56話 これまでのまとめ⑤~王道最高!~
小説の考察は作者としての私を結構変えてるようです。まさにヒューマンドラマのごとく。
話も50話を越えて分かりづらくなってるので何回かにわけてまとめてみます。
王道(48~51話の骨格)という考察です。
(※証拠や具体例は各話の本文側で書いているので、ここでは“骨格だけ”を残します)
ここまで、私は「枠組み」や「読者の存在」で物語が揺れる話をしてきました。
では最後に、一度だけ原点に戻ります。
同じテンプレでも、「結末の置き方」は時代でアップデートされます。
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この感覚がいちばん分かりやすい例として、私は
『世界の中心で、愛をさけぶ』→『君の膵臓をたべたい』
を並べてみました。
骨格だけ見れば「似ている」と言われやすい。
でも私は、だからこそ面白いと思いました。
王道は王道として、何度でも立ち上がってくるからです。
批判されても、王道は王道です。
なぜなら王道は、「新しさ」以前に、人の“処理のクセ”に刺さる型だからです。
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ここで私の中でひとつ気づきがありました。
人は、物語が明確な結論を出していても、それで終わらない。
むしろ明確な答えが出たからこそ、読者は自分の中の余白(if)に当てはめて、勝手に感動できてしまう。
みんながいつも抱えている“あるある”です。
・もし、あの時こうしていたら
・私ならどうしただろう
結論が強いほど、この「if」が勝手に発動して、脳が自分で勝手に余白を埋めてしまう。
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私は結論を出さない、余白の良さを語ってきました。
でも余白“だけ”でもダメ。
逆に結論“だけ”でも余白は作れる。
どちらが正解なのか、分からなくなりました。
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だから今の私は、こう整理しています。
・結論を置く(王道の骨格を持つ)
・そして、その結論の“刺さり方”を時代に合わせて更新する
そうすると、同じ雛形でも刺さってしまう。
考察を重ねて、書き手になった私は、今そう思い始めています。
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だから言います。
王道最高。ざまぁ最高。転生最高。悪役令嬢最高。
これでいいのだ!
読み手も、書き手も――たぶん気持ちよくなりたい。
その快楽に、物語はちゃんと応える。
だから王道は、強く気持ちいい。
次は、この「快楽」を私はどう扱うのか。
ちょっと自己批判したくなりました。
次回、今なぜ「王道最高」なのか?
実例を挙げて検証します。
さらにドMな相馬ゆうでした。
まとめ最終回。
コンパクトにまとめたので名刺がわりにお願いします。
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