第九話
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「今日は色々とありがとうございました。」
安倍殿と話終え、森山家に帰ることにした。少ない政務も幸隆殿の授業も無いので一応今日の予定は無くなったし。
「いえ、お役に立てたなら幸いです。重忠、王の守り任せたぞ。」
「はっ。」
しかし重忠殿硬いな。緊張してるのかもしれないがもう少し気楽でも良いと思うけど。
「とは言え、もう少し気を楽にしたらどうだ。そんなんだとまた子供に泣かれるぞ。」
安部殿も気になったのか注意した。しかし子供に泣かれたのか。
「……すみません。」
「…泣かれたんですか?」
「ええ。初めて来たとき玉に。」
「だって重忠、怒ってるように見えて怖かったんだもん。」
玉からの容赦ない一言に重忠殿の顔が曇る。
まあおれも初めて道場で会った時そう思ったが。すぐ思い違いだって分かったけど。
「…この顔は生まれつきでして。」
「そう言うことではないんだがな。」
「…自分でも何とかしようとは思っているんですが、どうにも。」
「まあまあ、こっちとしては頼りがいがあっていいですよ。剣の腕も凄いですし。」
「ありがとうございます。」
「でも、他の子泣かしちゃだめだよ。怖いんだから。」
「……」
あっ、落ち込んだ。
「こ、こら玉。」
「えーと、重忠殿。」
「…大丈夫です。事実ですから。」
それは大丈夫な理由にならないような。おれ的には頼もしい顔なんだが本人からしたら気になってしまうのか。
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さて、道場を出てからの道すがら。
「……」
「……」
「……」
…気まずい。いや、実際は重忠殿が無口なだけなんだが、おれも静香もしゃべっちゃならんような気になってしまった。
しかも何かさっきから通行人がこっちを避けて通ってるような…。まあ、重忠殿は武士だから腰に刀携えてるしなー。さらに顔も仏頂面で、遠目から見ると怒ってるように見えてしまうかもしれん。
「え、えーと。重忠殿、何か食べます?茶店もありますし。」
おー、静香が行った。
「いえ、お構い無く。自分は任ですので。」
「そ、そうですよね。すみません。 」
静香の奮闘虚しく、会話終了。
(ちょっと八雲、何とかしてよ。)
(何とかってなんだよ。)
(そこはほら、命令とかで。)
(どんな命令をするんだよ。重忠殿に悪いだろ。)
(そうだけど。そこを何とか。)
どうしろと言うのか。けど実際、どう交流していこう。このままでも仕事とかには支障無いから問題ではないんだが。
しかし、おれ的にはもっと気楽にやってほしい。けどそれは重忠殿の熱意を無下にするだろうし。まあ、無理矢理も悪いし、これから打ち解けていこう。
「おや、八雲様に静香様。」
「え?あっ、千代さん。」
声を掛けられ振り向くと、買い物袋を持っている千代さんがいた。
「買い物ですか?」
「ええ、そちらは道的に道場からの帰りですか。お疲れさまです。」
「いえ、今日は稽古ではなくちょっと挨拶しに。」
「なるほど。じゃあ、そちらの方は道場の」
「東郷重忠と申します。八雲様の身辺の警護を任されております。以後お見知りおきを。」
「あ、警護の方ですか。私は森山家でお手伝いをさせてもらっている千代と申します。よろしくお願いします。」
「お家の方ですか。なら八雲様のことも。」
「そう、森山家の人達はみんな知ってる。さすがに生活しにくいからな。」
千代さんと松さんに伝えたら土下座されて驚いたな。何とか前通りにしてくれるよう頼んだけど、これからもこういう事が続くと思うと…。
「……」
いや、大丈夫だ。あの月の夜の静香との約束がおれを支えてくれているから。
「ん、どうしたの?」
「いや、ありがたいなと。」
「ん?」
「気にするな。ところで千代さんはまだ買い物を?」
「丁度終わったところですよ。今から戻ろうかと。」
「じゃあ、一緒に帰りましょう。」
「はい。」
「しかし今日は一段と荷物が多いですね。持ちましょうか?」
「いえいえ、さすがにそれはだめですよ。これは私の仕事ですから。」
「でも…」
静香が手伝いたくなるのも分かる。千代さんは両手いっぱいに荷物を持っていて大変そうだ。手伝いたいがおれが言っても断られるだろうし…まあ、言ってみるだ「自分が持ちますよ。」
「えっ?」
「重忠殿?」
「良いでしょうか、八雲様?」
「え、別に構わないけど。」
「ありがとうございます。」
そう言うと重忠は千代さんから荷物を取った。
「え、いえ、大丈夫ですから。」
「気にしないでください。これぐらい平気ですから。」
「で、でも…」
「千代さん、重忠殿がこういってるから。それにまた転んだ時がたいへんだと思うし。」
おれがそう言うと千代さんは「うっ!」と唸った。今まで幾度も転び、そのたび買い物が大変な事になっていたのを思い返しているんだろう。
「た、確かにまた松さんに怒られてしまうかもしれませんね…」
「今度は二時間以内に終わるといいですね。」
「うぅー。」
静香の言葉が効いたのか千代さんは重忠殿を向いて
「……すみませんがお願いします。」
「はい。お任せください」
こうして千代さんの荷物を重忠殿が持ち、一緒に帰ることとなった。
「重くないですか?」
「大丈夫です、鍛えてますから。しかしこの量をいつも一人で?」
「ええ、それが仕事ですから。もう慣れましたし。」
「「え、慣れてたんですか?」」
「…どうせ私はドジですよ。二十歳過ぎても貰い手いませんよ。はぁー。」
あれ、何かどんどん千代さんが沈んでいく?いつもと違うぞ。
「ど、どうしたんですか。千代さん?」
「いえ。先程、幼馴染に会いまして。」
「はあ。」
「その、子供を連れていたんですよ。私と同じくらいの時に奉公に出たのに先に結婚して、しかも子供まで出来ていたの知ったら何か不安になって。」
「え、何でですか。まだまだ大丈夫ですよ。」
「いいえ、静香様は若いから分らないかもしれませんが、女子が貰ってもらえる期間は短いんです。それに私は森山家にもう五年近く働かさせてもらっているのに。うぅ~。私に魅力が無いばかりに森山家にも迷惑をかけてしまって。」
「き、気にしてないですよ。これからですよ、がんばりましょ、ね?」
あー、静香が慰めようとさらに千代さんが沈んだ。まあ、女子が他家に働くのは花嫁修業でもあるから、そこら辺も気にしてるんだろうなー。
「自分を卑下するものではないですよ。」
おや?
「あ、すいません東郷様。お見苦しいところをお見せして。」
「お気になさらず。しかし、その様に卑下されたらそういう方が居られても逃してしまいます。自信を持った方がいいですよ。」
「……」
「ん、どうされました、八雲様?もしや、何か粗相をしてしまいましたか。」
「いや、そうじゃなくて。失礼ながら、重忠殿からその様な言葉が出るとは思わなくて。」
「すみません。他人事とは思えなくて。」
「東郷様…。」
「私もよく人に恐れられます。自分のことが嫌になることがありました。そんな時、私の師は言いました。「下を向いても前を向いても何も変わらない。しかし前を向き、先に進む事ができれば変わる事ができる。」と。」
「前を向き、進む。それは自信を持って行動するという事でしょうか?」
「はい。」
さすが安倍殿、いい事言うなあ。けど
「重忠殿、玉に怖いと言われて落ち込んでた様な。」
「……自分も未熟なので。」
「ふふ。東郷様、ありがとうございます。そうですね、落ち込んでても何も変わらないですよね。これからもっと頑張ってみます。私だってまだまだいけるんですから。」
どうやら千代さん、元気がでたらしい。しかしそんなに焦っていたのか。
「ところで、荷物持ってもらったのを松さんが知ったら結局怒られない?」
「…屋敷の前で教えるか。」