第二話
---何処
「悪いな、いきなりこんな所に連れてきて。しかし外には出れなくてな。来てもらうしかなかったんだ。」
神様はおれの前に座っていた。神様の近くはとても安心できて、まるで昔からずっとそばにいてくれたみたいだった。気付くとさっきまでの寂しさが嘘のように消えていたのを覚えている。
「君を呼んだのは、ある事を頼みたいからだ。これはとても危険で大変な事だ。その様な事をいきなり頼むなど、あまりにも身勝手だとは分かっている。……けど、それでも君にしか頼めないんだ。」
神様の声にはなぜか悲しさがあった。まるで言う事を拒んでいる、そんな風に思えた。
けれど神様は言った。そしてその言葉を聞いたときに、おれの運命を決定した。
この
「どうかこの国を、守って欲しい。」
神様の頼みを聞いた時から
---
やはりこの夢だった。最近はずっと同じ夢だ。いや、夢と言うよりは思い出していると言う方が正しいのかもしれない。
「はぁ~。何してんだろ、俺」
無意識に溜息をついてしまう。寝ていたはずなのにこの疲労感。あの夢、いや大神のあの言葉の事ばかり最近は考えてしまう。
はたしておれは成し遂げる事が出来るのだろうか。
「はぁ~。」
またため息が出る。
無意識の内に言い訳を考えてしまう。子供だったから何も知らなかった、寂しくて悲しかったから。
そんな事を考えるた自分が嫌になってしまう。だがそんな弱い自分を擁護してしまう気持ちも確かにあった。
もしかしておれは、後悔しているのだろうか…。
「……様」
今になって後悔なんて。そんな事無意味だ。
「…ろ様」
あの返事をした時におれの意思は決まっているはずだ。なら答えは一つしかないはずなのに。
「信弘様!!」
「うお!?」
び、ビックリした~。
「やっと起きましたね、信弘様。」
「千代さんか。びっくりさせないでよ。」
「気付かない信弘様がいけないんです。さっきからずっと呼んでいましたのに。」
「ごめん。考え事してて全然気付かなかった。」
「夕食のお時間ですのでお呼びに来ました。皆さんはもう集まってますから急いだ方が良いですよ。」
「まじ!?やば、早く行かないと。」
おれが急いで部屋を出ようとすると
「信弘様」
千代さんが
「覚悟しといたほうが良いですよ。」
警告をしてきた。
---
森山家は現在、当主で静香の父親の孝幸殿、母親の静音さん、嫡男の幸正殿とその奥さんの由実さん、隠居の幸隆様に静香、あとおれ、それにお手伝いの松さん、千代さんの九人で暮らしている。因みに幸隆様は五十年前の『讃岐の戦い』に参加して多大な戦果を上げたらしく、その功績で隠居されるまでは国造様の右腕で活躍していた。現在もその影響は大きく、国造様の相談役になっている。
んで、松さんと千代さん以外の全員が揃っているこの夕飯だが…
「……。」
「あー、静香。」
「……」
夕飯に来てからずっとこんな感じである。そう、千代さんの警告とはこの事だったのだ。寝てすっかり静香を怒らせていた事を忘れてしまっていた。困り果てたおれは孝幸殿に目で助けを求めたが
「ハハ…。」
…目を背けられてしまった。ならばと幸正殿に助けを求めたが
「…もぐ。」
助けてもらえなさそうだ…。どうしようかと悩んでいたら静音さんと由実さんが
(がんばって)
と目で言ってきた。孤立無援、この状況をおれは!
「もぐもぐ…。」
無心で食べることにした。
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「はぁ~。まさか、忘れてしまうとは。」
結局一言もしゃべらずに別れってしまった。風呂に入ってからも考えてみたが妙案は思い浮かばなかった。
「このままじゃ、やばいな。」
恐らく明日もあんな感じだろう。あんな空気もう耐えれる自信ないのだが、何の手も浮かばない。完全にお手上げだった。
「何を悩んでいるんですか、信弘様。」
失礼しますと言いながら千代さんが入ってきた。
「千代さん。何か用?」
「はぁ~」
なぜか溜息をつかれた。
「何か用、じゃありませんよ信弘様。こんな所で何をしているんですか。」
「こんな所って、ひどいな……。」
一応おれの部屋なのに。
「いいですか信弘様。貴方様がしなければならない事は、ここで悩んでいる事ではありません。謝ることです。」
「いや、それは分かってるんだけど…今更謝っても許してくれないだろうし。」
「一回でだめなら二回、それでだめならもっと他の事で謝罪の気持ちを表すなど、やれることは色々あります。けれどまずは謝らないと始りません。」
「……。」
「ですから信弘様、ここは男として潔く砕けに行ってください。」
「砕けにって……。けど千代さんの言うとおりだ。ここで悩んでても仕方ないか。まだ謝ってないし。うん、おれ行って来るよ。」
「静香様なら縁側におられますよ。」
「ありがとう千代さん。けど…」
おれは千代さんの方を振り返り
「また松さんに怒られるよ。」
おれの心配に千代さんは笑顔で
「私が怒られるぐらいでお二人が仲直りするなら安いものですよ。」
と言ってくれた。
「ありがとう。」
さて、頑張りますか。
「…それに信弘様が謝らないと、静香様も許すことが出来ませんよ。」
---
縁側に来ると静香が一人で座っていた。おれは意を決して静香の隣に行って
「静香!」
「えっ、信弘。」
「今日はごめん!おれが悪かった!」
土下座した。もう体面関係無く謝ることにした。まあ、体面なんて最初から無いんだけど……。とにかく謝って、後は野となれ山となれだ。
「…うん、私もごめんね。」
「え?」
あれ、何か謝られた。
「な、何で謝るんだよ。悪いのはおれの方だろ。せっかく、土下座までしたのに」
「ハハ、土下座はちょっと驚いたな。いきなりやるんだもん。
……でもね、お昼の時悪かったなって。」
「昼間の事?なんかあったか?」
「信弘が私を怖がらせた。」
「うっ…、それは本当に悪かったって。」
やっぱまだ怒ってんのか?
「冗談、冗談。その事はもう怒ってないよ。」
「それならありがたいけど。」
どうやら本当に怒ってはないらしい。じゃあ、一体?
「……私信弘に元気が無いって聞いたじゃない。」
「……ああ。」
静香の声は囁き声のように小さかった。
「あの後不安になったの。だから謝ろうと思って。」
「不安って、何にだ?」
「聞いちゃいけない事、聞いちゃかなって。」
「え……?」
「あ、信弘は悪くないよ。私が一人で不安になっただけだから。」
でもね
「なんで相談してくれなかったと思ったら、不安と一緒に何か悲しくなっちゃってね。ほら、ずっと一緒だったじゃない。けど、私達成長したからもう、一緒には居られないのかなって。そう思ったら…ははっ…私って自分勝手ね。」
信弘にも話したくないことの一つぐらいあるのにね
静香は笑いながらそう言ってきた。けどその笑った顔は悲しそうだった。
……何やってんだよ、おれ
「ごめんね、信弘。聞かれたくない事聞いて。」
おれが今になってウジウジ悩んじまったせいで静香を心配させちまったんだろ。なのになんで静香に謝ら知ってんだよ。
謝るのは……おれの方だろうが。
「ごめん、静香。」
「えっ?」
「あの時、何も言えなかったのは静香に心配させたくなかったからのもある。けど情けないけど一番の理由は怖かったんだ。」
「怖かった?」
「うん……。おれ、ある方に凄い事を子供の頃に頼まれてさ…。」
決めた。静香に話そう。
あのお方、大神との出会いを…。
---何処
「どうかこの国を、守ってほしい。」
「くにをまもる?」
「ああ。これから暫くするとこの国に大いなる災いがやってくる。それを人の力のみでは乗り越えられないと判断した神々は、人々に神威を与える事にした。しかしそれでも足りないんだ。神々もそれは分かっている。しかし我々が直接手を出すと中津国、人の国にどのような影響が及ぶか分からないのでどうしても一手足りないんだ。」
あの頃は難しくて分からなかった。しかし学を学んだ今なら分かる。神々は直接手を出せない。だから天孫降臨を行い人に治めさせ、いつも間接的に助けていたんだ。神武天皇の東征の時は八咫烏を派遣し霊剣を与え、元寇の時には神風を起こしたように。
「なので神々は決めた。天孫降臨の再現、『古王再来』を。」
「こおうさいらい?」
「そう。天孫、『天の皇』の力だけでは国は災いから守れない。ならば古き王、『大地の王』の力を復活させ、『天地融合』をしようと。そしてその古王の力を授けられるのは……君しかいない。だから頼む。どうか王となってこの国を守ってくれ。」
神様はおれを見て頼んできた。多分あの時のおれは神様の言ってる事を全部は分ってなかったと思う。けど…
「うん分かった。まもるよ。」
迷い無く答えていた。この時の神様の驚いた顔は今でも鮮明に覚えている。
「…すまない。こんな危険で辛い事を頼んでしまって。」
「ううん、気にしないで。神様困ってるんでしょ。だったらおれが助けてやるよ。」
あの時の答えの理由はとても優しい神様を困らせたくない、ただそれだけだった。だって勝手に王にさせる事も出来たし隠しておく事も出来たはずだ。それでも教えてくれて、そして心配してくれたこの優しい神様を。
「だから安心しなよ。」
「……ありがとう。」
神様は嬉しそうに笑われた。気付いたら俺もつられて笑っていた。
「君に頼んで良かった。王になるのが楽しみだ。」
「へへ。」
「恐らく、いや必ず辛い時があると思う。その時これが少しでも役に立つと有難い。」
そう言うと神様は何か光るものをくれた。
「何これ?」
「君の力になるものだ。これが顕現した時君は、王になる。」
「へー、そうなんだ。ありがとう、神様!」
「……ああ」
あの光が何なのかは今でも分からない。でもあの時は神様がくれた、その事がとても嬉しかった。
「さて、もうそろそろ時間か。すまないがお別れだな。」
「え、もう……。」
「なんだ、寂しいのか?」
「うん。なんか神様、お父さんみたいだったから。」
「……そうか。」
「……だめだった?お父さんって。」
「いや、……息子が一人増えて嬉しいぐらいだ。」
「ほんと!?」
「ああ。だから安心しろ。私がいつでも見守っている。だから……頑張れ。」
「うん!」
「ではな。」
「……ねえ、神様?」
「何だ?」
「神様は、何て神様なの?」
そう聞くと神様はこっちを振り向いて
「我が名は『大国主』。国を造る神だ。」
そう言って消えていった。
---
「その後は知っての通り森山家に住むようになり……って、どうした?」
ふと静香の方を見ると何かぽかんとしていた。
「おい、どうした?」
「ど、どうしたじゃないわよ!?そ、その話し本当なの!?」
「ん、本当の話だが。」
静香は何故か頭を抱えていた。
「どうした?」
「ちょっと混乱してるだけだから気にしないで。」
静香の整理がつくのを待ってから、おれはまた話し始めた。
「あの時、おれは大神に守るって言った。けど最近になって怖くなってな。」
「怖くなった?」
「ああ、分かるんだよな。もうすぐ来るって。でも怖いんだ。約束を守れるのかって。」
「……」
「もちろんおれが失敗したらこの国が滅ぶかもしれない、その事も怖い。その危機自体も怖い。……でも一番怖いのは、守れなかったら大神に嫌われてしまう、そしたらまた一人になってしまう事なんだ。」
そう、怖かったのは王になる事じゃない。この国を守る事じゃない。約束を破ってしまってあの頃のように暗闇の中で一人になるのが怖かった。
「それで最近ずっと考えてるんだ。おれなんかに守れるのか。おれで良いのかって。」
「良いんじゃない」
…このお嬢さんは何をあっけカランと
「良いんじゃないって…簡単に言ってくれるな…。」
「だって大神様が信弘を選んで、頼まれて信弘が自分で決めたんでしょ。大神様が、信弘なら任せられると思われたんだからきっと大丈夫よ。」
「そうは言ってもな…。」
「それに私も、信弘なら大丈夫だと思う。ずっと一緒の私が言うんだから間違いない。だから、」
その時の月明かりに照らされた静香は
「守って。」
とても綺麗だった…。
「…ああ」
静香の言葉に今までの悩みが晴れたような気がした。
何悩んでいたんだろうか。出来るか出来ないかなんかじゃない、やるんだ。だっておれは大神と約束したんだ。
(守るって)
そして今夜、その願いは静香の願いにもなった。まだ人のおれだけどこの願い、絶対守りたい。
「ありがとう静香。おれ、がんばるよ。」
おれの決意を静香は
「うん、がんばって。」
笑顔で応援してくれた。
それは春の満月の夜のこと。一人の少年の、人としての最後の夜だった。