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14 夕闇せまる

「ええーっ、帰るのかよ!」

 教室に声が響く。ノルベルトたちの同級生、岩田の声だ。彼の前にはアシルとノルベルトの二人がいた。その周りを、さらに何人もの生徒が囲んでいる。

「心配ないって、ちょっと帰るだけだから」

 笑ってアシルが返す。それでも、と池原という少女が食い下がる。

「今ヨーロッパは危ないって聞くし……」

 ニュースでは毎日世界中の紛争の話で持ち切りだ。この間のラスベガスでの爆破事件で、結局フランスとドイツは中立を保つ方針を固めた。以降、アメリカの市街地では反仏・独テロや暴動が増えているという。だが、この日本中立国の平和が不安定なのも事実だ。

「やっぱりそれは、お前らが……その、陸軍兵だから?」

 すると、他の教室に行っていた生徒が走って教室に帰ってきた。皆が何事かと振り返る。

「ねえ、ローザとアイリーンもアメリカに帰るんだって……!」

 また、ええっという声がする。

 あの学園占領事件の後、アイリーンとローザの二人の正体も露呈してしまった。しかし正式にアメリカ軍だと名乗ることで事態は収拾していた。もともと人と関わらないようにしていたためか、そのミステリアスさに拍車をかけたのだろうか。興味深そうに二人を見る目もますます増えていった。二人は相変わらず人と距離をとっていたが、注目の的であることに変わりはなかった。

 その時、教室の喋り声が止んだ。ノルベルトとアシルがため息をつく。振り返らずにノルベルトが言った。

「何だお前ら。ストーカーかなんかか?」

 冗談よしてよ、と笑いながら言ったのはローザだ。

「帰るの?」

 生徒達が聞き入っている。

「それが何か?」

 ノルベルトが短く尋ねる。

「私達は相変わらずアメリカの犬のまま……もしどこかで会ったとしても、容赦できないから。だから、変にこっちにも情けなんてかけないでね」

 アイリーンがそれに答えた。今度はアシルが笑う。

「お前らを嘗めてかかるような真似はしねえよ。……ご忠告、そして貴重な情報をありがとう」

 え、と二人が声を出す。直後に喋りすぎよ、とローザが制した。

「戻ったら任務につくの?」

 ローザがあからさまな質問をしてくる。アシルが軽く睨む。

「知らない。知ってても言うか」

 それもそうね、と彼女達は笑う。そんなどうでもいい用で来たのか、とノルベルトが問う。違うわ、とローザが返した。すると彼女は突然ドイツ語で喋り始めた。

「一つ教えてあげにきたのよ、親切にね。……あなた達のこと、軍に報告させてもらったわ。能力のことも。この間の学園占領事件がいい材料になったわ。ありがとう。上官が大変興味を持たれたようでね……是非、今後の世界の科学の発展の新たな一歩として詳しく知りたいものだとおっしゃってたわ」

 そうか、とノルベルトが呟く。彼もドイツ語で返した。周りにいる生徒達はドイツ語が理解できない。目を丸くして彼らを見ている。

「お前らもたしか報告書あげたんだったよな。ま、俺らもちゃんと『明けの明星』と一緒にやりましたって書いたぜ。あまりいい顔はされなかったけどな」

 そうでしょうね、とローザは答えた。

「でも、アメリカとしてはまた調査対象が増えたわ。未確認生命体のね……。捕獲されないように気をつけなさいね、ル・セルパンのお二人さん?」

 じゃあね、と手を振ると彼女達は去っていった。その背中を品定めするかのように二人は追いかけた。だが、完全に少女達の姿が見えなくなったところで、再びクラスがわっと盛り上がる。

「なになに、今何語!?何言ってたの!?」

「ばっかだなあ、聞かせられない話だから言葉変えたんだろ?やっぱあれか、軍事機密とかいうの」

「あ、そっか。えっ、ていうか、マジでお前らそういうもんなの!?」

 意味不明な質問に、何が、とアシルが笑う。非日常な光景なのだろうか。彼らの興奮具合はいつにもましてすごい。別にマイナーな言語でもないし、いろんな国の人がいろんな国を行き交う昨今、外国語を耳にすることは珍しくもない。それなのに、ここまで大騒ぎできるとは。

 質問を適当にあしらっていると、ノルベルトがメッセージを送ってきた。もちろん額の、赤眼を通してだ。

 ――アメリカが何か仕掛けてくる。モルゲンシュテルンが動く。

 最近はテロが勃発し、満身創痍もいいところだ。切羽詰った状況にも関わらず、フランスとドイツは中立の姿勢を示した。アメリカのいらつきが見えている。しかし両王国は中立の姿勢を崩すつもりはない。このぎりぎりの状態で、ついに何かが爆発するか。そして、気になることはもう一つ。

 ――アメリカも、人形を?


 放課後、アシルは一人で誰もいない教室の窓から外を見ていた。ノルベルトが国語科の教師に他の数人の生徒と荷物を運ぶよう言われ、それを待っているのだ。

 外は夕闇がせまる。雲が赤く染まっている。半袖では陽が落ちると薄ら寒くなる。運動部の声と、吹奏楽部の管楽器の音と、学校から帰る子供達の甲高い声。それにカラスの声が聞こえた。平和な景色をぼうっと眺める。遠くの山道を車が走っている。夕日の光を反射して、時折光っているのが見えた。開いた窓からは心地よい風が入ってくる。机に座り、彼はどこを見るともなく目を向けていた。

 誰かが教室に入ってくる足音がした。ノルベルトではない。すぐに分かった。アイリーン・ヒューストンだ。

「何、まだ何か用?」

 素っ気なく彼は聞いた。答えは帰ってこない。外の景色を見たまま、彼は振り向かなかった。足音が近づく。不意に背中に何かぶつかるのを感じた。反射的に机から飛び降り、隠してあるナイフに手を伸ばそうとして止めた。背中合わせになるようにアイリーンが机に座っていただけだった。

 たったそれだけのことなのに、異様に心拍数が上がる。おかしい、普段ならこんなことはないのに。フランスに帰ったらまたメンテナンスが必要だ。

「そんなにびっくりする?」

 笑いながらアイリーンが彼を見る。いやちょっとと曖昧な返事をして、アシルは椅子に座るべきかと考え、一番近くにあった椅子を引いた。

 座れば、と声がした。また机に座るようアイリーンが促している。椅子を戻し、ためらいがちに彼は再び机に座った。窓から見える世界は陽の当たる角度が変わっている。背中に確かな温度とわずかな重みを感じた。

 どこを見ていても上がった心拍数が下がらない。むしろ先程よりも上がった気もする。なぜだろう。

「綺麗だよね」

 窓の外を見て、アイリーンが呟く。

「こんな綺麗な世界があるのに、なんで戦わなくちゃいけないのかな……」

 アシルは彼女の言葉を聞いていた。答えられなかったからだ。

「ねえ、思ったりしない?もし軍に関係ない生活を送っていたらって」

「軍人やめたいの?」

 アシルが聞く。まさか、と彼女は首を横に振った。

「私、これ以外道はないし。ただ、ちょっとね。日本に来て、いろいろ考えるようになったの。私が軍にいるのはもうどうしようもないんだけどね」

 たしかに、アメリカに関わった彼女が簡単にこの世界から抜けられるはずはない。

「どうして傭兵団に?……いや、話したくなかったら別にいいけど」

 アイリーンが笑うのが聞こえた。背中を通して動いているのが伝わる。周りの気温が上がるわけはないのに、なぜか少し暑い。

「なんで……そうだね、ほんとなんでだろ。私ね、本当の出身はイギリスなの。父が軍人だったわ。あんまり覚えてないんだけど。小さい頃からずっと戦地に行ってた。私が十歳の時に怪我して帰ってきたんだけど、退職金も雀の涙くらいしかなくて、一家六人が暮らしていくのは無理だった。私も兄弟も学校なんか行かずに働いてたけど、やっぱり生活が苦しくって。とうとう母がね、一番下の弟を売ったんだ。その日の夕食は、生まれて初めてお腹いっぱい食べたんだ。よく覚えてる……パンと卵が一つと、野菜のスープだった。その次に妹が売られて。でも、街で見ちゃったんだよ。売られた奴隷がどんな生き方をしているのか。次は私が売られる番だから、急に怖くなったの。ひどいよね、今まで弟と妹の命に生かされてたっていうのに。売られる前に逃げ回ったんだけど、結局捕まって売りとばされたわ。どこかの金持ちでね……私をペットのつもりで買ったらしいわ。だから、好き放題されたの。殴る蹴るなんてしょっちゅうでね、ある日……私を殺そうとしたの」

 そこでアイリーンは一息ついた。アシルの指に彼女の指先が触れた。

「やっぱりそれも気まぐれな遊びだったみたい。ナイフで私を刺そうとした。だから私、とっさにナイフを奪ってあいつを刺したの。傍にいた使用人も刺したわ。なかなか死ななくて、十分だったか二十分の間ずっと刺してたの。そしたら、マルゴーたちが来たのよ。ちょうどその金持ちを殺そうとしていたところで私がやっちゃったみたい。……モルゲンシュテルンに入らないかって誘われたの。そのままそこにいても捕まるだけだし、ならいっそ行けるところまでって思ったの。それからよ」

 吐き出すように彼女は喋った。馬鹿みたいでしょ、と彼女が付け加える。そんなことないよとアシルがアイリーンの手をとった。

「君は」

 彼は振り返ってアイリーンを見た。手はしっかりと彼女の手を握ったままだ。

「君は生きることを選んだ。そして行動した。決めたんだ、自分のこれからを。結果として君は未来を手に入れた、そしてこうして生きている。何が正しいとか間違っているとかは分からない。……でも、俺は君に会えて良かったと思っている」

 アイリーンは最後の彼の言葉を聞き、少しだけ目を大きくした。彼女の大きな目から一粒、涙が頬を伝った。アイリーンが恥ずかしそうに笑う。

「そっか……良かったのかあ……」

 本当にフランスに帰ったらメンテナンスが必要かもしれない。アシルはアイリーンの顔を見て、そんなことを考えていた。心臓が痛いくらいに拍動する。音が聞こえそうだ。こめかみが熱い。

 アイリーンはまだ笑いながら泣いている。こんな時どうすれば良かったか。以前ソフィーが映画の話をしていた時、泣いている女性を慰めるシーンを語っていた。少し古い映画だったが、ストーリーも完璧にデータに入っている。もちろんそのシーンも知っている。

 左手はアイリーンの手を掴んだまま、右手で頭を撫でる。少し彼女を引き寄せ、濡れている頬にキスした。身体が火照る。胸が詰まりそうだ。こんな状況なのに、慰めている彼女は泣いているはずなのに、なぜか嬉しいと思ってしまう。

「ちょっと、何やってんの!?」

 突然教室の戸口から声がした。ローザだ。アイリーンを見て、探したわと声をかけた。

「アイリーンに何かしたの!?」

 いらついた口調で彼女はアシルに詰め寄った。

「誤解だ、何もしてない」

 アイリーンはローザの後ろに隠れてしまった。彼女を心配しながら、ローザがアシルを睨む。

「ほんとよ、ローザ。私が勝手に泣いちゃって、それで……」

「泣かせたの!?」

 違うと言っても聞く耳を持たない。下手に口を開けば懐に隠し持っているナイフで三枚おろしにしそうな勢いだ。その時、ノルベルトたちが帰ってきた。本当にタイミングが悪い。アシルたち三人を見て、ノルベルトが驚いた顔をする。

「アッシュお前……なに女子泣かせてんだよ!」

「ええ!?」

 他に三人いた同級生が過剰に口を揃えて驚いてみせる。

「誤解だばか!」

 数分くだらないやり取りが続き、呆れたローザがアイリーンの手を引いて教室を出た。去り際、アイリーンがちらりとアシルを振り返った。そして一言呟いた。

「ありがと、ね」

 姿が見えなくなり、他の生徒たちがアシルを見る。

「で?実際どうなんだ」

「何もねえよ!」

 すっかり陽が落ち、もうだいぶ薄暗い。その中を彼らは無駄に騒ぎながら帰途についた。


「で、実際どうなんだよ」

 借り切っているアパートの一室で、ノルベルトが呟く。

「だから何もねえって言ってるだろ。なんだよノルまで」

 読みかけの本から顔をあげ、アシルが面倒くさそうに言う。

「だいたい俺たち、人を好きになる感情プログラム入ってたか?」

 いいや、とノルベルトは首を横に振った。

「だから俺はあいつに対して別に特別な感情を抱いているわけじゃない。メンテナンスは十二分にしてもらうつもりだけど」

 違うとノルベルトが反論した。

「確かに俺たちにはそういう類の感情プログラムは入っていない。けど、俺たちは人間の身体がベースになっている。だから、外部との接触のせいで感情が新たに作られるとしたら……?」

 急に真剣な面持ちで彼は語った。アシルが眉を寄せて彼を見る。

「つまり、制御されるだけじゃない……?」

「ああ。メンテナンスの時にこれを言えば、きっと即刻感情を削除される。おまけにあいつら、消されるだろうな。そこでだ。俺たちの計画のためにも……秘密にしておかないか、感情が生まれたことは」

 秘密に、とアシルが言葉を返す。ノルベルトが頷いた。

「感情が生まれたかどうかすらまだ定かじゃない。それに、感情が生まれることが分かればコントロールが厳しくなる。計画が実行できなくなる恐れがある。言いさえしなければあいつらも目をつけられない」

 そうだな、とアシルは頷いた。窓の外をちらりと見た。欠けた月が見える。

 感情が生まれる?本当にそんなことはあるのだろうか。なら、この気持ちになんと名前をつければいい?

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