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33 偽装ノスタルジア

 だんだんと風景が懐かしくなってくる。よく知った街が目に入る。月が空に滲む。満月は少し前に過ぎた。欠けた形が雲に見え隠れしていた。

 フランス陸軍本部は、厳重な警備体制だった。いたるところに監視カメラがあり、人が配置されている。武装させたロボットもいる。軍にいた時から分かりきっていることだ。

 薄暗い路地で二人は頷き合うと、ノルベルトはロボットよりも人が多く配置されている塀の近くへ、アシルはその少し距離をとった所へと移動した。アシルの手には手榴弾があった。物陰からうかがっていると、警備している兵士の私語が聞こえた。

人形マリオネットがいるっていうんだろ、この近くに」

「とか上は言ってるけど、実際どうなんだか分かりゃしねえ。つい今朝だって、ドイツにいるとか情報が入ってた割にはスペインにいたんだろ?」

「らしいな。そのままアフリカに行ってくれりゃありがてえんだがな」

 そう言って兵士が足元の小石を蹴った瞬間、アシルが手榴弾を投げた。兵士の近くにいた戦闘用ロボットに当たる。ロボットの持っていた武器が呼応するように爆発する。サイレンが鳴り響いた。人々の声がする。足音がすぐ近くに聞こえた。爆発で倒れた兵士の武器をちぎるように奪い取り、アシルが中へ駆けていく。粉塵の中で、幾人かの悲鳴が聞こえた。粉塵がすっかり収まり、人々が他の場所から駆けつけた頃には、そこにアシルの姿はなかった。

「相変わらずこういうことは派手にやってくれるね」

 頬に返り血をつけたノルベルトが笑う。彼は先ほどアシルが起こした騒ぎに乗じて侵入し、出会った兵士やロボットを手当たり次第に手にかけていたところだ。周囲に人がいないのを確認すると、彼はまっすぐにある場所を目指した。アシルとはそこで合流することになっている。そこは、全てが始まった場所だ。

 廊下のいたる所にある監視カメラに姿がうつされているのを自覚しながら、ノルベルトは走った。アシルも近くにいる。少し安心すると、心なしか走る速度が速くなる。そして彼は一つの曲がり角で立ち止まった。扉が見える。壁にも床にもそこら中に血がついている。この扉を守っていた兵士のものだ。アシルがやったのだろう。匂いがかすかに残っている。彼は用心しながら扉へ近づいた。耳を澄ませば、大勢がこちらへ駆けてくる足音もする。もちろん、人間の足ならまだ着かない。扉を開けて入り、念の為に内側から簡単に鍵をかける。

 中には更に扉があった。厳重にパスコードで管理されている。だが、ノルベルトはいとも簡単にそれを開けた。いつも、よく見ていたから嫌でも覚えていた。扉が開くと、中にはすでにアシルがいた。その部屋は、いつも彼らが使っていた部屋、メンテナンスを行う部屋だった。アシルは二人に関する重要データを漁って処分していたところだ。

「遅かったな、ノル」

「悪いな。意外に人がいたもんで、ちょっとばかり遠回りになった」

 再会の挨拶を交わし、二人は機械に囲まれた部屋を歩いて行った。後には点々と血が落ちる。いつも使っていたベッドや椅子を横目に、二人は足を止めることはなかった。一番奥の扉をアシルがゆっくりと開ける。ノルベルトの息を飲む音が聞こえた。

「これが……本当に……」

 そうだ、とアシルが頷く。

「俺も最初、見なければ良かったと思った。けど、俺たち二人はここで作られたんだ」

 緑の液体が入った水槽の中には、相変わらず裸のまま入れられている二人の姿があった。

「これがある限り、俺たちは作られ続ける」

 アシルがぽつりと呟いた。

「自分で自分を殺すのか……なかなか出来ねえ貴重な体験だな」

 ノルベルトが嘲笑する。二人銃を構えた。背中合わせの状態で、二人は水槽に向けて銃を撃った。狭い空間にガラスが壊れる音と液体が跳ねる音、生き物のうめき声が充満した。

 三分ほどして、その部屋は静かになった。二人とも息があがっている。その時、一人分の足音がした。フィリップだった。目の前の光景に愕然とし、彼は震えていた。

「な……なんてことを!」

 ノルベルトが銃口を彼に向けた。アシルは移動してパソコンに向かい、キーボードを叩いていた。

「ノル、この部屋のロックナンバーを変更した。これで外部から侵入はできない。強制解除システムも今は使えない」

 悪いな、とノルベルトが応える。

「さて、ムッシュウ。少しお話があるのですが」

 ノルベルトの言葉に、フィリップが現実に呼び戻されたような反応を見せる。

「その前に君たち……君たち二人はリミッターを全解除にしていたはずだけど?」

「ええ、その件も含めてお話があります」

 淡々とアシルが話す。

「俺たち二人はリミッターを全解除にされていたはずです。しかし、今は制御されているかのような人格を持ち、なおかつ戦闘力はリミッター解除の時と変わらない……。俺たち自身もなぜ、こうなったのかは説明がつきません。感情もありますし、記憶も全て蘇りました。もちろん、書き換えられたり削除された部分も含めて」

 アシルの言葉を聞いているうちに、フィリップが段々と科学者として興奮していくのが分かった。頬が紅潮している。

「けど、そんなものはどうだっていい。ムッシュウ、ここからが本題です。あなたに頼みがあります。俺たちはこれから、世界を回ります。そして、世界平和を実現させてみせます。ですから、どうかもうこの研究から手を引いてください。俺たちが世界のどこにいるかがチップのせいで分かったとしても、何もしないでください」

 ぽかんとしてフィリップはアシルの顔を見ていた。少しして、彼はこみ上げてくる笑いを必死にこらえ始めた。

「あはあ、本当に面白いね、君たちは。まだ僕は研究し足りない……!もっと、君たちのことが知りたくなる!面白い!けどね、そんな君たちなら分かるはずだ。この世界はたった二人でどうこうできるものじゃなくなっている。平和なんて、もうとうの昔から望めない無理難題だよ。僕に研究から手を引いて欲しい?軍が許すわけがないよ。居場所が分かっても何もするな?機械さえ使えば、僕でなくたって居場所は分かる。僕にできるのはせいぜい上官に盾突いて処分されることくらいさ」

 フィリップは近くの椅子に腰掛けた。

「あーあ、貴重なスペアをこんなにして、君たちは何をするつもりだったの?聞けばスペインやポルトガルなんかでもいざこざを起こしているそうじゃない」

「世界平和のため、です」

 ノルベルトが答えた。

「またそれえ?どういうことなのか、僕にも分かるように説明してもらわなくちゃ。世界平和のために、なんで君たちは暴れまわってるの?」

「これから俺たちは世界で暴動を起こします。人形マリオネットの仕業ならば一国の軍隊では太刀打ちできない。きっと世界中が手を組むはずです。後は俺たちを消し去れば、共通の敵を消すために協力したという事実が残る」

 ふうっとフィリップは息をついた。

「素晴らしい机上の空論だねえ、いやもう妄想だよ、それは」

 ノルベルトが軽く睨む。フィリップは彼を見ても恐怖は感じないように笑ってみせた。

「だってさ、考えてもごらんよ。仮にそれが成功したとして、本当に世界はもう争わなくなるという保障はあるの?それに、もともと君たちを作ったのはドイツとフランスなんだから、この二国が世界から責められないとでも?君たちを消し去るのに、いったい何人の血が流れるんだろうね?おまけに責任を取らされるのは僕だ。参ったなあ。すでにあれだけの被害を出してるんだから、僕の未来は真っ暗だよ、どうしてくれんの。……君たちはこういった要素を無視して、新しい世界を作ろうというの?」

 ノルベルトが唇を噛む。

「それでも、やらなければいけない。ムッシュウ。俺たちはもう始めてしまったんです。戻れないんだ。だから、するしかないんです」

 フィリップがふっと微笑んだ。二人が奇異な目を向ける。

「いやあ、ただ面白いと思っただけだよ。君たちのことは研究し足りないけどねえ。なんでそんなふうに考えるようになったのか。そもそもなぜ、リミッター全解除の状態からそこまで自動復帰できたのか。でもまあ惜しいことに、もうそろそろお別れの予感だ」

 扉を叩く音がする。ロックナンバーが変わっているせいで、部屋に入れない人たちが無理矢理開けようとしているのだ。

「僕がさっき言った要素、全てをなんとかしてみせるというのなら、その手で証明してごらん。まあ、一〇〇パーセント無理だと思うけどねえ。もし世界平和が実現できたら、もう二度とマリオネットは作らない、約束しよう。世界規模で呼びかけてあげよう。ああ、君たちのお墓くらいは僕が私費で作ってあげるよ」

 呑気に喋るフィリップを横目に、アシルが壁の厚さを確かめ、逃走経路を考えていた。

「ムッシュウ。本当にお別れです。うまくいけば、もう会うことはないでしょう」

「うん」

 ノルベルトの、感情のこもらない最後の挨拶に、フィリップは笑った。

「……ただ、一つだけお礼を言いたい。こんな身体になったのはあなたがたのせいだけど、こんな身体だからこそできることがあった。……感謝、しています」

 さようなら、と二人は呟くと、手榴弾の煙にまぎれて姿を消した。爆音で耳が聞こえなくなる。それでも外では大混乱しているのがよくわかった。

「ムッシュウ!」

 ソフィーの声がした。二人が空けた壁の穴から入ってきたらしい。二人の姿を探していた。

「ここにはもういないよ。さっき出て行ったよ」

 そうですか、と残念そうな声がする。すっかり砂埃が積もった白衣の裾を手で払い、フィリップは立ち上がった。

「彼らはねえ、人形マリオネットじゃなかったよ」

 唐突な彼の言葉に、ソフィーが聞き返した。なんでもないよ、と笑うとフィリップは扉の方へ歩いて行った。


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