ムライ
ピンポーン♪
「はーい」
ドアを不用意に開けてしまったことは、清美に非があった。
「ムライです」
背高帽を目深にかぶった男。シャープな顎のラインに、男性にしては珍しく薄紅色のリップをひいていた。筋の通った鼻梁は外国人のようだった。
「あの、どちら様で?」
「ムライです」
「はぁ……」
清美は眼前の男のことなど毛ほども知らなかったが、男があまりにも堂々と名乗るので、すぐにドアを閉めることは躊躇われた。
「幾らお支払になりますか?」
「はぁ……え?」
男が初めて名前以外のことを話したので、清美は虚をつかれるかたちとなった。
「あの、何のことでしょう?」
「幾らお支払になりますか?」
男のしつこい言い様に、清美はやっとドアを閉めるきっかけを得たと思い安堵した。
「あの、セールスとかそういのはウチ断ってますんで―」
そう言って清美がドアを閉めようとした瞬間、男は片足を玄関内に差し入れることで清美の行動を制した。
「ちょっと!」
男は右手をコートの内ポケットに忍ばせると1枚の写真を取り出した。映し出されていたのは清美の夫、敏だった。手足を縛られ猿轡を噛まされ、パンツ1枚で鉄条網でぐるぐる巻きにされたあられもない姿の夫。
「こっ、コレ―」
「幾らお支払になりますか?」
清美は全てを理解した。
「あ、アナタ一体―」
「ムライです」