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神様がオバケとなった日

10歳以下だとちょっぴり分からないかもしれませんので、R10とタグ付けさせていただきました。

 妖怪や幽霊と言った人間ではない"オバケ"が本として数多く存在するのは、昔の日本におきまして妖怪や幽霊が病気として扱われるからである。

 風邪やガンなどと言った今では当たり前の症状も、昔の日本ではオバケが引き起こしているとさえ言われていたのであり、それ故に病気の症状や治療法、解決法を載せた本と同じように、妖怪の本は数多く存在する。

 人間は未知を恐れ、それを一つの知恵として既知のものにしたいのだ。

 風邪やガンも今でこそウイルスなり、異常細胞の増殖などと言った形で明確な原因が分かっているが、顕微鏡などのちゃんとした設備がなかった時代では原因が分からなかったため、「病気やガンなどはオバケが引き起こしている」という事で一応理由がある物として扱いたいのである。


 病気以外でも、枯れ葉一枚でもお化けを見出し、ただの不審火の原因を妖怪として作り上げる。

 自分が分かる範囲のものとして規定して、自分達の知る"オバケ"として情報を残したい。

 それが人間という生き物なのであり、"オバケ"として規定される生き物なのである。


 これはそんな1人の人間が1匹の"オバケ"を作り出した、その時代ならどこでもあるような、そんなお話である。



 昔、昔。まだ電気の灯りすらなく、夜の闇がもっと暗かった時代。

 日がサンサンと照らす中、一人の僧侶が街道を歩いていました。

 僧侶の名前は石園(せきえん)という位の高いお坊さんでありまして、日々の暮らしの知恵や道徳を絵と文字にして書き記しながら民衆に広めるのが彼の役目なのでありました。


 石園が歩いていると、目の前から両親と子供の家族連れが歩いてきました。

 子供の方は両親の大人と居られて嬉しそうではありますが、石園は大人達が気になりました。

 どこか少しがっくりとした表情で歩いており、さらに持っているものの少なさからどこからか慌てて逃げて来たんだろうな、という事に気付いて声をかけました。


「どうかなされましたか? 良ければ拙僧に教えてくださいませんか?」


「あぁ……お坊さん。実はこの先の村でバケモノが出たんですよ」


「バケモノとは一体どのような……?」


 話を聞くと、どうもその大人達も詳しく知っているようではないようです。

 どうにも噂程度、部分的に知っている程度の要領の得ない話をまとめると、この道を行った先の先の村で火事が起こったようです。それもただの災害ではなく、徐々に近付いていると言うのです。


 ただ数件の火事だと侮るなかれ。

 この水を運ぶのにも井戸から組み上げて消火する時代に置きまして"火事"と言うものは、一種の災害なのであります。

 大量の水で火を消すというのが長年連れ添った家であろうとも、火事の広がりを防ぐために家を壊して火災の被害を最小限に防ごうという考えが広まっているこの時代に置きまして、"火災"とは起こってほしくないものなのであります。

 それだけ恐れている火災だからこそ人々の防災意識、火災にならないようにする意志は強いはずなのにも関わらず、火災がこの辺りの地域で頻繁に起こっていると言う事なのだそうです。


 1つ目の村、2つ目の村、3つ目の村……と徐々に火災がまるで生き物のように動いて近付いているらしく、その火災は水をかけようが、土をかけようが、雨が降ろうが、家を壊そうが、どんな事をしても火災を消す事は出来なくて、それどころかどんどん火災自体がどんどん大きくなっているそうです。

 それを聞いたこの家族はいつ自分達の村も襲われるかも分からないため、命こそ大事にすべきと持ち物を持って逃げ出したと言うらしいのです。


「お坊さんも気を付けてくださいね」


「はい、気を付けます」


 そう言って家族連れと別れた石園でしたが、その次の村へと行って驚きました。

 村の全ては焼け焦げてしまっていて、あらゆる家が焼けた廃墟となってしまっており、まさに地獄という言葉が相応しい世界になっていました。恐らくあの家族連れももう少し居たら、この火災と言う惨劇に巻き込まれていただろうと。


「全く……これが先々の村から続いているものだと考えるとひどく恐ろしい。数々の地を訪れたが、まさに経典にて語られる地獄の光景そのものだ。村で宿泊できる場所を探すよりかは、寒かろうとも野宿した方が良さそうだ」


 そう思っていると、いきなりポツポツと雨が降り始めました。空を見ると黒い雲がもくもくと増え始めており、雨はどんどん降り始めました。


「……雨、ですか。これは悪化してしまいますね。仕方がありません、野宿は止めてどこかで雨宿りさせていただきましょうか」


 そう言って石園はまだ屋根がある、雨宿りが出来そうな無事な場所を探しましたが、どの家も屋根まで炎で焼け焦げてしまっていたために、雨宿りできそうな雰囲気ではありませんでした。

 さらに雨宿りが出来る場所も、瓦礫などで寝るに相応しいとは言えませんでした。

 時には野宿、時には人の善意を借りて家で寝る場所を確保してきた石園はと言うと寝る場所にさほどこだわりなどはありませんでしたが、けれども寝るのに相応しいと思えませんでした。


 そう思っていて村の中を探していますと、古びた御堂を見つけました。御堂の近くには村の住居はあまりなく、それ故に村の全部が焼け焦げてしまっていてもこの御堂だけはかろうじて無事だったと言えるでしょう。もっとも御堂の半分が焼けこんで、穴が開いた壁から寒い風が吹きすさぶのを無事と呼べればの話ですが。


「……しょうがない、ここで寝るとするか」


 御堂の中に入った石園はそう言って荷物を脇に置いて、その場で横になりました。

 寒い風が肌を凍えさすように吹きすさびますが、石園の長い僧侶生活におきましてはこの程度の事なんの問題にもなりません。そのままスヤスヤと眠りに着きました。


 眠っていますと、夢に不思議な僧侶が現れました。

 夢に現れたのは背中に神々しい白い光をまとった、高貴さを感じられる濃い紫色の袈裟を着たお坊さんではありましたが、眉間が光っており、どこかこの世のものではない雰囲気を漂わせておりました。


「あなた様は?」


【我はこの辺り、一対の村々を見守る名もなき地蔵でございます】


 不思議な僧侶はそう答え、頼みがあると石園に持ち掛けました。


「地蔵様でございましたか? で、拙僧になんの御用でしょうか?」


【実は先の村で火事が多発しているのはご存じでしょうか? あれは我が守護する、とある氏子が原因なのです】


 名もなき地蔵様は石園に語りだしました。

 400年ほど昔に悪逆非道を行った犯罪者が居たらしく、その罪深き者は地獄へと落ちた。そして地獄での働きによって罪を許されて、巡り巡ってこの世界に再び人間として生まれた赤子が居ましたが、なんと地獄の鬼がその罪深き者に呪いをかけた。

 地獄の業火という呪いをかけられたその子供は自分の意思とは関係なく周囲に火災を巻き起こす。悪逆非道の犯罪者の事は確かに許されませんが、だからと言って地獄でその罪は許されているにも関わらず呪いをかけるのは可笑しい事であるし、なにより生まれたその赤子にはなんの罪もない。


【今まで我は自らの力で火による被害を出来る限り抑えて来ましたが、それも限界が来ました。これ以上、火災の被害を抑える事は出来ません。なので石園、あなたにお願いがあるのです】


「拙僧ごとき若輩者に、一体どのようなご相談でしょうか?」


 そうして尋ねた石園に対し、地蔵様が言った事は信じられないような事でした。



【我を、人に害をなすオバケにして欲しい】



 人を見守る地蔵様が石園に提案したのは、人に害をなすオバケにして欲しいと言う事でした。

 当然、石園からしてみれば全く意味が分かりませんでした。

 自らが崇める方から、人々を嫌う者にして欲しいと言うのだから、彼の困惑も当然でしょう。


「い、いったい、どう言う事でしょう?」


【赤子にかけられた業火の呪いを解く方法は、たった一つ。誰かがその呪いを肩代わりする事のみであり、それは呪いを解いたとは言えない。しかもその呪いを受けた誰かはまた新たな火種として人の世に混乱を起こす。

 だからこそ、我が呪いの全てをその身に宿し、オバケとして封印される。これこそが、一番の解決法である。幸い、そなたは絵が上手いし、字も達筆。名がない我を怪異とするには十分な人間だ】


 神は言葉に縛られ、その性質を変えられてしまう。

 元は「優しき神」だった者も人間達によって「怒れる神」という伝承が広まってしまったら、その存在自体が「怒れる神」となる事だってあり得ない話ではない。

 名もないものならば、後付けとして伝承を語るのも容易いだろう。


 地蔵様はそう言いました。


「しかし、それではお地蔵様が! オバケとして封印されます!」


 石園の言葉に、お地蔵様は笑顔で答える。


【既に赤子により、氏子は全て死ぬ、もしくはどこかへと消え去ってしまった。名もなき、ただの地蔵の事を知らない者の方が多い。しかしこの赤子は、我が救いたいのだ。

 ――――だって、我は人を見守り、救う、お地蔵様なのだからな】


 その言葉に石園は頷くしかありませんでした。



 夢の中で石園は一枚の絵を書き上げました。

 身体が石で出来た、炎をまとった怪物の絵です。そしてその怪物の絵に名前と、どういう怪物なのかを書き記して行きます。

 一筆一筆に魂を込めた絵は、やがて確かな力を持って、お地蔵様と言う存在を変えていきました。


【あ り が と う】


 最期にバケモノが封印される前に、石園に言った言葉はそんな感謝の言葉だったと言います。

 その後、石園は焼け焦げた村から一人の赤子を拾い、名前を付けて大切に育てました。


 大きくなった赤子は石園の書いた一枚の絵を見て聞きます。


「ねぇ、なんでこのカイブツさんのかお、わらってるの~?」


「それはねぇ、ちょっとしたオバケのお話を語らないといけなくなりますね~」



 病気が治ろうとも、呪いが消えようとも。


 オバケはずーっと、貴方の事を見守っている事でしょう。

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