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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「最後の夜をあなたと」篇
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ディナーショーは回避推奨

 俺は悶々としたまま部屋に戻り、ベッドに潜って、また悶々とする。

 今の俺は、もう、悶々モンスターだ。

 略すとモンモンモンだ。

 メイヘレンのあの情熱的なアプローチが忘れられない。

 俺を見つめる情熱的な瞳と、至近距離で浴びたあの熱い吐息と、頬に触れた柔らかい唇の感触が。


「ああっ……うぉぉっ……!」


 シーツを掴み、身悶え、呻き、また身悶える。


「ケンイチさん、ベッドの中でモゾモゾして何してるんですか」

「ほっとけ。多分アレじゃよ。いやじゃのぅ、これだから若い男は……」


 濡れ衣!


「ち、ちげーよっ!」


 俺は慌てて飛び起き、我が身の潔白とノー・エロスを訴える。

 その時、ちょうど俺の腹がぐうと鳴った。

 おぅ、そういや腹減ったな……


「飯はまだかな……」

「そろそろじゃないですか?」

「部屋食じゃないんじゃろ?食堂まで行けばええんじゃないか?」

「じゃあ、いくか?」

「うむ。いくか」

「いきますか」

「イキマショウ」


 簡潔で何の意味もない言葉が交わされ、男たちはゾロゾロとそろって部屋の外に出る。

 だが、女たちもちょうど同じタイミングで部屋から出てきたので、ボーイ・ミーツ・ガール――つまり、ばったり鉢合わせるという事態に。

 うぉぅ!むう!今メイヘレンとアリィシャに会うのは気まずい!心理的な意味合いで!

 さっきの場面を思い出しただけでもニヤついてしまったり赤面するほどだってのに、一体どんな顔していればいいんだ?

 だが……ここで変な空気を醸せば、勘繰り深いプルミエルやジジイにあれやこれやとイジくり回される可能性大なり。

 そうだ。ここは皆の名誉のために、何食わぬ顔こそが吉だろう。

 ビー・クールだぜ、ケンイチ。

 俺はとりあえず口笛をピーピーせわしなく吹きまくりながら、あちらこちらに目線を泳がせることで内心の動揺を隠蔽することにした。


「……何を動揺してんの?怪しい」


 隠蔽は失敗だ……無念!


「あ、もしかして誰かの下着でも盗んだんじゃないでしょーね。皆、部屋に戻ってチェックよ」


 濡れ衣!しかもひどい!この女は悪魔か?


「ははは、そんな大胆なことをするはずがないよ。彼にとってはエロス心も生死に関わることだからな」


 そう言って、メイヘレンは万事心得ているという風にこちらにウインクを送ってきた。

 どうやら先程の――その、アレはなんとなくウヤムヤにしてくれるということなのかもしれない。

 う、うむ、それはありがたい。

 俺は小さく頷いて見せた。


「で、で、でも、お、お腹空いたねぇ?ゴハン何かなっ」


 少しぎこちないものの、アリィシャも元気そうにふるまっていた。

 彼女もまた、先ほどの一件を掘り起こすつもりはなさそうだ。

 俺はホッとする。

 明日には何があるか分からないのに、今までの俺たちの関係が壊れてしまうようなことだけは避けたいと思っていたからだ。

 どうせなら最後まで笑顔でいたいじゃないか?

 清い関係を保ったまま旅立ちたい。


「あ、みなさーん。今お呼びしに行こうと思ってたんですよぉ」


 元気な声が聞こえて振り返ると、廊下の向こうでチャルが手を振っていた。

 ケンイチと愉快な仲間たちはそこへゾロゾロと集まる。


「これから食堂へご案内します」

「頼むぞぅ。もう腹ペコじゃて」


 と、ここでチャルの顔色が少し暗くなる。


「えーと、ちょっと、その……言いにくいことがあるのですけども……」

「えっ!?まさか、ゴハンが用意できなかったとか!?ボク、楽しみにしてたのにっ!」

「あ、いえ、そうではないんですけども……」

「じゃあ、何だい?はっきり言いたまえよ」

「実はですね、夕食の際にですね……」

「?」

「その……有志の方が……歌をお聞かせしたいと……」

「は?」

「ご本人様いわく『ディナーショー』を開催したいそうです……」


 な、何だそりゃ……?

 ディナーショーだって?

 どこの有志だか知らんが、傍迷惑な話だ。どうせ老人たちの民謡サークルかなんかだろう。勘弁してくれよ。

 だが、こういう話題に厳しいのは俺よりもプルミエルだ。

 彼女は思いっきり不満そうな顔でチャルを睨みつける。


「何よー、そんなの聞いてないわよ。あ、ひょっとして後付けでオプション料金でも取るつもり?絶対に払わないわよ」


 同感だ。だがそのセコいキャラはどうかと思うぞ……

 君は一応、魔道貴族なんだろう?


「確かに、聞きたくもない歌を聞かされながらメシを食べるのは拷問じゃて」


 老師はイヤなものを思い出したかのように苦りきった顔で首を振る。


「ほれ、親戚の結婚式とかで友人代表を名乗る奴らの寒い茶番を見せられるようなもんじゃあ……」


 なんか例えが具体的すぎるぜぇ……まぁ、分からなくもないが……


「いえ、あくまでも有志なので、お代は頂きませんし……」

「本当に?」

「は、はい……私も本当はやめてほしいとお願いしたんですけど……」

「強引な有志なワケだ」

「はい……」

「じゃ、ま、しゃーないか。タダなら」


 妥協を示すプルミエルの言葉に、チャルがホッと胸を撫でおろした。


「で、では、食堂へご案内いたしますね」


 だが、俺たちを先導して歩くその後ろ姿は心なしか、とても疲れきっているように見える。

 この短時間のうちに、一体、彼女に何があったのか……





 食堂は広くて、しかもちょっと薄暗いというムードたっぷりの空間だった。

 四人がけのテーブルが三組あって、その卓上では銀の燭台にキャンドルの灯りが揺らめいている。

 カーテンの無い大きな窓からは冴え冴えとした月光が差しこみ、そこからは庭園が見える。

 窓の近くにはドアもあり、どうやらそこから庭園に出られるようだ。

 ロビーや廊下と同じく、ここの床にもしっかり赤いカーペットが敷かれていて、先程の老師の言葉ではないが、本当に結婚式の披露宴会場のようにも見える。

 そして、壁際にひっそりと配置されている簡易ステージ。

 もう、いかにもそれっぽい。

 ディナーショーはあそこでやるのか?


「では、お好きなお席にどうぞ~。今、お食事をご用意して参りますので」


 チャルが立ち去り、俺たちは席につこうと椅子を――


「ッ!?」


 俺は視線の先に信じられないものを捉え、目を見開いた。

 文学的な表現を用いるならば、瞠目した。


「あ、あ、あ……!」


 ステージに上がって、何だかよく分からない瓢箪のような形の弦楽器をチューニングしているあの女……!


「たっ、確かっ!シルク撫子ッ……!」


 思わず叫びかけ、俺は慌てて口を押さえる。

 よかった、当人には聞こえていなかったようだ。


(な、な、何故ここに……!?)


 そう、彼女は変態集団を束ねていた正体不明の奇妙奇天烈エキセントリックガール。

 黙っていれば恋に落ちてしまうかというほどの美少女なのに、残念ながら頭のネジが全て吹っ飛んでしまっているカワイソウな娘だ。

 その取り巻きも変態ぞろい。

 露出狂に、ガチオタに、謎の生命体だ。

 ま、まさかとは思うが、ここまで俺を追いかけてきたのか?

 だが、ここでピンとくる。

 脈絡の無いディナーショー、疲れきっていたチャル……チクショウ!強引な有志とはこいつらのことだ!

 おお、やべぇ!

 とんでもないカオティックワールドになるぞ!

 俺は気配を殺し、獣のように地に低く身を伏せながら、こっそりとその場を離れる。


「何してんですか、ケンイチさん?」

「シッ!いいか、俺はここにはいない。誰に何を聞かれてもそう答えるように」

「はぁ」

「俺はちょっと夜風に当たってくるぜ。じゃあな。幸せになれ」


 イグナツィオにしっかり言って聞かせると、俺は窓のそばのドアに取りついて、素早く屋外へ逃げた。





 庭園では、青白い月光の下で色とりどりの花が美しく咲いていた。

 噴水や彫像のような凝った造作物は無いが、藤棚や生垣もしっかりと剪定されていて、庭師のこだわりが感じられる。

 華美に過ぎず、地味に過ぎず、広くはないが、窮屈でもない。

 甘い花の香りがふんわりと全身を包み、穏やかな静寂は心を落ち着かせてくれる。

 とても居心地のいい空間だ。

 薔薇に似た真っ赤な花が咲き乱れている垣根の前に、木製の簡単なベンチがあったので、俺はそれに腰かけた。


(……まったく、とんでもないハプニングだ)

 

 溜息が出る。

 最後の晩餐かもしれないというのに、あんなトンチキな連中に遭遇して、ゆっくり飯も食えないとは。

 だが、仕方がない。しばらくはここで時間を潰して、ほとぼりが冷めるのを待とう。

 やがて、食堂の方から声が聞こえてきた。

 ディナーショーが始まったのだ。

 俺はベンチの背もたれに寄りかかって、聞くともなくそれを聞いていた。


「全国の皆さん、おまっとさんでした!このシルク・撫子のスーパーライブへようこそ!」


 ディナーショーのはずが、いつの間にかライブになっている……


「じゃあ、さっそく一曲目いくよ!『テンプレート☆チート』!」





『テンプレート☆チート』     作詞・作曲 シルク・撫子


 最近 多くないか

 中世ヨーロッパ風 って表現が

 最近 多くなった

 最強なのに スローライフしたがり


 それでも やっぱり テンプレが最高よ

 にこぽ なでぽで ハーレムへ直行よ


(俺TUEEE!) 逆説的に言うと

(他YOEEE!) ってことで


 頼りにならない 仲間たち

 ああ もう 人間不信になっていくってばよ


※こんなに最強だから

 神にタメ口きくのも あたりまえじゃん

 とことん無双だから

 ラスボスさえも 噛ませ犬じゃん


 つまり私は テンプレート☆チート 


※くりかえし


 そんな私は 前世では☆ニート





「…………」


 その破滅的なセンスに思わず頭を抱え込んでしまう俺。

 お前らはもう病院に行け。そしてラノベをディスるのはやめろ。チートはいわゆる様式美なんだ。

 っていうか、あいつらは何なんだ?

 やたらチートだのテンプレだのとオタクっぽい言語を操って……ひょっとしたら俺と同じ世界の住人のなれの果てとか?


(まさかな……)


 いずれにしろイカれてる。

 もうこれ以上は聞きたくない―――と、耳を塞ごうとした時だった。


「何してんの?」


 と、聞き馴染みのある声が。

 顔を上げると、そこには彼女が立っていた。

 

「プルミエル……」


 月光の下、花々に囲まれて佇む、一人の美少女。

 それはまさに一幅の絵画だ。

 いや、どんな芸術家でも、この美しさを形にして残せはしないだろう。

 神々しいまでのその光景に息を呑んで、俺は何も言えないまま、その少女を見つめた。


「……」

「何見てんの」

「いや、別に……」

「服を透視しようとしてる?無理だと思う」

「ち、違うし!やましい気持など毛頭ございませんし!ど、どうしてここに……?」

「あー……」


 プルミエルの表情が曇った。


「なんて言うか、今、ディナーショーをやってる子に暗いトラウマがあるというか」

「え!?まさか、あいつらに会ったことあるのか!?」

「ちょ、ばかっ!声がでかいでしょ!」

「す、すまん……」


 だが、それは初耳だった。

 そうか、あのあらびきな感じのサーカス団に出会ったのは俺だけじゃなかったのか……


「前にね、一緒にガールズバンドやらないかってオファーが」

「マ、マジか……節操無しだな……」

「思い出しただけでも頭が痛くなる……アレは悪夢そのものよ。彼らは何?あなたの友達?」

「あんな友達いらん……っていうか、俺も被害者だ。あのイカれた連中に『履歴書持って来い』って言われた」

「お、入ればいいじゃない。向いてるかもよ。えーと、『お宝わっしょい団』だったっけ?」

「全っ然ちがうな……」


 プルミエルは俺の隣に腰を下ろした。

 互いの肩が触れそうなほど近い。

 あとは変な歌さえ聞こえてこなきゃ、最高のシチュエーションなんだけど。


「……」

「……」


 二人で月を見上げる。

 お互い、しばらくは何も言わなかった。

 特に話すことも無いから、何も言う必要が無いのだ。

 不思議だ。

 隣にすごく可愛い子が座ってるってのに、全然緊張しない。

 何か話さなきゃ…とかいう焦りも、うぉ身体が近いぜぇ…とかいう鼓動の昂ぶりもない。

 体温が上がることもなく、手の平に汗もかかず、眼球が渇くこともなく、唇をしきりに舌で湿らせたりすることもなく、無意識のうちに鼻や耳を摘まみたくなることもない。

 今、まさに、これこそが、ありのままの自分。

 自然な距離感と、心地よい静寂がただそこにはあった。

 本当に不思議だ。

 思春期の少年が、美少女と隣り合って座って平常心でいられるってのは。


(きっと、プルミエルだからだな……)


 俺は静かに回顧する。

 プルミエル。

 俺をここまで導いて来てくれた、まさに運命の少女。

 色々なことがあって――本当に色々なことがあって、それでも、いつも俺の側にいてくれた。

 彼女がいなければ、俺はどうなっていたのか。

 本当に感謝している。


「なんか、こうして二人っきりって久しぶりだな……」

「そう?」

「そうだよ。最初は二人だったけど……どんどん仲間が増えてって、もう今や大所帯さ」

「そうね」

「でも、仲間ってのはいいもんだよな」

「さー、どうかしら」

「色々あったけど、振り返ってみると全てが懐かしいというか……」

「年寄りくさい」

「つまり、その、輝かしい思い出が心に浮かぶってことで……」

「辛気くさい」

「きっと、皆との出会いが俺を成長させてくれたんだな……キリッ」

「青二才」


 な、なんというツレなさ……

 メイヘレンやアリィシャに比べて、あまりにもその態度は冷淡かつ辛辣だ。

 一連のやりとりからは『ケンイチLOVE』の気配は微塵も感じられない。むしろアンチの匂いさえするのだが……

 いや、それでもいい。むしろ、妙な安心感がある。

 そう。

 それでこそだ。

 それでこそプルミエルだ。

 触れれば怪我どころか大出血をするような、その鋭利なバトルアックスのような態度は『ツン』なんて可愛く刺してくるようなものでなくて、激しく切り裂くような――擬音で言うと『ズバッ!』て感じだ。

 つまり『ツンデレ』ではなく、『ズバデレ』だ。

 新感覚の萌えと言えるのだろうか……?難しいところだ……

 って、いや、そんなのどうでもいい。


「プルミエル……」


 俺は月を見上げながら、口を開いた。

 最後かもしれないだろ?

 だから、言っておきたい言葉があるんだ……


 おっ、なんか主人公っぽいぞ。


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