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うろおぼえ『人魚姫』

作者: かに

あれです。「手本を見ずにガン○ムを描いてみましょう」のノリで、文献を一切見ずに記憶だけで書いてみました。途中から記憶が妄想に変わり、話がずれてきて異なる結末を迎えました。





 いまではないいつか、ここではないどこかの国のお話です。

 その国のまわりは海で囲まれていました。海はどこまでも広く深く、国に住む人々にとって海は大切なものでした。海は人びとに恵みをあたえ、人びとは海とともにくらしてきました。しかし人は海の中では生きられません。人びとは陸に家をつくり、土地をたがやして農作物をつくり、農作物というのは、畑でとれる野菜や、田んぼで実るお米のことです。そして、ときには海で魚をとり、海で遊びました。


 この国には王子さまがいて、ある日王子さまは舟に乗って海へ遊びに出ました。魚つりでもしようと思ったのでしょうか。小さな舟で出かけたので、大きな波がきたときに簡単に引っくり返ってしまいました。しかも家来が誰もついていなくて一人ぼっちです。王子さまはカナヅチではありませんでしたが、驚いて慌てたので溺れてしまいました。王子さまは気を失って海の底に沈んでいきます。


 海の中で遠くに流されていく王子さまを人魚姫が見つけました。人魚姫は、カニやエビではなく、タコでもなく、イカでもなく、タイやヒラメでもありません。上半分は人の体、下半分は魚の生き物です。手は人と同じなので指があり、器用に手先を使えます。腰から下は魚なので足はなく、鱗のついた魚の体。つま先や踵の代わりに尾びれがあります。人魚姫は魚のように自由に海の中をすいすい泳ぐことができるのです。


 人魚姫は陸にあがったことがありません。半分が魚の体では陸の上で歩くことさえできません。そして陸に住む人は海に人魚姫がいることを知りません。もしも人魚姫を見つけたら面白がって見世物小屋に売り飛ばすことでしょう。人魚姫には姉が四人ぐらいいて、みな口々にそういいました。「陸には絶対に近づいては駄目」「ひどい目にあうにきまっている」と。


 しかし人魚姫はひそかに陸にあこがれていました。ですので四人ぐらいいる姉の目を盗んでは陸の近くまで海を泳いでいたのです。溺れる王子さまを見つけたのは、そんなときでした。海の中を自由に泳ぐ魚の群れの中で、ただ沈んで流されていく王子さまの姿は異様でした。人魚姫はどうしても見過ごすことができません。王子さまを腕に抱いて、尾びれを勢いよく揺らして近くの陸まで泳ぎました。


 陸につくと砂浜に王子さまを寝かせました。海の中では気になりませんでしたが王子さまの体は重くて運ぶのに一苦労しました。太っているわけではないのですが、しっかりとした青年の体なので仕方ありません。そもそも人魚姫は王子さまを抱えて歩くことはできないので、両腕でゴロゴロ転がすだけで精一杯でした。王子さまは砂まみれになりましたが、命が助かったのだから良しとしましょう。


 人魚姫は王子さまの砂を払ってあげました。払いながら王子さまの顔や手足をじっくりと眺めました。王子さまは海の中のカニやエビやタイやヒラメの舞い踊りとは比較にならないほど、素敵な顔と体でした。人魚姫は王子さまを好きになってしまいました。

 しかし人魚姫、腰から下が魚のままでは、人とあまりにも違います。その姿を王子さまが見たら何と言うでしょう。人魚姫は王子さまが目を覚ます前に、その場から逃げました。



 もう一度会いたい。

 人魚姫は海に帰ってから、ずっとそのことばかりを考えていました。人魚の体では陸には上がれない。陸に上がらなければ王子さまには会えない。どうすればいいのでしょう。人魚姫は海の中で魚たちのうわさ話を耳にしました。


「海の奥底に魔女がいる。その魔女は人になれる薬をもっている」


 人になれば陸に上がれます。陸に上がれば王子さまに会いに行けます。人魚姫は魔女にお願いをしに行きました。


「人になれる薬をください」

 人魚姫はとても美しい声でした。

「タダではあげられないよ」

 魔女はしゃがれてカスカスの醜い声をしていました。


「なにが欲しいの? 虹色の貝がら? 青々としたワカメ?」

「そんなものはいらないよ。わたしゃおまえの美しい声が欲しい」

 人魚姫は困りました。声が出なければ、お話しができなくなります。

「おまえがその美しい声を寄こせば、わたしゃおまえに足をあげよう。立派な人の足をね」

 背に腹は代えられません。人魚姫は決めました。

「わかったわ。声をあげるから、薬をちょうだい」

 魔女はため息を一つつきました。

「いいかい人魚姫、よくお聞き。薬を飲んで手に入れた足は、かりそめの足だ。歩くと痛い。きっとおまえは痛さで泣くだろう。そしておまえの足は好きな人に会いたい一心で得られたもの。つまり好きな人を諦めなければならなくなったとき、おまえは足を失う」

「足がなくなったら人魚に戻れるのでしょう?」

「そんな都合のいい話があるかい。足がなくなるというのは、体が半分なくなることだ。全身も泡になって消えてしまうさ。それでも薬を飲むというのかね」


 それでも飲むしかありません。どうしても、もう一度会いたいのです。

 人魚姫は魔女から薬を受け取って、一口だけ飲みました。薬は今までに口にしたことがない味をしていました。苦くてどろどろとして、ひどい臭いがしました。けれど、これを飲めば人になれる、あの人に会える、そう思って残りを一気に飲み干しました。人魚姫はその場に倒れてしまいました。

「愚かで哀れな人魚姫、きっと後悔するだろう」

 魔女が意地悪く笑いました。その笑い声は、まさに人魚姫の声そのものでした。




 どれくらい時間がたったでしょうか。どうやってたどり着いたのでしょうか。人魚姫は砂浜に体を横たえていました。海の中で裸だった人魚姫は、薄汚れた粗末な衣服を着ていました。きっと魔女が気を利かせてくれたのでしょう。着せた衣服がボロボロなのは魔女が意地悪だからでしょう。


 人魚姫はゆっくりと目を覚ましました。腰から下のあたりに重みを感じたからです。人魚姫は上半身を起こして、なぜ重く感じるのかを確かめました。前は鱗だらけだった下半身は、すべすべの人の肌に変わっています。人魚姫の太もものあたりに、頭をのせて仰向けに寝ている人がいました。

 人魚姫は「もし……、もし……」と話しかけようとしましたが声が出ません。声は足と引き替えに魔女にあげてしまいました。代わりにふーふーと息を吹きかけました。そして人魚姫は胸の高鳴りをおさえられません。

 人魚姫の太ももに頭をのせて寝ている人は誰であろう、人魚姫が助けたあの人でした。


 人魚姫が息を吹きかけても身じろぎをするだけで、目を覚まそうともしなかったその人は、遠くから聞こえる「王子、どこにおいでですか!?」という声で、ようやくその瞼をあけました。

 目を覚ましたというのに体は起こさずに寝たまま。王子さまは人魚姫を見上げました。

「こんにちは。素晴らしい膝まくらをありがとう」

 人魚姫は小首を傾げます。王子さまが何を言っているのか、よくわかりません。人魚姫は膝まくらを知りませんでした。


 王子、王子とやかましい声をあげながら駆け寄ってきた家来が二人。口々に「何をなさっているのですか」と王子さまをなじります。

「また勝手にお出かけになって、この前みたいなことがあったら困ります」

 きっと海で溺れたときのことを言っているのでしょう。人魚姫に助けられなければ王子さまは命を落としていました。

「命の恩人もまだ見つけられないというのに!」

「そう、それ」

 王子は人魚姫の膝頭に頭を預けたまま受け答えをしています。なんだかとっても偉そうに見えます。

「助かったこの場所にくれば、会えるかもしれないって思ったんだけどね」


(それ、わたしのこと! わたしがあなたを助けたの!)

 どんなに心の中で叫んでも、声が出なければ伝わりません。


 王子さまは上半身を起こして人魚姫と向かい合いました。家来がそれを咎めます。

「王子、そのようなどこの誰ともわからぬ者など……」

「聞けばいいだけでしょ。君は誰? 僕はここの国の王子」

(わたしの名前は……)

 やっぱり声は出ません。一生懸命に口を開いたり閉じたり、身振り手振りでバタバタしていると、王子さまが気づいてくれました。

「もしかして、話せないの?」

 人魚姫は何度もうなずきました。

「それはちょっと不便かもしれないね。でも何とかなるでしょ。『はい』か『いいえ』で答えられるように聞くから、首を振って答えてね。縦が『はい』横が『いいえ』だよ。いい?」

 人魚姫は縦に首を振りました。


 王子さまの質問は一つだけでした。

「行く当てがないのなら、うちに来る?」

 人魚姫は縦に首を振りました。

 王子は人魚姫の身なりの貧しさから何かを感じ取ってくれたのでしょう。魔女の気配りと意地悪が思わぬ所で役に立ちました。

 

 家来二人は納得できません。

「そのような、どこの誰ともわからぬ者を」

「その説教はさっきも聞いたよ。話せないのだから仕方ないだろう?」

「気軽にお城に連れ帰られてはたまりませんな。話せないなどと、たばかっているのかもしれませぬぞ」

 王子さまは家来を一睨みすると、家来は縮み上がりました。


 王子と家来二人は男らしく大きな歩幅で歩きます。その後ろをついていく人魚姫。一足踏み込むごとに割れたガラスの上を歩くような激痛が走ります。声を出せれば悲鳴をあげたはずです。

 右足を前に出しては歯を食いしばり、左足を前に出しては涙を流しました。あまりに痛いので、王子さまや家来の歩みについていけません。歩むほどに遅れ距離が離れていきます。


 王子さまは木につないだ馬のもとにたどり着いてから、やっと後ろを振り返り、人魚姫が遠く離れていることに気づきました。早く帰ろうと気が急いていて後ろの様子に疎かになっていたようです。せっかく歩いてきた道を走って逆戻りしました。人魚姫のおぼつかない足取りと、流した涙を目にしました。

「足が痛いの?」

 人魚姫は縦に首を振ります。

「座ってみて」

 促されるままに座った人魚姫の足首を王子さまは優しく掴みました。衣服の中が見えない程度に持ち上げてつま先やふくらはぎを眺め回します。

「ケガはしていないみたいだね」

 人魚姫は縦にも横にも首を振りません。ケガはしていなくても痛いことを説明できません。それよりも、王子に足を触られていることをくすぐったく感じていました。今だけは痛みもありません。


 家来たちが王子さまを急かします。

「何をなさっているのですか!?」

「いま行く」

 王子は返事をすると同時に人魚姫を抱き上げました。

「なにやってんですかぁぁ!!」

 家来たちはとうとう怒り出しました。王子さまは適当にいなして、馬に人魚姫を乗せ自分はその後ろに乗りました。馬が背に二人を乗せて走ります。人魚姫は夢のように幸せでした。




 王子さまのおうちは、とても大きくて立派なお城でした。王子さまは食堂のテーブルの上に帳面と筆記具を用意しました。

「僕の部屋でと思ったけど、あの二人がうるさくてね」

 人魚姫が王子さまの背後に並び立つ家来たちに目を向けると、苦々しげな目つきで睨まれました。

「僕を心配するあまり、君に嫌な思いをさせて申し訳ない」

 人魚姫は首を激しく横に振りました。家来たちの様子に、自分の姉たちが重なります。姉たちは今ごろ、どれほど心配していることでしょう。

(わたしは大丈夫。王子さまに会えたの。だから安心して、姉さま)


「さて、ここに名前を書いてくれるかな」

 帳面の白紙部分を指差して筆記具を人魚姫に手渡しました。人魚姫はそれを受け取りましたが不思議そうに眺めるだけで、何も書こうとしません。何に使う道具なのかわからないのです。帳面も筆記具も海の中では不要な物でした。

 さすがに王子さまも、そんなことまでは察することができません。人魚姫が書こうとしない理由はわかりませんが、まずは自分の名前を書いてみせました。

「これが僕の名前だよ」

 人魚姫は王子さまの名前を読めませんでした。筆記具を知らないのですから、字も知っているわけがありません。しかし筆記具の使い方はわかりました。再び王子さまから筆記具を受け取り、帳面にインクを走らせます。それは字とは呼べない、ただの蛇行した線でした。王子さまは腕を組んで首をひねりました。

「違う国からきたのかな」

 波打ち際に打ち上げられていた娘です。乗っていた船が転覆してここまで流されてきたのかもしれない、と考えました。つい最近、自分も似たような目に遭ったのですから、充分にありえます。

「でも、僕の言うことはわかっているよね?」

 人魚姫は首を縦に振ります。

「文字がわからない?」


「王子をからかっているだけかもしれませぬぞー!」

 人魚姫が返事の首振りをする前に、王子の左側に控えている家来が口を挟みました。

「ならば、おまえがこの子に文字を教えて、からかっているのかどうか確かめてみよ」

 人魚姫は(そんなのはイヤ!)と思いました。

「そんな不安そうな顔をしないで。僕に字を教えてくれたのは彼なんだ。師として申し分ないと思うよ。そうだよな」

 家来はまんざらでもない様子で頷きました。

「僕が教えるよりも早く覚えられるよ。それに僕にはやらなければならないことがある」

 小首を傾げる人魚姫。王子さまは決意をあらたに宣言しました。

「僕を助けてくれた人を探し出さなければ」

(それわたし、あなたの目の前にいるわたしですからー!)

 人魚姫の心の叫びはやっぱり届きませんでした。

 


 王子さまの言うとおり、カクーサという名前の左側に控えていた家来は優秀な師でありました。人魚姫は二週間ほどで、文字と基礎的な文法を覚えました。

「おぬし、意外と頭がよいな?」

 何が意外なのか。人魚姫はムッとしましたが、師に対してそんな表情は見せられません。

 カクーサも人魚姫が王子さまをからかっているのではないことは早々に理解し、真剣に国の言語を教えました。人魚姫は、話す言葉の大体は理解していますが、知らない単語もあり、それらもカクーサから学びました。

 あとは、事のいきさつを文章にしたためて王子さまにお渡しするだけです。自分がかつて人魚であったこと、王子さまを助けたこと、声をなくした理由、歩くと足が痛い理由、伝えたいことは山ほどあります。


 そんなときでした。カクーサではない方の家来のスケーサが、人魚姫たちが教室代わりに使っていた食堂に飛び込んできました。

「王子の命の恩人が見つかったぞ!」

「まことか!?」

 ウソよ!!

 声を出せれば叫んでいたことでしょう。命の恩人の人魚姫はここにいるのです。一体どこの誰がそんな見えすいた嘘をついたのでしょうか。

「隣国の姫君らしい。散歩の折に溺れている王子を見つけて、お救いなさったそうだ」

「王子はどうなさっておる?」

「お目通し中だ。隣国の姫君ならば素性も問題あるまい。国王陛下も大層ご機嫌うるわしかったぞ」

 興奮気味に話す二人。人魚姫は話についていけません。

「これはとんとん拍子に婚姻がまとまるかもしれぬ」

 人魚姫は帳面のすきまに慌てて文字を書き記しました。カクーサの袖を引きます。


 こんいんとはなに


「なかなかに勉強熱心だな。婚姻とは結婚するということだ。隣国の姫君が王子の奥様になるということだな」

 なんということでしょう。

 ショックのあまり、人魚姫は目の前が真っ暗になり、その場に倒れてしまいました。



 それから数日、人魚姫は泣き暮らしました。王子さまにも会っていません。カクーサとスケーサはときおり心配そうな表情で差し入れをしてくれましたが、人魚姫は泣きはらした目でお礼をしたためた書を見せるだけで、受け取りませんでした。

 隣国の姫君との縁談は着々と進んでいる様子です。隣国の姫君は美人で教養もあり城内での評判も上々でした。元人魚で文字もろくに知らず、声も出ない、満足に歩けない人魚姫に縁談を阻止するすべはありません。


「おぬし、何日食うとらん? 体を壊してしまうぞ」

 カクーサは人魚姫に文字を教えているうちに、すっかり情が移ってしまったようです。人魚姫は首を横に振りました。スケーサがパンを千切って差し出しました。

「とにかく食え。明日重大な発表があるそうだ。おぬしも列席させるように言われておる。そんな貧相な有り様では王子に恥をかかせることになるぞ」

 人魚姫は自分のこけた頬をひと撫ですると、スケーサからパンを受け取りました。一つ噛むごとに涙を流しました。


 その日の夜です。人魚姫にあてがわれた部屋は海の近くにありました。窓から海を見下ろすと、姉が四人ぐらい海の上に顔を出していました。

「ほら、ごらんなさい」

「そんなに泣きはらして」

「もてあそばれて捨てられるのよ」

「きっと明日には見世物小屋行きよ」

 違う!!

 思いっきり叫んだつもりですが、のどの奥がカスカスと鳴るだけでした。


「魔女から話は聞いたわ」

「姉さまが締め上げてね」

「おまえ、足はどうなっている?」

 人魚姫は目線を下に落としました。つま先がかすかに泡立っていました。

「そろそろ泡が出始めているんじゃないかい?」

 窓から身を乗り出して首を何度も縦に振る人魚姫に、姉がナイフを投げつけました。あやうく顔面に突き刺さるところでしたが、寸前で無事に受け取りました。

「魔女からもらってきたんだ」

「姉さまが脅してね」

「そのナイフで王子を刺し殺しておしまい。そうすればおまえは人魚に戻れるよ」

 人魚姫は首を何度も横に振りました。

「魔女の話を忘れたのかい? 王子を諦めるときが、おまえの消えるときなんだよ。恩知らずな王子なんか殺してしまえ」

「いいかい、明日の朝までに殺すんだよ。わかったね」

「明日の朝に迎えにくるよ」

 四人ぐらいの姉たちは海に潜り去りました。

 人魚姫は首を横に振りながら見送りました。



 わたしが王子さまを助けたのよ。それなのに殺せるわけないじゃない。でも、泡になって消えてしまうのも嫌。どうすればいいの? 考えるの。王子さまを殺さずに、わたしも消えずにすむ方法を。

 諦めては駄目。方法は絶対にある。……諦める?


 人魚姫は魔女の言葉を正確に思い出しました。

『おまえが王子を諦めねばならなくなったとき』

 魔女はそう言いました。姉も『王子を諦めるとき』と言っていました。

 人魚姫はひらめきました。喜びのあまり両手をパチンと打ち鳴らしました。


 諦めなければいいのよ。

 結婚したって想い続けることはできるわ。声は出ないから口に出せないんだもの。誰にも知られずにずっと好きでいられる。奥様になる人は嘘つきだもの。わたしがどうして諦めなければならないのよ。そうよ。ずっとお側でお仕えすればいいんだわ。それにはまず体力をつけなきゃね。


 人魚姫は差し入れのごろごろ野菜のスープにむしゃぶりつきました。野菜を噛み砕き、スープを一息に飲み干すと、自分の身体がどれほど空腹だったのかを実感しました。



 夜が明けました。人魚姫は消えずに朝を迎えることができました。姉たちは人魚姫を迎えにきましたが、ナイフを片手に笑顔で手を振る末っ子を見て、呆れて海に帰ってしまいました。


 人魚姫は泡にはならずとも、相変わらず痛いままの足を引きずって部屋を出ました。

「ほう……、少しは顔色がよくなったな」

 安堵の表情を見せるカクーサに人魚姫は文章をしたためた紙を渡しました。


 わたしは、おしろではたらきたい。

 おうじさまのおやくに、たちたい。


「そうだな。王子に救われた身だものな。ご恩返しは必要だろう」

 スケーサももっともらしく頷きます。

(最初に助けたのは、わたしなんですけど)

 やはり引っかかりは残りますが、ご恩返しの名目で働くことが最も無難だと考えました。人魚姫は王子さまから恩返しをしてもらいたいわけではないのですから。

「どのような仕事につくかは明日にでも女中頭に相談すればよい。わたしから話を通してやろう」

「その足では、いくぶん限られるかもしれぬがな」

 声が出なくてもいい。足が痛くてもいい。生きて王子さまに仕えられればいい。泡となって消えなかった人魚姫に怖いものはもうありません。


「そうだ、この召し物を王子から預かった。これを着て列席せよとのことだ」

「ずいぶん上等そうなものだな」

「婚約のお披露目の宴だ。われわれも最上等の装いでのぞまねば」

 人魚姫はうやうやしく召し物を受け取り、部屋に戻って着替えました。姿見で自分の装いを確認しました。召し物は丈の長いシンプルなドレス。目立つ意匠といえば、背中と腰の境目あたりで結び目を作ったリボンだけでした。ただしシンプルなのは形だけで、生地は今までに見たことのない美しさです。光の当たり具合でキラキラと色を変え、いくら眺めていても飽きません。まるで人魚だったころのようだと思いました。人魚の鱗は海の中でも、岩にあがったときでも、七色に光り輝いていました。

 人魚姫は召し物と同封されていた手紙を読みました。今では、辞書がかたわらにあれば書物も読みこなせます。


 この服を着ている間は、後ろに人を立たせないこと。


 忠告文のような短い手紙でした。まるでどこかの国の暗殺者みたい。人魚姫はクスッと笑みをこぼし、自分の心が完全に立ち直っていることに安心しました。




 宴は城内で一番大きい広間で執り行われました。

 王子さまの命を救った恩人として表彰される隣国の姫君を見たときには、憤りを封じ込めるように拳を握りしめました。てのひらに力一杯ツメをたて、痕が残るほどでした。

 隣国の姫君は実に誇らしげでした。自信に満ちた表情は王子さまに愛されているがゆえのものなのでしょうか。昨夜、諦めないことを誓いましたが、王子さまと他人が愛をはぐくむ様子を眺めているのは、予想以上に辛いことかもしれません。

(でも、絶対に諦めない)

 ますます拳に力が入りますが痛みは感じませんでした。足の痛みの方が酷いからです。歩かずにいるのに、かつてない強い痛みです。立席に耐えられないほど足が痛むのなら立ち仕事も難しいでしょう。今後の生きるすべに一抹の不安をおぼえました。痛みを我慢して目に涙を浮かべて王子さまを仰ぎます。


 王子さまは隣国の姫君に向け、わかりやすい言葉で感謝の意を示しました。

「僕の命を救ってくれて本当にありがとう。もしも貴方がいなければ僕はいま、こうしてここにいることもできませんでした。心から感謝します。貴方を見つけることができて本当によかった」


 それは本当は人魚姫が賜るはずの言葉でした。いま、この場で、口のきけない人魚姫が事実を訂正することはできません。王子さまと隣国の姫君が結婚してしまったあとに人魚姫が真実を告げても、それは隣国の姫君に対する不敬罪になりかねません。悔しくて涙がこぼれました。諦めない決意は固めても全てを達観できてはいないのです。

 教え子の足が心配で横についていたカクーサが、人魚姫の涙に気づいて、肩を抱いてポンポンと叩いてくれました。

「足が痛むのか?」

 人の心の機微に疎い師は、この期におよんでも人魚姫が王子さまに向けた恋心に気づいていません。そしてもう一つの恋心にも。

「どのあたりが痛む?」

 擦ってやれば痛みも少しは和らぐかもしれないと考えて、人目につかないように一歩退いて、人魚姫の背の後ろに移動しました。


 それは一瞬のことでした。

 誰も聞いたことのない大声をあげて王子さまがひな壇から飛び降り、人魚姫とカクーサの元に駆けつけると、引ったくるように人魚姫の両肩を掴んで自分の前身に引き寄せたのです。

 主が不在になったひな壇の前には、隣国の姫君が呆然と立っていました。

「君は手紙を読まなかったのか!? 字は教わったはずだろう!?」

 人魚姫の至らなさを何度目にしても穏やかでいた王子さまの、かつてない剣幕でした。人魚姫も忠実な家来たちもわけがわかりません。


 どうされたのですか?

 声は出ないから、何度も何度も首を傾げます。王子さまは人魚姫にそっと耳打ちしました。それから深すぎるドレスの後ろのスリットに手を入れると、太ももを舐め回すように大きく一度だけ撫でました。人魚姫の全身を甘い痛みが走り、身をすくめました。何が起きているのか理解できずに、その場で硬直しているカクーサの袖をスケーサが引っ張り、人魚姫と王子さまから引き離しました。


「王子さま、お話の途中ではございませぬか」

 しびれを切らした隣国の姫君が訴えてきました。

「いいえ。話はそれまでです。ありがとうございました。貴方には感謝してもしきれないほどの恩があります。もし貴方がお困りの時には、いつどこにいようとも馳せ参じましょう」

「本日は婚約披露の宴だとうかがいました」

「はい。そうです。生涯の伴侶を得る前に、命の恩人にきちんと感謝をしたかったのです」

「つまり、わたくしは……」

「僕の命の恩人です」

 人魚姫の両肩に手を置いたまま、王子さまは笑顔をみせました。


「僕は彼女と結婚します」

 人魚姫は後ろを振り返ると、王子さまは頷きました。

「君は身よりがないのだろう? 僕のおうちに身を寄せるなら僕と結婚するしかないんだよ」


 声を出したい!

 人魚姫は、声を無くしてから今ほど声を取り戻したくなったことはありません。聞きたいことがたくさんあるのです。わたしが王子さまと結婚するの? どうして王子さまはわたしと結婚すると言っているの?

 答えは先ほど耳打ちされていました。

「僕は君の足がなければ生きていけない」



 王子さまは理想の足を求めていました。しかしどんなに探しても見つかりませんでした。王家の人脈を生かして老若男女あらゆる人のあらゆる足を見聞しました。どれもこれも王子さまを満足させられず、王子さまはとうとう人類に失望してしまいました。この際、魚類でもいい。人魚の噂をきいて一人で小舟に乗って海に出たら転覆しました。そもそも人魚に足はないと後で気づき、己の愚かさと業の深さに呆れました。

 命からがら助かり、恩義には報わねばと、目を覚ました場所に出向いたら、みすぼらしい身なりの女の子がいました。

「失礼」と一応断ってからスカートをめくって息を飲みました。自分の理想通り、否それ以上の素晴らしい足をもっていました。服の上からですが太ももに頭を乗せてみました。非常に心地よくて寝てしまいました。目が覚めてからも離れたくありませんでした。見たところ、帰る場所もなさそうだし、連れ帰ってしまえ。口がきけない? 筆談すればいいじゃないか。文字が書けない? 教えればいいじゃないか。そんなことは大した問題ではないのです。身分なんかくそくらえです。いざとなったら勘当されたって構わない。

 ただ、彼女が足を痛そうにしていることだけは気になります。彼女が痛いのならば膝まくらは諦めよう。撫でるだけでいい。この世界に存在するどんなに脆いものよりも、大事にしてあげるから。触ることすら痛むのならば眺めるだけでも構わない。彼女が痛みで歩けないときには、僕が背負ってあげるから。




 足フェチ王子は勘当されませんでした。足フェチ王子は元人魚の女の子をそれとは知らずに結婚しました。人魚姫の足はかりそめですが、まがいものではありません。彼女が声と引き替えに命がけで手に入れた足なのです。

 その後も人魚姫の足から痛みが消えることはありませんでした。

 しかし、足フェチ王子の膝まくらをしているときだけは不思議と痛くないのでした。



おわり

オチ(元ネタ)はこれ!

あなたは3時間以内に10RTされたら夏目と菜摘の人魚姫パロをかきましょう #童話パロ http://shindanmaker.com/356306


拙作「ナツメナツミ」足フェチイケメン高校生と、彼に足を見そめられてしまった女子高生のお話です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  おもしろかったです!!  元ネタに最後まで気付けなかったのがちょっと悔しいです。  絶対諦めないと決心した人魚姫はもしや愛人を狙っているのか?それともカクーサと結ばれるのか?ととんでもない…
[一言] そうきたか!と思いました。 ハッピーエンド?人魚姫ありがとうございました!
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