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15 開戦

 フランスに帰るのは久しぶりでもない。目の前には見慣れた風景が広がる。小さい頃からよく知っているパリの街並。だがフィリップやソフィーは楽しそうにしている。その姿を横目で見ながら、アシルが小さくため息をついた。どうした、とノルベルトが尋ねる。

「恋患い?」

「あほか」

 軽く一蹴し、アシルは通りの向こう側を見た。

「ラジオを聞いてたんだ。ほら、あの肉屋のおじさんが聞いてるやつ」

 その視線の先には肉屋があった。白髪混じりの中年男性が客の相手をしている。そのそばには青い小さなラジオがあった。音楽が聞こえる。

「何か言ってたのか。あれは流行りのロック歌手の――」

「さっきまでニュースが流れてたんだけど。どうやらスペインがなにをトチ狂ったか、アメリカの哨戒船を沈めたらしい。ま、アメリカの常套手段だろ。大義名分ができたわけだ。きっと何かしらの報復がある」

 ノルベルトは眉をひそめた。

 スペインは一応国の体を保ってはいるが、強国ではなくなった。節操など気にせず、周囲の国とできるだけ多く同盟を組んでいる。なので、内外からの非難の声もある。アメリカはこれに乗じていったい何を仕掛けてくるのか。隣国であるフランスはやきもきしているようだ。しかし陸続きの隣国が、それもヨーロッパで共に協定を結んでいる国が攻撃されるようなことがあれば、フランスもドイツも黙っていることはできない。それにもしフランスとドイツのどちらかを攻撃するようなことがあれば、軍事同盟に基づいて両国が一致して戦うことになる。

 どうやらロシア解放区政府は協定に基づいて、スペインに味方する方針らしい。アメリカに味方するのは中華共栄圏くらいだろう。アメリカは世界の覇権を失った。それは誰が見ても明確に分かる。だが、当事者達にとってはそういうことにしたくはないらしい。


 軍に戻ると、第三特殊部隊ル・セルパンの三人が出迎えてくれた。ポールソンは相変わらずだったが、ピエールとアレクサンドルは日本の土産話を楽しみにしていたようだった。

「へえ、じゃあいっぱい友達できたんだ。よかったな」

 アレクサンドルが言う。もともと二人には『友達』と呼べる存在はいなかった。なんか不思議な感じだ、とノルベルトがはにかんで笑うと、すぐ慣れるよとピエールが笑った。

「そういやあお前ら。日本のテロリスト……緋桜の捕縛に協力したと聞いた」

 事務的な口調でポールソンが呟く。それまでの楽しそうな空気が一気に冷める。そうだよ、とノルベルトが答えた。

「ちゃんと報告書は上げたはずだけど」

 アシルが付け加える。ポールソンは少し顔をしかめた。

「命令には従っていたらしいが……モルゲンシュテルンとあまり関わるな。あの程度、お前ら二人でも出来ただろう」

 二人は黙った。そういえば、なぜあの時にあの少女達を誘ったのだろう。表向きの理由は、人数がいれば助かると思ったから――だが、それが本当の理由ではないことくらい彼ら自身気づいていた。だったら、なぜ。

 その時、部屋の扉が短いノックの直後に開いた。ギュイオット少将だった。

「ポールソン少佐の言う通りだ。命令に従ってはいたが、なぜあのような真似をした」

「それは……」

 ノルベルトの発言の後、少しの沈黙が流れた。アシルが後を引き継ぐ。はっきりした口調だ。

「分かりません」

 ギュイオットがあからさまに眉をひそめた。

「分かりません。どうしてあの二人を巻き込んだのか。でも、人数は多い方が――」

「答えになっていない」

 アシルの言葉を遮り、ギュイオットが低い声で唸る。二人はギュイオットを睨み返した。それを見て、ギュイオットが不敵に笑う。

「感情、か……」

 ぽつりと呟かれたギュイオットの言葉に、ノルベルトとアシルは内心驚いた。だが、ばれてはいないはずだ。身体は少しも動いていない。

 ギュイオットが手を打った。大きな音が一度だけ響く。彼はゆっくりと息を吐いた。

「ま、そういうこともあるか。お前らは実に興味深い。次からは命令に忠実になるように」

「了解しました」

 二人が揃って敬礼する。満足そうにギュイオットは背中を向けた。そして立ち止まる。

「ポールソン少佐。これ以上追求はしてやるな。彼らだってそういうものなんだよ」

 分かりました、とポールソンが返す。何が何だか分かっていないようだ。ギュイオットは振り向くことなく去っていった。その背中をじっと睨んでいたのは言うまでもなくノルベルトとアシルの二人だ。

 彼が帰った後しばらくは、何とも言えない息苦しい空気だった。

「ほんとに分からないんだ。どうしてなのか……自分のことが分からないなんて」

 ノルベルトがぽつりと呟く。

 データもない。感情は特に今はコントロールされているわけではないから、これはノルベルト達自身のものだ。論理的に説明もできなければ、適当な言葉を当てはめることもできない。なぜだ。今までこんなことは一度だってなかったのに。なぜ――。


 二人がフランスに帰国して数日後のことだ。他の部隊が緊急出動した。フランス領の端の農村に爆撃、及び砲撃をされたのだ。爆撃機はアメリカのものだった。もともと中立を保つつもりでいたフランスは他国からの不要な干渉を避けるために、スペインとの国境付近にあるその村のすぐ近くに対空砲や戦車を配備していた。

 フランス側はアメリカ連合の戦闘機が一方的に爆撃を開始したと説明した。反対にアメリカ側は先にフランス側から砲撃があったのだという。中立を保つと宣言したものの、両国が飛来する戦闘機について明言する前の出来事だった。そのうえアメリカ連合側の爆撃によって現場は滅茶苦茶に破壊されていた。なので、どちらの言い分が正しかったのかも定かでない。戦闘機に積んであったビデオやレコーダーも壊れており、とても修復は不可能だった。そのせいで民間人が多く犠牲になった。近くに墜落した戦闘機などで、街にもいくつか被害が出たらしい。また、自国領が攻撃されていると勘違いしたスペイン兵により、地上からの攻撃も受けた。

 激怒したフランス国王は、その日中に宣戦布告をした。盟約のもとドイツ国王もそれに倣い、両国はアメリカと敵対することになった。かと言ってスペイン・ロシア側に味方したわけでもない。全くの第三者としての参戦だ。世界は混乱に陥った。この世界に人が住み始めてから、もう何度目のことだろう。

 その知らせを受けて、ノルベルトとアシルの二人ははっとした。帰国する前、ローザとアイリーンが教室を訪ねて来た時のことだ。アイリーンが言っていた。

『私達は相変わらずアメリカの犬のまま……もしどこかで会ったとしても、容赦できないから。だから、変にこっちにも情けなんてかけないでね』

 つまり、戦場で遭うかも知れない。このことなのか。やはりアメリカはヨーロッパを、虚構でも平穏なまま生かしてはくれないようだ。

「少佐」

 ノルベルトがポールソンの肩を叩いた。ポールソンはラジオから流れているノイズだらけの音楽に合わせて、リズムをとりながら銃の手入れをしていたところだった。邪魔されて残念そうにしていたが、口調には表さず、何だと聞き返した。

「明日から俺達、ユーロベルに行くんだよね」

 そうだ、とポールソンは頷いた。

 ユーロベルはスペインとの国境に近い場所だ。かつては緑が豊かな土地のようだったが、今では見荒れ放題の土地だ。コンクリート製の高い建物が倒壊し、緑が奇妙に茂っている。森が街を飲み込んでいるような状態だ。交通機関も止まったまま、車なども乗り捨てられている。そのユーロベルに近いスペインの街に、アメリカ軍がいるとの情報が入ったのだ。敵対しているフランスについでに侵入されては困る。他の部隊の応援として、ル・セルパンが選ばれたのだ。

「現地のアメリカ兵のことだけど……」

 ああ、とポールソンは不機嫌そうに呟いた。

「あれか。化物じみたやつがいるって話。なんでもアメリカの切り札なんじゃないかとか噂されていたが、こんなところに切り札使うのも馬鹿みたいだと俺は思う。簡単に言えば銃が効かないとかだそうだが、ロボットでもないのにそんなわけあるかっての」

 それなんだけど、とアシルが切り出す。

「出発の前に、リミッターを解除したい」

 ポールソンの表情が変わった。頭の回転の良い彼は、それだけでもう分かったようだ。

「まさかお前ら……」

 ああ、とアシルが頷く。

「アメリカは俺達と同じ、人形マリオネットを完成させたに違いない。モルゲンシュテルンのあいつらが……アメリカ軍上層部の連中は、人形に興味があると言ってた。もしかしたらフランスやドイツから機密情報が漏れたのかもしれないけど、なんにしても戦闘用ドールが相手ならロボットは敵わない。まして、生身の人間なんか……。だから、俺達がやる」

 ロボットが人形に敵わないのは、ポールソンもアイオワで思い知った。そして、自分達では敵わないことも。まっすぐな二人の目に気圧されそうになっていると、フィリップがやって来た。相変わらずよれよれの白衣を着ている。

「あらー、二人とも随分積極的になったんだねえ」

 へらへらと彼は笑っている。持っていた書類をひらひらさせながら彼は挨拶した。なぜここに、というポールソンの顔を見てフィリップは微笑んだ。

「ついさっき上層部から連絡があってねー?リミッター解除しろって。どうしてかは知らされなかったけど、なんだそういうことか」

 そういうことです、とノルベルトが笑った。こうなるとポールソンが了承をするとかしないといった話ではなくなる。決定なのだ。事態についていけていないことを自覚した後、ポールソンは声を抑えてフィリップに尋ねた。

「どの程度、外すんですか?」

 フィリップは少し可笑しそうにした。

「入隊試験の時と同じくらいかな」

 瞬時にポールソンの脳裏に、あの時のモニター映像が浮かんだ。

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