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19 操り人形

 パリに帰ってから、彼らには出動要請が下りなかった。ただでさえ面倒事が続く中、内側からの面倒を増やしたくないのだろう。別にいいじゃねえか、俺は死にたいから軍人なんてやってんじゃねんだぜ、とポールソンがそれを笑う。そうそうと同調し、ピエールはコンピュータで作りかけのゲームを仕上げにかかった。でもさ、とそんな二人の横でアレクサンドルが悲しそうに呟いた。

「あの二人、大丈夫なのかな」

 銃の手入れをしていたポールソンが手を止めた。キーボードを叩くピエールの手も止まる。ラジオの音だけが部屋に響いた。

 今、二人は軍のグラウンドにいる。帰ってからも二人はどこかがぎくしゃくしていた。動作の隅々にいつも隠しきれない影を落とすアシルに、生き返った彼を認めようとしないノルベルト。実際ポールソン達自身、生き返ったアシルを信じることが出来ない。果たして同じ人物なのか?どうやって証明できる?遺伝子?記憶?習慣?しかし生き返ったアシルは、以前と同じように生活し、同じように冗談を言い、同じように笑っている。そこには違和感は欠片も存在しない。

「軍は……あいつらのこと、なんだと思ってんだろうな」

 ポールソンが言った。銃を握る手に力が入る。衝動的に銃に八つ当たりしたくなったが、これは備品だ。なんとか思い留まった。その時、短いノックの後に部屋の扉が開いた。ギュイオットだった。三人は敬礼をとった。

「あの二人はどこにいる」

 グラウンドです、とポールソンが答える。そしてふと時計に目をやった。もう夕方の五時が近い。昼の一時前に彼らは連れ立ってグラウンドへ行ったはずだ。もう四時間ほどずっと向こうにいることになる。その時も二人は、まるでこれから決闘を行うかのような目つきをしていた。

「彼らを少し借りるぞ。返却は今夜中にするから心配はするな」

 背を向けて行こうとしたギュイオットを、遠慮がちにポールソンが引き止めた。

「自分達も同行して構いませんか」

 ギュイオットがゆっくりと振り向く。

「構わんよ。ただし、グラウンドから先に連れて行くわけにはいかん」

 はい、とポールソンが答える。ギュイオットの返答が気にいらないのか、残念そうにしていた。他の二人もポールソンの後ろからついていく。

 外は曇っていた。雨が振りそうだ。湿った風が東から吹く。グラウンドで二人は組み合っていた。以前何度も見たことがある光景。彼らはグランドから少し離れた所で立ち止まった。直後にノルベルトがアシルの腕を力いっぱい掴んで叫んだ。

「あいつは死んだんだ!死んだら人間は生き返れない!だからお前はアッシュじゃないんだ!」

 違う、とアシルが声を上げた。

「記憶だってあるし、感情だってある!どうして外側が変わっただけで否定するんだ!俺達にとっては身体なんてただの入れ物だろ!」

「そういうところだよ!アッシュはきっとそんなこと言わない!同じ顔をして同じ名前を名乗って、あいつに成り代わろうとするな!」

「そんなの、死んだこともないお前が言えることか!」

 掴んだ腕を放し、ノルベルトがアシルから離れた。彼は俯き加減に視線を落とした。アシルの腕は掴まれた力の強さを物語っている。手の形に赤くなっていた。だが彼は気にもかけていないようだ。そして、その赤い痕はみるみるうちに消えていった。

「じゃあ……お前のチップとDNAを持ったものは全て、アシル・ロレオンだってのか……?」

 ノルベルトが声を絞り出す。少しの間があって、アシルが答えた。

「そうかもな……」

 ノルベルトががっくりと膝を折った。

「なんだよそれ……」

 すっかり戦意を喪失したようで、二人とも黙ってしまった。ギュイオットがゆっくりと歩み始める。足音が響く。霧のような雨が降り出した。俯いていた二人は少将へ向き直り、敬礼した。

「メンテナンスを行う。二人とも、第二研究棟へ行きなさい。ムッシュウ・フィリップが待っている。立て込んでいてリミッター調整が遅れて悪かったね」

 はい、と短く返事をし、二人はさっさと歩いていった。ギュイオットにくっついてきたポールソン達には見向きもしない。その後ろ姿をポールソン達が見守る。どうかね、と少将が尋ねた。

「ついて来てよかったか?」

 ひと呼吸置いて、はい、とポールソンが答えた。

「軍が彼らをどう見ているのかがはっきりと分かりましたよ」


 その数十分後、第二研究棟ではノルベルトとアシルの調整作業が行われていた。いつもは同じ部屋で同じようにメンテナンスを行うのに今日は二人は別々の部屋に通された。といっても、自分達の身体のことなんて何も知らないに等しい。だからそこでは研究員達の言うとおりに振舞った。

「じゃ、少し待っててね。僕はノル君の方を見てくるから」

 ベッドに寝かされているアシルの枕元でフィリップが言う。はい、と彼は大人しく応えた。他の研究員も今は出払い、ノルベルトの方へつきっきりだ。ふと、壁の扉が目に入った。何の扉か分からない。何しろここに入るのは今日が初めてなのだ。少しくらい覗いて見たって怒られたりはしないだろう、そう思って彼は足音を消して扉へ近づいた。


 同じ頃、ノルベルトはすでに体中にコードを貼られていた。呼吸器をつけ、すでに眠った状態だ。

「ムッシュウ。調子は?」

 フィリップが振り向く。ギュイオットが立っていた。

「順調ですよお。……でも、ほんとに消しちゃうんですか?」

 ギュイオットはちらりとモニターを見た。数字が目まぐるしく変化していく。酔いそうになって目を逸らし、当然だと返した。

「いつまでもあんなのでいては困る……毎回のことだろう、彼らの記憶を消すのは。それに、こういうときのための便利な機能じゃないのか」

 小さくため息をついて、フィリップはキーボードを叩いた。

「じゃあ、アシル君の方も消していいんですね?」

「ああ。いつも同じことを言わせるな」

 わざとらしく大きな音を立て、フィリップは最後のキーを叩いた。途端に画面にゲージのようなものが表示される。緑色をしたバーが不規則な速度でそれを満たしていく。ゲージがいっぱいになると、アラーム音がした。マウスで何やら操作し、音を消す。

「記憶の削除、完了しました」

 フィリップが告げる。少し離れた場所で、ソフィーが悲しそうにしていた。

「リミッターの方も問題ありません。ノルベルト君の調整は完了です」

 研究員の言葉に、じゃあ、とフィリップが椅子から立ち上がった。

「僕が指名したメンバーは第三研究室のアシル君のところへ」

 はいと返事をし、数人がフィリップとギュイオットに続いて部屋を出た。残った研究員はノルベルトの身体からコードを外しにかかった。


 「なんだよこれ……」

 扉を開けて、アシルは後悔した。薄暗い部屋は、水族館の一室のようだった。いくつものガラスの容器にパイプが繋がり、容器の中は謎の薄緑の液体で満たされている。パイプは液体の中まで入れられており、その先からは気泡が出ていた。わずかなオレンジの光に、液体に漬かっているものがぼんやりと映し出される。

「なんで俺やノルが……」

 容器の中にはアシルとノルベルトに生き写しの人間が裸で入れられていた。皆目を閉じ、腕と足には鎖が絡まってる。髪が液体に漂い、不気味さを増していた。

 一番近い容器に近づいた。中にはそっくりの自分が入っている。コンコンとノックをしてみる。だが中から反応はない。なぜ、こんなものがこんなにたくさんあるのか。

「まさか……」

 己の考えに寒気がはしった。すると、数人が部屋に近づいてくる音がした。さっさと部屋を出て扉を閉め、何事もなかったかのようにベッドへ寝転ぶ。部屋の扉が開いて、入ってきたのはフィリップ達とギュイオット少将だった。

「待たせたね」

 フィリップがへらりと笑う。いえ、とアシルは短く答えた。

「随分退屈だったんじゃない?もしかして、向こうの扉の中、見ちゃった?セキュリティかかってないもんねえ」

「いいえ」

 そう?とフィリップが楽しそうに言い、コードの準備を始めた。するとギュイオットが、まだリミッターは外したままなんだろう、ムッシュウ?と呟いた。そうですよ、とフィリップが返す。なら、とギュイオットがアシルを振り向く。

「『命令』だ。質問に正確に答えろ。あの部屋に入ったかね?」

 急に不鮮明になる視界。喉がつまりそうになる。だがアシルは必死でそれを堪えた。そして、答えた。

「はい……入りました」

 にやりとギュイオットが笑う。命令には逆らえない。マリオネットであるが故に、命令されれば簡単な嘘をつくこともできない。

「せっかくだ。説明する時間は十分あるだろう、ムッシュウ?」

 ええ、とフィリップが笑う。ついてきなさい、とギュイオットがアシルに命じる。そして再びあの扉の向こうへ行った。夢であればよかったのに、そこには容器があった。もちろん中身も夢ではない。薄緑の液体には自分やノルベルトの身体が入っていた。

 沈黙を守るアシルを見て、ギュイオット少将が笑った。

「気味が悪いかね。想像はできんな、自分がこうして眠っている姿を目の当たりにする心境は。……もっとこっちに来なさい。分かるだろう?君とノルベルト君だよ」

 信じられない光景なのに、二回目ともなると驚きが薄れる。俺がおかしいのか?そう思いながら、アシルはギュイオットを仰ぎ見た。

「これは何なんです……」

 ギュイオットはまだ容器の中を見ている。急に何か恥ずかしくなり、少将、と少し大きな声でアシルは呼んだ。

「ああ、悪い悪い。……これは、スペアだよ。今回だって……君はスペアボディだ、ほら、そこに一つ空の容器が見えるだろう。もともとのアシル・ロレオンは壊れてしまったからね。ここにいる君達の身体は知識も感情も持っていない。今容器から出して話しかけたって、言葉を理解しないから返事もない。このまま裸でシャンゼリゼを歩かせてみたって、感情がないから恥ずかしくもない。もし君達の身体が今回のように壊れてしまった時、RCチップと記憶データを移し替えればいい。今の君のように生き返ることができる」

 青ざめてアシルがその言葉を聞く。さっきの嫌な想像が的中してしまった。だが、新たな疑問が浮かんだ。なぜ今まで黙っていたこんな事実を、今更少将は話してくれるのだろう。それに、ここにはノルがいない。向こうで別に説明したのだろうか。

 だがろくに考える暇もなく、準備が整ったと研究員に促され、ベッドに横になった。コードを貼り付けられ、最後に呼吸器をつけられる。何人かがキーボードを叩く音が部屋中に響く。

「じゃ、調整開始」

 フィリップの声がして、いつものように眠たくなる。彼はゆっくりと目を閉じた。無機質な機械の音だけが聞こえる。時折、データや脳の状況を伝える研究員の声が聞こえる程度だ。その間もギュイオットは黙って作業を観察していた。だが、おもむろに彼はアシルの方へ近づいた。

「そうだ、いいことを一つ教えてやろう。お前は初めて死んだと思っているようだがな……それは間違いだ。お前達二人はすでに何度も死んでいる」

 アシルがはっとして目を開ける。

 どういうことだ。すでに何度も死んでいる?しかしそんな記憶などない。まさか記憶データから消去されているとでもいうのか。

 必死に考えようとした。だが、最後に見えたのは少将の歪んだ口元だ。その後はすぐ、抗えない眠気に引きずられた。意識が闇の中に沈んでいく。

 ノルベルトの時よりも時間をかけ、作業は終了した。アシルがゆっくりと目を開ける。お疲れ様、とソフィーが声をかけた。大きく伸びをして彼はベッドから降りた。上着を羽織り、ノルはどこ、と尋ねる。研究員の一人に合図し、フィリップはアシルを退出させた。ギュイオットがその後ろを静かについて行く。

「アッシュ!」

 別室で待たされていたノルベルトが、アシルを見て声をあげた。にこやかにアシルも返事をする。ノルベルトの目の前のテーブルには温かなコーヒーとサンドイッチが用意されていた。

「え、これ誰が作ったの?」

「大丈夫、ソフィーさんじゃないらしいから」

 二人はいつものように会話している。失礼ね、とソフィーがトレーで軽く二人の頭を叩いた。ギュイオット少将がじっと食い入るように二人を見ている。

「あの、少将。何か……?」

「いや、何でもない。食事をとりなさい」

 不思議そうにしながらも、二人は言われた通り食事を続けた。そういえば、とノルベルトが切り出した。

「こっちに来る前にムッシュウ大木に宿題だされたじゃん?」

「宿題?ああ、地理の……、百年前と今の海岸線を比較して地図に描けってやつ。やってねえ。お前やった?」

 サンドイッチをかじりながらアシルが答えた。彼は具を確認し、卵が入ってる、と嬉しそうな顔をした。俺もやってない、とノルベルトが首を横に振る。

「あれってさ、教科書に載ってる情報でしか描いちゃいけないんだよな」

「ああ……多分。最新の情報も俺達は知ってるけど。クラスの皆は知らないから不公平だろ。教科書ってったら、五年前のデータか。どうせ最新のデータで提出したって、間違ってるって言われるのがオチだろ」

「日本人くらいだろ。未だに数年前のデータを今のデータだと思いこませて使わせる……変わってないわけないのにな。それも、悪い方向に」

 二人はまだ話していた。彼らを観察するギュイオット少将の隣に、フィリップが並んだ。

「どうです?いつもいつも素晴らしいでしょ?」

 満足げに言う。ああ、と少将は頷いた。

「記憶を消し去る、か。死んだことも生き返ったことも、それを受け入れられなかったことも忘れているのか。死ねない身体も幸せなのか不幸なのか分からんが、便利な機能だな。だが望んでああはなりたくない」

「おやあ?そうなんですか?ま、彼らが軍事行動をとるにあたってはいつまでも先ほどみたいにぎくしゃくしてくれてちゃ困りものですからねえ」

 ふん、と冷たく鼻で笑うと、ギュイオットはその部屋から出て行った。


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