リクの嗚咽(前)
茜色に染まった空はもうすぐ、暗闇に飲み込まれそうだった。
「ただいま~…」
自分で鍵を開けたのに、「ただいま」というのは期待があるからなんだろう。
僕は母子家庭という環境で育った。
母親は一人で僕をちゃんと育ててくれた。優しかったし、決して弱音を吐かない母を僕は尊敬していたし、そんな母に「さびしい」なんて言えなかった。
ゲームをして、母親が帰ってくるのを待っていた。
午前9時を周ったとき、一本の電話が入った。
「はい、もしもし。」
「こちら警察ですが・・・・。」
全身を稲妻が走るような感覚になって頭が真っ白になった。というのは、本や漫画のなかだけ。
本当はプチパニックに陥った。まだ、3年生の僕には受け入れがたい現実で、夢であって欲しいと思った。
迎えに来た警察の車で病院へ行くと、母は病室に横たわっていた。
頭には包帯、首はバンドで固定してあった。見えないが、布団の中の足もきっと骨折しているに違いないだろう。
会社の屋上から飛び降りたが、未遂に終わったらしい。警察はそう僕に伝えたが、僕には母親が自殺する動機がまったく見つからなかった。
「お母さん、どうして死のうとしたの?」
それは冷静に、こっちのショックなどが伝わらないように自然にごく自然にいった。それが僕にできる最大限の心遣いだったのかもしれない。泣きそうな心をこらえて黙って母のうつろな瞳を見つめた。
母はぼーっとしていた。まるで心がここにいないような感じで目は黒く闇が包んでいた。
「いやなのよ・・・。全部」
母は蚊の泣くような声でぼそっと呟いた。
「なんで?僕がいやなの?僕そんな悪い子なの?」
抑えきれない感情がだんだん露わになってきた。
「そうよ。あなたがいたからいけないのよ。だからお母さんは死のうとしたの。」
少しなげやりになってぶっきらぼうに答えた
「ねぇ、お母さん、ごめんなさい。もうしないから。お手伝いもするから!!」
もう目に涙が限界まで溜まっていた。瞬きをしたら全部こぼれおちそうだった。
「もう!いい加減にして!もうほっといて!!」
母は髪を振り乱して、声を荒げて言った。
僕は、もう涙があふれていた。限界だった。
「あんたなんて…。あんたなんて生まなきゃ良かった。」
うらむような目で僕を睨んで、言った。
僕の感情が間に合わないウチに、
「いやあああああああああああああああぁぁあっ。キーーーーーーーッ」
母は急に奇声を発し、髪を振り乱した。
これは僕の知ってるお母さんじゃない。お母さんはどうなっちゃったの?
僕は変わり果てたお母さんに軽蔑の目を向け始めた。僕の体は自然にベッドから遠のいていた。
母の奇声を聞きつけた看護士と医師たちが病室に入ってきた。
僕は部屋から出された。母を落ち着かせようと何人もの看護士が何か言っていた。
「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」
と再び奇声を発した。鎮静剤を打たれたようで急に静かになった。
その現実に目をむけたくなって、その場にしゃがみこんだ。
もう何もかもがよくなった。必要とされていないことと、母親の変わり様。
恐怖とも思える感情を小3の僕は受け止められなかった。
まず・・・最初に僕は笑った。
狂ったように、呆れたように
「ははっははは・・・」
今までの人生は何だったのかな?ぼくは何のために生きているのかな?
そう、思ったら急に悔しくなって
次に・・・泣いた
嗚咽がこみ上げてきて、涙が滝のように流れ出た。
小さい赤ん坊のように大きな声を上げて泣いた。
鼻水が出て、鼻が痛くなったけど、それもどうでも良くなった。
ただただ泣いた。
泣いた。泣いた泣いた泣いた泣いた泣いた
・・・・