世界が見ている
竜を倒した配信の再生数が、三日で一千万回を超えた。
掲示板は祭りだった。ニュースサイトにも取り上げられた。「底辺ダンジョンの超深層で竜を討伐した元企業探索者」として、俺の名前が出ていた。実名。顔写真はなかったが、スフィアの社内報の集合写真を切り抜いたやつがXに出回っていた。後列の端っこで目を閉じている俺。
面倒くさい。
「篠塚さん、取材の依頼が十二件来てます」
真凛がスマホとノートパソコンを広げて、台所のテーブルで仕事をしている。テーブルは小さいので、ノートパソコンの端が落ちかけている。
「全部断って」
「三件はテレビです。ゴールデンタイムの特番」
「全部断って」
「……分かりました」
真凛が電話を掛けまくっている横で、俺は卵かけご飯を食べた。卵を割って白飯にかけて、醤油を垂らす。箸でざっくり混ぜて、口に運ぶ。黄身のとろっとした甘さ。毎朝食べても飽きない。
真凛の声が背後で聞こえる。「申し訳ございません、現時点ではお受けできません——はい、はい、ええ——」丁寧だが隙がない断り方。さすが企画室。
*
午後。管理局から電話が来た。
真凛がスピーカーにして、テーブルの上に置いた。村瀬の声が部屋に響く。
「C-087の一時制限を正式に解除します。探索権はそのまま篠塚さんに帰属します」
「凍結の話は?」
「……撤回されました」
村瀬の声が少しだけ硬い。言いたくないことを言っている声だ。
「どなたが撤回を?」
三秒ほど沈黙があった。
「世論です。管理局の判断に対して、かなりの数の意見が寄せられまして。メールだけで一万件以上、電話も——対応が追いつかない状況で」
掲示板とXの署名運動のことだろう。「おっさんのダンジョンを守れ」みたいなハッシュタグ。見た。少しだけ。
「管理局としては、深層の調査に協力をお願いしたいと考えています。データの共有と、定期的な報告を」
「分かりました。協力はします。探索は続けますけど」
「ぜひ。よろしくお願いいたします」
電話が切れた。真凛が小さく息を吐いた。肩が下がった。緊張していたのだ。
「よかった」
「ん。助かったな。書類関係、全部お前がやってくれたから」
「仕事ですから」
素っ気ない返事だが、口の端がわずかに上がっていた。
*
同じ日の夕方。スフィア・コーポレーションが声明を出した。
企業サイトのニュースリリース欄。短い文章。
『弊社は、元社員・篠塚遥一氏の個人探索権について、権利返還の申請を撤回いたします。今後の対応につきましては、ダンジョン管理局と協議の上、適切に対応してまいります』
園田がスマホで見つけて、吉田食堂のカウンターで見せてくれた。画面の上に「スフィア・コーポレーション ニュースリリース」のヘッダー。フォントが小さくて、読みにくい。
「篠塚さん、見ました?」
「今見た。短いな」
「短すぎますよ。自分たちが仕掛けたことなのに」
園田が珍しく語気を強めた。この人が感情を見せるのは珍しい。ツールボックスを整理しているときと同じ手つきで箸を握っている。力が入りすぎて、箸先が震えている。
「まあ、終わったならいいよ」
「……篠塚さんは、怒らないんですか」
「怒ってもしょうがないだろ。飯が冷める」
掲示板はスフィアに辛辣だった。
```
【悲報】スフィア・コーポレーション、全面撤退
512: 名無しの探索者
スフィアが探索権の返還申請を取り下げたぞ
515: 名無しの探索者
世論に負けたか 当然だが
518: 名無しの探索者
リストラした元社員が竜を倒して国民的英雄になりかけてるのに
そいつのダンジョンを取り上げるとかイメージ最悪すぎてな
広報部が頭抱えてるだろ
522: 名無しの探索者
声明が他人事すぎて笑う
「今後の対応につきましては適切に対応してまいります」
適切に対応→適切に対応(取り返そうとする)→適切に対応(撤退)
526: 名無しの探索者
>>522
適切に対応(株価下落)
530: 名無しの探索者
スフィアの株価マジで下がってて草草草
533: 名無しの探索者
おっさんはこの声明読んでないだろうな
536: 名無しの探索者
>>533
卵かけご飯食ってるよ多分
540: 名無しの探索者
>>536
正解だった模様(配信アーカイブで確認済)
543: 名無しの探索者
それでいい
おっさんはおっさんのままでいてくれ
俺たちはそれを見ていたい
```
見てるよ。たまに。
でも、応援されてるとかそういうことは、あんまり考えないようにしている。考え始めると面倒くさいし、何より——配信のときに変に意識してしまいそうだから。
*
翌日。吉田食堂の朝定食を食べながら、俺は切り出した。
「チームの話なんだけど」
真凛と園田が箸を止めた。
「正式に、チームとして登録しようと思う。管理局の探索チーム登録。三人だとギリギリだけど、最低人数は満たしてるだろ」
真凛の目がわずかに大きくなった。箸を持ったまま、手が止まっている。園田は焼き鮭の皮を箸でつまんだまま、静かに頷いた。
「名前は——」
「篠塚さんが決めてください」
「……考えてなかった。何でもいいよ」
「何でもよくないです。チーム名は大事です。配信でも使いますし、管理局の書類にも載ります」
しばらく考えた。味噌汁を一口啜った。白味噌。出汁が濃い。うまい。
味噌汁の椀を置いた。
「……『C-087探索班』で」
「ダンジョンの管理番号をそのまま使うんですか」
「分かりやすいだろ。何のチームか一発で分かる」
真凛が笑った。口元を手で隠したけど、目が笑っていた。園田も笑った。焼き鮭の皮をまだ持ったまま。
「篠塚さんらしい」
「それ、何回目だ」
「数えてません」
管理局に書類を出した。チーム名は「C-087探索班」。代表者は篠塚遥一。メンバーは久我真凛、園田修一。
カウンターの上の登録用紙に三人分の名前を並べて書いた。真凛の字が一番きれいで、園田の字が一番小さくて、俺の字が一番汚かった。
フォロワー数は十五万を超えていた。




