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 アシルとノルベルトの二人がル・セルパンに配属されて暫く後のことだ。アメリカ中にサイレンが鳴り響いた。

「知っているとは思うが、先週シカゴで車両爆破事件があったな。主犯はロシア解放区の極右勢力らしい。ま、敵の敵は味方ってやつだ。気に食わねえけどな。アメリカ連合から要請があった。今、解放区軍は陥落させたアイオワシティのどこかにいるようだ。そこへ行って、敵勢力を壊滅させることができないだろうかということだ」

 ポールソンが文書に目を通しながら言う。文字を目で追い、たまに嫌そうに口角を上げた。

「俺達以外には、どこの部隊が派遣されるの?敵の数は?」

 アレクサンドルの質問に頷き、敵は約二百人とロボット五十体だ、と彼は答えた。ポールソンは小さくため息をついた。

「それから……派遣されるのは、俺達だけだ」

「じゃあ、アメリカ軍と合流するってことか?」

 再びアレクサンドルが問う。しかしポールソンは首を横に振った。

「いや、俺たちだけだ。全て、な」

「……はあ!?」

 ピエールもアレクサンドルも、声が裏返る。

「ちょっとちょっと……上は何考えてるわけ?まともな判断じゃないでしょ!俺たちは五人、相手は人数不明――それでも五人よりは余裕でいるよ!斥候も出せないしロボットも使えない、結果は目に見えてる!これじゃどっちがテロリストだか分かったもんじゃない、トンズラこいてもいいかな!?」

「喚くな、エール。そういう命令なんだ。……っていうか、あの二人は?」

 ポールソンがピエールをなだめ、きょろきょろと辺りを見回す。ノルベルトとアシルの姿が見えない。

「ああ、あの二人なら二時間くらい前に研究員が。そろそろ帰ってくるはずなんだけど」

 そこまでアレクサンドルが喋ったとき、ギュイオット少将に連れられた二人が来た。三人の目がそちらを向く。部屋の空気が一気に異様なものへと変わった。ピエールとアレクサンドルが硬直したまま動かない。息もできないほど、空気が張り詰めた。肌が切れるほどに沈黙が痛い。

 そんな三人に対してギュイオットは微笑んでみせた。だが、腹黒い微笑み方だった。

「……なんのおつもりです、少将」

 気圧されて、ポールソンが一歩後ずさりながら訊いた。

「何とは……何かね」

 にこやかな表情のまま、ギュイオットが尋ねる。ポールソンたち三人の表情を味わうかのようにじっくりと見回す。アレクサンドルが一歩後退する。ポールソンは手を握った。

「とぼけないでください、アイオワシティに私達だけでなんて、正気の沙汰とは思えません!それに、この二人はいったい……」

 アシルとノルベルトの二人は一見いつもと何ら変わりがない。何を考えているのか読めない目。穏やかな顔つき。だが、何か違う。ほんの数日一緒にいただけだが、三人にはそれがよく分かった。最初に入隊試験を受けていたあの時とよく似ている。

「気にしなくていい。君達だけで行くんだ。彼らには悪いが、リミッターを少々外させてもらった。前回の実験の時よりも、ほんの少しだがな。気休めにはなる、これで安心だろう。もちろん普通に会話はできるから、行き帰りの退屈は心配するな」

 研究によって、彼らはリミッターを十二分にかけている時でさえ、一人で通常の精鋭歩兵の五十人分以上の戦闘力を持つことが分かっている。それ以上は計測不能だったそうだ。

 言葉が出ない三人を残し、ギュイオット少将は退出した。沈黙が相変わらず突き刺さる。ポールソンが文書の続きに目を通す。アシルとノルベルトからの視線に耐え、彼は口を開いた。

「あー、なお、行動開始は本日の一三〇〇に指定されている。各自、準備を」

 あと三時間。時計を見て、アレクサンドルがため息をついた。

「あー、俺今死亡フラグ立ったかもしんない……」


 上空から見ると、シカゴは壊滅的だった。灰色と茶色が混ざり合っている。建物がなぎ倒され、瓦礫が散らばる。煙が未だにくすぶり、人々は絶望の境地に立たされていた。集住して助け合って生きていた人々も、これでまた散り散りだ。

「ひどいなあ。そのくせ政府はただ見てるだけだろ?反政府暴動が起きたって文句言えねえだろ」

 ピエールが呆れたように言った。その隣でアレクサンドルが窓の外をよく見ようと頑張っていた。

「ま、最新型のロボット兵器の実験も兼ねて、だったらしいけどね。ロボットのせいで、ここまで……。でも、他人のこと言えないよね。フランスだってロボットは持ってるし」

 諦めたような口調でアレクサンドルが言う。その時、声が聞こえた。

「それに、生きた兵器だって持ってるし、ね?」

 笑いながらノルベルトが付け加える。

「なに、リミッターって外したら皮肉スキルがアップするわけ?」

 ピエールのからかいに、さあ、とアシルが笑ってみせた。その時、ポールソンが静かにするよう注意した。

「こっから予定通りだ。ロボットはどれもドイツからの技術が転用されているらしい。核部分を破壊しなけりゃ止まらねえ。中華製ならよかったんだがな、すぐぶっ壊れる。アッシュ、ノル、任せたぜ。生身の敵のいる場所まで道を作ってくれ。できるよな?」

 多分、と二人は頷いた。

「百パーセントの保証なんてしない。ただ、できる確率の方が高いだけだ」

 不安そうなアレクサンドルを見て、慌ててノルベルトが付け加える。だったら問題ないよ、とアレクサンドルは笑った。ポールソンがそれを冷たい目で見ている。

「そこまでたどり着いたら、俺たち三人は建物に潜んでいる解放区軍を殲滅する。捕虜にはしなくていいそうだ。部屋の構造なんかは分かんねえから、まあいつもの感じだなこりゃあ……。アレク、エール自分の役目をこなしてくれれば問題ない」

 このビルだ、とポールソンは地図を弾いてみせた。赤で印がついている。そこは、もともと行政用にと建てられたものだった。その分つくりも頑丈で見栄えもよい。

「情報ダダ漏れかよ……アメリカのことなんか関係ねえけどさ」

 ピエールの呟きがエンジン音と重なる。


 ビルの周りの砂の地には鉄条網が張り巡らされていた。その向こうには瓦礫の山。更に奥に目的のビルがある。もちろん、そこに行き着くまでには伏兵がいるのだろう。

「センサーとか何か無いわけ?せめてどこに潜んでるか、人数くらいはさあ」

 アレクサンドルが言う。そんなもんねえよ、とポールソンが返す。彼らは大きな瓦礫の陰に隠れていた。

「上が俺らにそんな上等な装備渡すと思うか?俺たちを処分するために決まってんだろうが」

 その間にも、アシルとノルベルトは辺りを伺っていた。二人は目配せし、諦めたような表情を浮かべた。

「だめだ、向こうのロボットに気付かれた」

 他の三人が驚く。全く向こうが見えない状況でなぜそんなことが分かるのか、とでも言いたげだ。

 おそらく敵のロボットはサーモグラフィも装備している。蚊などの虫に似せた超小型ロボットで撮影などがされていないのが救いだ。だがこのままここにいれば全員殺される。ロボットの情報は建物にいる人間にも伝わっているはずだ。しかも、大雑把ではあるが人数まで分かるだろう。

 どうすんだよ、とピエールが小声でポールソンに食ってかかった。

 その時、ノルベルトとアシルが立ち上がった。瓦礫から頭が覗かないように少し中腰になっている。

「俺たちが行くから。少佐たちは人間だけを殺ってくれればいいよ。出番ないかもしれないけど」

 そう言うと、二人は瓦礫から飛び出ていった。

 やはり、ロボットがいる。型は旧式だ。気持ち悪い。人間の顔を象った白い面。一般的で中性的で、特徴がない顔。もちろん髪なんて生えていない。頭は特殊な半透明の硬化素材で覆われていて、中の回路は透けて見えている。身体も同じ素材でできていて、マネキンみたいだ。唯一の弱点は腰。上半身と下半身のつなぎ目だ。そこにできる僅かな隙間は隠すのが非常に難しい。ロボットには背骨と酷似した金属製のパイプが通っている。そのつなぎ目からもパイプは見える。骨盤のような金属からそのパイプに沿って頭まで伸びている複数のコードのどれかを破壊できれば動きは止まる。再利用も不可能だ。身体を分断してもよいが、本体を止めるにはこれが一番早い。

 ロボットがノルベルトに目を付け、銃を持って構える。銃口が彼の方を向いた。

「邪魔」

 一言、吐き捨てるように言う。彼はロボットの顔面を蹴った。ロボットがそれをなんとかかわした。しかし足が当たって面が外れ、細かな部品に覆われた顔の下が顕になる。ロボットが蹴られた頬に手をやった。

 ロボットの後ろから舌打ちが聞こえた。

「気持ち悪いんだよ、人間と同じようなことしやがって」

 そう吐き捨て、アシルが蹴りでロボットの腰を粉砕する。金属片が舞った。ロボットが崩れた。濁った茶色い煙が関節や隙間から上がっている。腕の関節から火花が散った。

 行くか、と頷きあって彼らは砂地を蹴った。隠れていたロボットが、瓦礫の間から身を起こす。張り巡らしてあるリング型の鉄条網を優雅に飛び越え、二人は瓦礫の上に背中合わせに立った。

 一体残らず片付けなければならない。そうしないと、隠れているあの三人が困る。

「生捕リニスル。生捕リニスル」

 ロボットから聞こえる音声がロシア解放区の言葉でそう言っている。抑揚のない声。ノルベルトが笑った。

「気持ち悪っ。誰がこいつらにスピーカーつけようとか思ったんだよ、別に意思疎通するわけでもねえのによ。センスを疑うね」

 全くだ、と背中でアシルが笑う。彼はにやりと笑って血色の良い唇の隙間から恐ろしい声を漏らした。

「やれるもんならやってみろ」

 その言葉を皮切りに、ロボットが襲いかかる。生捕りにするという命令のためか、武器は持っていない。

 ロボットが飛びかかった先には、二人の姿はなかった。何体かのロボットの手が、コンクリートの瓦礫にぶつかって壊れた。コンクリートも凹んでいる。細かい欠片が音を立てて落ちていった。

 器用にロボットの間をすり抜けながら、二人は確実に腰を狙って砕いていく。だが、十体も倒していないところでノルベルトが声を上げた。

「鬱陶しい!」

 そしてアシルに合図する。呆れたようにアシルが頷く。二人は隠れている三人に無線で伝えた。

「俺達だけで潰してくる。邪魔するな」

 反論する間も与えず、二人は行動に移した。

 ノルベルトの周りにいた数体のロボットが、次の瞬間には砕け散った。ついで、アシルの近くにいたロボット達も壊滅していた。少々やりすぎたらしく、瓦礫の一部まで粉砕している。しかし彼らは無傷だった。

「な……なんで?」

 アレクサンドルが瓦礫の隙間から覗き見ながら、震えた情けない声を出す。ポールソンが冷静に喋った。

「あれが、あいつらの『今の』本気なんだろうよ。もしかしたら全然本気じゃないかもしれねえけどな」

「ま、近くにいたら間違いなく一緒に殺されちゃうでしょ」

 ピエールが付け加えた。そう、最初から出番などない。彼らのシナリオには、彼らしかいらないのだ。

 その呟きの僅かな間にも、二人は次々と相手を壊していく。あっという間にそこはゴミの山になった。

「え、いない」

 少し顔を覗かせ、アレクサンドルが驚いた声を出した。二人の姿はすでにそこにはなかった。ロボットの瓦礫が煙を上げているだけだ。

「きっともう建物の中だ」

 ピエールが答える。同時に、ガラスの割れる音がした。外にいたロボットは、ものの三分ともたずに破壊された。途中に仕掛けてあるトラップも、全て壊されている。煙が上がっていてよくは見えないが、だいたいそんなところだろう。

「敵には回したくないねえ」

 そう呟くと、隣でポールソンとアレクサンドルが頷いていた。

 その頃には、建物の方から銃声がし始めた。


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