1.カレーさん
学校の帰りに立ち寄ると、カレーさんはいつものように店先でカレーパンを揚げていた。じゅうーという音と香ばしい香りが、するりとわたしの鼻腔に入り込む。今、お金ないんだけど。
油切り網の上に乗ったきつね色の丸いのを見たとき、わたしは決心した。
「ひひ一つ下さい」
うっかりよだれが垂れそうになるのを、手の甲で拭った。
かくしてわたしの手には、アツアツのカレーパンが一つ。
がっつくとヤケドするよ、というカレーさんの毎度の忠告にも関わらず、わたしはかぶりついて舌をヤケドした。涙が出たが、さくさくの衣の中からあふれるカレーの味に、すぐに痛みはどこかへ飛んでいった。
カレーパン屋の店先のベンチに腰かけ、一人カレーパンを頬張る。学校帰りの至福の時。思わず自然と頬が緩むのがわかった。
客がいないとき、カレーさんはよく隣に腰かけて、タバコをふかしながらわたしに話し掛けてくる。カレーさんが昔住んでいた場所のこととか、亡くなった奥さんのこととか。あまり楽しい話題では無かったけど、カレーさんはいつも、インド人似の浅黒い顔をくしゃりと歪ませながら、笑顔で話をしてくれた。
「まぁ、北海導も今じゃあんなだけどね。昔はそりゃあキレイなとこだったんだよ。緑が一杯に広がっててね。牧場がたくさんあって、牛もたくさんいたんだ」
遠くの赤い空を眺めながらそう言うのは、そのときの情景を思い浮かべているからだろうか。
わたしもいっしょに空を眺める。
カレーパンについての話もたくさん聞いた。
「確かにここだって、いつ無くなるかわかんないけどね。けど、おれにはカレーパン揚げるしかできないから。それしか特技無いから。いつ死ぬかより、どうやって生きるかのほうが、おれには大切さ」
それに、もし本当にここが攻撃されても、休ちゃんたちがまもってくれるだろ?
カレーさんはそう言って、わたしを見てにこっと笑った。
そんな風に期待されてもなあ・・・。わたしはちょっと困ってしまったけど、それでも、カレーさんのカレーパンのためならいっしょうけんめい頑張れる、という気がした。
お金がないと言ったら、カレーパン代はツケにしてくれた。