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36 鬼

 軍事同盟は、フランス・ドイツ両王国を中心にまとめられた。今まで被害が出た国や、これから被害に遭いそうな国々が参加を表明した。もちろん、参加していない国もある。はるか昔から永世中立を保っているスイスは自分で防衛すると宣言したし、数十年前に武装中立宣言をした日本は参加しなかった。

 人々が当面の間望んでいるものは、安心という言葉だった。軍事同盟に参加した国は、同盟国にマリオネットが出現した際には軍を出し合い、捕獲もしくは殺害すること。その間、世界規模で行われていたはずの戦争は中断すること。特にマリオネットの被害に遭った地区で治安が不安定になるなら、許可を得た国の軍が治安維持を行うこと。とにかく、何もかもを一旦放棄して、マリオネットの駆除に集中すること。人々は束の間、互いを仲間とすることに決めた。

 エカテリンブルクを離れたノルベルトとアシルは、中華共栄圏の旧カザフスタン領のアトバサルを経由し、中華共栄圏本領に入った。乾いた土地に保水材を埋め込み、人工的に作られた森を越えた。楼蘭ローラン基地を壊し、そこにあった兵器で中華共栄圏属州に攻撃をしかけ、内乱を呼ぶ。ひび割れた道を駆け、二人は再びロシア解放区の極東、ルドナヤプリスタニに身をひそめた。シホテアリニ山脈島と言われるそこは、かつて山脈があった付近が海に沈んだため、群島のようになった場所だ。

「こういう時、人形マリオネットの身体って便利だと思うんだ」

 草を食べながらノルベルトが言う。彼らはその頑丈な身体の作りゆえ、普通人間が食べられないものでも食べることができる。

「目下の問題はアメリカだろ。どうやって渡るかだ」

 同じように草を食べながらアシルが言う。彼らの持っている案は二つだ。一つは、おとなしく東シベリアのチュコト半島まで向かい、アラスカへ渡ること。もう一つは一度日本中立国へ行き、日本から帰るアメリカ商船に乗りこむ案。

「どっちにしたって危険なことに変わりはないんだ」

 ノルベルトが一呼吸おいて続けた。

「チュコト半島に向かうまでに、解放区軍にやられるかもしれない。日本はここからなら侵入はしやすいが、俺たちと同じ人形がいる。日本のことだから、外国に詳細は公表していないが随分高性能なはずだ。それに、アメリカへ渡り切れる確率は低くなる」

 でも、とアシルは呟いた。

「俺はその人形……いや、日本では鬼って言われてるのか。そいつらが気になる。これからの世界のために、どうしても会わなくちゃいけないと思うんだ」

 ああ、とノルベルトが賛同する。

「決まりだな」

 二人は顔を見合わせた。この無謀な計画に、思わず笑いがこぼれてしまう。

 夜明け前に、二人は樺太のホルムスクというところにいた。樺太は一帯が非武装地帯に指定されている。最後に戦闘が行われたのはもう随分と昔の話だ。そのおかげで緑豊かな土地が広がる。しかし、人はいない。かつてここに対人地雷が大量にばらまかれ、無秩序な戦闘が行われ、国際会議で問題となり、そこに住んでいた人はロシア解放区や日本中立国の他の安全な場所へ避難させられたのだ。今でも時折、動物たちが地雷を踏むという。街は時が止まったまま、自然に飲まれていた。

「世界にはこんなところもあるんだな」

 ノルベルトが言う。彼らの特殊な目には、地雷がどこにあるかが完全に分かっていた。その時、彼らのいる場所よりも南に戦闘機の音が聞こえた。顔を見合わせ、そちらへ向かう。しばらくすると、二人分の生体反応が見えた。武器は持っている。だが、攻撃する気はないのか、構えていない。木々の間から彼らは姿を見せた。そこにいたのは、日本中立国陸軍の制服を着た二人の人物だった。

 一人は茶色い癖毛の男。もう一人は長い黒髪の女。どちらも白い狐の面をつけ、顔を隠し、手には一振りの日本刀を持っている。

「何のまねだ?俺たちは別に領土侵犯してないはずだ」

 日本語でノルベルトが喋る。すると、女の声がした。落ち着いた声だ。

「日本国武装中立宣言。日本国民に危害を加える恐れがあると判断された場合、どのような手段を使ってもこれを排除する」

「ちょっと待て。ここは非武装地帯だ。戦闘は避けた方が賢明だと思うが……」

 ノルベルトが慌てて付け加えると、またも冷静な声が返ってきた。

「日本国は樺太非武装地帯化条約に合意していない。条約が結ばれたワルシャワ国際会議に参加してすらいない。よって、この条約に関する一切に従う理由はない。それに、誰が私たちを監視している?」

 なるほど、とアシルは微笑んだ。

「で、なんだってそんなに顔を隠してるんだ?」

「知るか。上からの命令だ」

 女性はそれだけ言うと、手に持っていた刀をすらりと抜いた。白い刃が光を跳ね返す。

「サクラ、もうやるの?」

 男性が尋ねる。別にいいだろう、と拗ねたように女性が言う。

「世界がどうなろうと知ったことじゃない。だが、日本国に一歩たりとも立ち入れさせん」

 そう言い、彼女はまっすぐにアシルの心臓をめがけて刀を突き出した。それをかわし、彼は慌てたように言う。

「違う、戦いに来たわけじゃないんだ!話を聞いてほしい!」

 耳を貸さず、彼女は無言で刀を振るった。常人にはあり得ない速度、力で攻撃している。面の奥で赤い瞳が光っているのが見えた。

「そうか、鬼か!」

 そう言い、アシルが銃を発砲する。外れて地面に当たった一発が引き金となり、地雷が爆発する。土煙の舞う中、狐面の男性がため息をついた。

「あーもう、すぐ一人でやろうとするんだから……。じゃあ、俺に付き合ってもらおうか」

 彼も刀を抜き、ノルベルトに切っ先を向ける。ノルベルトが微笑んだ。

 土埃が舞い、動物たちもけたたましく逃げる。時折地雷が爆発した。火花が散り、発砲音がする。彼らは一時間近くもそこで戦っていた。

「いい加減にしてくれ!俺たちは別に殺し合いをしに来たわけじゃない!」

「黙れ!貴様ら、フランスとドイツのマリオネットだろう。蛮行は聞いている。中華共栄圏での内乱も、スペインの自治区紛争も貴様らが原因だろう。今度は日本か。そうはさせん!」

「違う!俺たちには、もっと別の目的がある!世界を平和にするために!」

 そう叫び、アシルが銃で女性の顔面をめがけて発砲した。見事にそれは命中し、女性が倒れる。

「サクラ!」

 男性が駆け寄った。サクラと呼ばれた彼女は顔を押さえ、ゆっくりと起き上った。面は割れている。彼女がこちらを睨んだ。目つきの悪い眠たげな赤い眼がアシルとノルベルトを捉える。その額には赤い目のような光る模様があった。


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