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高校以来小説を読まなかった理系が、小説を作るために作った分析日記  作者: 相馬ゆう
7, 読者の存在が物語に与える影響(分析85/物語15%)
44/64

44話 書きたい作品×ヒット作は成立する~『押しの子』の場合

本日は

『作者の書きたいもの×興味の持続』

が果たして成立するのか??

そして物語の終わらせ方の作家にとっての意味は?


をメガヒット作『押しの子』から考察します。

よく、プロスポーツ選手で

『未完の大器』

と言われる選手がいます。


フィジカルは最強。体格もいい。

でも、何かが噛み合わなくて、結局終わってしまう……。


「なろう」でも、すばらしい作品は多いです。

でも『なんでこの作品』があまり注目されていないのだろう……。そういった作品も多い。

書き手としていろんな作品を読んでいると、切ないときがあります。


「切ない作品」だらけだけということにしたい、相馬ゆうです。


楽しければいい。けど『プロの世界』は、成功しなければいけない。

さらに実績がある作家は、『失敗が許されない』。


たとえば鳥山明先生は、『ドラゴンボール』のインフレが続くストーリーの中で、やめたくてもやめられなかった——みたいな話を、どこかで聞いたことがあります。


**********


この構造は、以前お話しした週刊連載における『興味の持続』の話にもつながるのですが、

“新時代のひとつの答え”を出したかもしれない……と私が思う作品


『推しの子』です。


私は、よく見るとイっちゃってる1巻の表紙絵アニメでもメインビジュアルに、まずやられてしまいました。


**********


あらすじは、ある主人公とあるヒロインが、「死」をきっかけに、自分の“推し”アイドルの子どもに転生する。

そのアイドルは非業の死を遂げ、主人公は復讐を誓う。


というメインストーリー。

いわゆる「転生×ミステリー」です。


ただ、芸能業界やメディア論、作者と演者(あるいは制作側)の葛藤のようなテーマが、サブストーリーとして連続していく。

もちろん、メインの復讐のラインも、時々回収されて物語は進んでいきます。


**********


そこで私は、こういう仮説を立てました。


赤坂アカ先生は、大枠で押し切るというより、ディテールを高解像度で描きたい作家に見える。


大枠は“引力の器”で、真に描きたいのは中身のディテール——


そんな仮説(という名の妄想)です。


たとえば『推しの子』の場合、芸能の現場の空気とか、メディアの歪みとか、作る側/演じる側の摩擦とか——そういう“手触りのある部分”を、実は一番描きたかったのでは?という理解です。


ただ、そのディテールだけを正面から積み上げると、どうしても届く範囲がニッチになりやすい。


読者は忙しいし、情報量も多い。入口で離脱されると、そもそも中身まで運べない。


だからこそ『推しの子』は、最初に“大風呂敷”を広げた。


転生×ミステリーという強い引力で読者を一気に連れてきて、そこで「本当に描きたいディテール」を走らせる。


つまり、大風呂敷は妥協じゃなくて、ディテールを世間まで運ぶための装置なんじゃないか。

そういう構成で作られたヒット作なのでは……と、私は邪推してしまうわけです。


**********


そして、とても物議を醸し、賛否両論になったラスト……。


これは、その終わらせ方も含めて「世間を巻き込む」ことを意識したのかも。

作品の終わらせ方、それ自体もバズにしてしまう。


もし、それが仮説じゃなく本当なら……「書きたいものへの執念」アカ先生すごい。


**********


『手塚治虫』先生が、夢オチを禁止した——と『さよなら絶望先生』で読んだことがあります。

(これは都市伝説を、絶望先生に語らせたものだった気もします。)


「物語の終わらせ方」って、とても大切で、読者の関心事項です。


でも、ヒット作を作ること×自分の書きたいものを描くこと。


この二つを両立させるためには、ラストの“評価”さえも、今の時代は作品の一部として設計されうるのかもしれない……と考えてしまいました。


**********


もちろん、これは私の邪推であって、本当は違うかもしれない。

でも、この作品のマーケティングのされ方やメディア展開を見ていると、あながち間違った邪推でもないような気がします。


**********


読んでもらうために、作家はめちゃくちゃ考えています。

自分の書きたいものもある。

それが行間から分かるようにもなってきた。


だから私は、『推しの子』をこう考察しました。


でも、これは時間と情報に追われる現代社会の、ひとつの正解なのかもしれない。


自分の作品は、どう終わらせるか。

それを、いつ決めるのか……。


そんな切ないことも考えなくては、と思う相馬ゆうでした。


**********


次回。

終わりから始まる「文学」。

『君の膵臓をたべたい』『世界の中心で、愛をさけぶ』を、一つずつ考察させてください。

作家様は、書きたいものと読者様の期待どうすり合わせてますか?

ラストハッピー・バッドエンドって読む前から知っておきたいですか?


いろいろご意見お聞かせください。


ブクマや★評価で応援してもらえると励みになります(気が向いたときで大丈夫です)。

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