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永久の勇者アヴァロン  作者: アベワールド
第4章 思い出の勇者
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第九話「ゴブリンのダンジョン」

 正太の脅しに男子組が重い腰を上げる。

「し……仕方がないな……行くよ」

「そ……そうだな……“桐生カス人”だけは御免だ……絶対にっ!」

「それで……お前達はどうするんだ???」

 正太の矛先が女子組へと向けられる……

 明美と京子の全身から、イグアスの滝に匹敵する水量の冷や汗が流れ落ちた――

「明日からお前達の名前は、“桐生カス子一号・二号”になるぞ!」

「ううっ!!」

 その言葉を聞いた女子組二人の顔に濃い影が射す。

「……ちなみに一号はどっち?」

 京子は妙なディテールにこだわった。

「それは、お前にこそふさわしいな……京子」

 果たしてそれに如何程いかほどの違いがあるのか? それは京子にしか分からなかった……しかしその効果は覿面てきめんだった。

「それだけは絶対に嫌―――――――――――――――――――――――っ!!」

 京子が絶叫と共にゴブリンが住むと噂される洞窟の中へと飛び込む。

 “桐生カス子”と“ゴブリンの巣”……京子にとって“桐生カス子”の仇名の方が圧倒的に負の比重が重かったのだ……そして後で知らされたことだが、その事実は直人にとっても又重過ぎる事実であった……


 全員が飛び込んだのを受けて、明美が意を決して洞窟の中へと飛び込む。

 自分一人だけ中学三年生まで“桐生カス子”呼ばわりされるのは悪夢だ……それは彼女にとっても又考えうる限りの最悪な罰ゲームだったのだ……

「揃ったな……じゃあ……行くぞ!」

 そう言うと正太はポケットから愛用の一〇〇円ライターを取り出した。

 ……ライターを持っているからといって、別に彼が小学生にして、ヤンキーよろしく煙草の煙をふかしている訳では多分無い……

 一〇〇円ライター……それは、暗い場所では明かり取りに、寒い時期には暖が取れ、燃やしたい時には着火ができる……ここぞという時のサバイバル用品の王様である……あなたが魔法使いならば話は別だが、カバンに入れておいて損はない逸品だ……しかも安い!

 とにかくその一〇〇円ライターで洞窟内を照らす。

 洞窟の高さは二メートル弱といった所だろうか? 大人が背を折らずに歩ける程度の十分な高さがある……それに対して洞窟の幅は一メートル程しかなく、こちらは圧迫感を感じざるを得ない……

 ここをゴブリン共が徘徊しているのか!? 正太はまだ見ぬ怪物について想像を働かせ思わず身体を震わせた。

 それにしても……足元がぬかるんでいて気色が悪い。

 歩く度に“ぐちゃっ” “にちゃっ”と嫌な音を立てるのだ。

 これは……特に女子組からはひんしゅく必至だな……と正太は思った。

 奴等は今頃、洞窟に入ったことを後悔しているに違いない……

 所で実際の所……その時正太以外のメンバーは皆同じことを考えていた。

 誰も口には出さなかったが……

 何が起きようが“桐生カス人・桐生カス子”呼ばわりされるよりはまだましだ!!!! と。


 洞窟の中を一陣の生暖かい風が吹き抜けて行く。

 理屈は分からないが、洞窟の奥の方から出口へと風が吹いているのだ。

 ……決して明るいとは言い難い視界、ぬかるんだ足元、そして熱帯夜を思わせる生暖かい洞窟内の気温。

 何だろう!?

 全てが不愉快に感じられる。

 そう……人間と怪物にとっての居心地の良さというものは、完全に違うものなのかもしれなかった……生き物には違いないのだろうが……人間とは決定的に異なる生き物――――怪物。

 “何でこの世界に怪物なんかがいるんだ!?”

 正太はその疑問を父親にぶつけたことがある。

 何故彼はその質問をしたのか?

 怪物が勇者を殺す……又は怪物が市民を殺すニュースが連日の様に報じられるからだ。そしてこの怪物なるものは、時に子供達から外出の自由を奪うものだったからだ!

 そして正太の疑問に対する父親の答えは……

 残念ながら子供である正太にとって、納得のいく回答では無かった……

 彼の父親は息子にこう言って聞かせたのだ。

(いにしえ)から怪物はいるんだよ、正太。俺が子供の時にも勿論いた。つまり……そういうものなんだよ。いいか正太? 俺だって遊びたい時に外に行けない時はあったさ……でもちょっとだけ我慢してくれ……直ぐに勇者が来て倒してくれるからさ……きっとな……」

 ……俺が聞きたかったのは“何故?”の回答だったのに……

 “そういうものなんだ”……は無いんじゃないか!?

 結局はぐらかされたんだ……俺は……

 正太がそんな子供心にも納得の行かないことについて考えている正にその時だった。


「キャア――――――――――――――――!!」

 突如、甲高い叫び声が洞窟内に反響した。

 皆がびくりと身体を震わせる。

 まるで音響兵器を思わせる耳をつんざく音。

 ――明美だった。

 最後尾を歩く京子が転んで、前を行く明美にしがみ付いたのである。

 ライターを持っているのは最全列を行く正太のみ……暗がりの中彼女は怪物が出たのか!? と思ったのだ。

「どっどどどどどどど……ど~~~~うした~~~~~~んだあ~~~~~~~~~~~!!」

 始めの威勢はどこへやら……正太の声は震え、ビビりまくっていた……

「だっ……だだ大丈夫よ! 何でも無いわ! 後ろから抱き着かれたんだけど……京子ちゃんだったわ……」

「そっ……そうゆうことは、帰ってから二人だけでやってくれ!」

 余裕を見せようと正太がジョークをかます。

「そうね……そうするわ♡」

 反論するかと思いきや……素で返した明美に正太は別の意味でビビりまくっていた。

 まさかこんな所でそんな告白を受けるとは!?

 ここは怪物の巣であって、道を外した信徒たちの懺悔室では無いのだ……

 そんな暗闇ならではのハプニングもあり、一同がビビりながら前進を続けていると、突如として洞窟の道が二又に分かれた。

 左右の道幅、高さ共全く同じ……まるで計りでもしたかの様に二メートル ☓ 一メートルだ。

「どうするんだ正太?」

 正太の一つ後ろを行く俊哉が声をかける。

 俊哉は正太の右腕で、何かに付け正太を補佐することの多い役回りだった……彼とつるんで悪さをする悪友でもある。

「……………………」

「迷子になったら最悪だ……道が途中で分かれていた場合、常にどちらに行くか決めておこうぜ」

「右にしよう!」

 正太が言った。

「みんなも憶えといてくれ……道が分かれていたら常に右に進む」

「分かったわ! つまり帰り道は常に左の道を選べば元に戻れるのね」

「…………」

 一瞬の間が合った……

「そうだ……そうゆうことだ……」

 正太が言った。

 “なるほどな!”皆に悟られない様に正太が小声で呟く。

 頭の回転はいまいちイケていない正太が右の道を選択して、一同は前へ進んだ。

 

 ――正太の歩幅で丁度五〇歩目だった。

 今度は道が三又に分かれていたのだ……

 額に浮かぶ汗をぬぐう。

 額だけではない……先程から全身に汗がにじんでいるのだ……洞窟内は蒸し暑いのである。

 ……それにしても。

 この道をゴブリンが作ったのか!?

 怪物の作った道にしてはやけに正確だな……と正太は思った。

 二メートル ☓ 一メートルの道幅がどこまでも正確に続くのだ……同じような芸当が果たして俺達に可能だろうか!?

 正太は訝っていた。

 これは人間の作ったものではないのか!?

 ……そこにゴブリン共が住み着いて……

 ……でも人間ならば……誰が一体何の目的で……

 ここは俺達人間の住む世界だろう!

 こんなものを作りやがって!

 怪物に巣を提供している様なものじゃあないか?

 その昔、正太は図工の時間に鳥の巣箱を作って、公園の木に架けたことを思い出していたのだ……そう、翌日にその公園に来た時、早速親子のスズメがその巣箱を利用していたっけ?

 ――今度も、正太の歩幅で丁度五〇歩目だった。

 今回は道が四又に分かれていたのだ。

 何たる精巧さだ!

「右だ!」

 正太が前に進もうとした所で、後続を行く女子組二人から待ったが入った。

「ね……ねえ……もう帰りましょうよ……」

「私、怖くて、怖くて、もうこれ以上は前には進めないわ!」

「何だって?」

 正太が語気を強めて凄んだ。

「お前等は明日から“桐生カス子”と言われてもいのか?」

「それは…………」

 逡巡(しゅんじゅん)が入った。

「それは…………それだけは…………死ぬ程嫌だけれど…………」

 しかし、女子組二人に脅しをかけたところで、当の正太が切り返した。

「ま……まあ……お前等がそこまで言うのなら仕方がないな……俺も鬼じゃあないからな……」

 そう言った正太だったが、実際の所彼が一番帰りたかったのかもしれなかった……彼は一〇〇円ライターを持っていない左手で小さくガッツポーズを決めていたのだ……

「回れ右だ!」

 正太が勇ましく皆に号令をかける。

 それにつられて一同が一斉にUターンをする……実際の所、女子組に限らずこの場にいる全員が我先にと帰りたかったのだ……

 ライターを持参している正太が仲間達を壁際に寄せて先頭に立つ。

「悪いな!」

 ライターを持参している正太が仲間達を壁際に寄せて先頭に立つ。

「じゃあ俺も……」

 正太に習って俊哉が彼の後ろに付く……

こんな風にして、結局帰り道のパーティーの並び順は、行きと同じ順番に落ち着いたのである……


 ……帰りのルートは常に一番左の道…………の筈だ!

 正太はこの探検で最も重要なことを思い出していた。

 さあ、これで俺達は帰れるんだ……

 肝試しはもう終わりだ……これで俺の勇敢さは仲間を通してクラス中に広まるだろう!

 つまり……これ以上無理することは何も無い……ということだ。

 ――正太が家路へと向かう一歩を踏み出そうとした正にその瞬間だった。

 凄まじい絶叫が洞窟内を貫いた。

 明美でも京子でも無い。

 それは彼等の誰も知らない若い女性の声だった。

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