あの、帰っても良いですか?
「こちらは、紺野千尋君。彼は紺野コーポレーションの会長のお孫さんで、今は紺野ホテルでジェネラルマネージャーをやっているんだ。」
回想に頭を巡らしていた私は、ハッと意識を目の前に戻した。
振り袖を回避して、元々持っていた水色のブラウスに黒のメンパンをまとって今、お見合いの席にいる。
スカートでないことに母は渋い顔をしたが、よそ行きのスカートはクリーニング中だと言ってパンツスタイルにした。
ふん、せめてもの抵抗だ。
しかし…
それは成功だったのか、失敗だったのか…
目の前にいる、お見合い相手を前に私は完全に怖じ気づいていた。
(確かにイケメンを希望しました!したけど―)
向かいの席に座るお見合い相手をチラリと見て、…目をそらした。
(ぎゃ〜きらきらしてる、何だかきらきらしてるんですけどっっ)
理知的な瞳に、すっとした鼻筋、薄い唇は穏やかな微笑をうかべている。肌はトラブル一つない色白の絹のような肌、まるで春を思わせる暖かな空気をまとっていて………
できない!!とても、形容できない!私の陳腐なボキャブラリーでは表せない!
ひぃ〜ごめんなさ〜いってくらいのイケメンだ。
ってどんなんやねん!
と、ともかく眩しくて目を合わせられない―お方だった。(ええ、思わず無駄に敬称を付けたくなるくらいにはね)
しかし、イケメン―を通り過ぎ「美形」に免疫がない私は、最初の挨拶で顔を拝見(拝見って…)したっきり、本当に目が合わせられない。
(後光?後光があるから?いやいや逆光のせい?
っていうか、男のくせにキレイって言葉が似合うってどうなの!
こんなに美形の隣に女としては立てないなぁ……はぁ)
心の中でため息を付きながら、御仲人さんの紹介を聞きいていた。
しかし、この御仲人さん(母の仕事場のペンションを所有している会社の社長さん)はさっきから紺野さんをべた褒めだ。
どうやら、社長さんと紺野さんのお父さんが友人らいしが、にしたって…
いわく、仕事は一生懸命、しかも優秀、誠実、穏やかな性格で人に好かれるお人柄。
なんじゃそりゃ!聖人君子かいっ!
って社長さんのハゲ頭に突っ込みを入れたくなった。
(嘘臭ぁ〜。ってお見合いってこんなもんか?
でもなんでこの人、お見合いなんてしたのかな?この顔なら引く手あまただろうに……)
顔良し、仕事あり、性格よしを世間の女性がほっとくはずがない。
っていうかほっとくなよ。
(はっ、私がイケメンって騒いだから母が無理言って社長さんにお願いしたとか?
紺野さんも社長さんのお誘いを断れなくて仕方なく来たとか、ありうる〜)
一番ありそうなことだ。それなら尚更、一刻も早く紺野さんを解放しなければ!
(そうすれば、私も解放されるし)
決意を新たにしたところで、褒められすぎだ紺野さんが口を開いた。
「おじさん、やめてくださいよ。
そんな褒められると、ハードルがあがって身動きがとれなくなるから」
おぉ、美形は声も麗しい。
「そんなすごい人じゃないですよ。
仕事は何かに夢中になると、それしか見えなくなっちゃうんです。それに人に好かれるというか、僕の周りの人が良い人なんですよ」
謙虚な答えに、母と社長さんの顔が緩むのを見た
(……天は二物を与えずって嘘だな、うん)
はにかんだ顔の紺野さんは、無駄にきらきらオーラが増したように思う。
あの…居たたまれないので、帰っても良いですか?