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10 操り人形とロボット

 二手に分かれて、アシルとノルベルトは汚いビルの中にいた。アシルは一階から、ノルベルトは最上階から血を浴びていくことにした。

 異常事態を察知したビルの中の男たちは、建物の外の情報を手に入れようとしていた。

「おい、監視カメラはどうなってるんだ!」

 屋外を映していたモニターには何も映っていない。

「大変だ、破壊されてる……全部だ、隠していたやつも……ちくしょう!」

 色を失った男が一人、椅子から立ち上がり、悪態とともに机を叩く。

「ロボットは!?ロボットは戦っているのか!」

 指揮をとっているらしい男が問い詰める。モニター上の反応がなくなる。建物の外にいたロボットには全て発信機がつけられていた。だから動いていれば点滅する点で示されるはずだ。それが、どこにもない。

「……全滅、です……」

「まさか……そんなこと、あるわけない。機械が壊れているんじゃないのか」

 ロボットの通信はきちんと出来ていることになっている。証拠に、ビルの中にいるロボットは点で示されている。

 多くのロボットを壊すなど、戦車が相手になるくらいのことをしなければできるわけがない。そんなことをすれば当然音もここまで聞こえるだろうし、何より真っ先にカメラに映る。それに隠されている監視カメラまでもがピンポイントで壊されることなどありえない。できるとしたらロボットくらいだ。生身の人間がどうにかできるものではない。

 なんてことだ、と男が頭を抱えた時、部屋のドアが控えめに開いた。油の切れた蝶番がきしみ、耳障りな音が響く。誰だ、ときつい口調で問いかける。同時にモニターを見ていた数人が銃を構えた。入ってきたのは少年だった。黒髪で、砂色の軍服を着ていた。

「な、何だ貴様!中央政府の奴か!?」

 ロシア語の問いに、少年はフランス語で返した。

「Bonjour」

 その言葉が終わったとき、彼の姿はドアの前になかった。部屋にいた男たちが思わず身構える。そして辺りを見回す。部屋の隅にいた男の頭が吹っ飛んだ。壁に血が派手に飛び散る。悲鳴が聞こえた。衝撃で書類が舞った。机の上にアシルが立ち、手を染める血を舐めた。恍惚とした表情。男たちが銃を構えたまま、何人かが口元を覆った。声が絞り出される。ゆっくりと血を味わうように舐めとった後、アシルが呟いた。

「きめてるの?……クスリ

 舌打ちが聞こえ、一人の発砲に続いてその場にいた全員が撃った。壁に穴があく。

「何で当たらねえんだよ!」

 完全に怖気づいた男が叫ぶ。アシルがその男の背後に回り、肩に手を置いて耳元で囁いた。

「さあ、何でだろうね」

 男の肩がびくっと震える。彼が振り返るよりも早く、アシルが手刀で彼の首の骨を折る。

「このガキが……!」

 罵り、再び銃声がする。だが、その弾は目標には当たらずに仲間に当たった。怒声と懺悔と悲鳴が聞こえる。アシルが声を上げてへらへらと笑う。

「いいね、もっとやってよ。そしたら俺が殺さなくてすむんだもの」

 そこら中で悪態が聞こえる。廊下で慌ただしい足音がした。他の階から彼らの仲間が応援に来たらしい。ロシア語が聞こえる。

「……でも、早くしないと、美味しいところをノルにとられてしまう」

 そう言って、アシルはものの十秒とかけずにその部屋を血で染めた。呻き声一つ聞こえない。アシルは持っていた小さなナイフを振り、血を落とした。

「おい、何があった!」

 恐らく一つ上の階からやって来た男達。銃を持ち、ロボットも従えている。

「うぇっ……」

 ドアの向こうの血の惨劇を見て、思わず彼らの足が止まる。一人が後ろを振り向いて吐いた。つられてもう一人が涙目で吐く。

「見なかったら良かった?」

 呑気な問いかけに、男たちが荒い呼吸をしながら部屋の奥を見る。むせ返るほどの臭気と逆光の中に一人、立っている人間がいる。だが、どう見ても解放区軍の制服は着ていない。あの砂色の迷彩はフランス軍か。お前がやったのかという質問に、アシルは素直に頷いてみせた。

「ここは四階だぞ。ロボットもいる……それに、これより下の階の見張りはいったい……」

 ゆっくりとアシルが近づく。距離を保ったまま男が下がる。

「地獄、かな」

 人差し指で下を指し、アシルが小首を傾げてみせる。彼の顔に、点々と血がついていた。それだけで十分だ。彼が全てをやったことを証明している。

 男が悪態をつきながら、ロボットに命令を出す。二足歩行型の新式のロボットがアシルに狙いを定め、動く。見た目は旧式と変わらない。だが、反応速度は確実に上がっていた。男たちもまた銃で狙いをつけた。

 しかし、まだだ。まだ遅い。

 たったの一撃で兵器をゴミにする。金属の軋む音が耳につく。火花が散る。ロボットからあがる煙がきな臭い。

「何で丸腰のガキ相手に銃もロボットもきかないんだよ……!」

 そして人間も使い物にならなくなる。断末魔の声ですら、雑音にしか聞こえない。アシルの笑い声が重なった。

 彼はひとりしきり死体を眺めた後、血溜りができた廊下を歩き、ゆっくりと階段を上っていった。血溜りには彼の後ろ姿が逆さまに映っていた。


「ロボットを……銃を持って来い!」

 潜伏中のテロリストがロシア語で叫ぶ。次の瞬間にはノルベルトが彼の顔を潰していた。手のひらにべったりと血がつく。温かい。汚い。それを舐め、彼は顔をしかめた。死体が着ている服の、まだ汚れていない部分で彼は手を拭いた。

 その彼の目の前を銃弾が通った。床のタイルが割れ、銃弾がめりこむ。弾が飛んできた方へノルベルトが顔を向ける。怯えた表情の男が二人ほど、曲がり角に隠れたのが見えた。ノルベルトはいやらしく笑うと、ゆっくりとそこへ向かった。わざと足音を立てる。

「この……化物が!」

 やけくそになった二人の男が銃を構え、飛び出す。ノルベルトは体勢を低く保って懐に飛び込み、それを片手で払った。男は壁に頭を打ち付け、血を流しながらずるずると壁を滑り落ちた。もう一人の男は情けない声を出し、階段を駆け降りる。

「あっ、だめだ、そっちは……」

 お楽しみをアッシュにとられてしまうから。

 彼はそう呟いて辺りに耳を澄ませた。どうやらこの階にはもう人もロボットもいないらしい。歩いて彼は階段を降りていった。点々と血がついているが、まだ階段は綺麗だ。

 踊り場まで降りた時、下の階から長い悲鳴が聞こえた。次いで、ロシア語で悪態が聞こえ、派手な銃声がする。なんともひどい匂いも充満している。アシルがもうここまで来た。彼は確信した。そして、変わらぬ歩調で階段を降りる。

「こっちだ!上にはまだ弾薬があったはず……!」

 何人かがばたばたと階段へ走る。血に滑りながらも走ってくる。駄目だ、という仲間の静止も振り切って。

 ノルベルトの目の前に男が現れた。一瞬彼の思考回路は止まったようだ。彼はぽかんとして目の前の少年を見ている。その隙にノルベルトが足払いをかける。一瞬だ。男は見事に背中から転んだ。その彼の顔を踏み潰し、ノルベルトが笑った。後から走ってきた男が絶叫して、来た方へ戻ろうとする。だがその足が止まった。

「あ……」

 うわごとが漏れる。アシルがいた。

「そんな、まだ十人はいた……」

 男の視線の先には、倒れて動かない仲間がいた。立っているアシルの手から血が滴る。

 男がもう一度階段の方を向く。だが、同時にノルベルトとアシルが動いた。男の頭が砕け、腰で身体が二分された。

 辺りは血の海と化していた。壁、床、天井、窓、全てに赤い飛沫がかかっている。ところどころで煙をあげるロボットがまだ動こうとしてた。だがほとんど破壊されているので移動することすらできない。時折火花が散る程度だ。

 床には赤だけではなく、もともと人間だったものが散らばっていた。転がる小さな骨片、肉の塊、雨上がりのような血溜り。周りの気温や湿度は少し上がったのだろうか。蒸し暑い。少し陰っていた陽の光が窓から差し込む。光がそこらじゅうで跳ね返って、この惨状はむしろ非現実な絵のようだった。

「終わり……?」

 シンクロした二人の静かな呟きが虚しく消える。


 少し静かになって数分して、二人は他の三人が待機している場所へ帰ってきた。体中に血を浴びている。髪からも血が滴った。

「怪我、したの?」

 ピエールが尋ねると、二人は首を横に振った。

「これ、あいつらの」

 汚いとでも言いたげな目で、アシルが手のひらを見る。

「言われた通り、殲滅した」

 ポールソンが怪訝な様子で彼らを見る。そして、おもむろに口を開いた。

「お前らは……それ、楽しいのか?」

 一瞬の間の後、二人はきょとんとした。

「だから、そうやって壊していくのが楽しいのかって聞いてるんだ。答えろ」

 きつい口調でポールソンが言う。

「別に」

 楽しくもないし、虚しくもない。

 単調な答えに、ポールソンの眉間に皺が寄った。焦ったピエールが割って入った。

「少佐、どうしたってんだ」

 ふてくされたように、ポールソンは暫く黙って二人を睨んでいた。二人は無言で見つめ返す。アレクサンドルにも尋ねられ、ポールソンはようやく口を開いた。

「こいつらはなあ……さっき、笑ってたんだよ」

 アレクサンドルとピエールの二人は顔を見合わせた。それでもノルベルト達は動じない。

 彼らの間を、砂を含んだ風が駆け抜けた。暫くして喋ったのは、アシルだった。

「仕方ない……このために作られたんだから」

 どこか悲しげな口調。いくらリミッターを外しているとは言え、それでもまだちゃんと理性は保っている。ただ、いつもよりほんの少し、感情に起伏がないだけだ。彼らだって感じているはずだ、多少の罪悪感は。

 彼らは殺すために作られた。いわば、不浄な役目を全て押し付けられた存在。その陰で、一体いくらの人間が笑っていることだろう。

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