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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「最後の夜をあなたと」篇
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冷静と情熱の狭間で

 ウー…とか、アー…!とか。

 ゾンビウイルスの感染者のように身悶えしながら廊下を彷徨い歩く俺……

 挙動不審もここに極まれりだ。

 だが、あれはあまりにも衝撃的な出来事だった。

 そう、さっきのあれだ。

 アリィシャの言葉――あれが頭から離れない。


『ボクね……ケンイチのこと……好きかもしんない……』


 う……!

 うああっ!

 冷静に考えたら、もっと真摯な対応をすれば良かったと思う。

 ワイもやでwとか我のモノになれとか、もっと気の利いたことを言って喜ばせてあげれば良かったのではないか?

 あんなにも可愛らしい娘の健気な告白に対して、あまりにも淡白な対応だったのでは?

 一連の言動がとにかくイケてなさすぎる。

 恋愛遍歴が完全に空白だからこんなことになるんだ。

 このぅ!ヘタレ!バカタレ!焼き肉のタレ!

 俺は自らのいたらなさと不甲斐なさを嘆きつつ、狂ったように何度も壁に頭を打ちつけた。

 

「禁欲生活が続くと男はそうなるのか。実に興味深いな」


 俺の狂態を嘲笑うような声――振り向くと、そこにはメイヘレンが立っていた。

 綺麗な顔に、いつものようにぞくっとするほど妖艶な冷笑を口元に浮かべている。

 全ての男を跪かせる氷の女王は、そのブラウスの襟元を胸の谷間がはっきりと見えるほど広く開け、『ここは要チェックやでぇ』と無言のうちに誘惑してくる。

 スケベ心が即死に繋がる俺にとっては存在そのものがテロのような女だ。

 俺の目よ、誘惑に負けるな!


「えーと、オホン!ちょっと、その、色々とあってな……」

「言ってごらん。お姉さんが解決してあげるよ」


 嘘だァ!

 この女はプルミエルと同じで、興味の無いことにはとことん冷淡だが、興味があることにおいては他人の気持ちなど一切お構いなしに、自分が面白いと思う方向へどんどん物事を進めていくのだ。

 俺が今抱えているピュア過ぎる青春の煩悶など打ち明けようものなら、俺もアリィシャも良いようにイジられまくって互いに傷つくことになるのがオチだ。

 先ほどの青春の一ページは俺の胸にだけそっとしまっておく……

 というわけで、俺は首を振って断固拒否のボディランゲージを示した。


「大丈夫だぁ」


 志村だ。


「残念だな……今日で最後かもしれないというのに、そんな風に冷たくあしらわれるとは」

「あ、いや、別にそういうつもりじゃ」

「そういえば、あっちの方に遊戯室があったぞ。ちょっと行ってみないか?」

「遊戯室?」


 この女性が言うとなんでもエロく聞こえるから不思議だ。

 どんな遊戯だ。桃色遊戯か。

 

「おいでよ」

「お、おう……」


 そのしなやかな指が艶めかしく動き、俺を手招きする。

 あたかも誘蛾灯に引き寄せられる蛾の如く、意志の弱い俺はフラフラと彼女の後についていくことにした。



 

 遊戯場はいかにも上流階級のサロンといった落ち着いた風情で、広い天井にシャンデリア、真っ赤なカーペット、マホガニー風の長椅子やキャビネットがゆったりと間隔を持って配置されていた。 

 メイヘレンは遊戯場の真ん中にある長方形の大きなテーブルの側に立ち、俺を手招きする。


「『ポケットボール』は知ってるか?」

「何それ?」

「この棒でこの白い球を打つ。白い球を転がして台の上にバラバラに配置された九つのボールに当て、それぞれを台の四隅にあるポケットの中に入れるんだ。一番ボールを入れたものの勝ち」


 おお、それなら分かる。


「つまりビリヤードだな」

「ビリヤード?君たちの世界ではそう呼ぶのか」

「ああ。まぁ、ルールは若干違うけど、ほぼ同じものだと思う」

「では、ちょっとやってみないか?そのビリヤードを」

「よし、やってみるか」

「君からでいい」


 俺はメイヘレンからビリヤードのキューよりも少し太めの棒を手渡され、ボールを台の上に置いた。

 そして、身構える。


「ほう、なかなかサマになってるじゃないか」

「当り前だぜ。俺が『ハ○ラー』を何回観たと思ってるんだ」

「なんだ、それは」


 なーんでーもないさーっ!あ、違う。『心配ないさ』だった。

 俺は会話を中断し、集中する。

 しっかり玉の芯をとらえて打たなければならない。


「へやっ!」


 掛け声と共にキューを突き出し、ボールを思いきり打つ!どやっ!

 カッ!という小気味良い乾いた音がして、白球は勢いよく台の上を転がり――その勢いのままに縁を超えて台から落ちた。

 しまったっ……強すぎたか……

 あまりにも初歩的なミス……!その失態を、メイヘレンは鼻で笑った。


「やれやれ、まるでなってないな……君は型から入るタイプか?」

「う、うるさいっ!今のはアレだ、このボールと台の摩擦係数を把握するためにわざとやったんだ」

「ふふ、見苦しいな、ケンイチ。言い訳の多い男はモテないぞ」


 意地悪な笑顔と共にメイヘレンが台の上にボールを戻し、ぐっと腰だめにキューを構える。

 その妖艶な腰つきはどうだ……

 そして、台の上に惜しげもなく晒されている無防備な胸の谷間はどうだ……

 見るな見るなとは思っていても、やはり目はそこにいく。

 俺の中に内在するエロスパワーと彼女の放つエロスパワーは磁石のS極とN極のように引きあい、恐るべきエロスカオティックなカタルシスを……うへぇ、また鼻血が出るぞぉ……


「アリィシャに告白でもされたか?」

「はぁ!?」


 カッ!とまた小気味よい音がして、メイヘレンの打ったボールが台の上を滑り、他のいくつものボールを弾いていく。そのうちの二つがポケットに落ちた。


「さっき真っ赤になって走り去るアリィシャと廊下ですれ違ってね。ははぁ、何かあったな、と」

「いや、そりゃ、別に……何も無いぜぇ……」

「嘘が下手なのも君の特徴だ」


 もう一度メイヘレンが構え、そして、打つ。

 彼女の打ったボールは今度は緩やかなカーブを描くように転がり、もう一つのボールをいとも簡単にポケットに落とした。

 その正確無比なボールの弾道を見て、もう俺のターンは二度と回ってこないことを確信する。


「で、アリィシャにはなんて答えたんだ?」


 意地悪な笑みを浮かべて、メイヘレンは台にもたれかかる。


「別に……何も」

「何も?」

「べ、別に何らかの答えを求められたわけじゃないんだ……ただ『好きかもしんない』って、そういう告白を一方的に受けただけで……いや、あれはひょっとしたら『通勤、加茂市内』って言ってたのを聞き間違えたのかもしれないし……」

「まったく、女心が分かってないな」

「な、なんだよ。しょうがないだろ。そんなの言われたのは人生において初めてだったんだから」

「そういう時はすぐに追いかけていって、背後から抱き寄せるくらいの男気を見せたらどうだ」

「だ、だって、世界記録を塗り替えないと追いつけないような神速で走り去ったし……」

「ほら、また言い訳をする」

「ううっ……!」


 メイヘレンの桜色の唇が、嗜虐的な笑みを浮かべる。

 つまり、こういうイヂワルなことを言って俺の童貞マインドを揺さぶり、楽しんでいるのだ。

 くそぅ、本当に根っからの女王様気質め!

 だが、その追及の手は緩まることを知らない。


「本当はどう思っているんだ?」

「あー……」


 あまりにもストレートな質問に、もう、しどろもどろだ。


「ア、アリィシャはすごく良い子さ……本音を言うと、うむ、すっごく嬉しいわけで……でも、俺は元の世界に帰らなくちゃいけないし……その、そういう仲にはなれないんだ……分かってるだろ?」

「ああ。分かってる――」


 と、メイヘレン。


「分かっているが、心と頭は別だよ」


 一瞬。

 ほんの一瞬だった。

 俺が気を抜いたほんの一瞬で、メイヘレンが俺を抱きよせ、そして――


 頬に、柔らかいものが触れた。 


「――――――――ッ!」

 

 こ、これ……は……!


(キ……ス……?)


 キス…された……?

 あるいは接吻ともベーゼともチッスとも言う……それを……?

 頬にではあるが、間違いなく!


 俺の身体は硬直し、心臓は張り裂けんばかりに過活動し、そして、脳はしばらく思考を停止する。


「唇はマナー違反……だから、君の答えを聞いてからにする」

「~~~ッ!?」

「なんだその顔は?ふふ、ひどい顔だ」


 そう言うとメイヘレンは俺の首に手を回し、二人は首相撲をしているような超至近距離に。

 顔にかかる吐息が熱い。

 真正面から見つめてくる彼女の瞳の中に、普段の意地悪さや冷静さは無かった。

 さっきアリィシャの中に見たものと同じ――真摯な情熱に潤んでいる。


「ケンイチ……聞いてくれ。私も君が好きだ」

「ッ!?」

「本当だよ。からかってこんなことは言わない」

「な……」

「君は妹の命の恩人だ。それは感謝している。でも、義理や恩は愛とは違う。私はそれをはっきり認識しているよ。そのうえで言っているんだ……この私の心にある感情は間違いなく愛だ」

「メ、メイヘレン……」

「君を一人の男として愛している……本当に愛しているんだ。きっと、これから先の人生で、これ以上他人を愛することは無いだろう」


 な、何だよ……

 今日は皆……何なんだよ……

 彼女は氷の女王だったはずだ。

 初めて会った時も、ゴロツキ三人を相手におしとやかな淑女を演じて退屈を紛らわせていた。

 俺たちについてきたのも、妹であるフェルミナの為――打算的な駆け引きだったはずだ。

 なのに、何故だ?

 何故こんな風に熱い視線を俺に向けてくるんだ?

 何かを懇願するような、その瞳は……?


「……ッ!」


 分かっている。

 俺が少しだけ首を前に動かせば、もう唇が触れあう。

 彼女はそれを待っているんだ。

 俺に選択肢を与えている。

 この愛に応えるなら、接吻してくれ、と。

 俺は……

 俺の答えは……


「マスター、『勇者タイム』ヲチャージスル時間デス」

「って、おわぁ!?あ、R-18ッ!?」


 いつの間に後ろに!?


「モウアト五分シカアリマセン」

「な、何ぃっ!?」

「『メイヘレン・ブランシュール』確認。ココマデ未攻撃ニツキ『勇者タイム』チャージ可能。攻撃シマス」

「や、やめろぉ――ッ!」


 劣化トラ○スフォーマーの繰り出すエグいドリルパンチを、俺はメイヘレンの盾となって眉間で受け止める。


「おぱぁっ!?」


 ビリヤード台に吹き飛ばされた俺の身体の上にR-18が素早く跨り、マウントポジションから容赦なくピストンのようなパンチの雨を降らせてくる。


「うげっ!こ、これ、ごふっ!前から思ってたけど、へぶっ!一発だけでいいんじゃね?あがっ!」

「念ニハ念ヲ入レマス」

「ク、クレイジ――ッ!」


 降り注ぐ拳の向こうで、天に向かって大きく溜息を吐くメイヘレンが見える。

 だが、こちらに向けられるその瞳の色は優しかった。


「やれやれ……とんだ邪魔が入ったな?」

「うぶふぅ!す、すまん!ぐへっ!」

「いいさ。私もアリィシャと同じ気持ちだ。君にこの想いを伝えられただけで満足なんだ」


 そう言うと、彼女は俺とKILLマシーンを後に残して、足早に遊戯場から出て行った。


(すまん……メイヘレン……)


 あんな風にストレートな愛情表現をぶつけられて、心が大きく揺さぶられた。

 正直言って、元の世界なんかに帰らなくてもいいとさえ思った。

 元の世界に帰ったところで、君ほどいい女はいやしない。

 俺はきっとこの先、映画やテレビでどんな女優やアイドルが出てきても『メイヘレンのほうが綺麗だったな…』と、その美しい面影をほろ苦い気持ちと共に思い出すだろう。

 ああ、もう……なんて言うか……


「くそ――ッ!」


 俺は苛立ち紛れにR-18を突き飛ばす。


「オオ……ビックリシマシタ」

「勝手にびっくりしてろ!もう!ボコスカ殴りやがって……!」


 これがモテ期か?

 こんなに切ないのが?

 それならもういい。

 もうモテなくてもいい。

 これ以上、誰かに愛されていたことを確認するのは俺には辛すぎる。

 自分を取り巻いていた世界が、こんなにも温かくて優しい場所だったなんて思いたくない。

 元の世界になんて戻りたくない――本気でそう思ってしまうから……


(異世界に召喚された奴は皆、こんなことを考えるんだろうか……)


 ラノベの主人公たちよ、お前たちはどうなんだ?

 異世界でハーレム作ったり、チートな能力で世界を救ったりする勇者もこんな感情を抱いていたんだろうか?

 こんな風に未練ったらしくウジウジと悩んでいたか?

 やっぱり好意を寄せてくる女を片っ端から抱きまくって、孕ませまくるという野獣のようなポジティブさこそが勇者には大事なのか?


(分からない……でも、やっぱり俺って主人公体質じゃないんだ……)


 とりあえず、帰ったらありったけのラノベを読んで研究しよう……


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