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リストラされたので底辺ダンジョンでひっそり配信してたら、なぜか世界中にバレた  作者: 凪乃


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7/11

三人目

 配信を始めて一週間が経った。フォロワーが五万を超えたらしい。真凛が朝イチで報告してきたが、数字を見ても実感がない。五万人。杉並区のどこかの駅の乗降客数くらいだろうか。よく分からない。


 その日の配信を終えて、C-087の入口のゲートをくぐった。夕方の風が首筋に当たる。地下七階層の淀んだ空気を吸ったあとだと、外の空気が妙に薄くて、鼻の奥がすうっとする。


 ゲートの前に、男が立っていた。


 三十代前半。短髪。ネイビーの作業着を着て、右手に金属製のツールボックスを下げている。ボックスの取っ手の部分だけ革テープが巻いてあった。使い込んだ道具を持っている人間の手つきだ。


「あの、おっさん探索者さんですか」


「……まあ、そうだけど」


「やっぱり。配信見てました」


 男は姿勢を正した。ツールボックスが揺れて、中の工具がかちゃりと鳴った。


「俺、園田修一って言います。元スフィアの装備整備班です」


 整備班。探索者が持ち帰った装備を検査して、研いで、直して、翌朝までに戻す技術職だ。探索部門の統廃合のとき、整備班も丸ごと解散したと聞いていた。


「整備班か。リストラ組?」


「はい。三ヶ月前に」


 園田が目を合わせてきた。まっすぐな目だ。


「篠塚さんの装備、整備班で点検してたんです。剣の摩耗パターンがおかしかった」


「おかしい?」


「他の探索者の三倍の負荷がかかってるのに、刃こぼれがほとんどない。刃の消耗が均一すぎるんです。どれだけ精密に振ったらああいう摩耗になるのか、班の連中で何度も議論しました。——整備班じゃちょっとした有名人でしたよ、篠塚さんの剣」


「……俺じゃなくて剣のほうが有名なのか」


「職業病です」


 園田の口元がわずかに緩んだ。すぐに引き締めて、ツールボックスを持ち直す。


「篠塚さん。チームに入れてもらえませんか。装備のメンテナンス、全部やります」


 園田の視線が俺の腰の剣に動いた。


「今の装備、だいぶガタが来てます。柄のグリップが摩耗してるし、鍔元のバランスもずれてる。配信で見て、ずっと気になってました」


 確かに、剣は社用品の使い回しだ。ヘルメットも三千円のカメラを括りつけた安物。真凛にも何度か言われている。


「飯代しか出せないけど」


「構いません」


「吉田食堂でいいか」


「ぜひ」


 園田がツールボックスを持ち替えた。金属がまたかちゃりと鳴った。


 夕日がゲートの鉄柵に当たって、長い影を路地に落としている。三ヶ月前まで同じ会社にいた人間が、こうやってダンジョンの入口で再会するのは、なんというか——まあ、不思議な話だ。


     *


 翌朝の吉田食堂。引き戸を開けると、醤油が焦げた匂いと出汁の湯気がまとめて顔に当たった。


 カウンター七席のうち三席が埋まる。左から俺、真凛、園田。


「遥一、また増えたのか」


 じいさんがカウンターの向こうから園田を見た。


「園田です。よろしくお願いします」


「よろしくもクソも、席がなくなるぞ」


 言いながら、三人分の朝定食を並べてくれた。焼き鯖、白飯、豆腐とわかめの味噌汁、大根おろし、たくあん二切れ。皿の配置がきっちり揃っている。じいさんは口が悪いが、仕事が丁寧だ。


 真凛と園田は初対面だったが、すぐに噛み合った。真凛がタブレットで探索データを見せると、園田が身を乗り出して画面を覗き込む。


「この七階層のモンスターの硬度だと、刃の合金比率を変えたほうがいいですね。今の鋼材だと五回の探索で限界が来る」


「予算内で調達できますか?」


「中古なら。知り合いの工房がある」


 俺は焼き鯖に箸をつけた。皮がぱりっと焼けていて、身を割ると脂がじわっと滲む。大根おろしを乗せて白飯と一緒に口に運ぶ。味噌汁で流し込む。豆腐が舌の上でほろりと崩れた。


 横で二人が資料を広げている。こういうのは任せておけばいい。俺は飯を食う。


     *


 配信開始。三人体制の初日。


 園田がダンジョンの入口で整備した剣を差し出した。鞘から抜く。


 ——軽い。


 いや、重さは変わっていない。だが、手首に乗る感覚が違う。振り子の支点がほんの少しだけ前にずれたような。


「園田。バランス変えたか」


「重心を三ミリだけ前にずらしました。篠塚さんの握り方、小指側に力が偏るクセがあるんで、そのぶん重心を前に出したほうが突きの初速が上がる」


 試しに素振りを一つ。空気を切る音が、昨日までと違う。鋭い。手首の延長に刃先がある感覚。


「……ほんとだ。振りやすい」


『おっさん一振りで三ミリの変化を感知してて草』

『園田さん有能すぎないか?? 初日でこれ??』

『いや感知するおっさんのほうがおかしいだろ 人間の手首のセンサーどうなってんだ』

『チーム強化されすぎて毎日が神回なんだが』

『次は誰が来るんだ ヒーラーか? 料理人か??』

『加入条件が「飯代しか出せないけど」「吉田食堂でいいか」なの好きすぎる』


「コメント、三ミリがどうとか言ってるぞ」


「分かりますよ普通。道具が変わったら分かるだろ」


『普通じゃねえよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 七階層の奥を探索した。前回見つけた通路の先がさらに枝分かれしている。園田が壁の素材を触りながらメモを取っていた。職業病だと本人は言うが、手つきが丁寧だ。


 帰り道。ダンジョンの出口に向かう階段で、園田がぽつりと言った。


「篠塚さん、スフィアにいたとき——Sランクダンジョンの攻略チームに入ってましたよね」


「ん? ああ、何回か。応援で駆り出されただけだけど」


 園田の足が一瞬止まった。


「応援って——Sランクの攻略チームですよ。会社に三人しかいなかった選抜メンバーに呼ばれるのが、応援なわけないじゃないですか」


「いや、俺は荷物持ちみたいなもんだったから」


 園田が真凛のほうを振り向いた。真凛が目を閉じて、小さく息を吐いた。階段の踊り場に、その吐息が白く残るような気がした。


「篠塚さんは、いつもそうですね」


「何が」


「何でもないです」


 何でもないことが多い。まあ、いいか。


 夕方のダンジョンの出口を抜けると、空が紺色に変わりかけていた。住宅街のどこかから、揚げ物の匂いがした。


     *


 布団の中でスマホを開いた。目がしょぼしょぼする。


```

【朗報】おっさんチームに装備整備のプロが加入【吉田食堂3席目】


312: 名無しの探索者

新メンバー園田さん、元スフィア整備班のガチ勢

剣の重心を三ミリ変えただけでおっさんの動きが明らかに変わった

アーカイブの素振り比較したけど初速が段違い


315: 名無しの探索者

>>312

三ミリの違いを一振りで感知するおっさんのほうがヤバいだろ

人体の固有受容感覚の限界が普通5ミリって言われてるのに


318: 名無しの探索者

>>315

解説ニキいつもありがとう

でもおっさんに「普通」は通用しないってそろそろ学ぼう


322: 名無しの探索者

このチーム全員元スフィアなの草

スフィアさん、自分で切った人材に配信で殴られるの

どんなプレイなんですかね


325: 名無しの探索者

次は誰が来る?

賭けるなら回復術師かトラッパー


328: 名無しの探索者

>>325

俺は料理人に賭ける

吉田食堂がパンクする前に専属シェフが必要


331: 名無しの探索者

おっさんのチーム加入面接

「飯代しか出せないけど」

「吉田食堂でいいか」

ホワイト企業すぎて涙出るんだが


335: 名無しの探索者

>>331

給料が吉田食堂の定食っていう現物支給草


338: 名無しの探索者

Sランク攻略チームにいたのに「荷物持ち」って言い張るおっさん

もう何回目だよこのパターン

でも毎回笑う


342: 名無しの探索者

吉田食堂が聖地になりつつある

場所特定した猛者おるか?


345: 名無しの探索者

>>342

やめろ じいさんの店を荒らすな

```


 スマホを閉じた。画面の光が消えると、天井のシミが暗闇に浮かんでいる。


 三席か。


 あのカウンターに三人座ると、肘がぶつかるくらいの距離になる。じいさんの味噌汁の湯気が三人分、立ち上る。——別にどうということはない。


 目を閉じた。肩が重い。明日も潜る。

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