第二五話「早紀の誘い」
戦いは避けられないのか!?
直人が諦めかけた正にその時だった……
皆の前でお腹を押さえて凄んでいた早紀が一転、ペロリと舌を出してウインクをした。
「な――――んてねっ♡」
「えっ??????」
「……………………」
「悪ふざけが過ぎたわ……そこの唯さんの言うとおりね……」
「えっ!?」
直人とギャラリーは置いてけぼりを食らい話に付いて行けない……
「みんな聞いて! 今のはドッジボールの試合中の話よ!」
それを聞いたギャラリーは皆口々に、
「な~~んだぁ」とか、
「安心したわ」とか、
「因縁を付けたかった」とか、
「会長の貞操は守られたが、妹は既に手遅れだ……」とか、
「殺し損ねた……」等々と、ろくでもない台詞を口々に吐き、振り上げていた拳を降ろしつつあった……
そこで早紀が一言付け加えた。
「だから……今の所この人にはまだお腹を汚されてはいないわ……」
「何故そこで蒸し返すんだっ!!」
直人が間髪入れすに突っ込みを入れた。
そこで期せずしてドッと笑いが巻き起こった。
「言っておくけれど、高之宮家の医療チームは世界でもトップクラスよ! あなた達の組織にも負けないわ!」
……デュランダルのことを言っているのか!?
ということは早紀も“銀河系ヒール”の様なめくるめく施術を行ったのだろうか!?
直人は目の前のスレンダー美少女が、組んずほぐれつしている所を想像し、思わず鼻の頭を抑えた。
それを見た早紀が訝し気な視線を送る。
「さっきから何だか視線が嫌らしいけれど……何なのかしら???」
「なっ、何でもない。気のせいだ……」
直人は脳内に浮かんだ嫌らしいイメージを振り払い、体裁を取り繕った。
「つまり試合のダメージは一切無いってことよ!」
「それに……あれは双方合意のルールで行われた公正な試合だったわ。それに対して文句を付けることは私達高之宮家の恥になります」
……確かにそうなのだが……それがマスコミに広まった途端《新人勇者・桐生直人――女生徒のお腹を汚らしい黄金ボールでイタズラ!? スライムに負けた腹いせか???》等と書き込まれるに決まっているのだ! 直人はスライムの一件以降、極度のマスコミ不信に陥っていた。
それはそうと兄妹を取り囲んでいたギャラリーは、早紀の言葉にようやくにも散り散りになって行った。
……危ない所だった。
暴徒化した勇者候補生に襲われたら双方無事では済まなかった筈だ。
直人は一先ず胸を撫で下ろしていた。
「所であなた達兄妹には謝らなければならないわ……」
彼等を取り巻いていたギャラリーが去った後で早紀が口を開いた。
「……………………」
……何の話だろうか!?
最近余りにも色々あったせいで、頭が付いて行かない直人だった。
「生徒会メンバーがあなた達にしたことに対して謝罪します!」
そう言うと早紀は頭を下げた。
桐生兄妹は早紀達とやったドッジボールでの果し合いの後、生徒会メンバーから因縁を吹っかけられ、直人に至ってはあわや闇討ちされそうになった経緯があるのだ……
兄妹は二人して目を見合わせた。
以前唯とそのことに関して話し合ったことがある。
謝罪の言葉は素直に受け入れるとしても……直人はどうしても確認しなければならないことをこの場で聞くことにした。
「分かった……だがどうしても生徒会長本人の口から聞きたいことがある……」
「何……かしら?」
出会って以来、早紀の好みのパンティーの色を長らく気に掛けていた直人だったが、その質問は次の機会に譲ることにした……
「生徒会メンバーが俺達を闇討ちに来たのは、彼等自身の意思か? その件に関して会長は関与しているのか?」
両者の眼光がスパークを放ち、再び宙空で交錯した。
早紀が口を開く。
「完全に彼等の意思よ。私は関与していないわ」
ふ――――――――っ。
直人は一つ息を吐くと全身を弛緩させた。
緊張が解けた瞬間だった。
「…………分かった」
しばしの沈黙の後、直人が言った。
「分かってくれて何よりだわ……彼等の処遇に関しては、後であなた達には伝えるわ……停学一ヶ月といった所かしらね……」
……闇討ちをやっておきながら、停学一ヶ月で済むとは!?
やはり彼等生徒会メンバーは、高ノ宮家によって守られているのだ!
金の力、権力の力、恐るべしだな……
直人は心の中でその言葉を噛み殺していた。
「所で……勇者・桐生直人君、唯さん。生徒会メンバーの件で、別途あなたたち兄妹にお詫びをさせて貰うわ」
……お詫び……お詫びとは何だろうか!?
好みのパンティーの色を満を持して教えてくれるのだろうか!?
直人は心臓が高鳴るのをを押さえることができなかった……
「私、高之宮早紀が、高之宮家で行うお茶会にあなた達を招待します!」
「……………………」
「……………………」
当然ながら直人はその言葉を訝った。
好みのパンティーの色を教えてくれないばかりか……高之宮家でのお茶会に招待……だと!?
何を企んでいる!?
罠の臭いがプンプンするぞ!
というか罠の臭いしかしない。
まさか! 高之宮家長女のお腹を汚らしい黄金ボールで汚した責任を、一族総出のお茶会で取らされるのか!?
高之宮家は日本の一大財閥だ……その力は政財界のあらゆる場所に及ぶと言われているのだ……直人の額から今日も止めども無く冷や汗が流れ落ちて行った……
「安心なさい、勇者・桐生直人君……あくまで私がホストで行うプライベートなお茶会よ……」
「参加した暁には、超高級料理店でも食べられない様な美味しすぎる絶品スイーツが死ぬ程食べられるわ……」
ジュルッ……っと涎をすする音が直人の隣で聞こえた。
はっきり言って興味はあるが。
……しかし。
唯には悪いが、いずれにしろリスクが高すぎる……人生最後の料理が死ぬ程美味しいスイーツになりかねない!
「悪いんだが……」
直人が全部言いかけた所で、服の袖をぐいぐいと引っ張っる者がいた。
見なくても分かっている……妹の唯だった。
「兄さん……作戦タイムよ……」
兄妹は早紀から少し距離を取り、二人だけでヒソヒソと話を始めた。
「兄さん、相手からの誘いを無下に断るのはよくないわ……それに私達は卒業するまではこの学校の生徒よ。生徒会とは仲良くするべきだわ」
「……唯、俺を説得する前に口の涎を拭いてくれ」
その言葉に唯は顔を赤くしてあわててハンカチで口を拭った……しかしこれは致し方ないかもしれない……唯は甘いものには目が無いのだ。
「それに、兄さんがあの人のお腹を、汚らしい黄金ボールで汚したのは事実だしね」
……唯の言うことは一理ある……直人の謝罪の言葉に対して、生徒会長がわざわざ友好の場を設けてくれたのだ……戦いの後はノーサイドであるべきだ……遺恨は残さない方がお互いに都合が良いに決まっている。
それはおいといて、直人は最愛の妹が“黄金ボール”と言ったことについてほっと胸を撫でおろしていた……実の妹に“汚らしい金玉”と言われた日にはショックで三日は寝られなかったに違いない……
直人は唯の目を見つめて小さく頷いた。
「作戦会議は終わったかしら……お二人さん?」
「生徒会長、あなたの申し出を受けよう! 自宅に招待状でも送っておいてくれ」
「そう、それは良かったわ」
……言葉とは裏腹に早紀の口元が邪悪に歪んだ様に見えた。
「ああ……それと……」
会話を切り上げて立ち去ろうとした兄妹を早紀が止める。
「スライム絡みで何か困ったことがあったらいつでも言いなさい」
「………………………」
思いがけず掛けられた優しい言葉に直人は一瞬戸惑った。
「もしあなた達が因縁を吹っかけられた場合、生徒会として厳粛に対応するわ……これには停学処分も含みます……」
「そうして貰えると俺達は助かる」
「まあもっとも、今後あなたが視姦を含むセクハラ行為を、我が校の生徒に行った場合も厳粛に対応しますからそのつもりでいることね!」
「視姦は懲役だにゃあ!」
思う所があったのだろうか? そこで美亜が満を持して合いの手を入れた。
「渋谷警察署への連行までしっかり面倒見るからせいぜい覚悟することね!」
「まっ……まだ今日はやってないだろ! それにこの国の法律では視姦は犯罪ではない!」
……自称視姦マニアの直人としては、その点に関してだけは絶対に譲れなかった……視姦でお縄になった場合、永遠に刑務所から出る自信が無い……
「安心なさい……高之宮家の名において、あなた達兄妹の学園生活は私が守るわ!」
その言葉に兄妹は二人して素直に頭を下げた。
――こうして、デビュー戦でスライムに惨敗した勇者の新たな学園生活が、生徒会の庇護の下何とかスタートを切ったである。
……あれから三日経った今、兄妹は平和な学園生活が送れていることに、逆に戸惑いを隠せなかった。兄妹を表立ってバッシングする者や、因縁を吹っかける輩は、生徒会により厳粛に粛清されて行ったのだ……生徒会長・高之宮早紀の約束は嘘では無かったのである。
しかし、そんな兄妹の束の間の平和は、彼等の思いもしない形で、突如終わりを告げたのだった……




