飛び交うせきと緑の夢
それは、大きな瓶だった。僕の顔くらいの大きさで、透明だった。
中には、緑色の赤ちゃんが入っていた。
「なあにこれは」
母ちゃんがきいた。
僕の頭にはハテナマークが浮かんでいた。これがいいこと?
「これは、緑色の赤ちゃんだ」
「そんなのみればわかるよ。これが一体どんないいことだっていうんだよ」
兄貴が怒ったような声を出した。
僕も兄貴と同感だった。これはいいことなのだろうか。我が家に瓶に入った緑色の赤ちゃんがやってきた。これって、いいこと?
「うーむ」
父ちゃんが、腕組みをして何かを考えていた。我が家の食卓が、静寂に包まれる。時計の音がきこえる。しばらくその状態が続いた。みんな、腕組みをして考えている父ちゃんの方を凝視していた。時計の音。静寂。そのまま5分近く経過した。
沈黙を最初に破ったのは、母ちゃんだった。
「ごほんっ、ごほんっ」
と、せきをしたのだ。あ、と僕も兄貴も、大事な用事を思い出したみたいにせきをした。
「ごほんっ、ごほんっ」
「ごほんっ、ごほんっ」
みんな、さっきの沈黙をもう一度繰り返したくないのだろう。それからも、ごほんごほんとせきが続いた。結構な時間続いた。そして、僕、母ちゃん、兄貴のせきが三つ重なって、ごほごほんっ、ごんごほんんごほんんっっ、みたいになった。こうなってくると、父ちゃんまでもがせきをし出した。四人分のせきが綺麗に重なる。ごほんごんっ、ごんごほっごほほごっんんっ。我が家の食卓は、さっきまでとは違い、家族のせきで満たされていた。みんなで喉が痛くなるまでせきをした。
「ごほんっ」
父ちゃんのせきを最後にして僕らの喉は完全燃焼した。終わった。もう誰もせきをすることはできないし、喋れない。喉が痛いのだ。
僕らはそれから、みんなで示し合わせたみたいに、二階の寝室へと向かった。それに言葉は必要なかった。父ちゃんが持って帰ってきた緑色の赤ちゃんが入った瓶は、そのままテーブルに置いたままにした。青い紙袋と一緒に。
僕らはそれから布団に入って一緒に眠った。父ちゃんは着替えもせずに、赤い作業着のまま眠った。それから、僕は夢をみた。
夢の中で僕は僕だった。当たり前だ。僕は僕だ。しかし何かが違う。何かがおかしい。それが一体なんなのか、正体はわからない。得体の知れない違和感があるのみだった。
しかし、時間が経ってくるにつれ、その違和感の正体がなんなのかを、僕は知った。
世界が、緑なのだ。
一面緑色。なぜ今まで気づかなかったのか不思議なくらいだ。僕がいる世界は、鮮やかな緑の世界だった。そして、僕はこの光景に既視感を覚える。前にもみた……、そうだ、これはあの赤ちゃんの緑色だ。父ちゃんが持って帰ってきた赤ちゃんの緑色なのだ。だがそれに気づいた途端、僕の夢の世界は消え去った。テレビの電源が切られて画面が黒くなるみたいに、僕の視界は真っ暗になった。
そして、目が覚めた。