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38 幻影のパノプティコン

 グリーンズクリークで降ろされた二人は、そこから少し歩いたところにある駅へ向かった。途中、裏路地で民間人から服を手に入れ、ロシア解放区軍の制服は廃墟に隠した。

 グリーンズクリーク駅は、新しく作られた駅だ。新しくといっても相当前のことで、一帯が商用飛行機の休息地になり始めた頃、そこで行われる交易を目当てに、主に商人や貨物を輸送するために作られたものだ。グリーンズクリーク駅から路線は北に伸び、アラスカハイウェイに併設されたレールを通る。半日以上かけてフォートネルソンという街に着く。そこから更に路線は分かれているが、二人は南下してエドモントンへ向かうことにした。

 エドモントンの街で二人が見たものは、よく整備された居住区だった。整備されたというよりかは管理された、といった方が正しいのだろう。畜舎のような建物が広大な土地に立ち並ぶ。それは決して家畜小屋ではなく、人が住むためのものだ。紛争や異常気象によって住む土地を奪われた彼らは国が保護という形をとっていた。始めはそれでもよかった。だが、いつからか無理が出るようになった。国の財源が度重なる戦いによって赤字になり、保障がどうのと言っている余裕はなくなったのだ。

 整然と立ち並ぶ五階建ての住居の中には、一棟あたり四百人もの人が生活していた。そして、その建物の間には均等な幅で道がある。ブロックごとに分けられており、ブロックの境目には高い塔が立っていた。どうやら監視塔のようだ。

 市場で食糧を漁っていた二人は、乾ききった土地と表情の無い人たちに紛れていた。皆、監視塔を怯えたような目で見ていた。

 果物を見ていた二人の後ろで、二人の子どもがはしゃぎすぎてぶつかって転び、泣いた。とたんに母親らしき人が叱責する。

「早く泣くのをやめなさい!フォックスに見つかったら、怖いところへ連れて行かれますよ!」

 すると、子どもたちは息を止めながらも泣くのをやめた。大きくしゃくりあげる。ちらりと子どもたちが見たのは、あの監視塔だった。彼らが過ぎ去るのを待って、ノルベルトは果物を売っていた中年の女性に尋ねた。

「なあ、フォックスって何なんだ?」

 女性は気味悪そうにノルベルトを見た。

「知らないのかい?」

 いぶかしげにノルベルトを見る。ああ、と彼は自然に返した。

「俺たち、アラスカの方から出てきたんだ。あっちにはこんなところないからさ」

 ふん、と女性は鼻を鳴らした。

「こんなところ、ねえ」

 気を悪くしたと思い、ノルベルトは謝った。こんな場所でも、たくさんの人々の家がある場所であることに違いはない。家がある場所は、きっと誰にとっても大切な場所だ。たとえそこがどんなに汚染された土地でも、紛争の絶えない土地であっても、生まれ故郷や住んでいる場所というのはその人にとって特別なのだと聞いたことがある。

「別にいいよ。しょせん、こんなところなんだしさ。国が保護するとか言って、私たちは管理されて増やされているだけの……家畜と何ら変わりはないよ。生まれた若い奴らは戦場に連行される、負傷兵はここに閉じ込められる、作物は作ったら徴収される。おまけに管理に困ったら処分ときた。……私たちが家畜とどう違うっていうんだ。おっと、あんまり言うとフォックスが来る……」

 一呼吸おいて、女性はちらりと監視塔を見た。

「あんたらもしばらくここにいるつもりなら、言動に気をつけるんだね。あの監視塔で、フォックスっていう部隊が私たちを監視しているんだよ。私たちには分からないが、この街にはいたるところに監視カメラや盗聴器が仕掛けられているらしい。政府や軍部に見つかりでもしたら、まあいいことはないだろうね」

 その言葉を聞き、アシルが塔を見た。だが、どれだけ目をこらしても生体反応がない。もしかしたらロボットで管理しているのかもしれないと思い、店の周りにあるカメラや盗聴器を探した。それらはすぐに見つかった。本当にいくつも仕掛けられている。だが驚くべきことに、それらは電源が入っていなかった。これでは監視も何もない。それでも人々は監視塔に怯え、搾取される生活を送っている。この街は、人の心理を利用した監獄だ。全ては幻影に過ぎないのに、そこに監視員がいると思うだけで人々は規律を守ろうとする。

「このシステムは、他の場所にも?」

 ノルベルトが女性に尋ねる。ああ、と彼女は頷いた。

「私は三年前まで別のとこにいたんだけどねえ、そこも似たようなもんだった。あそこは空爆があって避難させられたけど、ここに来る途中でもたくさんこんな場所があるの」

 そう、と彼は答えた。

 人々はここ以外にも、きっとこうして縛られているのだろう。この連合国は、幻影のもとにしかもう成立し得ないのかもしれない。

 夕方のうちに二人は森の中へ踏み込んだ。夜になってからだと、逆に目立ってしまうと考えたからだ。街があった場所からかなりの距離をとり、木々の隙間に二人は息をひそめた。

 街から離れてしまえば静かなものだ。鳥のさえずる声や、たまに野生の小動物が動き回る音しかしない。森の中にロボットが放たれていた場合を考えていたが、無用の心配だったらしい。額の赤眼を使っていくら探してみても、探知できるものがない。

 太陽が沈んでもなおまだ辺りが明るい頃、二人は静かに立ち上がった。そして南を目指して歩いていく。マリオネットに対抗するための軍事同盟が組まれて以降、各国はマリオネットに関する情報を共有するようになった。時折、合同訓練もされているらしい。もうそろそろこの旅も終わりが近いだろうか。だが、もう少し時間が必要なのは確実だ。

 辺りがすっかり暗くなってもなお、二人は歩みを止めなかった。

 そうして歩き続け、昼になると近くの街へ行き、新聞やテレビの情報を集めた。再び陽が沈む前には森に入り、必要以上には出歩かず、夜に移動した。彼らが目指しているのはデンヴァーという街だ。かつてはその付近は小麦畑が広がっていたらしいが、今では森か軍事施設しかない。

 デンヴァーを目指して歩いていたある夜、二人は足を止めた。暗闇の中、互いに目配せだけで二人は動き出した。直後に彼らのいた場所に弾丸が当たる。かなり遠くの方から、ロボットの動く音と人の気配がした。

「意外とここまで弾が届くもんなんだな、もっと距離つめなきゃあいけねえのかと思ってたらよ」

 ノルベルトが笑う。笑ってる場合か、とアシルがたしなめる。

「あいつら、きっとすぐに集まってくるぜ。何度もシミュレーションする時間は十二分にあった。厄介だな。だから会いたくなかったんだけど」

 瞬く間にロボットとの距離を詰めた。そこにいたのはアメリカ連合軍機械部隊だった。小さめのドラム缶の上に半球状の頭がついたような形をしたロボットだ。人型ではない。キャタピラで動いているらしい。ロボットに指令を出している人間を見つけ、素早く首を折る。ロボットの動きが止まった。今まで着ていた服を脱いで、二人は軍服に着替えた。そうしている間に、ロボットの今までついていなかったランプが灯った。遠隔操作状態のサインだ。

「一気にやるか」

 ノルベルトがロボットを輸送していたであろう大型車に乗り込む。エンジンキーも刺さったままだ。座席の調整もしないまま、彼は車を発進させた。車に張り付くロボットを振り落し、アシルに群がるロボット目がけてアクセルを踏む。派手な音がしてロボットが粉砕されていく。車が進まなくなったところで、ノルベルトは荷台に移動した。そこにはすでにアシルがいた。

「お前、俺まで轢き殺すつもりか!?死ぬかと思った!」

 文句を言う彼に謝り、二人は荷台のコンテナに入った。ロボットは全て出ているようで、中には一台もいなかった。だが、外にはまだいる。轢き損ねたロボットが二人を追って、コンテナの外に群がっている。二人の足元には武器が転がっていた。手に取り、仕方ないかと二人は目配せした。

 手榴弾をばら撒き、二人は残ったロボットを壊していった。噴煙があがるだけでも止まるロボットがいる。二人は全てのロボットが停止した一瞬を見逃さず、その場から逃げ出した。

「まずい、もうすぐ追加部隊が到着する!その前にどうにかしないと……」

 だが、赤眼を使ってみる限り、完全に包囲されている。このまま闇雲に駆け回ったところで、不利にしかならない。

 そんな、まだ終われないのに――。

 二人がそう思った時、かすかに知っている匂いがした。二人はそちらを目指し、森のさらに奥に駆けて行った。


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