53話 こごでのまとめ②~基本構造・技法をテンプレ・文学作品を対象に~
小説の考察は作者としての私を結構変えてるようです。
まさにヒューマンドラマです。
話も50話を越えて分かりづらくなってるので何回かにわけてまとめてみます。
1~21話の骨格です。
(※証拠や具体例は各話の本文側で書いているので、ここでは“骨格だけ”を残します)
※※※※※※※※※※
① 物語の基本構造について
物語は、世界的にいくつかの基本ルール(型)があり、その組み合わせで「いわゆるテンプレ」が発生する。
ここは、連載を始めてから今まで、私の中でもあまりブレていません。
だからこそ、オリジナリティを担保する順番は、だいたいこう考えるのが妥当だと思っています。
テーマ > 構成 > 視点 > キャラ
もちろん例外はあって、
「キャラを描きたい(女優を撮りたい)」が先に立つタイプの作品もある。
でも、その場合も“キャラを描くこと自体がテーマ”になっているケースが多い。
※※※※※※※※※※
② 作成技法・短編・テンプレについて
1)
ここ最近、技法の面では「外部情報」が効く、という仮説がまとまってきました。
音楽などの外部情報を取り込むと、読者の感情を再現しやすい
(=感情曲線を“補助輪”で作れる)
演技論(メソッド法的な発想)は、小説にも転用できそう
主役の感情を“自分の中に発生させる”ことで、文章の温度や説得力が上がる。
一方で、メンタルに負荷が出るという指摘もあり、扱いには注意が必要。
2)短編・テンプレについて
短編については、こういう感触があります。
オリジナリティがある作品でも、結論を明確にしすぎるとテンプレ化しやすい。
(※大正期のプロレタリア文学や「セカイ系」など、結論が強い運動は“型”として回収されやすい、という話にもつながる)
※※※※※※※※※※
ここまでを一旦まとめると、
外部情報や演技論を「技法」として取り込めそう
ただし“余白”を削りすぎると、テンプレ化→飽和しやすいかもしれない
——このあたりが、私の現時点の中間結論です。
次は、「物語を作っているのは自分なのか?」という疑問です。連載周期・ランキング・読者の接触頻度——そういう外部要因が、ストーリーだけじゃなく作者まで変えてしまう仮説に進みます。
まとめは何回かにわかれます。
コンパクトにまとめたので、ぜひ名刺がわりにお願いします。
ブクマや★評価で応援してもらえると励みになります(気が向いたときで大丈夫です)。




