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01 過ち

 世界が混沌に満ち溢れている時代。ちょうど友好五〇周年を迎えようとしていた二国があった。リヒト=ドイツ王国とフランス新王国。隣り合うこの二国は、いつしか遠く昔の戦争の確執から解き放たれ、共に道を歩んでいた。

 ここはフランス新王国王都パリ。広い道路の両脇に、大勢の人が集まっている。人々は両手には二つの国旗を持ち、それを振りながら歓声を上げていた。澄みきった青い空に、歓声がこだまする。色とりどりの紙切れが舞う。音楽は歓声の陰に霞んでいた。

 道路の向こうから、警護の車と一緒に両王族の乗ったオープンカーがゆっくりと現れた。歓声はいよいよ熱くなる。

「見て、ロラン、すごい人!」

 金の髪がさらさらとした子どもが、まだつたない話し方で言った。王族の乗った黒塗りの車から身を乗り出すようにしている。髪が風に揺れる。

「ほんとだ、いっぱいいる!すごいね、フィル」

 目をきらきらさせながら答えたのは、黒い髪の子どもだ。

 先に口を開いたのがドイツ王子フィルバート・フォン・クロイツァー、彼に答えたのがフランス王子ロラン・ド・シャントルイユだ。二人共まだ五歳で、男の子らしく、とても活発にきょろきょろしている。

「二人とも、そんなにしては危ないですよ」

 優しく諭すような口調で三十代ほどの女性が注意した。はい、と返事をし、二人は頭を少し引っ込めた。それを見て、もう一人の同年代くらいの女性が笑う。彼女達は両国の王妃だ。

「本当に仲がいいのね」

「ああ、両国の友好の象徴のようなものだ、二人は」

 女性のあとに続いて口を開いたのは、口ひげのある男性だ。そうでしょう、フランス国王殿?と彼は笑う。別の男性が笑って頷き返した。

 年の似た夫婦と子ども。そのせいか、彼ら両王家はとても仲が良かった。王家という関係でなくても、その関係に変わりはなかっただろう。

「あっ、あれ!凱旋門!」

 大通りの向こうに見える古い建物を指さし、フィルバートが興奮したように言った。見慣れているせいかロランは特に騒いだりせず、笑ってその様子を見ている。


「パレードね……呑気な奴らだ」

 ビルの屋上から下を見ながら、帽子を目深に被った男が呟いた。タバコを咥え、不機嫌そうに煙を吐き出す。

「連絡がきた、準備完了だってさ。あんたの手でこの祝日を地獄に塗り変えてやりな」

 同じく帽子を被った長い金髪の女がトランシーバーのスイッチを切りながら言う。男は準備してあった銃を構え、再びタバコの煙を吐き出した。笑いもせず、ただの作業のように照準を合わせる。

「これで、おしまいか?」

 そして、引き金に指をかけた。




「警備はいったい何をしていたんだ!」

 巨大な病院の一室で、ドイツ国王が喚いた。部屋には両王家の人と、関係者がいる。王妃二人は泣き崩れ、国王二人は全てを紛らわせるように怒ったり泣いたりしていた。彼らは顔や手に手当の跡がある。

 外は慌ただしく医師や看護師が行き交っている。病院の外はさらに騒がしく、マスコミが詰めかけていた。

「この国でテロなんて……」

 フランス王妃が嘆いた。言葉が詰まる。

 彼女の言葉に、誰もがあの時の一瞬を思い出した。そして、目を伏せる。上からの銃撃、その直後に一瞬耳が聞こえなくなった。そして、赤く咲く血。気付いた時には二人の王子はぐったりと倒れていた。すぐに一番大きな病院に搬送した。痛いとも何とも言わない子どもたちを前に、大人はどうしていいか分からなかった。

 そして不思議なことに、二人の王子以外には犠牲者はいなかった。始めから王族を狙ったものだろうか。噂は好き勝手に今も飛び交っていることだろう。

「助からないのか……?」

 か細い声でフランス国王が言う。天然パーマの明るい茶髪に眼鏡の、ひょろっとした男性医師がカルテを見ながらおどおどと答えた。

「助からないわけではないのですけどねえ、このまま放っておくと、お二人とも最悪の事態に……」

「どういうことだ、どうすれば助かる!?」

 フランス国王が尋ねる。ドイツ国王は口ひげを撫で、なんとか落ち着いて聞こうとした。二人を交互に見つめ、医師は極めて堂々と口を開いた。

「『理想郷計画ユートピアプラン』ですよ」

 一気に部屋の空気が変わった。

「それは……我々両国が一世紀以上前から協力して進めていた、あの……」

「そうですご明察、それを使えば助かる可能性が非常に高くなります」

 国王二人が視線を交わす。

「しかしあれはまだ対人化に成功したことがない……」

 失敗は、死を意味する。大人達には分かっていた。そんなものを息子たちに、とフランス国王が続けた。だが王妃二人が視線を交わした後、ふらつきながら立ち上がった。ハンカチで口元を覆い、嗚咽交じりの声を絞り出す。

「構いません、進めてください」

 他の人々が驚いて振り返る。

「どんなになっても、私たちの子に変わりはないでしょう……?私は、陛下、生きていてくれればそれでいい……」

 二人の様子を見て、国王たちは観念したように頷いた。医師は冊子をめくりながら言った。

「では、データ構築など諸々を含め、半年はお時間をいただくようになります。まずは基本データをロードして、生命維持を第一に行います。それと、これは対人化に成功したことのないものですから何があるか分かりません。失敗するかもしれないのです。百パーセントの保障はあり得ないこともご理解ください。成功してもメンテナンスのために、再び王家に戻ることは出来ません」

 わっと王妃が泣き崩れた。フランス国王は妻をなだめるように抱き寄せた。

「大丈夫、どんなになっても私たちの子だ……だが、ドクター・フィリップ。彼らの記憶は消してほしい。王家に戻れないのであれば、こんな事実を知って悲しむよりは、最初から何も知らず、普通の人間としてのびのびと生きてほしい」

 医師はドイツ国王の顔を見た。彼も、先ほどのフランス国王の意見に同意するように頷いた。

「では、記憶の書き換えも行います……記憶の消去というよりは、封印といった形になりますが。本当によろしいのですね?後で書類にサインをお願いしますが」

 二人の子どもの両親たちは、皆小さく頷いた。それを確認し、失礼します、と医師は出ていった。

「では……二人の王子の死の発表を。今回のテロの犠牲者はドイツとフランスの両国の人間がいる。協力してテロリストを消さねばならない。たとえ犯人がどちらかの国の人間だったとしても、だ。それに……それに、両国が争うことはフィルバートもロラン君も望まないだろう」

 静かにドイツ国王は言った。フランス国王も力なくそれに賛同する。

「では、フランス第一王子は変わらずジョゼフ王子、第二王子は末弟のシャルル王子に……ドイツ第一王子は弟君のクラウス様に……」

 側近の男性が小さく言う。三人とも別の車に乗っていて助かった子供達だ。極めて冷静な彼の言葉にも皆、ただ頷くだけだった。



「それにしてもすごい適応能力ですね、ドクター。数値は完璧です」

 書類を抱えた若い女性がドクター・フィリップを振り返る。彼は頷き返した。

 彼らの前では、金の髪と黒の髪の少年が二人、組手を行っていた。

「あれからもう十二年か……」

 フィリップは明るい茶髪を掻き上げ、眼鏡を外した。

 十二年前、フランス新王国とリヒト=ドイツ王国友好五〇周年記念パレードのテロによって瀕死の重傷を負った二人の子どもは助かった。禁断の、理想郷計画ユートピアプランによって。

 ユートピアプランとは、一世紀以上前から極秘に進められてきたフランス・ドイツ両王国による世界征服計画のうちの一つの計画だ。人を機械化することで驚異的な体力、知能を備えた生きた兵器を作り、一世紀以上前から力をつけつつあったアメリカ連合王国に対抗する。そして最終的には、その生きた兵器を用いた天使アンゲールスによって制御される世界『楽園パラディースス』になる。

 しかし、人を兵器化するというこの計画はあまりに危険すぎたため、実用化はされないだろうとフィリップは思っていた。身体そのものが機械となる意味での機械化というよりは、身体以外のほとんどが機械になるからだ。つまり、機械に制御された身体だ。

 身体は斬れば血が出るし、原動力は心臓になる。もちろん寿命もある。人間と同じものを食べるし、長い間寝なければきっと錯乱状態になるだろう。普通の人間だった時の記憶は完全に消去することは出来ないが、上書きして偽物の記憶を植え付けることは可能だ。偽の記憶を書かなければ、そこだけぽっかりと記憶に穴が生まれる。それに、必要があれば感情メモリを消去して本当にただの機械にすることもできる。体力も治癒力も記憶力も異常なまでに高い。なぜこんな危険なプロジェクトに関わってしまったのか、フィリップ自身にも分からなかった。

 今まで対人化する技術はあっても、それに成功した事例はなかった。あまりに過酷な身体変化によって、使われてきた実験体はことごとく死んだ。そんな中、二人はその変化に耐えてみせた。それだけでも十分なことだったが、さらに想像を超える適応力をみせたのだ。フィリップは最初、この二人はせいぜい生きながらえることで精一杯だと思っていたのに。

 このプランによって生き長らえた二人は人形マリオネットと呼ばれる存在になった。当然ながら極秘の存在だ。再び『普通』の人間として生きることが出来なくなってしまった彼らは、データ収集やメンテナンスのために、フランス王立陸軍特殊部隊に編入させられたのだ。そして記憶も改竄され、名前も変えられ、ここにいる。

「二人とも、こっちへ」

 フィリップの声に気付いた二人はストレッチをやめて、小走りで近づいてきた。激しい運動をした後にも関わらず息一つ乱さない。フィリップは目を細めて彼らを見た。

「どうかなさいましたか、ムッシュウ」

 シンクロする問いかけ。

「ああ、突然だが君たちは日本中立国に留学が決まったよ」

 王命だよ、と彼は付け加えた。

「了解しました」

 返事も綺麗に重なる。

 しかし、と黒髪の少年が付け加えた。

「どうかした、アシル君?」

 フィリップの問いかけに、少々戸惑った素振りを見せながら元フランス第二王子アシル・ロレオンは尋ねた。

「なぜ、国王陛下は僕達に対していつもそのようにご厚意を?」

 フィリップは面食らった。機械のような人間といっても思考や性格は本人のものだ。ただし、今はコンピュータで多少コントロールされている。けれどもこのような自発的な問いかけがくることは珍しくない。しかし、自分たちのことに関してとは。

「気になるかい?」

「いえ……ただ、貴重なデータになるかもしれませんから」

 その答えにフィリップは眉を寄せた。彼らにとっては人の思惑などはただの現象でしかない。データを集め、人によってさまざまな対応をするプログラムが組み込まれているからだ。

 フィリップは短時間のうちに頭をフル回転させた。間違っても実の息子たちだから、などとは言えない。

「国王陛下は誰に対してもお優しい方だからだよ。君たちの年齢なら、学校に通っているのが普通だからね」

 少年二人はフィリップを凝視した。フィリップもそれ以上は何も喋らない。もう何も訊かないでくれ、と心で彼は祈った。

「そうですか」

 祈りが通じたのか、それ以上の追求はなかった。いつも通りの単調な答え方だった。だが、その中にフィリップは今までと違った何かを感じた。

 一瞬、アシルが寂しそうな表情を見せた気がした。いや、気のせいか。光の加減か。あるわけがない。なぜなら彼らはあくまでも制御された感情で動いているのだから。

「だからこれから新しい日本中立国対応プログラムを君たちに導入ロードすることにした」

 二人が揃って顔を上げる。

「プログラムの更新は先月の十日に全て行ったはずですが」

 尋ねたのは金髪の少年、元リヒト=ドイツ王国第一王子であるノルベルト・シュヴェーダだ。

「標準語以外にも多少対応できる基本データと特に感情メモリを大幅にロードするんだ。対人プログラムがないと、これからたくさんの人と会うんだからね。大丈夫、君たちの記憶は圧縮ファイルにしてそのままにしておくから容量の心配はいらないよ」

「了解しました」

「じゃあ、四時になったら第二研究棟のいつものところへ来てね」

「了解しました」

 一人で研究室へ戻りながら、フィリップは考えた。どんなことを言おうと、彼らはいつも同じタイミングで決まりきった返事しかしない。だが、今回は大幅に感情メモリをロードすることになった。だから彼らのもっと人間らしい部分に触れることができる。貴重なデータがたくさん取れるだろう。

 感情は人格に繋がる。もともと彼らは五歳までの記憶を消去して作られた。だが、身体が覚えているもの、染みついたものは離れない。結局、人格や思考はコントロールできるとはいえ本人のものだから、彼らを完全にコントロール下に置いているとは言いがたい点もある。

 アシルは大人びていて、少し消極的なところがある。その分、冷静な判断をする。反対にノルベルトは活発で好奇心旺盛だ。なので、たまにアシルにフォローされている。

 だが、この「個性」すらも完全に消すことができる。


「日本か。ちょっと楽しみだな」

 髪を掻き上げながら、ノルベルトが呟いた。

「そうかな。俺はあまり人に見られるのは嫌いだ。人に見られていい思いをした経験がない。日本人はデータによればモンゴロイド、黒い髪に茶系の目が基本。俺たちとはそもそものベースが異なる。骨格も、文化も、いろんなものが。特にノルなんか金の髪だろ、目は青いし。絶対注目される」

 空に浮かぶ雲を眺め、アシルが答えた。雲は変な色をしている。何かの化学物質が混じっているのだろう、紫色だ。端の方は少し赤い。

「でも日本は中立とは言っても、実際は経済的にもアメリカ連合の傘下に入っている。名ばかりだ。もう二百年以上前からそんなものだけど」

 ノルベルトがアシルを振り向く。ああ、とアシルが返事した。

「気付かれないように『普通』にするのかな。それとも、留学という名目のスパイかな」

 いずれにしろ、ただの留学には思えない。では、なんなのか。

 二人は固まった。

「……データ不足だ」

 その呟きをかき消すかのように、静かに風が吹き抜けた。二人は黙って風が吹き去った方を見た。そこにはただ、変な色の雲が浮かぶ濁った空があるだけだ。

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