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八雲立つ  作者: 雷神
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第六話

杵築大社。出雲に建つこの社は間違いなく日本一巨大な社である。なにせ本殿が構えられているのは遥か天上なのであるから。何本もの巨大な柱が本殿を支え、そこへ至る道もとても長い階段である。まさしく大社おおやしろと呼ぶに相応しかった。

大国主大神を祀り、神代より建つ神の住む社。国譲り神話の後『天穂日命』が祀られた。それは『天穂日命』を祖に持つ出雲国造家、先日現人神になられ号を『能義』となされた現当主も同じだ。


「さあ、参りましょう。」


美保殿に続き境内に入っていく。美保殿が進まれおれ達はそれについて行く。一歩、又一歩歩く度に緊張していく。本殿に近付くにつれ、緊張していってしまう。この先に国造殿を始め、大社を支える方々がおられるのだ。その方々に認められなければならないのだから不安でならない。

不安になっていると本殿のある所につく前でいきなり美保殿が止まり、こちらを向いた。


「王よ、無礼を承知でお聞きします。」


頭を下げられ顔は見えないが、その声から言おうとする事の重要さが分かる。


「今よりあなた様はこの社の主神、『大国主大神』の神託を受けこの出雲の王となられます。」


美保殿は言葉を切られた。深く思慮され


「……覚悟は、あられますか?」


おれの決意を聞いてこられた。


「どうかお聞かせください。あなた様の覚悟を、決意を。」


この美保殿の問いの中の気持ちにおれは気付いていた。美保殿の声は問い詰めるような感じではなく、むしろ優しい声だった。


(おれを心配しておられるのか……。)


もしかしたら今ならまだ引き返せる、そう伝えたいのかもしれない。

……きっと屋敷でのおれの問いのせいだ。おれが弱気を見せてしまって、心配させてしまったのだろう。

あの時答えてもらえなかったのもそのせいなのかもしれない。


(………)


あの夜、おれは静香の言葉で決意が出来ている。なのに何故おれはあんな事を聞いてしまったのだろう。

おれはもう王だ。ならばそうで有るようにならないといけないのだ。相応しいか、ではない。相応しくならなければならない。


「おれはかつて大国主大神と約束した。」


おれの言葉に美保殿は何も反応しなかった。おれは気にせず言葉を続ける。


「あの時のおれは三歳の童だった。両親が死んでないてばっかりだった。そんな童の言葉を大神は信じてくださり、期待してくださった。」


おれは今、誓いを新たにした。大国主大神との、静香との、そして美保殿との。


「おれはこの国を守る、それがおれのすべき事。ならば守ってみせる、たとえそれが如何なる災いであろうとも。それができた時、おれはあなた達の本当の王になれるだろう。この誓いを信じてくれるなら、付いて来い。そして見てくれ、真の王を。」


ならばこれからはただ進むしかない。この言葉を真にするために。王は前を歩かなければない。後ろを歩く者達を導かなければならない。だから立ち止まらず、進んで道を作っていこう。皆が付いて来れるように。


「……はい、どこまでも付いて行きましょう。我が王よ。」


新たに誓ったこの思い。無駄にしないためにも進まなければ。


「行くぞ、静香。」


前に進んだ。静香は一礼して答え、付いて来た。


美保殿には感謝しなければならないな。この問いがなければおれはこの先自分に自信が持てず、人々を不安にさせてしまっていただろう。美保殿は本当におれを王だと思ってくだされ、助けて下さった。今はそれに礼を言えないし、言う資格が無い。

これに答えるためにも立派な王になろう。


---


「お待ちしておりました、王よ。」


迎えの言葉を言われたのは能義殿。『天穂日命』より神威を授かり、大社の宮司でありながら自身も能義神社に祭られ信仰を受ける出雲の国造。何百年、何千年と出雲を支えてこられた国造家がおれを認めた。それは大神以来存在しなかった王を認められたという事。


「この日を迎えられた事、王にお会いできた事心より嬉しく思います。」


緊張する。天に聳え立つ社の下に集まる方々、このような大勢を相手にした事もないし、それ以上にこの期待につぶされそうだ。だが踏み止まらないといけない。弱音が出そうなのを抑え、堂々と構えなければ。


「今まで待たせてすみません。」


「いえ、我々の方こそ今まで無礼を行い申し訳ありませんでした。」


「そんなことは、むしろ感謝しています。今ままで自由にさせて貰って。」


十年以上自由にさせてもらったのだ。能義殿達にすれば十年以上待っていた事になる。おれが自ら動くのを待ってもらったのだ。感謝してもしきれないだろう。


「王に仕えれる事、我らは幸せに思います。」


一息置かれ


「……神威をお見せしてもらえないでしょうか?」


「神威を?」


「はい。大神より授けられしお力、王の神威を。」


どうかお願いします、と国造殿に続き皆にも嘆願をされた。


「…分かりました。」


おれは大神より与えられた神威を発現した。


「おおっ……!」


手に矛が現れた。妖を倒した時のあの力は感じない。どうやら何か別の理由があるみたいだ。


「それが……」


「『八千之矛』、おれの神威です。」


「………」


声が出ない様子だった。他の方々も同様のようで皆、『八千之矛』に目を奪われていた。


「……真に大神の神威を持たれるとは。この津野、失礼ながら今でも夢を見ているみたいでなりません。」


沈黙を切ったのは津野殿だった。そういえば直に話すのは結構久しぶりになるな。津野殿は背が高く、大社でもよく見かけてはいたが最近は忙しそうにされて声が掛けれなかった。


「先日与えられたばかりですからね。これから神威に相応しくなれるように精進いたします。」


「何を仰います。先日も妖を神威により見事退治されたではありませんか。すでに相応しいですぞ。ハハハ」


そういうと津野殿は大笑いされた。孝幸殿と同い年の筈だが全然感じが違う。何でも豪快で、体付きも元神職とは思えないほどがっしりされているし、『国引き』の神威なしでもかなりの力持ちだ。


「津野殿の仰る通りです、王よ。神威を得られ即座にこの出雲の民の危険を払われたのです。正しく王に相応しき事です。」


……


「王の復活、我ら出雲の民は数千年に渡り待ち望んでおりました。国譲りの時より仕えてきました我ら一族もそれは同じでございます。……王よ、ご復活おめでとうございます。我ら一同王に心よりの忠義をお約束いたします。」


あれを、と能義殿が巫女達に命じた。ほどなくして巫女達が持ってきたのは剣と弓矢と琴だった。


「もしやこれは……。」


「『生太刀』、『生弓矢』、『天詔琴』でございます。」


やはりか……


かつて『大国主大神』が根の国を訪れられ『須勢理毘売命』を娶られ、二柱で根の国を出られる時持ちだされた神器、それが『生太刀』、『生弓矢』、『天詔琴』、通称『出雲三種の神器』。この時大神、は『須佐乃男命』より葦原中津国の王と認められている。これらは間違いなくこの杵築大社の神宝中の神宝。


「……」


持つだけで分かる。この神器の力を。大神の神宝を持つことに一種の恐れを感じてしまう程にこの神器は気高き存在だった。


「八雲様、どうかこの剣もお受けくだされませ。」


『出雲三種の神器』の後に渡されたのは一振りの剣だった。


「……十拳剣《 とつかのつるぎ》。」


十拳剣、それは神代に存在した武具だ。現在では現人神が持つ剣として認識されている。


「『金屋子神』の神威をもつ方により鍛えてもらいました。歴代の神剣に引けを取らぬ出来だそうです。」


その言葉はけして誇張ではないだろう。金屋子神は鍛冶の神である。その神威を持つ現人神が鍛えたのならばまさしく神剣であろう。


「名を『出雲』と申します。」


「…『出雲』」


「王の剣に相応しき名だと仰られたそうです。」


『出雲』。この国と同じ名。名を与えられた十拳剣は全く別の剣となる。故にこの剣に秘められた作り主の期待は計り知れない物なのだろう。


「見事ですね。」


「まことに。そしてそれは王への期待の表れでもあります。」


自分への期待、それは緊張と同時に嬉しくもあった。剣を作るのは一朝一夕なんかでは出来るわけがない。恐らく何月も前から見知らぬおれの為に打ってくれたのだろう。


「矛では狭い所では使いにくいですからな。」


確かに津野殿の言うとおり、矛は長いから周りに気を使わなければならない。それに剣なら道場での鍛錬が役に立つかもしれない。


『出雲』を腰に差してみる。当たり前だが道場で使ってる木刀に比べると遥かに重い。道場ではたまに真剣を持ったりもしたが、刀と剣では全然違った。


「ハハ。そのうち慣れますよ。」


どうやら気付かれていたみたいだ。津野殿は元々力持ちだから気にならなかったのだろう。


「だと良いんですけど。」


そういや『八千之矛』は気にならなかったな。神威だからだろうか。


十拳剣も受け取りおれはこれで皆に現人神と伝わった。あとは……


「王よ、皆と、そして『大国主大神』に王の名をお伝えください。この『アシハラ』の王の名を。」


名を伝える、宣言だった。

思い出すのは大神、静香、美保殿との約束。あの時の決意を胸におれは宣言した。


「……おれは号を八雲とした。この名をもって王となり、出雲を、『アシハラ』を守る。皆、よろしく頼む。」


「「はっ!」」


皆が礼をした。これでおれはここに居る皆とも約束を行ったことになる。これから何年もかけおれはこの皆の信頼に応えていかなければならない。


「……行くぞ。」


おれは静香に伝え本殿に向け足を進める。約束を果たすために 。


---


階段を登り本殿の前に立つ。

普通参拝者は下にある分社に向かうからこの本殿に来る人はそんなに多くない。斯く言うおれもここに来るのは月一あるかないかだった。

だがこれからはちょくちょく来ることになるだろう。


「…王様。」


「ああ。」


社の前に居た巫女に本殿の扉を開けてもらい本殿の中に入る。通常誰も、帝ですら入れない禁忌の間へと。


(懐かしいな……。)


最後に入ったのは十五年も前、覚えてる筈もないのに何故かそう思った。雰囲気や感じ、まるで包まれているような安心感、間違いなく大神はここにいるんだと自分に伝えていた。


三つの部屋を通り、大神の祀られている部屋の前に着く。


「ふー。」


息を整える。十五年ぶり、あの頃と違い今のおれはよく知っていた。この部屋がどれだけ……。


「……行くぞ。」


部屋の前の扉を開け、入る。一歩足を入れる。


「……っ!」


その時、身体に衝撃が走る。まるで入るなと拒絶されてるようなと言われているように。元々、杵築大社は出雲国から大神を出さないようにするための社であるが、その力がここまでとは……


「…静香、お前はそこに残ってろ。」


「えっ?」


「お前には無理そうだ。『天詔琴』もおれが納める。」


力が強すぎて静香が耐えれそうにはなかった。日供祭を国造自身が行うのも、他の者ではこれに耐えられないからかもしれない。


「…分かりました。」


おれは手に持っていた『生太刀』を腰に下げ、『生弓矢』を肩にかけ静香から『天詔琴』を受け取った。


「行って来る。」


扉を閉め、神体の前に行き『出雲三種の神器』を納め腰を着く。


「お久しぶりです。」


懐かしい。身体に走る力を受けながらも、なおおれは嬉しかった。


「約束、果たしますよ。必ず。」


神様の願いに一歩近づけた。そう思えたからだ。


あの時を思い出すために、いつの間にか目を閉じていた。


………


「もうそろそろ起きたらどうだ。」


おれは誰かに声を掛けられ再び目を開けた


「へ?」


目の前にだれかがいた。


「久しぶりだな。」


「はあ、お久しぶりです。」


しまった、状況がよく分からんで適当に返事をしてしまった。


「元気そうでよかった。」


「……ありがとうございます。」


だれか入ってきたのだろうか。だがそれなら静香が知らせてくれそうだが。


「無事神威も受け取れたようだし、まずは一歩前進できたか。」


神威のことを知っている!?神威の事は殆ど知らないはずだが…


「あれ?」」


そういや、前にもこんな場面あったような……。


「どうした?」


「あのもしかして、神様ですか?」


「もしかして気付いてなっかたのか。」


「……申し訳ありません。」


いや、まさかそうだとは思いませんし。


「妖の時にも手助けしてやったというのに。」


「手助けですか?」


はて、どこでだろう?


「分霊をあんな所でやるなど自殺行為だぞ。私が手を貸さなければどうなっていたか。」


「あ…。」


あの時の感じ、あれ、大神のお力だったのか。


「あの時は助かりました。ありがとうございます。」


やはり危険行為だったらしい。あの時は焦っていたから分からなかったが魂を操作するのだから、ほんと大神が助けてくれなければどうなっていたのだろう。


「すみません。大見栄を張りながら結局助けてもらってしまい。妖の討伐にも手間取ってしまって、静香を危険な目に合わしてしまいました。自分の巫を守るだけでもこの様です。」


情けない。こんなでは先が知れてしまう。大神を失望させてしまったかもしれない。


「やはり私には」


「その先は言うな。」


「え?」


大神が声を強められた。それは怒りのようであり周りの空気が弾け、重くなった。


(やはりおれの不甲斐無さに……)


おれは大神を失望させてしまったと思い気が沈んでしまう。大神の現人神から外される。覚悟した。

だが大神の言葉異なっていた。


「自分を信じるのだ。」


「………」


「確かにあの時は危うかったかもしれん。されどあの妖を倒し、ここに居るのだ。まだ完全ではないとはいえ、私の神威を使ったのだ。もっと自分を信じてやるのだ。」


「……はい。」


気づいたら返事をしていた。嬉しかった


「それに君を信じている者もいる。君の守った巫。君に仕える天穂日の一族や神威を持つ者。そしてそれらに力を授けた神々、これらが君を信じておる。その中には私もいる。」


大神の言葉は優しかった。あの時のように包んでくれるような。


「…はい。」


大神は多分分かっていた。静香に、美保殿に、国造殿に認められながら、なぜおれがここまで王を…恐れているのかを。


……おれの目からは涙が出ていた。


「自分を認めてやれ。我の息子だろ。」


「!!」


おれは恐ろしかったんだ。あの時、両親を無くして壊れそうだったおれを留めてくれて、おれに始まりをくれて、おれを息子と言ってくれたこの神様と離れたくなかったんだ。


「はい!」


子どものように泣いてしまう。おれのしてくれる事は間違いじゃなかったと、安心してしまい涙が止まらなかった。もう大神の顔は見れなかった。こんな顔、見せたくなっかった。


「よく頑張ったな、八雲。」


認められた、神様に。まだこの神様の近くにいられる、見守ってもらえる。嬉しかった。


「八雲か、良い名ではないか。」


「ありがとう、ございます。」


嬉しくて泣いてしまう。泣き顔なんて見せたくないのに、勝手に出てしまう。


「すい、ま、せん。止まらなくて。」


「構わんよ。我の前ではいくらでも泣け。だが外では泣くなよ。一国の王が泣いていると知れば、国中に広まってしまい皆に笑われてしまうぞ。」


大神の笑い声が部屋中に響く。おれもそれに釣られ笑い出していた。


「不安があるなら私に言え。返事は出来ないかもしれんが、聞いてはやれるからな。」


「はい。」


涙は止めて、前を向く。もしかしたら止まってないかもしれない。だけどおれは自信を持ち、大神の顔を見る。大丈夫ですと、伝える様に。


「もう大丈夫そうだな。」


「はい。ご心配をおかけしました。」


「なに、八雲なら大丈夫だと分かっておったからな。」


「ありがとうございます。これからはさらに精進し必ずや大神との約束を果たしてみます。」


「うむ。まったくあの時の童子がここまで大きくなっての。子の成長は何度みても嬉しいものだ。

……八雲、この国を任したぞ。」


「はっ!」


「ではそろそろ外に待たせておる者の元に行ってやれ。待ちくたびれておるだろう。」


「確かに、後で叱られてしまうかもしまいません。」


「ハハッ。わが妻に似てよい女子ではないか。そういう者が近くにおればこれからも大丈夫だの。大切にするのだぞ。」


そう言われるとおれの目の前が一瞬真っ暗になり元に戻った時は元の部屋に居た。


「……行ってまいります。」


ご神体に礼をし、おれは部屋を出た。


---


その日の晩は宴会だった。なんでも復活祝いだとか。大社中の神職、使用人集めての大宴会だった。二日酔いにならなきゃいいなと思いながらおれも酒を飲むのだった。


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