第七話「勇者、スライムスレイヤーを宣言する」
「今何つったお前!」
一三歳の少女からは決して聞きたくは無いドスの効いた言葉がそこにあった。
表情は邪悪一色に染め上げられている。
「唯、落ち着け……」
前回と全く同じセリフを直人が吐く。
「キレない為のトレーニングをやったろ! アンガートレーニングを思い出してくれ! 唯!!」
「知るかああああ――――――――――――――っ!!」
満を持して唯の怒りが爆発した。
その時直人は又してもデジャブに襲われていた。
怒りが爆発し怒髪天と化した唯の視線の先には、一人の哀れな記者が顔面蒼白の状態で立っていた。
唯は“犯すぞ”発言をした記者のことを正確に把握していたのだ。
地獄耳……恐るべしである。
明日は我が身だなと直人は思った……特に女性絡みの発言に関しては、ことさら気を付けなければ命が幾つあっても足りそうもない……加えて股間が幾つあっても足りそうもない……股間に関して言えば、何かあった時の為に最低でも二つは欲しい所だ……
それはともかく唯が前出の記者を睨み付けながら、孔雀が羽を広げるが如く両手を大きく広げてみせる。
その刹那、両手の中心に爆炎の炎が生成されて行く……
あれはやはり――
ファイアーボム!!
直人には地獄の業火以外のものには見えなかった。
触れたが最後だ。
その凄惨なる爆炎は、起爆と同時に万物を木っ端微塵に粉砕し、確実に死へと導くのだ。
つまり……人間に使用して良い魔法では決してなかった……
「オイ、お前等全員逃げろお――――――――――――――!!」
直人が記者団に向けて叫ぶ。
又してもだ!
記者会見の会場は、リアルなパニックムービーへと変わり果てていた……
逃げ惑う記者団が一斉に非常口へと殺到する!
その内の何人かが転倒し、又別の何人かはお互いにぶつかり合い激痛に顔を歪めていた。
「時は来た――――――!!」
デュランダルの黒ずくめの一団が、謎の言葉と共に一斉に唯へと躍り掛かった……
アンチマジック魔法を発動させて唯へと掴みかかる……起動中の魔法といえども、ゼロ距離でこの魔法を放てばファイアーボムを押さえ込める……筈だ。
逃げ惑う群衆と、飛び掛かる黒ずくめの集団、そしてブチ切れる唯――
直人は先程からデジャブに襲われまくっていた。
……ああ……前にも観たことあるな……このパニックムービー……直人はこの非常事態の中、少しづつ冷静さを取り戻しつつあった……パニックムービーとはいえ、二度目の映画鑑賞ともあれば落ち着きを持って観ることができる筈だ……多分……
そんな最中、直人はある違和感を感じ取っていた。
――テレビ関東の村田だ。
逃げ惑う記者団の中で、彼とそのクルーだけはどっしりとその場に腰を落ち着けて不動だったのだ……
その瞬間直人は悟った。
あいつの放った圧迫質問の数々。
唯をキレさせて、初めから特ダネを独り占めする腹だったのか!?
そしてこいつらは全員、死を覚悟して今この場にいるということか?
それは村田自身の……そしてテレビ関東クルー一人一人の意思なのか???
否、違うな……と直人は思った。
こいつは全て会社の……企業という名の化け物の意思だ……個人の人生を食い物にして、その命さえも時に冷酷に喰らい尽くす……
“こいつ”こそ真の怪物じゃあないのか!?
直人は不動で全てを正眼する村田の背後に、企業という人智を超えた化け物の狂気を感じ取っていた。
……しかしながら実際の所、怪物は企業だけでは無かったのだ。
狂乱する唯! そのキレっぷりを目の当たりにして、当の村田の口元が邪悪に微笑んだのだ。
ブラック企業にドップリ浸かり、それを受け入れた者も又化け物なのだ……
つまり……相思相愛ということか!?
例えるなら“SM嬢”と“M男”みたいな禁断の愛の関係なのだろうか?
或いは美晴医師と俺の様な……
……悪くないのかもしれない!?
直人はブラック企業と社畜の結び付きに、SM嬢とM男の蜜月の関係を感じ取っていた……
彼がそんなアホなことを考えている正にその時だった。
起爆直前、デュランダルの黒ずくめの男達が唯に一斉に取り付いたのである。
「放せえ――――――――――!! あいつをぶっ殺してやるうううううぅぅぅ――――――――!!」
唯の理性は完全にぶっ飛んでいた。
一三歳の少女からは決して聞きたくはない汚い言葉がそこにあった!
つまり今回もアンガートレーニングの成果はゼロだったのである。
――唯のファイアーボムが起爆直前にして、アンチマジック魔法で霧散して行く……ついでにアンガートレーニングの成果も、砂上の楼閣の如く綺麗さっぱり霧散して行く……
唯は全身を上方から押さえ付けられ、今や腹ばいの状態だった。まるで捕らえられた銀行強盗かテロリストさながらの格好だ。
直人は頭を抱えていた。
後には何もかもが散乱してカオスと化した記者会見の会場と、一社が独占した特ダネだけが残されたのである。
――この後、唯は又しても謹慎処分を言い渡され、アンガートレーニングに費やした全ての時間は無駄に終わったのだった……無論トレーナーの先生は又しても首になった。
――お約束と化した唯の大暴走により中断された記者会見は、小一時間後に再開された。
デュランダルのスタッフ、そして記者団とも今回が二度目のハプニングということもあり皆手慣れたものである……
それにしても……トラブルが起きて当然、起きない方が不自然という俺達兄妹の記者会見というものは一体どうなのだろうか!? 近い将来、ハプニングが起きないと逆にブーイングを受けたり、物足りなかったとクレームを付けられたりするのだろうか!? 勘弁して欲しいものだ。
勇者・桐生直人がポーカーフェイスを保ちながら記者会見の壇上に立つ。
しばしの間深呼吸と共に一〇〇名からなる記者団を見回す。
唯を二度目の謹慎処分へと追い込んだ村田は、こちらに睨みを効かせながらも不気味な静観を続けている……奴は自分に割り当てられた質問タイムを使い果たしたのだ。
相変わらずの口内に隙間なく正露丸を突っ込まれたかの様な、超渋過ぎる表情は全く変わっていない。
そして唯が退場に追い込まれた後も、記者団による圧迫質問は当然の如く続いたのである……いつキレるか分からない唯が退場したことにより、むしろ皆が皆生き生きと攻撃……ではなく口撃を開始したかの様にさえ感じる。
……分の悪い戦いだなと直人は思った。
勇者・桐生直人のイメージが悪すぎるのだ。
悪役勇者の汚名を返上しない限り、この状況を改善するのは難しいに違いない……
そこで一人の記者が満を持したかの如く手を上げた。
記者のネームプレートには《東京日報・安斉》とある。
心当たりがある……それどころか大有りだ!
かつて唯に暴言を吐き、あはや一触即発の事態を引き起こしたあのテレビ局だ。彼の同僚であった田坂は、未遂には終わったが唯の魔法攻撃を目の当たりにし、失神>失禁した挙句その醜態を全国民に晒し、辞職へと追い込まれたのである……
つまり……こいつは復讐にやって来たということか!? 直人の中で嫌な予感が広がって行く。
「勇者・桐生直人、あなたは六戦連続スライムと戦っていますね」
「はい……」
「あなた達兄妹が巷で何と言われているか知っていますか?」
エゴサはしない主義の直人が即答する……できる訳がない……嫌われ者がエゴサをした場合、死にたくなること請け合いだ……
「知りません! 何と言われているのか教えて貰えますか?」
「スライムスレイヤーです!!」
「……………………………!?」
「勇者としてかつてこれ以上屈辱的なニックネームは、歴史上無かったと記憶しています!」
「………………………???」
「どうですか? スライムとの戦いはもう卒業して、そろそろ強豪と戦ってみたくはありませんか?」
……来たあ~~~~~!!
直人の中で直感が閃いた。
これは引っかけ質問に違いない。
仮に直人が “はい、スライムとの戦いには飽きました ”
などと言おうものなら……翌日にデュランダルの上層部に肩を叩かれてこう言われるのだ……
“君、もっと強い怪物と戦いたいらしいね……次に強豪が出たら真っ先に君達に回そう!”
“一言”というのは恐ろしいものだ……人間たった一言で命を失うこともあるのだ。
何に付け直人は地雷は踏まない主義だったのだ……中でも女性問題の地雷だけは絶対に踏まない主義の直人だったが、結果的には何故かいつも真正面からブチ抜いていた……
俺はまだ死ぬわけには行かないのだ……唯を残して……
つまり……ここでの模範解答はこうではないだろうか!?
直人は記者サイドの“もっと強い奴と戦いたいだろう……勇者なんだから……”という期待に反して、実に爽やかにこう言ってのけた。
「いいえ! 三年間スライムとだけ戦い続けたいです……強い怪物の討伐はランキング上位の勇者に譲ります!」
「…………………………」
「スライムスレイヤー……大いに結構です……スライムとだけ戦い続ける勇者がいても良いではありませんか? そうでしょう? 俺はもうスライム以外とは戦いたくありませんねっ!」
――直人の発言に、一〇〇名からなる記者が一斉に黙り込んだ。
会場は水を打った様に静まり返った……
張りつめた空気。
余り体験することが無い怖ろしい沈黙。
空間は灼熱を帯び淀み軋んでいる。
そして……
――会場は一転してブーイングの嵐に包まれた。
割れんばかりの怒声、罵倒、汚い言葉が心を射抜く!
「死いねえぇぇぇぇ――――――――――!!」
「クズ野郎があぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
「クソガキがああああああああああああああああああ!!」
「殺すぞおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――!!」
……鼓膜が割れんばかりだった。
……自分へのクレームによって。
自分自身への怒声が脳内で反響を繰り返す……
「み、皆さん落ち着いて下さい!」
「物は投げないで下さい!」
「ペンやペットボトルを床に……床に置いて下さい!」
デュランダル広報部の必死の説得にも関わらず、直人への攻撃やら口撃は止むことが無かった。それどころか耳を貸す者は一人もいなかったのだ……
病院の時と同じだ……今回は記者団が暴徒化したのだ。
結果として直人の立つ記者会見の壇上がゴミの山と化して行く。
……勇者は……否、俺は暴徒を作り出す達人なのかもしれない。
直人は投げ付けられる物の中に埋もれて行きながら、自分自身の特殊な才能に一人ほくそ笑んでいた……
――記者会見再開から僅か一〇分。
直人を罵るブーイングの嵐は収まることが無かった。
結果として、記者会見再々開の目途が立たなくなり、波乱が常と化した彼等の記者会見はこれにて終了した。
その後、勇者・桐生直人への記者会見の模様はこの様に報じられた。
《スライムスレイヤー・桐生直人 “もっと弱い怪物と戦わせろ”と猛アピール!》
《税金泥棒勇者・桐生直人 “三年間スライムとしか戦わない”と断言!》
《一八禁勇者・桐生直人 “スライムとやらせろ”と変態発言を連発!》
ブチ切れる様に誘導された桐生唯への同情が集まる中、直人は何とこれで三回目となる社会死を経験した……
当然の結果として、今回も家に入りきらない程の剃刀レターが山の様に届き……兄妹の家には全世界の全メーカーのカミソリが勢ぞろいしたのである……
これを持って、街中での身バレを是が非でも避けなければならない直人のオーダーメードアフロの嵩は一・五倍へと跳ね上がり、彼が街中を歩いた時にできるブラックホールの半径も一・五倍へと拡大されたのである……




