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三題噺1「校門」「人差し指」「駆ける」

作者: お茶ネクタイ

 キス魔の山野は、大柄の禿の社会科教員である。市内の公立の中学に勤務している。今年で60になる。キス魔の山野とは、生徒が裏で呼んでいるのだが、山野はそれを知っている。教室が騒がしい時には、いつでもタコのように唇を丸めて、その前に音もなく人差し指を当てるのである。生徒は不思議と魅入る。

山野は離婚を経験している。子はいない。

「山野先生の真似をしてみたら、生徒たちに大ウケで」

「そーですか」

 山野は1年部の主任をしている。定年の年である。再任用を受けるつもりはない。

 山野は柔道部と剣道部の副々々顧問をしている。兼任である。つまり部活に出なくてよい。専門はラグビーである。しかし、38年の教員人生で、ついにラグビー部にお目にかからなかった。

「スイマセン、山野先生ェ。今日ちょっと下校指導お願いできませんか。子どもが熱出して迎えに行かんといかんのでェ」

「あーはい」

 生徒指導主事に言われたのが15時30分、下校時刻は16時である。大規模校だけあって、帰宅部の生徒もそれなりにいる。時間と宿題は忘れるものと思っているのが生徒である。山野は職員室を出た。1年生たちは、およそ中学生とは思えないほど騒がしい。2年目の教員の教室を見て、ベテランの教室を見て、初任者の教室を見て、4年目の教員の教室を見て、ベテランの教室を見て、学年生徒指導の教室を見た。生徒たちは、烏合の衆という言葉がよく似合う。教頭も見に来て、ため息をつき、おまえら早よ片付けせんか、終わりの会やろうがと叫んだ。山野はそんな教頭を滑稽だと思った。

 校門の前に立っている山野を見て、生徒は目を丸くした。山野はサヨナラ、ハイサヨナラと繰り返し、生徒を見送っていた。

「なんでいるんですか?」

「たまにはおるわい」

 遊ばずまっすぐ帰れ、と言って、山野はその生徒を見送った。ふと変な予感がして振り返ると、2年のやんちゃで有名な生徒がすぐ近くまで来ていた。

「おう、気を付けて帰れよ」

「おう」

 少ししてその生徒は立ち止り、山野のほうに向かって叫んだ。

「お前らあ! ちんたらしよったら山野にチューされるでえ!」

 ぎゃー、という叫び声がして、後方にいた3、4人の男子生徒が一斉に駆け出した。山野はくっくと声を出した。

「馬鹿やのー……ほんまに馬鹿や」

 山野は真面目な中学時代を悔やみながら笑った。

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