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42 終末

 マリオネットがいなくなっても、世界から争いがなくなるわけがなかった。ただ、国同士の大々的な争いはまだ再開されていない。虎視眈々と息をひそめている。

 世界中でマリオネット殲滅のニュースが流れた。新聞は全てそれを報じている。旧メキシコ領ミナティトランの近くの市場で、アイリーンはその新聞を握っていた。

「所詮その程度の奴らだったんだ、気にするな、リーン」

 団長であるマルガレーテが呟く。アイリーンにとっては何一つ慰めにはならなかった。

 モルゲンシュテルンは無事に全員が再会できた。モンテレーからは全員でここまでやって来た。これからは外国へ亡命することを目指す。

 旧ニカラグアとの国境線に近づいたある日、彼女たちがいた街に急にサイレンが鳴り響いた。何事かと街の人々は出てくる。そこにはマリオネットに対抗すべく結成されたはずの同盟軍がいた。

「準備しろ!逃げるぞ!」

 マルガレーテの命令で彼女たちは銃を握った。隠れていた小さな旅館の二階から飛び降りる。ロボットが動く音がする。風の強い日だ。空に鮮やかな雲が勢いよく流れていく。

 近くの雑木林に駆け込み、木陰から引き金を引いた。遠くで声がした。撃っては後退するのを繰り返していくうちに、反対側からも人が来た。

 悲鳴がした。

「ジェシカ!」

 浅黒い肌に金髪の眼鏡をかけた少女が足を押さえて呻く。両足に命中している。

「マルゴー!あの手を使うから……皆は逃げて!」

 マルガレーテに視線が集中する。アイリーンは命じるなとでも言いたげに彼女を見ている。マルガレーテは苦痛に顔を歪めた。

「分かった……ジェシカ、ごめん。皆、準備だ」

 その一言に、ジェシカ以外のメンバーはガスマスクとゴーグルを着けた。上から布を巻き、肌の露出を抑える。

「幸運を、ね」

 脂汗を滲ませながらジェシカが笑ってみせる。地獄で会おう、とマルガレーテが言った。彼女たちはジェシカ・ホッブズを置き去りにして去って行った。

 ロボットと人間が近づいてくる。急に彼女たちが攻撃をやめたので怪しんでいるのだ。

 ジェシカが腰のポシェットから何本もビンを取り出した。蓋を開けて中の液体をばら撒いていく。吸い込んでむせながらも彼女は続けた。少しするとそこは叫喚に満ちていた。ロボットは薬品のせいで錆びて動かなくなっていた。人々は喉や目を押さえ、ある者は吐き、ある者はもがき、ある者は動かなくなっていた。呻き声の充満する中、ジェシカは空を見たまま動くことはなかった。

 強く吹く風のせいで、街の方からも悲鳴は聞こえていた。

 モルゲンシュテルンのメンバーはニカラグアに向かっていた。途中でチャン玉楼ユイローが調達して隠していた馬に乗り、廃墟の街を駆け抜ける。薄暗くなってきたせいだろう、家がぼんやりと白く不気味だ。彼女たちは廃墟の街の教会で夜を明かすことにした。

 一人欠けた。その事実が痛い。誰も口をきかなかった。皆、悲痛な表情をしている。

「何が神よ……救ってなんかくれないくせに」

 ローザが割れたステンドグラスを睨む。やめなよ、とアイリーンがたしなめた。

「いけ好かない奴だったわ。でも、あんなふうに生きて死ぬ必要なんてなかったじゃない。どうしてただ大切な人たちと生きたいって願いが叶えられないの?何のために私たち、生きてるの。幸せになりたいと願う、それのどこがいけないの……」

 ローザの呟きが闇に消える。誰も答えなかった。

 翌日、彼女たちはまだ日が昇らないうちから行動を開始した。もう少し。もう少しでニカラグアへ入れる。その思いだけが彼女たちを動かしていた。

 突然、銃声が響いた。最後尾にいたローザが呻く。マルガレーテが命じ、廃墟の街を一気に駆け抜ける。馬の蹄の音が重々しく響く。

 ローザが撃たれたのは腕だった。幸いにも掠った程度だ。問題ないわ、と彼女が言う。しかし、追ってきたロボットを見て表情が硬くなる。単なる戦闘用ロボットではなかった。犬よりも鋭く匂いを探知する災害救助用のロボットを改造してある。ローザの血の匂いを追って来たのだ。ローザが顔をしかめた。

「マルゴー、私が囮になるわ。できるだけ早くニカラグアへ行って」

 マルガレーテが視線を落とす。

「また……家族を失うのか」

「ごめんね。でも、家族が大事なのは私も一緒。ジェシカを一人にはできないし」

 平然と言ってのけるローザの袖を、アイリーンが引っ張った。

「いや……行っちゃいや……ローザ、一緒に逃げようよ。もういやだよ、こんなの……」

 泣きながら懇願する。ローザは彼女に対しては、少し申し訳なさそうにした。

「……行くぞ」

 マルガレーテが悲痛な決断を下した。マルゴー、とアイリーンが呼ぶが、振り向くことはない。彼女の頭をローザが撫でた。

「あんたはこっちに来ないで。いきなさい」

「大好きだよ、ローザ。本当に家族だと思ってた……」

 泣きながら喋るアイリーンに、ローザが笑顔を向ける。

「知ってるよ、そんなこと」

 最小限の武器以外はマルガレーテたちに預け、反対の方向に向かうローザはアイリーンとすれ違いざまに彼女の額を小突いた。

「ありがと」

 その呟きを残し、ローザは馬を駆った。血の匂いに引き寄せられて、あのロボットたちはアイリーンたちから離れるだろう。

 もう見えなくなったローザを探すように、アイリーンは時折後ろを振り返った。何も見えないし、もう何も聞こえない。

 数日後、残ったモルゲンシュテルンの三人はテノシケという街にいた。あれからローザとは連絡が取れない。やはり、神なんていないのだ。アイリーンは唇を噛んだ。

「あと一息でニカラグアだ。失ったものもあるが、その家族のためにもなんとしても行かなければならない」

 マルガレーテが言う。ニカラグアまでは目と鼻の先だ。張が水を一口含み、手綱を握った。

 国境付近まで来ると、やはり警備が厳重になっていた。ロボットも人間も大量にいる。

「おい、お前ら……」

 アメリカの服を着た兵士が近づいてきた。近くまで来た時、銃声が響いて彼は地に倒れた。彼女たちは唖然とした。何もしていないのに――。

「おい、モルゲンシュテルンだ!捕えろ!」

 人が囲みこもうとする。銃口が向けられた。

「団長、行くね!」

 チャンが前に躍り出た。いとも簡単に前線を破壊する。

「こいつら、マジで明の明星かよ!ははっ、ついてるぜ!」

「生け捕りにしろ、日本の鬼の情報をやつらは持ってるからな!政府軍に引き渡せば高額の懸賞金が手に入るぜ!」

 張が舌打ちする。きっと誰だって良かったのだ。殺した少女をモルゲンシュテルンのメンバーだと公表するつもりだったのだ。

「ここ私に任せるね、早く!」

 怒号の飛び交う中、マルガレーテはアイリーンを引っ張って逃げた。追おうとする兵を足止めし、携帯用のスプレーを破壊する。すぐに兵士の何人かは目を押さえてうずくまった。張はガスマスクをしていた。走って建物の陰に隠れたが、意味がない。すぐにロボットと動ける兵士たちに囲まれた。

「大人しく降伏しろ。命は助けてやる。仲間のことを話すんだ。マリオネットのことも、鬼のこともな」

 指揮官らしき男が言う。張はそれを鼻で笑った。

「何馬鹿言ってるありますか。家族危険にするより、私死ぬがいいありますよ。お前みたいな卑怯者違うね」

 その一言に、沸点の低い指揮官は激高し、張を殴った。腹を蹴り、踏みつける。罵声を浴びせた。それでも張は彼を蔑んだ目で見ていた。襟を掴み、指揮官は再び怒鳴った。

「言え!」

「去死吧、笨蛋。あーあ、最期こんな綺麗事言える、私の人生幸せありますね」

 そう言って彼女は歯に仕込んでいた毒を噛んだ。指揮官の罵声が響く。

 マルガレーテとアイリーンは国境を越え、旧ニカラグアへ入っていた。なだらかな斜面に木々が生えている。その間を縫い、ひび割れたアスファルトの上を馬で駆ける。追いかけてくる音がする。戦車の音だろうか。腹に響く。

「マルゴー、後ろ!」

 アイリーンの言葉に、マルガレーテが振り向いた。ロボットが追いかけてきている。正規の戦闘用ロボットだ。ロボットたちが一列に並び、武器を構える。銃声が響き、二人は落馬した。幸いにもアイリーンは馬を失っただけだ。だが、マルガレーテの軍服には血が滲んでいる。

「行け、構うな!」

 口から血の泡を吹きながらマルガレーテが言った。アイリーンが近づいてくるのを制する。アイリーンは瞳を潤ませた。

「命令だぞ、リーン。失った家族の分までお前は生きるんだ。もうこの森を抜ければ、アメリカ軍は手出し出来なくなる。私たちを追っているのはアメリカだけだっ……」

 拳を握り、マルガレーテはアイリーンを見た。

「行け!」

 歯を食いしばって敬礼し、アイリーンは背中を見せた。大好きだよという彼女の声が風に吹き飛ぶ。

 マルガレーテが力なく拳をほどいた。口許には諦めの微笑みがある。彼女は小さく笑った。

「馬鹿……。知ってるよ、そんなこと。私たち、家族なんだから……」

 ロボットが彼女を取り囲む。鋼鉄の腕が振り上げられても、彼女は笑っていた。

 森の中をただひたすら、アイリーンは駆けた。出口が見えない。それでもこの足を止めることはならない。

「もう……もういやだぁっ……」

 息を切らし、誰かに懇願する。彼女の頬は涙に濡れていた。

「誰か助けてよおっ……」

 この台詞を、今までいったい何人の人が言ってきたことだろう。

 非情な足音が近づいてくる。無意識のうちに彼女はモルゲンシュテルンのメンバーの名前を呼んでいた。応える者などいない。

 乾いた音がして、突然足が動かなくなった。アイリーンがその場に倒れる。地面の小枝で顔を怪我した。ほふく前進で進もうとする。身体が思うように動かない。

「あの時っ……ヴェネチア行こうって、約束、したじゃない……。どんな顔して言ったのよぉ……もう、思い出せないよ……」

 泣きながら、それでも手は土を掴む。兵士が彼女の前に回り込んだ。目を見開いて彼を見た。

「何が世界平和よ……嘘つき」

 銃声と共に彼女は倒れた。

 音に驚いた鳥が一羽、飛び立った。


「あーあ、結局できなかったじゃんねえ、世界平和。だから言ったのに」

 見張りのついた研究棟の一室で、新聞を読みながらフィリップが言う。

「そんなもんのためにこんなことをしたってのか」

 彼に詰め寄るのは元ル・セルパンのロイ・ポールソンだ。無精ひげを生やしている。隣にはアレクサンドルとピエールもいた。

「少佐、やめなよ。済んだことだ、全て」

 ピエールの言葉に、ポールソンはやるせなさそうにした。納得のいっていない顔だ。

「俺は世界がどうなろうと関係ねえよ。大切な仲間が物みたいに扱われていくのが許せねえ」

 それに返す言葉は誰も思いつかなかった。

 ノルベルトとアシルが世界を混乱に陥れ、確かに一度は世界は手を組んだ。だが、それも束の間のことだった。二人を消すと、世界は再び争い始めた。ドイツとフランスはマリオネットを作った責任を問われ、各国から責められている。その背後に見据えていた理想郷計画ユートピアプランも露呈し、弁明に追われている。ドイツとフランスの溝も埋まっていない。二人が攻撃した国からは賠償を要求され、その国同士でも紛争が起こる。むしろ、世界は以前より争うようになったのかもしれない。

 フィリップたちは死刑は免れたものの、軟禁されて軍事研究からは手を引くこととなった。ル・セルパンの三人は軍から追放され、死罪が確定した。理由は何でもいい、もともとこの部隊自体が厄介払いのようなものだ。三人まとめてそうされるだけだ。それまでのわずかな期間、彼らはフィリップたちと同じ場所で監禁されている。

 ソフィーが薄い紅茶を飲みながら心理学の書類に目を通す。

「ムッシュウ。彼らは一体何がしたかったのでしょうか」

 二人は解剖された後、王立陸軍研究所の裏手に葬られた。実験動物と同じ扱いだ。

 さあ、とフィリップは微笑んだ。

「何も分からないよ。僕たちは結局、科学の力では追いつけない領域で悩んでいる。間違っていたのかすら分からない。便利な放棄理由だけどね、これは神の領域だよ」

 彼らの思考は解き明かすことはできなかった。残っていた記憶データや音声データを調査してみたが、全ては推測の域を出ない。

 フィリップは窓の外を見た。相変わらず鮮やかな雲が空を彩る。フィリップは独り言のように呟き始めた。ソフィーは黙って聞いている。

 ただ、一つ言えることはある。この世界は二人のせいで変わった。それが良いことか悪いことかは分からない。明確に言えるのは事実だけだ。

 彼らが望んだものも、できるかもしれないしできないかもしれない。それでも進んだ先に結果を見つけるしかない。

「うまくいけば人類は世界平和に辿りつけるんじゃないの?もしも、この世界が終わらないのなら――」


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