新たな出会い
大学へと続く道に戻った私は、小さな少年の温もりを思い返していた。
ふと自分の服に目を向けると、彼の涙でぬれたのだろうか・・・服が湿っていた。
私は慌てて踵を返すと、ボロアパートへと戻った。
家に着くと、新しい洋服を取り出し、ブラウスに袖を通した。
涙でぬれた洋服を握りしめると、少年の暗い瞳が頭をよぎった。
私の言葉は彼に届いたのだろうか・・・。
物思いに更けていると、ふと時計に目を向けた。
やばっ、もうこんな時間!
私はカバンを手に取り、ダッシュでアパートを出て行った。
ふぅ、ギリギリ間に合ったわね。
講堂へ到着すると、席の半数が埋まっていた。
私はあたりを見渡すと、知っている顔を探した。
一番後ろの席に、こちらへ手を振る知った顔を見つけると、急ぎ足でその場へ向かった。
「おはよう!鈴那珍しく遅いわね」
私は苦笑いを浮かべると彼女の隣へ腰かける。
「おはよう、彩花。ちょっと家に忘れ物しちゃって、取りに戻っていたの」
珍しいわね、と彼女が呟くと、後ろからよく知る男の声が聞こえてきた。
「よっ!鈴那、ちょっとノート見せてくれよ!」
声をかけてきた男は私の肩越しにノートを取り上げる。
「もう、元気!ノートぐらい自分で取りなさいよ」
私は振り向き、ノートを持っていった元気を睨みつけた。
そうこうしているうちに入口から先生がはいってくると、講義が始まった。
私は深いため息をつき、前へ向き直ると、カバンからルーズリーフを取り出し、ペンを走らせた。
講義が終わり、講堂を出ようとするとまた視界が光に包まれる。
ふと草の臭いが鼻を掠めた。
ゆっくり目をひらいてみると、そこは暗闇の中に月の光がかすかに差し込んでいた。
目が慣れてきたのか、次第に視界は広がり、木が生い茂る、薄暗い森の中に私は佇んでいるのだとわかった。
今日は部屋じゃないのね。
私は少年を探すように慎重に辺りを見渡す。
遠くから、かすかに怒号が耳に入ると、私は声のする方へすかさず足を向けた。
明かりがなく、真っ暗な森の中は足元が悪く何度も転びそうになった。
持っていたスマホで足元を照らそうかと考えたが、昔レイラに私の世界の物、特にその不思議な光る物体をあまり使わないほうがいい、と言い聞かせられたいたのでやめておいた。
月の光を頼りに、足元を確認しながら慎重に慎重に足を進めていくと、怒号が大きくなっていく。
次第に数人が走る音が聞こえてくると、人影も確認できるようになった。
誰かが追われている?
目を凝らして足音がする方向をじっと見つめてみると、数人の人影が座り込む人を囲んでいる姿が目にはいった。
私は急ぎ足でその人影に近づくと、ブロンドの髪が目にとまった。
まさか・・・!
私は森を走り抜けるように人影に走っていくと、騎士のような格好をした数人の男たちの姿が見えた。
「ちょっと!待ちなさい!」
私は男たちに叫ぶと、騎士たちが私へと視線を向けた。
1.2.3.4.5・・5人か・・・。
私は座り込む少年の前に立ちはだかると、騎士たちを睨みつけた。
「お前、何者だ!そこを退けろ!」
「一人相手にそんな数人で囲んでいるんだから、私がこちら側についても問題ないでしょう?」
「・・・?何言ってんだ!変な格好しやがって、退けなかれば女だろうと容赦はしない」
男は鋭い目つきで私を見据えると、洗練された動きで剣先を私へ向けた。
さて、どうしよう?話し合いで解決できそうにもないし。
レイラと度々こういった危険な直面に立たされていた私は、怯えることはなかった。
私はチラリと後ろへ視線を向けると、そこには、幼い面影を残しながらも、少し大人びた青年がじっと私を見ていた。
あら、また成長している・・・。
怯える様子を見せない私に、男たちは怪訝な表情をする。
よし、以前もこの手で逃げおおせたし・・・。
私は、そんな男たちにニッコリと微笑みを向けると、徐にカバンについている防犯ブザーを手にとった。
「おい、女!妙な動きはするな!」
剣先が私の喉へと近づいた瞬間、勢いよく防犯ブザーの紐を引っ張った。
ビィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
剣を構えていた男たちは突然の騒音に剣を落とし、耳を塞ぐと、怯んだ様子を見せた。
よし、今のうちに。
私は座りこむ少年の腕を掴むと、防犯ブザーを手にしたまま、行くよと森の中を走りだした。
少年を耳を塞ぎながら、困惑した様子を見せていたが、腕を強く引っ張ると必死に私の後についてきた。
後ろを振り返り、騎士たちの人影が小さくなったのを確認すると、私は腕を大きく振りかぶり、持っていた防犯ブザーを投げた。
これで大丈夫ね。
私はまた少年の手をひくと、防犯ブザーを投げた方向とは逆へと走っていった。
どれくらい走っただろうか・・・はぁはぁ、もうダメ・・・。
私は大きな木を見つけ、肩で息をしながら木の前に座り込むと、少年は息を切らせている様子もなく、私をじっと見下ろしていた。
「スズナ様が・・・どうしてここに?」
私は汗が流れ落ちる頬を手でパタパタと仰ぎながら
「はぁ、はぁ、どうしてだろうね?気がついたらここに居たんだ」
私は見下ろす少年に笑顔を向けた。
「君が無事でよかった」
「君じゃない・・・ルイス・・・」
ルイス・・・。
レイラ・・・私がずっと昔に話した、物語にでてくる私の好きな英雄の名前を覚えてたんだ・・・、
木に背を預けたまま、レイラの事を思い出すと、自然と顔が綻ぶのを感じた。
「どうして・・・あんな危険な真似を・・・?」
彼は苦しそうに言葉を紡ぐ。
「レイラが大事にしていたルイス君を、私が守らないはずないでしょ?」
薄暗い森の中、月明かりに照らされた彼の顔はなぜか泣きそうに見えた。
私は徐に立ち上がると、優しく彼の手を握った。
彼は最初にあった頃よりも身長は伸び、私の肩のあたりに彼の顔があった。
「私があなたを守ってあげる、だから泣かないで?なぜ殺されそうになっているのかはわからないけど・・・レイラもよく命を狙われていたわ、でもね、その度に立ち上がってしっかり前を向いていた。理不尽なことも、辛いこともこれから先いっぱいあると思うわ。でもあなたはあなたの武器で戦っていくのよ、私も力になるわ」
そう語りかけると、遠くから人の声が聞こえてきた。
私はルイスを守るように前に立つと、その人影はどんどん大きくなっていく。
何か武器になるようなものあったっけ?
私はカバンを必死に漁るが、見つけることができない。
そうこうしているうちに人影がすぐそこまで近づいてきていた。
「スズナ・・・なのか?」
そう言った男は、私の姿を見て、呆然と立ち尽くしていた。
うん?誰かしら・・・?
顔をよく見ようと一歩前に進むと、端正な顔立ちに青い瞳、美しいダークブルーの髪を束ねた見覚えのある男が立っていた。
「あなた・・・レイラについていた護衛のデニス?」
「ああ、レイラが死んで・・・もう会うことはないと思っていたが・・・、あなたはまったく変わっていないのだな・・・。」
私が知っているデニスは声変わり間もない青年だった。
若くして王妃となるレイラを守る護衛に選ばれた彼は、毎日剣の練習に明け暮れていた。
レイラはなぜか私を良くその訓練場へ連れていくので、私は彼の練習姿をよく眺めていた。
「久しぶりね!あんなに小さかったあなたが、私と同じ年ぐらいになっているなんてビックリよ」
私はふふふと笑うと彼は目を逸らした。
あら、そこは変わらないのね。
彼は昔から私が目を合わせるとなぜか目を逸らすのだ。
レイラに何度か理由を問いただしてみたが、まぁ男の子は色々あるのよ、と煙に巻かれた記憶がある。
私は背にいるルイスへ視線を向けると、彼は複雑そうな表情をし、デニスを見つめていた。
私はデニスの姿をじっと見つめると、レイラに忠誠を誓った剣を彼は腰に掲げていた。
デニスはレイラが死んでからも、その忠誠心は顕在なのね。
いつ消えるかもわからない私がルイスといるよりも、デニスに任せましょう。
私は背にしていたルイスをデニスに任せ、一緒に森を抜けようと足を踏み出したとたん、視界は真っ白になった。