第七話
---出雲国杵築
「此度は遠方よりのご訪問、ありがとうございました。伯耆国造殿。」
「いえ、八雲様を待たせしてしまい申し訳ありませんでした。」
「……十分早いと思いますが。」
大社での宣言より一週間が経ち、おれは王としての仕事をこなしていた。今は四日前より挨拶に来ていた伯耆国造殿が帰国されるのでそのお見送りだ。
「倭文殿にもよろしく言っていたとお伝えください。」
「はい。倭文様もお会いになりたいと仰られていましたが、時期が悪くて。」
「仕方ありませんよ。子が出来たのですから。おめでとうございますともお伝えしてくだい。」
「必ず。では王、どうか我ら伯耆の力ご自由にお使いください。必ずお役に立って見せましょう。」
「ありがとうございます。時が来たらどうか。」
「では、これにて。」
「はい、お気をつけて。」
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「……疲れた。」
伯耆国造殿と別れて、おれは仕事部屋に戻り静香と茶を飲んで休んでいた。
「お疲れ様。さすがに緊張したわねー。」
「ああ。他国の国造と会うのは初めてだからな。」
「けどまだ伯耆国からだけよ。あと石見国と隠岐国と因幡国から来られるのよ。」
「出雲はともかく山陰の殆どが味方だったとはな。ホントはおれがしないといけないのに。」
そう、国造殿や孝幸殿らが十年以上かけなした山陰四国の取り込み。このおかげでおれは山陰全体を味方にしたという事。京の方に知られないようにするには計り知れない苦労をしたに違いない。
「まだなったばかりだから仕方ないわよ。これから頑張ればいいのよ。」
「そうだな。と言ってもまだ何もできんからな。これも何とかしたいがなー」
今の所、おれは殆ど政には関与していない。と言うかできない。経験も無いし、どのようにすればいいか分からない。まあ、この点は一応手は打ってある。幸隆殿教授して貰う事になっているからだ。
だが一番の問題がある。
そっちには多少時間がかかるかもなー。
そう思いながらおれは筆をおいた。
「それって手紙?」
「そっ。東の方になるべく早く届けたいんだが良い手が無くてな。朝廷とかにばれるとちとまずいし。」
「…そんなに危険なの?」
「いや、別にこれでどうこうされるとは思わん。けど、もしかしたら出雲と向こうの印象がちと悪くなるかも。まあ今は先に、出雲守殿を何とかしないとどうにもならんが。」
おれが政に関われないもう一つの理由が出雲守である。出雲守、国司は朝廷より派遣されている役人である。主な役目はその地の国造の補佐と監視であるが、大半は政を国司、祭事を国造となっており実際は殆どの国で実権を持っている。この出雲では国造殿自身が現人神ということもあり、他の国ほど国司の力は強くない。が、それでもかなりの力は持っているらしい。
「父様達が仰るには、この国って結構疑われてるらしいわね。今八雲が知られると……」
「完全に目が付けられて、動けなくなるだろうな。」
なので今下手に動く事が出来ずにいる。何とか味方にできればよいのだが。
「伯耆国は既に身内にしたらしいが、おれはそんなこと無理だし。どうしたものか。」
「んー、美保様に相談してみれば?この後お見送りに行くでしょ。」
美保殿は宣言のあとも杵築にいたけど、美保関に今日戻る。美保関は古来より出雲の重要な貿易港として出雲の収入の多くを担ってきた。その貿易港の守り神である『事代主神』はもちろん、神威を授かっている美保殿も絶大に信仰されている。漁業の加護もあられるから生活にも関わってくるし。
「そうするか。何か助言をくれるかもしれないし。」
「じゃあ、美保様がお帰りになるまでまだ時間あるからそれまで、はい!」
そう言って静香が机に置いたのは何冊もの政などについての本だった。
「お爺様が次はこれをやるんだって。」
「……難しいな。」
「これぐらいこなしなさいよ。今までだって勉強してきたんでしょ?」
「いや、確かに色々学ばせて貰ったが最近のは難易度が…… 」
当たり前だが子供の頃のとは比べ物にならないほど難しい。が、あの頃の勉強が無ければきっと更に難しく感じていた事だろう。
「ほんと、自分が知らないだけで色々して貰ってたんだな。」
「えっ?」
「いや、頑張らないといけないなっと。さてやりますか!」
勉強は苦手だが嫌いではない。子供の頃のが今役立っているようにこの勉強もこれから役に立つんだ。
おれは目の前の本を一冊取った。
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「して、八雲は張り切り過ぎて倒れられてしまったということか静香?」
「はい。簡単に申しますと。」
「これらは勉学だけで身に着くことではないはずなのだが。」
「八雲様も、悪戦苦闘されて。それでも何とかしようとされたのですが……。すみません、お爺様。お止めするべきでした。」
「いや、この勉も無駄にはならないだろう。座学だけでは身に着かぬこともあると分かって貰えたならば僥倖よ。それに儂も早く来るべきじゃったしの。この後の勉学に支障がなければよいが。」
「あ、そのお爺様。この後美保様に予定より少し早くお会いしたいと、八雲様が。」
「美保様と?別に構わぬが。」
「ちょっとご助言が頂きたいらしく。美保様は今日お帰りになってしまわれるから。できたら津野様にも頂きたいけど今は長浜におられるし。」
「……その助言は出雲守殿についてか?」
「え!?なぜ分かったんですか?」
「八雲が以前から気にしておると、美保様が仰られてな。儂らが解決できとらん問題でもあるしの。」
「お爺様達でもできないのですか?」
「いや、まだ手を付けれてないのじゃ。ここ十年ぐらいは山陰の国々を味方に付けるのに精一杯じゃったのでな。一年前に一段落着いたのじゃがその頃に先代の出雲守が亡くなっての。半年ぐらい前まで京から役人が時々来とって迂闊な事が出来なかったのじゃ。」
「国司様の代替わりってそんなに時間がかかるのですか?」
「普通は次の国司が何度か京に行けば終わる。……だが出雲は警戒されておっての。何かと理由を付けて役人を派遣しようとするのじゃ。儂らはそれを阻止しようと手を打っておったし、先代の出雲守も拒んでおった。」
「あれ、なぜ出雲守様もなんですか?出雲が警戒されているのならばどんどん呼びそうな気がするのですが?」
「向こうも鬱陶しかたのじゃろ。京から役人が来たら気を使わないけんしの。先代の時も下手な事をすれば茶々を入れらてしまうから来らん方が良かったのじゃろ。」
「そういえば半年ぐらい前まで良く来ていたような……・」
「最近は落ち着いたがの。そういう事があって手を付けれておれんでの。しかし八雲自身が行うか。うむ、静香。この件好きにするよう伝えてくれまいか。良い経験になるじゃろ。」
「え、しかし八雲様のことが出雲守に知られれば朝廷に知らせれてしまいます!ですからお爺様やお父様の方が良いのでは!」
「あの若造程度どうにか出来ねばどのみちそう遠く無いうちに詰む。それに八雲は現人神、いつまでも隠せんし隠すつもりもない。それにそう遠くない内に出雲守には知られてしまうじゃろ。例えあの若造でもの。」
「………お爺様って他の方々と違って、八雲様に遠慮がないですよね。」
「教師が生徒に遠慮があってどうする。お主と同じじゃ。公の場ではともかく、私の場もしたらお互い疲れるだけじゃろ。」
「まあ、そうですね。」
「皆、戸惑っておるのじゃよ。その内落ち着く。
さて、休みとなったならば戻るかの。しかし、この件が終われば八雲もやっと屋敷を得られるの。」
「今までを考えたら遅い気がしますね。出来きてても不思議じゃないですけど。」
「良いではないか。屋敷を作ってないのは警戒しての事だが十年以上共に暮らしておったのだ。もう少し共に暮らしてもバチは当たらんじゃろ。」
「……はい。けどもう少しで離れてしまうのですね。何か寂しいような…。」
「男子の旅立ちじゃ。祝ってやらねばいかんじゃろ。 」
「そう、ですね。」
「さて、もう行くぞ。それから……静香、気を付けるのじゃぞ。」
「はい。……え、私が?」
「でわの。八雲に儂らは助力は惜しまんぞと一度道場に顔出しとくように伝えといてくれ。」
スタスタ……
「行っちゃた。あ、私達もそろそろ行かないと。八雲、時間よ!」
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「つまり、何から始めれば良いかということでしょうか 。」
さて静香に起こされ、倒れている間の事を聞いたのだが、まさか完全に任されるとは……。一応何かないか考えてはいたが具体的にどうするかが浮かばなかった。そのまま美保殿の所まで来てしまい結局案も無いまま相談という情けない事をしてしまった。
「はい。正直、どうすればよいか分からず。案と呼べる物も浮かばず困っている次第で。」
因みにこの場に静香はいない。別室で恵美さんといる。なんでも巫についての心得を習っているとか。まあ、数少ない先輩から聞ける貴重な機会と言うことで頼んでみた。恵美さんは、出雲最初の巫で美保殿の姉。ずっと弟の面倒見てるせいで行き遅れたと愚痴を聞かされたとか。
「経験がなければ仕方ありませんよ。幸隆殿も王お一人で行うではなく、王が中心となり行うと仰られたのでしょう。しかしそうですね。まず、王は出雲守殿についてどの程度知っておられますか?」
出雲守殿について?………やべ、殆ど知らない。幸隆殿や孝幸殿が良く言ってなかったような気がするぐらいだ。
「えっと、半年前になった事ぐらいですかね。実際に会ったことも無いですし、評判なども良いと聞いたことが無い程度で。」
あー、まず出雲守殿自身について調べなならんかったのか。まだ最初の一歩も始めてなかったんだ。
「はぁー。まともに情報収集もしてなくてすいません。」
「はは。ならここから始めればよろしいのですよ。出雲守殿は普段は松江におりますから集めにくいですし 。」
松江、「讃岐の戦い」まで出雲の政の中心だった場所。出雲の中心が杵築に戻った今日でも重要地であることに代わりはない。国造殿が大社から動けないことを理由に出雲守が納めている。
「私も直接見てはいないのですが統治は順調らしいですね。」
「なるほど。……あれ、だったら何故幸隆殿達は良くないと思われたのですか?」
統治に問題が無いなら大丈夫なのではないだろか。
「それを行っているのが出雲守殿ではないからです。」
「え?」
「現在、実際に統治を行っているのは渡辺広春殿。出雲守殿の弟君です。」
「弟がですか?それは何故?」
「私も詳しいことは分かりかねますが、聞いた話によると弟君はとても優秀で、先代の出雲守殿よりも期待されていたとか。これらは幸隆殿にでも聞かれたらどうでしょう?」
確かに幸隆殿なら詳しそうだ。どうせ屋敷に戻るし後で聞きに行こう。
「そうしてみます。色々教えて下さりありがとうございました。」
「いえ、お役に立てたなら光栄です。王よ、どうかお気をつけて。」
「はい。」