第十話
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「八雲、何度言えば分るのじゃ。もっと上に立つ者としての気品と威厳を身に付けなければ困るぞ。」
「す、すみません。」
「そうではなく」
「す、すまない。」
森山家に戻ると、おれは幸田殿に説教されていた。なぜ説教されているかというと…
---数分前
「ふむ、お主が東郷重忠殿か。話は安倍殿から中々の腕と聞いておる。王の守り、よろしく頼むぞ。」
「はっ、お任せください。全身全霊、いかなる事があろうとも王をお守りいたします。」
「うむ、頼もしい返事だ。良かったですな、王よ。頼もしき護衛が付いて。」
「はい。おれにはもったいない位で。」
この返事がいけなかった。
「…八雲。」
「えっ、あ!」
「王が自らを卑下するとは何事か!王たる者、誰よりも上にあるという事を意識しなければならないといつも言っているではないか!!」
---回想終了
幸隆殿には上に立つ者はどの様にするべきかを教えて貰っており、おれも実践しようとしているが未だに慣れず、この様によく説教される。
「…だ。分かったか?」
「はい。」
しかし重忠殿がいるというのに説教がいつもと変わらない。確かに、これからの事を考えれば早く慣れてもらった方がいいが。王の事といい、かなり重忠殿はかなり信頼されているみたいだ。おれは知らないが、もしかしたら妖退治などで功績を上げているのかもしれない。
「あの、幸隆殿。」
「ん。あぁ、東郷殿、気にするな。これも八雲の為と思い、心を鬼にしているのだ。」
「はぁ。」
ふぅ、やっと終わった。おれが悪いとはいえ、さすがに耳にタコが出来そうだ。まだ王らしく出来ないという事なんだが。
「して、八雲よ。出雲守、明広殿について何か分ったか?」
「えっと…美保殿より現在の松江の政を実質行っているのは出雲守殿の弟である広春殿である事と、広春殿は先代の出雲守殿より期待される程優秀だという事を。」
「ふむ。」
「それと安倍殿からは、娘の玉に広春殿との縁談が来たと聞いて。おそらく、国造殿が現人神になったのに対して武家を味方につけて軍事力を付けようとしたと。」
「成程の。」
幸隆殿はおれの話を聞くと何かを考え始めた。
(あれ?)
だがこの程度の情報、幸隆殿が知らないはずがない。幸隆殿はおれの指導役の前に国造殿の相談役。松江の状況は逐一入ってくるだろうし、玉の縁談も安倍殿から報告が無かったとは思えない。では一体何を考えているんだ?
(…もしかしておれの評価か?)
半日使い、手に入れた情報に目新しいこともない。その事に怒っているとか。けど、さすがに松江に行く事なんか出来る訳ないし、幸隆殿以上の情報網がある訳でも無い。と言うか、美保殿や安倍殿に聞けるだけでもかなり有用な情報元だと思うが。
「集めたのはここまでか?」
「はい。少ないで…よな。」
「いや、必要最低限は集めておる。それで八雲。ここまでで何か分るか?」
「え?」
「お主の今知り得てる事で何か導き出せるか?」
「えーと。」
いきなりか。
まず今、分かっている事は明広殿は弟の広春殿と玉を結婚させて武家の力を手に入れようとした事。それから松江の政は広春殿である事、広春殿は優秀であり皆から期待されていた事。
「ん?」
あれ、全く明広殿自身の事が出てこない。おれが聞いたのは二人だけだが、出雲守の事を聞いて全く明広殿の話が出てこないのはおかしい。仮にこれが町人とかから聞いた話なら偶然だと思うが、聞いたのは美保殿と安倍殿だ。二人が広春殿の話しか、しなかったのはそちらの方が重要だから。ではなぜ重要なのか、それは広春殿の方が優秀だから。それも父親から兄を置いて期待されるほどと、いう事はおそらく
「……あの、幸隆殿。兄弟間の仲は?」
「どう思う?」
こんな聞き方をして来るという事はやはり。
「おそらく良くないと。」
「なぜ?」
「父親の先代は広春殿に期待していた。たぶん周囲も父親と同じように広春殿の方に期待してしたはず。そうでないと嫡男を陥れるような話が流れるとは思えない。松江の政を広春殿がしているのも、もしかしたら子供の頃から任されていたからかもしれない。」
「ふむ。」
「おそらくいつも優秀な弟と比較され、弟が優遇される。自分は嫡男なのに周りから聞こえるのは弟の話ばかり。これで仲が良いとは思えない。」
「なるほど。たしかに兄弟間は良くないの。広春殿が長男ならば、という話も出回るくらいだ。」
「やはり。だから弟を結婚させてそばから居なくさせよう……と…」
いや、待て。
「あの、仮に玉と広春殿が結婚したら、広春殿は安倍家に入る事に?」
「それは無いな。嫡男がおらんとはいえ武家以外に継がせることは無いだろう。仮に二人が婚姻を結んでも親戚筋から養子を取るだるおうしの。」
ならば純粋に武家の力が欲しくて婚姻を?だがそれでは弟の力が強くなる。これを許すか?いや、今でさえ弟の名声の方が大きい。ここでさらに弟の力が強くなったら出雲守の立場を奪われえると考えるはずだ。ならば、弟を一軍の将の娘と結婚させてかつ、自分の地位を安泰にするならば。
「明広殿に奥方は?」
「おらんはずだ。まだまだ若いからの。お主達より三、四歳ぐらい上な位だ。広春殿はお主らと同じくらいだの。」
「ではなぜ、自分ではなく広春殿を婚姻さえようと?京にでも許婚がおられるのですか?」
「そういう話は聞いておらんな。先代が亡くなってしまったしの。縁談はあるだろうが受けたという話もない。」
……という事は明広殿自身は弟を武家と婚姻させるのと同じ時期に自分はもっと格上の家の娘を迎えようとしたのか?安倍家よりも家の格が上、さらに言えば多分武家ではない。国造殿に対抗しようとするなら多分、国造殿の力を削ごうと、出雲の神職を味方に付けようとすると思う。それも力の強い家の…
「……」
力の強い家、それも国造殿を脅かすような……。そして婚姻を結ぶことが出来る娘のいる……
「あの、幸隆殿。」
おれの声は震えていた。
「なんだ?」
「森山家に……出雲守殿から……縁談は来ましたか?」
「えっ……」
静香から驚きの声が出る。だが俺自身も驚いていた。なぜこんな考えになってしまったのか。確かに幸隆殿が相談役である事からも分るように、国造殿へかなりの発言力を持っている。それに静香も結婚してもおかしくない年だ。だが、それでも……。
「や、八雲。何をいきなり言い出すのよ。そんな話、無いに決まってるじゃない。ですよね、おじいさ「来とるぞ。」
えっ、お爺様、今何と……」
「だから来とるぞ、出雲守から。……静香、お主にな。」
「「…………」」
静香もおれも何も言えなかった。今の、今までお互い知らず、いきなり聞かされたのだから。
「……それで……」
おれは声を絞り出す。これだけは聞かなければならなかった。
「…それで……返事は……」
さっきよりも声が震えている。
ありえない、そう信じながらも怖かった。幸隆殿の答えが……
「……保留しておる。」
「!?」
「な、なぜ!?」
「八雲、そんなに大声を出すでない。第一、理由など悪い話で無いからに決まっておるではないか。」
な!?
「相手は出雲守、国司だ!?最悪、おれの敵になる!」
「だからだ。仮に親戚になったからと言って、お主はあの若造にわしらを従えさせれ得ると思っておるのか。逆に利用してやるわ。」
「だ、だからと言って……」
「それにの、八雲。これは王であるお主のためなのだぞ。」
「……ど、どういう事ですか?」
「出雲守をこれで上手く手中に収める事が出来れば、しばらく国内で問題は無くなる。しばらく京を欺く事も出来る。そうなれば時間を稼ぐ事ができ、お主が日本に王と宣言できる日も早まる。」
「しかし!それでも……」
「もし、仮に力ずくで出雲守を抑えようとすれば、必ず京に伝わりさらに出雲は警戒される。最悪お主の存在が知られ、その後がどうなるか分らなくなる。」
「……」
なぜだ、なぜおれは反論できない!?
「お主が真にこの日本を救いたければ、最善の手だと思うが。」
「最善の手」、その言葉はなぜかおれの中で響いた。
幸隆殿の教え、「王は皆の前を歩く者。だから間違いを犯してはならず、常に「最善の手」を選ばなければならないと。」
おれも思ってしまっている。大神との約束を果たす為にと。けど!
「けど、静香はおれの巫だ!だから」
「八雲よ、巫が変わる事など珍しくない。特に高位な者程の。」
「!?……っ…」
おれはとっさに静香の方を見ていた。
「お、おい静香!」
あいつ!いきなり飛び出しやがった。それにあの顔……
「まったく、いきなり部屋を飛び出すとは。まあ、無理もないか。」
「幸隆殿!!」
「……丁度よい。今日はここまでとしよう。明日までに頭を冷やしておくのだぞ。」
おれの言葉など聞いてない素振りで席を立ち出て行ってしまった。
「……なんでなんだよ。」
なんで、あいつが。なんで断らないんだよ。なんで静香なんだよ。なんで…おれは…思ってしまったんだよ……
「重忠殿……」
「はい。」
「……悪かった。こんな話に付き合わせて。」
「いえ、私よりも静香殿の方をお気遣いください。」
「……そうだな。」
そう答えたが、おれは立つことが出来なかった。頭を過ぎった言葉がおれに重く圧し掛かってくる。
「最善の手」という言葉が……
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「………」
なぜなのだろう……。
部屋に戻ってからも考えるのはさっきまでのことだった。
「なに悩んでんだよ。」
「な、だれだ!?」