するかは、妹の唯がその実験を握り続けているのだ。
それは兄にとって恐怖政治以外の何者でも無かった!
……今はまだその時ではない……つまり、今はまだ女子高生を口説いてあれやこれやするタイミングではない……しかし人間諦めさえしなければ、いつかチャンスは巡って来る……筈だ……唯の目を盗む形で……“今は股間を押さえて時を待て桐生直人”……直人は自分自身と自分の股間にそう言い聞かせた……
そんな訳で直人は遠巻きにカレンと地元仲間の女子高生達を視姦……ではなく多分見守っていた……
そのカレンの隣には、彼女の両親が穏やかに、そして末の妹がちょこんと立っていた。
末の妹に至ってはまだ五歳と聞く。
この何とも可愛らしい少女も又、魔法力所持者――つまり勇者候補生なのだ。
……これに関して彼女達の両親は一体どう思っているのだろうか!?
直人はそれを考えると胸の奥が少し痛んだ。
それはともかくとして……今の内から唾でも付けておくか?
発芽するまで一〇年はかかるかもしれないが……
つまりだっ!
どんな花とて咲かない花は無い筈なのだ!! 可憐な花になるか? それともアマゾンの毒花の様になり果てるかは定かではないが……直人は何の恨みも無い五歳の幼女をディスった。
う~~む、どうしよう……どうしようかな?
行くべきか? 行かざるべきか?
しかしそんな直人の脳裏をあの悪夢が過る。
もしあのあどけない幼女に話しかけた瞬間……
“嫌あああああ~~話しかけないでええええええ~~子供ができちゃううううううう~~!! こっちを見ないでえええええええええ~~ この変態いいいいい~~~~~~~~~~~!!”
等と言われ様ものなら、興奮して三日は寝られないに違いない……じゃなかった……ショックで三ヶ月は立ち直れないに違いない……
直人は先のセリフを、京子という満一〇歳の幼女から言われたのだ!
流石に五歳の子供から “子供ができちゃううううううう~~!!”等とは言われないかもしれないが……
否、どうだろう? どうだかな???
自称、子供の扱いのエキスパートだった直人は既にその栄華を失い……真っ二つにへし折られた……今や彼の心はトラウマに支配されていたのである。詰まる所、直人が心に傷を負ってからまだ日は浅かったのだ。
「やっぱりあの幼女に唾を付けるのは今は止めておこう……可愛く見えても子供は所詮ゴブリン……子供はゴブリン……子供はゴブリン……子供は……」
直人は自戒の言葉と共に、五歳の女児に手を出すのを控えることに成功した。
……そんな訳で湧き上がる性欲に関しては抑えることに成功した直人だったが……抑えきれなかったら今頃捕まっていた……そんな彼とてどうにも収まりが付かないものもあったのだ。
――食欲である。
誕生会の食事は立食形式……つまり取皿を持って、自由に食べたい物を食べることができるビュッフェ形式だった。
一〇代の健全な男子の特徴として、直人の取り皿には山盛りの肉が盛られていた。ローストビーフ、骨付きカルビ、炭火焼ローストチキン、各種焼き鳥の盛り合わせ等々。
勇者に成る前は食うや食わずやの貧乏学生だった直人にとって、ビュッフェ形式の立食パーティーは、この世における天国を具現化した様な場所だったのだ!
肉を次から次へとノンストップで口へと放り込む彼の動きはまるで、食料たる星々にその魔手を無制限に伸ばすブラックホールさながらだった……実際彼の胃はこの時、ブラックホールと繋がっていたのかもしれなかった……質の悪い黒魔法か何かで……
つまり、決して解き放ってはいけないパーティー会場の嫌われ者がそこにいたのである。
……これだけの食事を前にして食い溜めをしない手はないのだ。
そして今日の俺にはこの秘密兵器もある!
直人がバックパックに仕舞い込んでおいたタッパーを、満を持して取り出す。
勇者・桐生直人はこともあろうか!? お呼ばれした同僚勇者の誕生パーティーの席で、パーティーメニューの食事をタッパーへと詰め始めたのである……
それは鬼畜の所業と言えた。
人目を盗んでは、バレない様に肉をタッパーへと詰めて行く……
その手際の良さはベテランの万引き常習犯……はたまた黄金の指を持つスリを彷彿とさせた……彼の動きには一切の無駄が無かったのだ。
しかしだ!
そんなタッパー職人と思しき直人の動きにまるでシンクロするかの様に、全く同じ動きをする猛者が彼の真横にもいたのである……
その人物は両脇の間にタッパーを挟み、人目を掻い潜り、あろうことか勇者の誕生パーティーの席で、極旨のスイーツを手当たり次第にタッパーへと詰めていた……
犯行現場で泥棒同士がバッタリ出会うと一体何が起きるのか!? 興味深い所である。
両雄にとって相手が招からざる客であることは言うまでも無かった……
――そして、満を持して事件は起きた!
彼等がタッパーへと肉、並びにスイーツを詰め込んだ瞬間、ついにタッパー職人たる両雄の視線が満を持して交錯したのだ。
「…………………………唯!?」
「……………………兄さん!?」
両者の額から大粒の冷や汗が流れ降ちた。
気まずい沈黙の後、直人が止むなく口を開く。
「唯! 俺はともかく、お前まで何やってんだ……」
直人は自分のことは大いに棚に上げて、一先ず妹に突っ込みを入れた。“先手必勝 ”は悪役勇者として名の知れた彼の常套手段だったのだ……
「兄さんに言われたくは無いわっ! 同僚勇者の誕生パーティーで、人目を盗んで肉をタッパーに詰める何て有り得ないわ! どれだけお腹が減ってるのよ!」
「お……お前こそ! タッパーに詰めている中身が違うだけで、やっていることは同じじゃないか!!」
「………………………………」
「………………………………」
タッパー職人……或いは万引き常習犯……はたまた黄金の指を持つスリ同士の不毛な言い争いがしばし続いた。
パーティー会場における二人の犯罪者は、この様にしてお互いに腹の探り合いを入れた後、最終的にヒソヒソ声で密談を始めたのである。
「ともかくだ……俺達の最優先事項はタッパーをバックパックへと収納して、この場から速やかにずらかることだ……」
直人が現役勇者とは思えない提案をさらっと言ってのけた。
あろうことかその提案に唯が小さく頷く。
品行方正を期待される勇者の行動としてはどうかと思うが、両者の利害は完全に一致していたのである。
直人は誕生パーティーの会場に背を向けてしゃがみこむと、おもむろに会場に忍ばせておいたバックパックのチャックを無音で開いた……まずは自らのお宝である肉……次いで唯のお宝であるスイーツを静かに格納する……
……よし、これで万事上手く行った筈だ!
俺達兄妹による誕生パーティーへの背徳行為はバレてはいまい。
決まったな!
つまりこれはあれか?
俗にいう完全犯罪……という奴ではなかろうか!?
出し抜いた……出し抜いてやったぞ……
“フフフフフ……ハハハハハ……アーハッハッハッハ――――――――――!!”
一体何を出し抜いたのかは不明だが……勇者・桐生直人は、怪盗ルパンになったつもりで、心の中で高笑いを決めていた。悪役勇者としての彼の持ち味が、姑息な形で存分に発揮された瞬間だった。
しかし何につけ調子をぶっこいていると、後々ロクなことが起きないものなのだ。
そこで兄妹は、何の前触れも無く、いきなり背後から声を掛けられたのである。
「そこで何をしているんですか!? 勇者・桐生直人君、唯さん!!」
全てを見透かしているかの様な声だった。
兄妹は滝の様に冷や汗を流しながら、同時にゆっくりと後ろを振り返った……
――そこには鋭い眼光をこちらに向ける、勇者・有栖川ツバメの姿があった。




