21 親切な陰謀
日本に来ると、いつも不思議でならない。軍人も警備しているし、崩壊した街には対空ミサイルがあったり、そこは他の国と変わらない。しかし、人々がそんな戦いとは無関係の生活を送っている。使える街は今でも賑わい、受け継がれてきた文化が花開いている。流行を追いかけ、カラフルで意味不明な雑貨がある。子供の声はするし、音楽も溢れている。他の国では見られない光景だ。
日本に移住したいと願う者は沢山いるが、現在日本政府は移民を受け入れてはいない。そこまでの余裕はないらしい。留学生も自由に行き来できるわけではなく、ノルベルト達のように軍など、身元証明ができる公的機関から正式に申請し、さらに日本政府の承認がないと留学はできない。その割りには観光客はいる。何がなんだか分からない、それが今の世界だ。
「早く帰って来れたんだな。もっと向こうにいるのかと思った」
二人が昼近くになって学校に行くと、同級生が歓迎した。
「怪我もなさそうで安心したよ」
懐かしむような声。二人にとって、同級生達は明確に名前も顔も、何もかもを思い出せるデータ上の存在に等しい。何が懐かしいのかさっぱり分からない。しかし、もう疑問に思うのはやめた。データ上の存在と彼らの一番違うところは、目の前にいるかいないか、だ。ただそれだけのことだったが、そう思った自分自身に二人は驚いていた。軍にいた時には思いもしなかったことだ。
そこは相変わらず平穏な場所だった。外部からの脅威に晒されにくい所に位置するせいもあるだろう。瀬戸内地方を警備する日本軍瀬戸内司令部は、訓練校を卒業した後はバカンス気分で仕事が出来る場所だと言われるほどだ。実際にスクランブルは無く、温暖な気候は楽園と言われる。普段は自然災害の対策などの任務に就いている兵が多いらしい。
一方で対露・中の主戦力である北海道西岸司令部などは、地獄のハズレくじと言われていた。冬になれば雪も降り、死亡率は各司令部を比べるとダントツで一位だ。シェルショックによって戦闘不能に陥る兵も最も多い。そこにはどうやら、鬼と言われる司令官が二人いるらしい。鬼というのは日本の人形のことだ。日本は資源が乏しいため、無人戦闘機やロボットを量産できない。そのため人体を改造して対抗しているということだ。現在日本は鎖国状態のため、その実態は明らかになっていないが、鬼は五人いるという話だ。
今度はどんなことしてたの、という質問は皆が聞きたい内容のようだった。しかし、話せるわけがない。適当に誤魔化した。それに、リミッターを戻した後、宿舎に帰った時のポールソン達のあの反応。あの微妙な空気は一体なんだったのか。
「そういえば、B組のローザとアイリーンの二人は?」
ノルベルトが尋ねる。
「ああ、あの二人、帰るんだって」
「え?」
思わぬ答えに、二人は声をあげた。
「結局アメリカに帰って、確か米西休戦協定が結ばれた次の日だったっけ。退学の連絡があったらしいよ」
「そうそう、何で退学するのか、理由は俺達は聞いてないんだよな」
「まあ、向こうはアメリカ軍だからなあ」
そうか、と呟いてアシルは眉をひそめた。
「おやあ?もしかして、寂しい!?」
「はああ!?」
同じクラスの岩田がアシルの額をつつく。思わず間抜けな声が出た。
「んなわけねーよ、何でそうなるんだよ!」
「だあって、お前ら仲良かったしさあ。当ててやろうか、絶対ヒューストンさんだろ!?」
岩田の言葉に賛同する声が上がる。アシルの脳裏にアイリーンの顔が浮かんだ。思い浮かべた彼女はなぜか笑顔だった。心なしか己の顔が熱を持っているように思えた。実際そうなのかもしれない。
「違う!そんなわけない!なんでだよ!」
必死に弁解の言葉を並べるが、上手く反論できない。なぜだ。焦燥に駆られながら、アシルは言葉を探した。ふと顔を上げると、にやにやと笑うノルベルトと目が合った。
「そっか。そうだったのか。俺に知らせないなんてアッシュ、お前も水臭いな」
「だから、違うって!」
ノルベルトの悪戯と、なぜか反論できない自分と戦いながら、アシルは考えた。
だが、分からなかった。何しろ全くデータが無い。
そうやって遊んでいられたのも束の間の出来事だった。フランスから、不穏な情報が入ったのだ。
どうやら、ドイツとフランスの友好関係にひびが入りそうだというのだ。突然の知らせに、フィリップ達も困惑していた。それは上層部も同じらしい。
最終的な原因となったのは、アメリカの人形、デルタと戦った時のようだ。ドイツとフランスは軍事同盟を組んでいるため、ドイツはフランスに兵を送った。そこでドイツの兵がフランス兵よりも多く亡くなった。以前も度重なる争いで派兵があった時、亡くなる割合が多かったのはドイツ兵だった。ドイツ国内では、若者を中心とした政治団体がフランスの陰謀だと荒唐無稽なことを言い、同盟をやめるよう広めているらしい。そして情報が交錯する中、国民はすっかり扇動されているというのだ。それに呼応するように、フランスでも政治団体がドイツと手を切るべきだと活動している。新たな展開に、世界中が舌なめずりをして見守っていた。
フランスとドイツの両国王は、今は同盟を崩さないようにしている。しかし、あまり国民の考えが動けば、クーデターなど簡単に起こせる時代だ。国王は傀儡に成り果て、今の関係は崩れてしまうかもしれない。
フィリップはそれらが明記された書類を見ながら、小さく息を吐いた。
現在、人形を使った世界征服計画ユートピア・プランはフランスとドイツが共同で行っている。もし両国が互いに武器を取って向き合う立場になるのなら、この計画は一体どうなるのだろう。そして、何よりあの二人はどうなるのか。
アシル・ロレオンはもともとフランス王室の一人だ。そして、ノルベルト・シュヴェーダはドイツ王室の一人。ノルベルトがフランスに留まるのを、ドイツ軍が指を咥えて見ているわけがない。あれは貴重で重要な戦力だ。もしかしたら、日本まではるばる奪還しに来るかもしれない。
フィリップは苦いコーヒーをすすり、ぐちゃぐちゃになった頭の中を落ち着かせた。
その時、フランスから連絡が入った。パソコンの画面と向き合い、フィリップがまた一口、コーヒーを飲む。
「ムッシュウ。それ、本気ですか」
彼の後ろから画面を覗き、ソフィーが尋ねる。フィリップは頷いた。どこか楽しんでいるような表情だ。
「まあ、命令だし、仕方ないよねえ」
全く仕方ないとは思っていない口調だった。そして携帯電話を取り出す。時刻は夕方。もう学校は放課後のはずだ。彼はノルベルトに電話をかけた。ノルベルトがすぐに取る。
「どうなさいました、ムッシュウ」
「ああ、あのね。フランスに帰ることになったから」
「え……もう、ですか」
電話の向こうで、戸惑っている声がした。フィリップが面白そうに目を細める。
「そうだよ。命令だからねえ。それとも、嫌かな?」
「そんなことはありません。命令ならば、従います」
そう、とフィリップは頷いた。
「それでねえ、もう多分日本には戻れないと思うよ。あ、出発は四日後ね」
「え?戻れないって……どういうことですか、ムッシュウ!ここには国王陛下からの命令での留学だったのでは」
ノルベルトはまだ喋っていたが、フィリップは電話を切った。携帯をテーブルの上に置き、ソフィーを振り返る。
「あの子達、よっぽどいい友達が出来たんだねえ。帰りたくなさそうだよ。だからまあ、仕方ないよねえ。こんなことをするのも監督者である僕らの務め。これであの子たちが心残りなく戦えるなら十分じゃない」
「だからって……この計画は、酷すぎます」
ソフィーが目を潤ませて言う。しかし、フィリップはつまらなそうに携帯に触れ、時間を表示させた。
「仕方ないよ。命令だし」
拗ねた子供のような言い方だった。




