白い肌の彼女
「お待たせ!」
「おそーい」
「しょうがないよ。夜にこっそり出てくるの、大変なんだから」
「むー」
走ってきた僕に、公園で待っていた彼女がむくれる。
白い彼女の肌が、白い月の光に照らされてよけいに白く見える。とてもキレイだと、僕は思った。
「でも、今日も来てくれてありがとう!」
にっこりと彼女は微笑んだ。どきり、とする。
小学校ではクラスの女子に対して、こんな気持ちになったことはないのに。
きっと彼女が人間じゃないせいだ。
だって、こんなに透き通るように白い女の子が現実にいるわけがない。月の世界から来たと言われても、僕は信じる。
「ね、一緒にいられる時間は少ないんだから、遊ぼうよ! 昼には遊べないんだし」
彼女は僕がその顔に見とれていることに気付いてすらいないように言う。
「じゃ、鬼ごっこしようか!」
「え、二人で?」
「いいでしょ?」
「うん、まあ」
「じゃあ、そっちが鬼ね!」
じゃんけんもしないで勝手に決めて、彼女は走り出す。
「ちょっ、待ってよ!」
二人でやる鬼ごっこの何が楽しいのかわからないけれど、彼女は嬉しそうに僕から逃げていく。
彼女と初めて出会ったのも、こんな月の夜だった。多分、前の満月の日だ。たまたま、近くのコンビニに行こうと思って公園の前を通りかかったときに彼女を見つけた。
今、僕は夏休みを利用しておばあちゃんの家に遊びに来ている。というか、夏休み全部を僕はおばあちゃんの家で過ごすことになっている。
僕の妹が産まれたばかりで、お母さんと妹と三人でおばあちゃんの家にお世話になっているのだ。お父さんは仕事が休めないから、家に一人で残っている。
さっき夜にこっそり抜け出すのが大変とは言ったけど、お母さんとおばあちゃんは妹に掛かりっきりで僕に構っている暇があまりない。だから、いつもより夜にちょっと抜け出すのが簡単になっている。それに昼間が暑すぎるから、夜に明るいところを散歩する方が安心というのもあるらしい。
だからこそ、彼女に会える。
「ねー! はやく追いかけてよー!」
ぼんやりと考えていたら、彼女が僕を呼んだ。
「わかったよー!」
僕は彼女を追いかける。
そして、
「つかまえたっ!」
「えー、はやい~」
彼女はすぐに僕につかまった。
そう。自分でやろうと言い出すくせに、彼女は走るのが遅い。地上が合わないのかな?
それにしても、
「くやしい~」
ちょっと不機嫌そうな彼女も可愛い。それに、本当に白い。昼間の明るい場所で見たら、どんな風に見えるんだろう。
なんて考えていると、彼女が言った。
「でも、もう帰らなきゃ」
「僕も」
答えた後で、僕は続けた。本当は、こんなこと言いたくないんだけど。
「でね、今日で会えるのが最後なんだ。夏休み終わるから、家に帰らなくちゃいけなくて」
「えっ!?」
彼女が驚いた顔をする。
「ずっと、ここにいるんじゃなかったの?」
「うん。ごめん」
やっぱり、彼女は人間じゃないみたいだ。夏休みのことを知らないなんて。それに、夜しか会えないし、時間制限もある。夜の少しの間しか、地上に出られないのかもしれない。
ちょっと恥ずかしい言い方だけど、月の精なのかなって思う。
「ずっと遊べると思ってたのに」
「ごめん。あ、でも! また次の夏休みには来ると思うから! そのときに、会えるかな」
彼女は一瞬さみしそうな顔をした。だけど、一度下を向いて顔を上げて、
「じゃあ、待ってる!」
ばいばいと手を振った。
それから、さっき走っただけでかなり疲れているのか、今度は歩いてゆっくりと行ってしまった。
ただ、歩いているだけなのに僕はその姿に見とれてしまった。
彼女の姿は、なんというか、儚い。
本当に、また次の夏休みに、もう一度会えるだろうか。
◇ ◇ ◇
次の夏休みまでは長かった。小学校の授業中でも、彼女の姿が浮かんだ。
それに、とても不安だった。もう二度と会えないんじゃないかって。
夏休みにおばあちゃんの家に行くとお母さんに言われたとき、僕は飛び上がって喜んだ。
おばあちゃんの家に着いたら、夜を待とう。そうしたら、ようやく彼女に会える。僕はそう思っていた。
だけど、
「あれ?」
電車を降りて、おばあちゃんの家に向かっている途中で僕は目を疑った。
「あ!」
彼女(?)も、僕の姿を見つけて走り寄ってくる。去年の夏と同じように。だけど、なんだかとってもしっかりとした足取りで。
「お友達?」
お母さんが妹を抱っこしながら僕に聞く。
僕は耳を疑った。お母さんにも彼女が見えてる? てっきり、僕にしか見えないんだと思っていた。
「前の夏休みのときにでも知り合ったの? あのとき、なかなかかまってあげられなかったしね」
お母さんの言葉に、僕は頷く。
「もう少しでおばあちゃんの家だし、話してから来る?」
「う、うん」
「じゃあ、気を付けてくるんだぞ」
今回はお父さんも一緒だ。僕はこくりと頷いた。
僕と彼女の二人きりになる。
だけど、だけど……。
「ええと……」
見かけたときには確かに彼女だと思った。本当に目の前の女の子が、彼女なのか、僕には判断できなかった。顔は見忘れるはずがないんだけど。
でも、でも……。
「元気だった?」
「えっと、うん」
なんだか、どぎまぎしてしまう。
太陽の下で彼女を見たらどんなだろうと、何度も想像した。だけど、これは想像していなかった。
「私も元気だよ!」
彼女がにかっと笑った。
「そう、みたいだね」
僕はおずおずと答えるしかなかった。
「日に焼けたでしょ?」
笑う彼女は、もう真っ白な肌じゃなかった。
「あの、昼間だけど、大丈夫なの?」
「そうなの!」
僕が聞くと彼女は嬉しそうに答えた。
そして、説明された。どうやら、彼女は病気をしていて夏の熱い昼間なんか絶対に外に出してもらえなかったこと。今はすっかり治って、元気に遊べるようになったこと。
「同じ学校の子たちには、私がちっちゃい頃にすぐ倒れてたから、一緒に遊ぶのが怖いとか言われててさ。だから、去年一緒に遊んでくれてすっごく嬉しかったんだぁ。だから、昼間も思いっきり遊べると楽しいなと思って、病院通いも、薬飲むのもがんばったんだよ」
「そう、だったんだ」
「だから、今年は夜じゃなくても遊べるよ!」
そう言って笑う彼女の顔を見て、僕はどきりとした。
去年は白くてキレイだなって思った。だけど、今の小麦色に焼けた彼女はもっともっとキレイだって思ったんだ。




