嫌いなあの子と異世界へ
小杏といいます。
自分の趣味に偏ったものになりそうなので合う方はどうぞよろしくお願いします。
何の変哲もない平凡な大学生だった。
文系の、特殊分野でもないゆくゆくは一般企業に就職するような学科に入って、何人かの友人がいて、同時に何人かの気の合わない人がいて、お小遣い稼ぎにアルバイトをして。
たまに感じる幸せも不条理も、きっと私にとってはちょうどいいくらいのもの。
「ねー、まーちゃんってば」
この甘い声が耳障りに感じるのも、私が凡人だから。
「まーちゃん?…わたし、何かしたかなぁ…?」
後半が僅かに潤んだ声が芝居に聞こえるのも、きっと非凡な彼女が疎ましいから。
周りの耳に入って面倒なことになる前に、嫌々ながらも私は後ろを向いた。
大きな茶色がかった目を縁取るまつ毛は伏せられ、そのすぐ上にある眉は下がっていて、『落ち込んでいます』をわかりやすく表している。
同じ色の緩く巻かれた髪といい、華奢な身体を包む淡い色の服といい、全てでもって『愛される美少女』を作り上げていた。
相馬咲良、私のいる学科のお姫様だ。
「少し考え事してたの。相馬さん、何か用?」
対して私はといえば、髪の長さこそ同じくらいだが特にセットもしていない黒髪を一つにまとめ、ユニセックスな服装に身を包んでいる。
顔立ちは悪くないとは思うが良くもなく、見た目の雰囲気は明らかに違う。
なのに何故か苗字呼びを崩さない私のことをあだ名で呼び、何故かよく話しかけてくる。
「あのね、わたし今度先輩との飲み会に誘われてて、よかったらまーちゃんもどうかなって」
「いい。興味ないから」
「きっと楽しいよ?学科の先輩だからゼミの話とか色々聞けるんじゃないかな」
「お酒にもお話にも興味がないからいい」
普段から物言いがはっきりしている自覚はある。
それが顕著になってしまうのは、一緒にいると彼女への周囲の対応に胸焼けしてしまうことに気づいてからだ。
どうせ誘ってきたのは男性で、その先輩を含めた数人で彼女をちやほやする会なのだと経験上悟っている。
内心はどうあれその場の雰囲気に馴染めるような子ならまだいいのだろうけど、最初は違和感を感じるだけだった私も今はうんざりしているのが隠しきれていないらしく、他の参加者から気を使われたり彼女の信者からは不快に思われたりとめんどくさい。
今だってその飲み会に参加するのであろう数人から様子を窺われているのがわかる。
「でも」
…あぁしつこい。
「行かない」
いい加減わかってほしい、と少しだけ語気を強めると、彼女は小さく息を詰まらせた。
それを見て私たちの元へやってくる男子生徒が1人。
「咲良ちゃん、それくらいにしとこうよ。榊さんにも都合があるんだし」
彼女に向ける声は柔らかいが視線はこちらを非難している。
そんな目をしなくてもこっちから何か仕掛ける気はまるで無いのに。
取り繕う気にもならず、わたしは次の授業の教室に向かおうと席を立った。
***
榊真夜に何故そんなに構うのかとよく聞かれる。
確かにこの外見のおかげで、特にそれに合った振る舞い方を覚えてからは困ったことはない。
今も同じ学科の中にでもわたしに好意的な人は一定数、いや、ほとんどがそうだと言っていいと思う。
そのほとんどに含まれない彼女が、わたしは面白くなくて面白いのだ。
うんざりした顔で今日も一人で教室を出た彼女の後を追う。
「まーちゃん、次の授業同じだから一緒に行こう?」
「一緒に行ってどうするのよ」
変わらない速さで歩く彼女の少し後をわざと小走りで着いていく。
「待ってよまーちゃん」
それには応えずに教室のドアを開ける榊さんは、何故かぴたりと入口で止まった。
「どうしたの?入ろうよ」
軽く背中を押して部屋の中に踏み出して気づいた。
いつもの教室ではなく、まるでお城のような内装の中にいることに。