37 裏表の側面
「チトセ、お前も面を取れ」
小さくため息をついて、赤い瞳の女性がぽつりと言った。傍らにいる男性は彼女を見た。
「え?でもこれ、ササイ中将からの命令で……」
「別にいいだろう。もう飽きた」
二人でぼそぼそと喋り、男性は面を外した。額には先ほどの女性と同じような青い目の模様が光っている。二人とも、歳はノルベルトたちとたいして変わらない。
「目的は何だ。なぜ、ここに来た。これから何をしようとしている」
女性が言う。ノルベルトが喋った。自分たちが世界を平和にするために、世界の敵になろうとしていること。そして、今まで行ってきた許されざる行為を。
一通り話を聞き終わり、男性は苦々しげに言った。
「馬鹿か。お前ら、神にでもなったつもりか?自分たちの勝手な思い込みに、これ以上何人を犠牲にするつもりだ。分かっているのか、お前ら自身の罪を」
分かっている、と答えたのはアシルだった。
「でも、今はこれ以外のどんな方法がある?俺たちは死んでも生き返らせられる。再び作られる。永遠にだ。永遠に誰かを殺め続け、この地上から戦争は消えない。なら、この力と自我を保てる機会を使って、どんな犠牲の上にでも世界平和を築き上げる。この戦いでの犠牲者と、これからの終わらない戦火の中の犠牲者、どちらの数が多い?」
その言葉を鼻で笑ったのは女性だ。
「見上げた妄想だ……。馬鹿馬鹿しい。だが、同じ作られた人形同士、その夢物語に協力してやらんでもない」
「サクラ!?」
男性が驚いて彼女を振り返る。驚いたのはノルベルトたちも同じだ。
「ただし、貴様らをアメリカに渡航させる手助けをする条件をつける」
なんだ、とノルベルトが尋ねた。
「私は日本国を守ることができれば、他の国がどうなろうと関係ない。好きなようにしろ。代わりに、私は国民を守るためならどんな化け物にだってなってやる。だから、日本中立国に手を出すな」
冷淡な目が二人を見据える。鬼のような目だ。
「分かった。……約束しよう、日本国には関わらない。ただし、俺たちからも関わらない条件を提示させてもらう。もし、世界が平和になった暁には鬼の製造をやめてほしい」
女性の顔つきが険しくなった。
「私一人にどうこうできる範囲を超えている」
それでも、とノルベルトが食い下がった。
「世界が平和なら、もう俺たちみたいなやつは必要ない」
「だからなんだ。俺たちに死ねというのか。国の守護を任されている五人の鬼に」
男性が二人を睨みつける。女性が口を開いた。
「どこまでも見下げた奴らだ。安心しろ。どうせ四年後には今の鬼は死んでいる」
唖然としたのは男性だった。聞いていないのか、と女性が言う。
「国家プロジェクトだ。そういう計画らしい。詳しいことは私も知らない。だが、五年後の世界を私たちは見ることはない。だから、もし世界平和をやり遂げる可能性があるならやってみるがいい。私たちが死ぬ前に、その理想郷を見せてもらおうか」
なら、とアシルが彼女をまっすぐ見た。
「交渉成立ってことで、いいか」
ああ、と女性が不敵に言う。
「チトセ、アカシカイトに連絡が取れるか。商用機で来てほしい。あと、食糧も少し持って来させろ」
「カイト君?別にいいけど、自分とこの隊の人使えば?」
「あいつを何のために助けたと思っているんだ。私はあいつの腕を買っている」
そう、と呟き、男性が無線で連絡をとった。しばらくすると、日米間の小型商用飛行機が一機やって来た。
「少佐ー、どうなさったんですかあ、こんな場所で……。なにかいい商品でも?」
飛行機から現れたのは、一人の青年だった。黒い長めの髪を、後ろで一つに束ねている。
「ああ、アメリカへの商品だ。速達で頼む」
女性が二人に飛行機に乗るように言う。そのあとから、彼らも飛行機に乗った。
「グリーンズクリークでいいだろう。正規航路にも含まれるし、アジアからの小型機の休息地点としても有名だ。近くに街もあるし、そこが一番いい」
「ありがとう、そこからは自分たちで何とかする」
二人は礼を述べた。
こうした日本製の飛行機は独自開発されたエンジンにより、大気中の物質をエネルギーに変換し、半永久的に使えるようになっている。そしてスピードと安全性は世界に誇るものだった。鎖国状態にある今は、技術流出を防ぐためにも世界的な流通量は極めて少ない。
青い海の上を越える間、彼らは缶詰を腹に入れた。眼下に見える鮮やかな雲も、あと何度見れるか分からない。
グリーンズクリークは、かつて鉄や亜鉛などの採掘場があった。今は植物も生えていない状態で放置されている。到着した彼らの他にも、数機のアジア国籍の飛行機が見えた。どれも商用だ。遠方の国のものは、編隊を組んでいるようだった。
「私たちができるのはここまでだ。できるものなら、世界平和を実現させてみろ」
女性が風に吹き飛ばされないよう大きな声で言う。
「ありがとう、必ずやってみせるから。だから、もう二度と会わないけど」
二人は笑顔で手を振った。冷徹な瞳で二人を見据えたまま、彼女はシートベルトを締め直した。三人を乗せた機体が浮く。
早々にそこを去るノルベルトたちを目で追いながら、男性が喋る。
「よく彼らの意見に耳を貸したね。こんなこと、上に知れたらどうなるか」
「構わん。笹井中将のおっしゃることには、危害を排除するために柔軟に対処しろということだ。事実、日本国への脅威は去った」
でも、と男性が付け加える。
「あれでまた何人も死ぬんだ、俺たちの知らないところでね。俺たちはその手助けをしてしまった」
女性が長い髪を掻き上げる。
「知ったことじゃない。破格の条件で日本の安全が守れる。知らないようだがな、千歳。四年後に私たちが死んでも、この国から鬼はいなくならない。四年後の実用化に目処がついたらしい、新たな鬼が誕生する。私とお前の遺伝子を使った鬼だ。私たち五人はその繋ぎでしかない」
「え……俺と、桜の、子どもってこと?」
千歳と言われた男性が目を見開く。
「まあそうなるのか。あいにく、顔も見ずに私たちは死ぬがな。現時点で肉体だけはすでに兵士採用基準を満たしているというから、身体だけは立派に大人らしい。まだ何のプログラムも組み込まれていないから、脳は乳児そのものだそうだが」
複雑そうな顔で男性が腕を組む。しかし、どこか嬉しそうな表情だ。
「だったら……せめて、五年後の世界は平和であってほしいね。俺だってこんな状況よりは、平和に過ごせる方がずっと好きだよ」
そう言って男性はちらりと眼下に広がる海原を見た。青い海が、太陽の光を反射してきらめく。ところどころ、流出した油が浮いて七色に見えた。
三人を乗せた飛行機は、北海道西岸司令部を目指して帰っていった。




