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11 非日常の人々

 彼らがフランスに帰国して数日後、ノルベルトとアシルは日本へ再び戻った。夏休みの終了だ。休みが終わるとすぐに文化祭があるらしい。リミッターを戻し、喜怒哀楽のはっきり見て取れる彼らに、良ければ来なよと冗談交じりに言われた。

「え、少佐、本気にしてるわけ?」

 ピエールが驚いてポールソンに尋ねる。ポールソンは荷造りをしていた。もちろん、日本にある彼らの学校の文化祭に行くためだ。

「いいだろ。上官としてあいつらの行動を把握しておくのは大切なことだ。それに今は目立って仕事もない。休暇願いは出したぞ。結構すんなり通ったけどな」

 半ば呆れたようにアレクサンドルが見つめる。

「ま、部下の監督は上官の務めだもんね。いってらっしゃい」

 そう言ったアレクサンドルの前に、鞄がぼんと投げられる。ピエールとアレクサンドルがきょとんとしていると、ポールソンが不思議そうに言った。

「何を疑問に思っている?お前らも行くんだよ。休暇願い出したっつったろ」

 鞄を拾い、ピエールとアレクサンドルが顔を見合わせた。

「少佐のその考えにびっくりだよ!?」

 悪態をつきながらも、二人はいそいそと準備を始めた。


「なあ、アッシュ。来なくていいって言ったけどさ。冗談で『来い』って言ったから、あの人たち、絶対来るよな」

 休憩時間、頬杖をつきながらノルベルトが尋ねた。分厚い本を読んでいたアシルは顔を上げ、そうだね、と返した。

「来たって俺たちと関係あるとかは分からないんじゃない?日本人以外もたくさんいるでしょ。そりゃあ他国に比べれば随分排他的だし、いるのは金持ちくらいだけど……この辺はまだ街中だし、俺たち以外にも留学生はいるし。どうせ少佐辺りは俺たちの観察とか何とか言って、日本に興味があるだけでしょ。今時珍しくもなんともないのにね」

 ノルベルトは小さなため息をついた。そこへ、二人の少女が歩み寄ってきた。気づかれないようにしているつもりだろうか。背中の、普通なら死角になる位置から、気配と音を消して近づいてくる。

「何か用?」

 背を向けたまま発されたアシルの一言に、動きが止まった。振り返って見れば、ローザとアイリーンの二人だった。

「よく分かったわね、さすが」

 無邪気に笑う二人を見て、ノルベルトとアシルは顔をしかめた。相変わらず考えていることが読めない。

「何の用だ。皆見てるぜ、美人が揃ってこんなとこに来るからさ。ナンパにしちゃ、あまりセンスがねえよ。刃物袖に隠して男を誘おうだなんて、ずいぶん積極的だな」

 たしかにクラス中が注目している。賑やかだったのに、水を打ったように静かだ。

 ノルベルトの小声の冗談に、二人はまた笑っていた。よく分かったね、と袖を握ってみせる。あの細さ、恐らくバタフライナイフでも入っている。そして、ローザが笑ったまま尋ねた。

「夏休み……アメリカに来たの?アイオワに」

 一瞬で空気が凍る。だが、その四人以外は誰も気づいていない。皆、好奇の目で見ている。ああ、なんという節穴の目の持ち主達。

 彼らは視線を交わした。

「アイオワ……って、どこだっけ?」

 アシルがとぼけてみせる。ローザの目つきが鋭くなる。だが、一瞬だった。

「お礼を言いに来たのよ。私たちだって一応アメリカの犬なんだし、本当なら私たちの仕事だから。あの時は首都でテロ騒ぎの火消しをしてたの。後で上官から聞いたわ。フランスのアーヴァントシュテルンに介入を頼んだって。悪かったわね、人の仕事に引っ張り出して」

 モルゲンシュテルン、明の明星――アメリカ連合に降っている傭兵団。対してフランス陸軍ル・セルパンはアーヴァントシュテルン、宵の明星と言われていた。

「仕事だったから」

 ノルベルトは、短くそう答えただけだった。暫く無言の時間を過ごした後、彼女たちは帰っていった。だが、去り際に聞こえた囁き声を二人は聞き逃さなかった。

「いつも隙でも狙ってるなんて、本当にル・セルパンみたいね……」

 二人の姿が見えなくなる。とたんに、今まで遠巻きに見ていた男子生徒たちが二人に群がるように来た。衝撃で机が動いた。

「おい、お前らあの二人とどうやってあんな仲良くなったんだよ!」

 二人はきょとんとした。

「あれ、仲良いって言うのか」

 ノルベルトの問いに、当たり前だろお、と誰かが言う。

「あの二人、いっつも一緒にいて……ミステリアスな感じだし、なにより可愛いじゃん。あまり人と喋らないし、特に男となんか喋らないって有名だぞ!?」

 こうやって騒ぎ立てる彼らが先ほどの話の内容を聞いたら何と思うだろう。馬鹿馬鹿しい。

「何話してたんだ」

「別に。文化祭に国外の友人は来るのかとか、そんな感じ」

 アシルが適当にあしらう。それでも周りは感嘆していた。今時日本国外から来る人間など珍しくも何ともないのに。確かに日本中立国は閉鎖的ではある。もはや世界各国のステータスとなった移民を受け入れられず、頑なに拒否している。もちろん留学生や仕事の関係で日本に住んでいる者はいるが、永住権の取得は不可能になった。もちろん選挙権は与えられないし、社会保障も最低限のものだ。

「なあ、お前らまさか、あの二人と付き合ってるとかそんな関係か!?」

 誰かの発言に、二人は思わずむせそうになった。

「んなわけねえだろお、ただの知り合いだよ!」

 ノルベルトがふざけたような言い方で、全力で否定する。

 お断りだ、あんな得体の知れない少女と付き合うだなんて。その発想はどうにかしている。決して相容れない存在。両極に位置する関係。

「あ、でもさ、あの二人とお前らって似てるよな」

 その言葉に、二人の表情が僅かながら曇る。ノルベルトが口を開いた。

「どこら辺が?」

「んー、いつも二人でいるところとか……あんまり他の奴らと話したがらないところとか……たまによく分からない会話してるし、とにかく謎めいてる感じ?」

「なんだそりゃ」

 何と言っていいか分からない。だが、当てはまる。たしかに友人を避けている。これは彼らのためでもある。よく分からない会話。自分たちにはよく分かる。しかしこちらから言わせてもらえば、『普通の』生徒がやっている会話の方がよく分からない。――昨日テレビでやってた、そう、あれあれ。見た?隣のクラスのあの子さ、可愛いよなあ。ええ、今日部活出れないの?ああ、宿題めんどくさ!そういえば今度の試合さあ、どこであるんだっけ?――分からない。この会話が、分からない。

 そして、可愛らしい少女の皮を被った化物。あの二人のことはそう見えて仕方ない。他の同級生のように、外国から来た可憐な少女とは思えない。あの匂い、目、体のこなし、オーラ。全てが嫌悪の材料。いくら綺麗な髪だって、滑らかな肌だって、鈴のような声色だって――所詮、獣。

 アメリカ連合出身と言っていた。ロシア解放区と特に敵対している。アメリカはヨーロッパには露骨な敵意を見せることはない。しかし、二百年以上前、第二次世界大戦で日本中立国――かつての大日本帝国――に勝利して以来、ますます存在感を増していった。それからは不動の地位を確率しようと試行錯誤していた。もしかしたら彼女たちは、アメリカで作られた人形マリオネットかもしれない。


 光陰矢の如し。たちまちに日は過ぎていく。自分勝手に時を進める砂時計のように。

「やっぱいいよなあ、ニホンって感じ!」

 そこかしこからそんな声が聞こえる。文化祭に来た客は日本人と外国人とでちょうど半分ずつくらいだった。

 浴衣の女子生徒、食べ歩く人たち、呼び込みの声。バザー目当てで出来る長蛇の列、我が子の姿を写真に収めようとしてカメラを構える親、そしてそれを恥ずかしがって悪態をつく生徒。手作り感溢れる看板。段ボールが見えている。ぶつかり合う小銭の音。

 ここが、ずっと前からさまざまな文化を発信してきた地なのだろうか。

「なあ、お前ら。眉間の皺なんとかしろ」

 行事担当のクラス委員に眉間を押され、ノルベルトとアシルが顔を見合わせた。彼らはアイスと飲み物だけを売ることになった。もう暦の上では秋だが、まだまだ暑い。日陰でも立っているだけで汗が出る。昔はもう少し過ごしやすい気候だったのかもしれないが。湿気もすごい。なので、商品は飛ぶように売れていく。

「そんなひでえ顔してたか?」

 笑いながらアシルが聞く。してたよ、と彼は返した。

「せっかくお前らを接客担当にしたんだぞ!営業スマイル!お客様は神様!ほら稼げ!」

 呆れたように微笑む二人の背中を叩いて、彼は豪快に笑ってみせた。

「お前らみたいなイケメンは接客だ!稼げ、稼ぎまくれ!任務だ!あ、そこの奥さーん、寄っていきませんかあ。お嬢さんにアイスをどうぞ!」

 彼は廊下に向かって大声を上げながら歩いて、そのままどこかへ行ってしまった。

「任務、か……」

 なんて聞きなれた言葉。なんて軽い言葉。便利なものだ。任務なら遂行する、それが当然。だから根本を考えなくて済む。なぜ自分達はこんなことをしているのか。何も考えなくていい。命令に従ってさえいれば。

 そう、考えなくていい。考えない方がいい。考えたって仕方ないことなのだから。

 二人はごく自然な笑顔を作り、次々に入ってくる人の相手をしていった。

 しかし二十分ほどした時、急にノルベルトが廊下を気にするようにした。どうした、とアシルが問う。

「ソフィーさんとムッシュウ・フィリップだ」

 少しして、人ごみをかき分けながら果たして二人がやって来た。

「なに、この人の多さ!」

 汗を拭きながら彼女は言う。仕方ないですよ、とアシルが返す。

「ここはオープンスクールがないですから、学校を見に来る人が多いんでしょう」

 それにしても、とフィリップも汗を拭いた。

「ちょっと人多すぎるねえ。ほら、なんかすごい蒸し蒸しするし。ああ、この間本国で開発された最新の手榴弾なら簡単に掃除できると思うんだけど」

「やめてください……」

 ノルベルトの一言に、そう?とフィリップは首を捻る。どうか冗談で言っていますように。

 暫く話した後、彼らはアイスを買って去っていった。一息ついた所に、嗅ぎなれた匂いがした。またあいつらか。勝手な理由で命を狙ってくる二人の少女。廊下から気配がする。だんだん近づいてくる。

 彼女たちが絡んでくる前に、ノルベルトが振り向いた。

「お前ら今日は何の……用……」

 その彼の語尾が力なく消える。どうした、とアシルが振り向く。そこにはたしかに二人の少女がいた。二人とも浴衣を着ている。ローザが白地にピンクを基調とした暖色の花柄。アイリーンが黄色地に朱色系の蝶の柄。彼女は長い茶髪を団子にしてまとめていた。頭には浴衣と合う蝶の飾りがある。アイリーンは楽しそうにしていたが、ローザは恥ずかしそうにしている。

「二人とも朝から店番なんだね、大変ね」

 アイリーンの言葉にノルベルトが素直に頷く。

「何やってんだよ、その格好」

 アシルがからかうように言う。

「だから嫌だったのよ、いくら宣伝とはいえこのクラスの前通るの……」

 ローザが目を逸したままぼやく。

「いいじゃねえか。殺し屋のそんな姿、滅多に拝めねえんだし。俺は似合ってると思うけど?」

 声を抑えたノルベルトの言葉に、ローザがびっくりした顔を向ける。ノルベルトはにこっと笑ってみせた。ローザの頬がだんだんと紅潮する。

「冗談の性質たちが悪いわ!」

 彼女はノルベルトの頬をつねって、さっさと歩いていってしまった。

「あっ、待ってよローザ!」

 アイリーンが慌てて後を追おうとする。しかし彼女はちらりと振り返ると、ひらひらと手を振ってみせた。呆気にとられたノルベルトをよそに、アシルが手を振り返す。アイリーンはそのまま人ごみに消えていった。

「残酷な世界だね。あーんな可愛いつらして殺しまくってんだからよ。ここにいる呑気な日本人が事実を知ったらどうなるものやら」

 教室と廊下の間の窓の枠に肘をつき、アシルが二人の去っていった方向を眺めながら呟く。

「可愛いかあ?あんな凶暴女」

 つねられたところが赤くなっているノルベルトは、頬を擦りながら反論した。

「いや、俺が言ったのは茶犬の方だけど?」

 二人が顔を見合わせる。

「まさか、惚れたとか?」

 恐る恐るノルベルトが尋ねる。どうだろう、とアシルは首を捻った。

「ただ、皆こうして生きているんだなって思って。今は虚構だったとしても、これがいつか……本当に平和な世界の礎になるのかなって……」

 人の騒音が少し遠くに聞こえる。アシルは目の前を過ぎ行く人の色を見つめたまま動こうとしない。

 この雑多な世界で繰り広げられるのはくだらない理由で始まる戦争。泣くのはいつも弱い人間。死ぬのも弱い人間。土埃が舞い、空から光が消える。大地は乾き、潤すのは血の雨。そんな世界の裏側で、こうして呑気に行われる茶番。誰も疑わない安全。形だけの平和。

 やはりあいつらは生身の人間だろう。自分たちのような、機械の臭いはしなかった。自分たちと同じくらい血の雨を浴びたって、同じくらい世界を壊したって変わらない理。彼らは人で、自分たちは違う。とても簡単な構造。残酷なほど分かりやすい。

 しかし、なんて綺麗な嘘。さっきのあの笑顔も作り物。自分たちに与えられるものは全てがまがい物。本当のものなんて、何一つ手が届かない。

「おい、店番」

 聞きなれたその声に、はっと現実に引き戻される。目の前にはポールソンとピエール、アレクサンドルがいた。

「ええ、三人とも来ちゃったの?」

 アシルが困ったような顔をする。悪くはないだろ、とポールソンがそっぽを向く。軍人という身分証明証があるので、出入国に問題はない。その点、一般の観光客よりは便利だ。

「ごめんね。少佐が一番張り切っちゃっててさ」

 アレクサンドルが笑いながら言う。迷惑だった?という彼の問いに、まさか、としか答えることしか出来ない。ノルベルトも気づいたようで、他の客の相手をしていたがこちらへやって来た。

「それより、誰、さっきの綺麗なお嬢さん達は。同級生?日本人には見えなかったけど」

 興味津津でピエールが尋ねる。ああ、と頷いてノルベルトが答えた。

「モルゲンシュテルンの」

 空気が張り詰める。ポールソンが眉間に皺を寄せた。

「なんだってお前らに絡んでいるんだ。アメリカ連合にもばれないようにしているのに。まさかお前ら、奴らに手なづけられてるんじゃないだろうな」

 それはないよ、とアシルが返した。

「アメリカにはもうばれてるかもね。あいつら、三年前にキエフで会ったことがある」

「三年前のキエフっていうと、六・二五反政府暴動か」

 ピエールがメガネを押し上げながら聞く。そうだよとノルベルトが頷いた。ル・セルパンのメンバーもその時出動していた。

「その時に義勇軍の雇われ兵として俺達を見たらしくて、ここで会った時、一発でばれちゃった」

「おいおい……まさか、お前らを取り込もうと?」

 率直にポールソンが尋ねる。ノルベルトは首を振った。

「お友達でもなんでもない。ただ、ここは中立国だから、俺たちを殺すのはやめとくって。それだけ。ま、例え拉致監禁されてフランスやドイツのことを聞こうとして拷問にかけたところで、俺達は喋れないんだけどね。ロックがかかってるからパスワードを言わないと情報の閲覧はできないことになってる。情報は持ってるけど」

 ふうん、と興味深そうにピエールが顎に手をやった。

「三回連続で間違えるとデータが自動で消去されるんだ」

 三人は驚きを隠せない様子で二人を見ている。悲しそうにアシルが言った。

「仕方ないよ。人間じゃないものが人間に紛れて生活しているなんて、気持ち悪いって思うのが当たり前だから」

 その時、後ろから誰かに背中を思い切り叩かれた。ノルベルトだ。背中を摩りつつ彼を睨むと、睨み返された。感情の読み取れない口調でノルベルトが言う。

「委員長が。サボってないで働けって」

 困ったような笑顔で、分かったよ、とアシルが返す。ノルベルトの差した方では、同級生の岩田が手招きしている。どうやら彼らがポールソン達と話している間、行事委員である彼は一人で客の対応していたらしい。おとなしく手伝いに戻るアシルの背中を見て、ピエールが小さくため息をついた。それを聞き、ノルベルトが優しく言う。

「でもね、これが俺達の望んでた『普通』なんだ。今は……軍にいた時には感じられないくらい、ここにいることが楽しくて嬉しいし……幸せ、なんだ。アッシュも同じだよ」

 ぽかんとするピエールの隣で、去っていくノルベルトをアレクサンドルが見つめる。

「これじゃ、どっちが慰められてるのか分からないね」



 廊下を通り過ぎる客を眺め、ノルベルトはぼうっとしていた。そこへ、行事委員である岩田が忍び足でやって来た。当然ノルベルトは感づいていたが、振り向かなかった。次の瞬間、背中によく冷えたペットボトルが押し当てられる。うわっと大袈裟な声をあげ、彼は振り向いた。岩田が可笑しそうに笑っている。彼はオレンジジュースの入ったペットボトルを差し出した。ノルベルトがきょとんとする。

「これやるよ」

 ノルベルトが困ったように笑う。

「やるって……それ、店の商品だろ」

 ああ、と岩田が頷く。もらえないよ、とノルベルトが拒否する。

「何言ってんだ、驕りに決まってんだろ」

「誰の?」

「俺の」

 岩田が自分を指す。

「なんで?」

 ノルベルトは岩田の目をまっすぐ見つめた。今度は岩田が困った顔をする。

「なんでって……そりゃ、俺が驕りたいからだよ。お前今日一日、店番頑張ってるし」

 ここは礼を言って受け取った。だが、ノルベルトの胸中は疑問符でいっぱいだった。

 なぜだ。なぜ、赤の他人である俺に食べ物を与える?軍にいた時ですら、ろくに飯をもらえなかったこともある。忘れたふりをしてわざとくれなかった。そんな時、周りの意地悪な奴らは笑うのだ。――『お前ら、少々飲まず食わずでも生きていけるんだろ?』――声が、嘲りが頭に響く。お前の金で俺に餌を与えて、お前が何の得をするんだ。

 嬉しそうにまた持ち場へ戻る岩田の背中を見つめながら、ノルベルトはまたぼうっとしていた。

「なに岩田見てんの。惚れた?」

 アシルが隣に立つ。んなわけねえだろ、と軽く叩いてペットボトルを見せた。

「これ、貰ったんだ。あいつが金を払ってくれた」

 ふうん、とアシルがペットボトルを見る。まだ封も切られていない。オレンジ色のパッケージに、オレンジのあまり可愛くないキャラクターが笑っている。

「なんでこんなことするんだろう?」

 赤の他人に。得などないのに。義務でもないのに。

 ノルベルトの問いかけに、アシルはそっぽを向いてくすっと笑った。

「それを俺に聞きますか……」

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