第五話
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「ちょっと…、待ってよ。」
後ろの方から静香の声が聞こえる。朝早いせいか、少し眠気が入ってる様な気がする。
ここは海潮群の須賀の地の山の中。大社から少し離れた地で、孝幸殿の仕事のついでに連れて来てもらった。とは言ってもおれは静香に無理やり連れてこられたようなものだが。ちなみに現在は何故か子ども二人で登山中。これも静香に朝早く連れてこられたことだ。
「まったく…。」
おれはその場に立ち止まって待つことにした。止まると朝の寒さを感じてしまい結構辛かった。
「はぁ、はぁ…酷いよ、置いてくなんて。」
静香が不満そうに言ってきた。歩き疲れたようで声に元気が無い。
「そっちが行きたいって言ったんだろ。」
「それでも!」
朝いきなり起こされたこっちが頑張ってるというのに………。
「そんなに大変そうなら辞めればいいだろ。」
「…嫌よ。」
静香は何とかおれに追いついたが、何でこんなに意地になってるのか分からなかった。
「何でだよ?」
「どうしても見たいから。」
「……何をだよ?」
「……秘密。」
自分から誘ったくせに目的を教えてくれないとは…。こっちは朝早くから起こされて山登りさせられているというのに。
「はぁ~。そこまでして何が見たいんだよ……」
「………。」
静香は困ったように俯いてしまった。その姿は見ていてこっちも気が落ち込むように見えた。
「…また今度じゃ駄目なのか?」
そもそもこんな朝早くにおれ達だけで出かけないといけないのだろう。
「だって、次はいつ来るか分からないし。それに父様はお仕事で忙しいし、見つかると止められるし…。」
…静香の言う事は分かる。今回の訪問はここら辺の現状の確認らしいので次はいつか分からない。それに見つかれないことも。
…仕方ない。ここまで来てしまったし、最後まで付き合うか。
「はぁ~。………ほら。」
山を登り始めて何回目かの溜息ののちおれは手を差し出した。
「え……」
「………ここまで来ちまったしな。遅れないように連れて行ってやるよ。」
このままじゃ間に合わないだろと言った後、静香はおれの手と顔を交互に見た後、
「う、うん。」
おれの手を握って歩き出した。恐らくおれが手伝うとは思わなかったのだろう。最近冷たくしてたし。
おれは結局目的も分からないまま静香を連れて頂上に向かった。
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目がさめたら布団の上にいた。まだ眠い頭を覚ましながら周りを見渡してみたが、どこかの部屋としか分からない。
「たしか山の中にいたはずだが…」
まさか静香が運んだ訳でもないだろうし。襖の隙間から朝日が見えるので結構な時間、寝ていたようだ。
それにしても懐かしい夢を見たものだ。あの頃のおれは雄一の友達がいなくなって、気が落ちていて静香とも話さなくなっていたんだよな。色々迷惑かけていたっけか。
「まあ、まずは今の状況の確認か」
さて何かここが分かるような物はっと。
「あっ…」
周りを見渡しているとと襖を開けて静香が入ってきた。着替えたらしく、傷だらけの巫女装束ではなく、普通の着物だった。
「よう、無事だったか?」
「無事だったか、じゃないわよ!ずっと起きないから心配したじゃない!」
静香が怒りながら迫ってきた。どうやら随分心配させてしまったみたいだ。
「……すまなかったな、心配せちまって。結局、危険な目にも合わせてしまったし。怪我とか無いか?」
「私より自分の心配しなさいよ。私は掠り傷位で心配いらないから。」
そういって静香はおれの左腕を取って
「あれ?」
何故か首を傾げた。おれの左腕はどうやら傷の手当てをされたらしく、包帯を巻かれているがそれ以外に変わった所はは無いようだが。
「どうした?」
「傷が治ってる…。」
「そりゃ、治らないと困るだろ。」
「そうじゃなくて、治りが早すぎるのよ。」
「治りが早い…?」
「ええ。ここに来るまではこの怪我が一番酷くてね、心配してたんだけど…。」
左腕の怪我といえば…あの糸の塊をかすった時か。あの時は気にしてる暇なんてなかったから気付かなかったが、どうやら結構酷かったみたいだ。
「う~ん。」
静香はおれの手を睨みながら唸っていた。何かこう、不思議がられると不安になってくるので話を変えることにした。
「まあ、考えても分からんだろ。それよりここがどこか教えて欲しいんだが。」
「あ、言ってなかったっけ。ここは国造様のお屋敷よ。」
「国造様の?」
「そう。あの時、信弘…じゃなかった。ええ、と………今思ったけど、何て呼べばいいの?」
「そういや、まだ号を決めてなかったな。」
号とは現人神の名である。たいていは神威を授かった神を祀っている神社、例えば美保様なら『事代主神』を祀っている美保神社から取っている。他には名の一部から取る、例えば津野様の様な場合もある。
おれの場合、杵築大社から取って杵築になるのが筋なのだろうが…
「う~む。」
「どうしたのよ、杵築じゃだめなの?」
「だめじゃないんだが…」
「大社は出雲の中心なんだから王様にちょうど良いと思うけど。」
「そこなんだよ。」
「へっ?」
「杵築だと中心とはいえ、大社を表すことになるんだよな。王なんだからもっと出雲全体を表すようにしたいんだが。」
「じゃあ、そのまま出雲とか?」
「う~ん、それは何か違うような。」
他にも色々案を出していみたが、どれもしっくりこなかった。
「あ~も~、どれも駄目なの?」
「おれが合わしたいのと何か違うんだよな……。」
こういう時、自分の教養の無さを悔みたくなる。歴史や神話とかなら習ったけど短歌や和歌は習ってないんだよな。簡単にでも習っとけば良かった。確か美保様が上手いと聞いたことが……
「ん?……神話……和歌……。」
その時、おれの頭にあの夢で静香が詠った歌がよぎった。
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「凄いな……。」
おれと静香は無事頂上に着いた。おれはそこから見える風景に圧倒されていた。
「来て良かったでしょ?」
「ああ。」
そう、その風景はまるで雲の上に居るような気分だった。山の上から見えるのは雲で覆われた世界だったのだ。あまりに凄過ぎておれはしばしそれを眺めていた。
「良かった。元気、出たみたいね。」
「え?」
「元気、無かったみたいだったからね。少しでも出たんだったら嬉しいな。」
静香はおれを心配してくれていた様だった。おれの方はあいつのいなくなった寂しさでむしろ冷たく当たっていたというのに。
「何でそんなにおれに構ってくれるんだよ。」
その理由がおれには分からなかった。
静香は少し考えて
「落ち込んでるように見えたからかな。何かほっとけなくてね。」
「…そんな理由でか?」
「たぶん。もしかしたらそれも関係ないかもしれないけど。」
「………」
「前に父様に連れて来られて、これ見たの。その時母様と喧嘩して落ち込んでいたのよね。」
「喧嘩した事あるのか…」
静音さんはとても静かな方で喧嘩なんてした事がない、ように思っていたんだが。
「まあね、何でかは忘れちゃったけど。でもこの景色みたら、気持ちが一気に晴れたの。」
そうでしょ?と言う静香の言葉を聞きながらもおれは自分の心がその通り晴れていくのを感じていた。
「そうだな、何か清々しくなっていくな。こう、すっきりしていくというか。」
答えを聞くと静香は嬉しそうに笑った。
「来て良かったでしょ?」
「……ああ、連れて来てくれてありがとうな。」
「…うん。」
おれ達はそのあともしばらくこの風景を眺めていた。そして時間がたち帰ろうという時、静香が聞いてきた。
「ねえ、昔神様がこの風景を見て何て言ったか知ってる?」
「は?いや、神話はまだ読んでいなくてな。」
そう言うと静香は心なしか誇らしげになって、しかたないわねといい…
「教えてあげる。神様はね、こう言ったの」
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「八雲。」
「あっ!」
そうだ、八雲だ。かつて須我の地で『須佐之男命』がこの出雲の事を詠った和歌にこの出雲を象徴する言葉として出ている。出雲を象徴するのにこれ以上の名はないだろう。
「そういえば…何で忘れてたんだろ。」
「おれもついさっき思い出したんだよな。すぐ思いついても良かったはずなのに…。」
「けど、これで決定したわね。」
「ああ。『八雲』、これがおれの号だ。」
こうしておれの号が決まった。そう思うと何となく感慨深い物があった。神威を得たときとは又違った、実感がある。
「静香のお陰だな。」
「え、何で?私何も参考になる事言ってないと思うけど……。」
「いや、今日昔の事を夢に見てな。」
「夢?」
「友江がいなくなっておれがふさぎこんでる時のな。」
「ああ、あの頃。あの時は大変だったわ。」
静香はうんうんと言いながら当時の事を思い出しているようだった。……今思うとあの頃っておれにとって恥かしくないか?
………うん、思い出さないでおこう、きっとその方がいい。
「そ、それでな須賀に行っただろ。そこでおまえが教えてくれた事を思い出してな。」
「そんなこともあったわね~。」
「だから、多分おまえのお陰だ。」
「ええと、そうなのかな?」
そういうことにしとけと言い静香は一応納得(多分してないが)した。
「さて、号も決まった所で今の状況を説明して欲しいのだが。」
「あ、そうだったわね。ええと、妖を倒した後八雲、倒れて動かなかったのよ。怪我もしていたし、どうしようと思っていたら美保様方が来られたのよ。」
「美保様方が?」
「ええ。八雲が飛び出した後、安部様が部隊を連れて助けに来てくださる時、美保様と津野様も一緒に来られたみたいなの。」
「なるほど。それでおれ達は助けられて今に至ると。」
なら、おれがここで寝ていても何の不思議もないな。
「詳しいことは直接聞いた方が良さそうだな。」
「うん。だからこれから大社に行くんだけど、大丈夫?」
「ああ、問題ない。怪我も何故か治ってるし……大社には早い内に行きたいしな。」
出来ることなら昨日の内に行きたかったが……まあ、しょうがない。
「じゃあ、着替えるから待っててくれ。」
「分かったわ。私もちょっと着替えてくるし。あっ、着替えはそこに置いてあるから。」
そう言って静香は部屋から出て行った。おれはそれを確認して、静香の言った服に着替えた。
「すみません。」
「ん?」
着替え終わった頃に廊下の方から声が聞こえた。この声は………
「美保様?」
静香が美保様達は大社の方に行っておられると言っていたから、きっと神威だろう。
「失礼します。」
「えっ!?」
と思ったら襖が開けられ美保様本人が入ってきた。まさか直接来られるとは思わなかったおれは驚いて、たじろいてしまった。
「申し訳ございません。この様な無粋なご挨拶になってしまった事をお許しください。」
そう言って美保様は頭を下げられた。おれは突然の事に驚いて反応出来ず……
「えっと……お久しぶりです。美保…殿」
何か間抜けに挨拶していた。
「はい、お久しぶりです。直接お会いするのは年始以来になりますね。」
美保殿は一息起き
「王よ。」
おれを王と呼んた。
「………」
それはきっと宣託なのだろう。王が復活し、時代が動くという『事代主神』からのではなく美保殿自身の宣託。
「この数十年、いえ神代よりこの時まで長かったです。しかし、やっとお会いできました。」
美保殿は昔を思い出すような雰囲気だった。そしてそれはおれも同じだった。けしておれ達が長い間会ってない訳ではない。ただ、ようやく会えたという気持ちが現れた、それだけだった。
「我々は長きに渡り王を待っておりました。………やっと、やっと『葦原』が戻ってくるのです。」
『葦原』、かつて大国主大神が作られた伝説の大国。それをおれの力で復活させる、それが大神の仰った『古王再来』なのだろうか。……考えただけで恐くなってくる。今から自分のやらなければならない事がどれ程大きいのか、どれ程……重要なのかを。
「美保殿……」
「はい。」
「おれなんかで良いのですか?」
これを聞くのは無粋だと分かっている。
「おれ自身は全然凄くありません。あなた方を落胆させてしまうかもしれない。」
それでも聞かずにはいられなかった。
「………」
どの様な答えが来ても決意はできている。おれは答えを待った。
「………その答えはきっと大社に行かれれば分かると思われます。」
「……そうですか」
美保殿の返した答えはおれが望んだような答えではなかった。はぐらかすようようにも聞こえるし、否定しているようにも思える。
「……しかし」
その事に気を落としていると美保殿が言葉を続けた。その声はとても穏やかで、けれどはっきり聞こえるような声だった。
「?」
「例え如何なる者が否定したとしても、あなたは我が王です。八雲様。」
では参りましょう。と美保殿が席を立ったので慌てておれもそれに続いた。
美保殿が最後に言ってくれた言葉を胸に留めながら。
その後別室の静香と美保殿の巫、恵美殿と合流しおれ達は大社に向かった。




