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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「最後の夜をあなたと」篇
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湯けむり殺人事件

 『踊るヤシガニ亭』の男湯――その更衣室。

 俺は自らも服を脱ぎながら、イグナツィオの脱衣を横目で見守っていた。

 男同士、裸になったらまず確認しなければならないことがある。

 何のことかって?

 ナニのこと……おっと、ここまで言えば分かるだろう?

 そのサイズや形状によって男としての優劣が決まると言っても過言ではない。

 絶対に負けられない戦いがそこにはあるのだ……!


「じーっ……」

「ケンイチさん、まさかモーホーなんですか」

「なっ!?バ、バカ野郎っ!ンなワケあるか!」


 まさかの濡れ衣……俺はオスには興味ありますぇん!

 とっととエルフの美少女に転生して出直してきな!


「しっかし、お前って色白いなぁ……日に焼けない体質なのか?それともインドア派なのか」

「まぁ、大体の殺しは夜にやりますからね」

「ああ、なるほどね……って、物騒っ!」


 『色白が多い』っていうのは殺し屋あるあるなのだろうか?

 親類縁者や友人知人に殺し屋がいないので、統計の取りようが無いけどな。

 とりあえず、血の色に染まり始めた会話を軽妙なトークでクリーニングしていこうじゃないか。


「ところで……お前って風呂好き?」

「普通です」


 出たよ……若者言葉。

 『普通』ってのはなんなの?

 好きなのか?嫌いなのか?これだからイマドキの若者は!


「ケンイチさんは好きなんですか」

「うーん……普通かなぁ」


 いかん、舌の根も乾かぬうちに同じ回答を……だが、他に例えが思いつかない。

 ずっと入っていたいほど好きってわけでもないし、入りたくないほど嫌いでもない……

 友達以上、恋人未満だ。


(どうやら俺も、イマドキの若者だったようだゼ……)


 自嘲の笑みを洩らしつつ、俺は下着を脱ぎすてると素早く腰にタオルを巻く。

 他人のそれは気になるが、自分のそれは衆目に晒したくない……

 そんな微妙な男心を理解して頂けるだろうか。

 それに引き換え、イグナツィオは堂々としたものだ。

 タオルを肩に引っ掛け、堂々と俺の前を横切っていく。

 何だ、その自信は……?

 お前は傾き者なのか?

 俺は若干の敗北感を味わいながら、風呂場へ向かった。




 「ワーオ、露天風呂じゃん!すっげぇ!」


 俺は思わず大声を出してしまう。

 体を洗うスペースは狭いものの、風呂は広大な露天風呂になっていたのだ。

 乳白色に濁った水面からは湯気が立ち上り、いかにも温泉!という趣だ。

 こういうのを見てテンションが上がる俺って、やっぱり日本人なんだなぁ……

 かけ湯もそこそこにさっそく肩まで浸かると、温度も熱すぎず、ちょうどいい。


「はぁ……極楽極楽……」


 年寄り臭い言葉だが、かまうもんか。

 見上げると茜色に染まり始めた空、高い塀の向こうでは樹木がさやさやと穏やかな風に揺れている音が聞こえた。ロケーションも完璧だ。

 風呂は木製の背の高い衝立によって半分に仕切られており、おそらく、この向こう側が女湯ということなのだろう。女湯だという……ことか。フヘヘ……


「でも、思ったよりすごく立派な風呂だなぁ……まさか異世界に来て露天風呂に入れるとは」

「中でも外でも風呂は風呂じゃないですか」

「お前な……」


 無味乾燥とはこのことだ。

 今じゃバリウムだって味がついてるっていうのに。


「もっと色々なことに好奇心持てよ。人生楽しくないぞぉ、そんなんじゃ」

「好奇心ですか」

「例えばアレだ……こう、可愛い女の子を見て『おっ、ドキュンときたぜ』なんてドキドキしてみたりしないのか?」

「ないですね」

「即答かよ……健全な青少年だったらDOKIDOKI☆アドベンチャーしろよ!」


 俺が興奮して立ち上がった時だ。

 衝立の向こう――つまり、女湯で声がした。


「わー、立派っ!すごいねぇっ!」

「ふふ、なかなかだな」

「二人とも待ちなさい。かけ湯を忘れちゃだめよ」


 んぉぉおおっ!?

 さ、三人一緒にお風呂だとゥ!?僥倖すぎますぅ!

 俺は神速で衝立に貼りつき、鼓膜の張りをMAXにして聴覚を研ぎ澄ます。


「もうボク泳いじゃうよっ!スイスイーッと」

「湯加減もなかなかだな」

「アリィシャ、あまりはっちゃけたらダメよ。まずはお湯に肩まで浸かって10分……」


 なかなかの風呂奉行ぶりだ、プルミエル……

 だが、俺が聞きたいのはそれではない……それではないんだ……


「でも、メイヘレン……おっぱいでかいねっ。ボク、羨ましぃなぁ……」


 そうっ!聞きたいのはそれだっ……!

 スリーサイズ談議だっ……!

 年頃の女子は風呂場で必ずそれをやると聞く……!


「アリィシャだって良い形をしているよ。これからもっと大きくなるさ」


 ア、アリィシャは美乳系なのか……ごくりっ……


「デカイから良いってもんじゃないでしょーが。肩こるだけよ、そんなの」


 予想通りの反応だ、プルミエル。

 だが、君は間違っていない。

 世の中には確かにひんぬー好きも多いのだ……


「ふっふっふ……僻みに聞こえるぞ、ミスマナガンの当主」

「あらま、ごめんあそばせ」

「触ってみても良いんだぞ、ほら」

「あ、ボクも触りたーいっ」

「あ!あン……もっと優しく頼むよ……」

「アリィシャ、いい?おっぱいっていうのはこうやって、捏ねるように揉みこむのよ」

「くふっ……ああっ……テクニシャンだな、プルミエル……」


 ……俺は自分の頭の両横に耳がついているのを今日ほど神(=GOD)に感謝したことは無い。

 この衝立の向こうで繰り広げられている女子たちの痴態を想像するだけで、身体の一か所に血液が集まっていくのを感じた。ふへ、ふへへへ……

 おまけに何が良いって、音声だけならば『勇者タイム』が擦り減ることも無いということだ……!


「ハァッ……ハァッ……」


 俺はべったりとヤモリのように衝立にはりつき、息を荒げていた。

 そんな俺の姿を、イグナツィオはいつものぼーっとした無感情な顔で見ている。


「湯冷めしませんか」

「冷めるどころかホットだぜぇ……」


 空気を読め、イグナツィオ……

 これこそがまさにDOKIDOKI☆アドベンチャーなんだぞ!お前の耳は何の為についているんだ?

 俺は今、聴覚だけの生き物に退化しても良いとさえ思っているというのに……


「鼻血出てますよ」

「何っ……おぶぅっ……ほ、本当だっ」


 乳白色の湯が真っ赤に染まっていく。


「血ぃ出る……出る……イグナツィオくん、そろそろ――」


 風呂からあがろうか?

 という言葉は、途中で遮られた。

 いきなり背後から、濡れタオルを顔に巻きつけられたのである。


「おぼぉっ!?」


 驚き!何のイタズラだ、この野郎!?

 と、思ったが、奴はギリギリと力を込めて本気でタオルを押し付けてくる。

 息が――息が苦しい!


「もぼっ!おぶぅ!」

「苦しいでしょう。濡れたタオルで顔を絞めつけられると、人間は生き埋めに似た体験が出来るんですよ」


 タオルの向こうでイグナツィオの無感情な声が聞こえる。


「視界を塞がれ、鼻を押し潰され、気道から入ってくるのは僅かな空気と水だけ。じわじわと窒息死をすることになります。DOKIDOKIですね」

「もぼぉおお!」

「プルミエルさんから聞いたんですよ。勇者って身体はメタルみたいでも窒息死はするって。だから、温泉でなら殺せるかなぁと思ったんですよ」


 プルミエルッ……!

 なんでこんなデンジャラスな野郎にそんな重要機密を洩らしたんだ!?

 だが、その名を聞いて俺はハッとする。

 そうだ、この衝立の向こうには彼女たちがいるのだ!

 俺は手足をバタバタさせて湯をはねあげ、出来るだけ大きな水音を立ててこの危機を知らせようとした。


「んぼォ―――っ!もぼっ!んぼっ!」


 気付け!そして今すぐ助けてくれ!

 だが……


「男子たちうるさーいっ!静かにしなさい!」


 伝わらずっ……!

 俺は無駄な足掻きに肺の中の空気を使い果たし、意識が朦朧としてきた。

 苦しみから逃れるために、わずかでも顔をタオルから離したいと掻き毟るが、全くどうにもならない。

 完敗だ、イグナツィオ……お前の勝ちだ……

 ぐったりと手足が弛緩していく。

 まさか、ゴールを目前にしてこんなところでゲームオーバーとは……

 だが、何故だろう。

 イグナツィオを恨む気持ちにはなれなかった。

 あいつは前々から『俺を殺したい』と宣言していたし、こうなったのも俺の油断なんだろう。

 今まで俺を信じてくれた人たちには悪いが、全ては俺のせいだ。

 すまん、プルミエル……幸せになってくれ……

 意識が遠くなる。

 深淵が訪れようとしていた。

 無限の闇が――


「ぶはっ……!?」


 突然、顔からタオルが引き剥がされた。

 顔に風が当たり、視界に光が押し寄せ、空気が鼻孔を通り、気道を抜け、肺を満たす。

 俺は夢中で空気を貪り、その甘さを噛みしめる。


「ゼハァ――ッ……!ゼハァ――ッ……!」


 い、息が――出来る!

 そんな当たり前のことがこんなに嬉しいとは……


「びっくりしましたか」


 イグナツィオの野郎はしれっと言いやがる。


「び、びっくりした……」


 息も絶え絶えに俺は言い返す。

 呼吸が整うにつれてなんか腹が立ってきたぞ、この野郎!


「リアルガチの臨死体験をしたぜ……この野郎……」

「死んでましたか」

「え?」

「あのまま続けてたら、死んでたと思いますか」

「あ、当り前だろ……もう、本当にヤバかった……」


 俺の答えに、イグナツィオはニヤッと小さく笑った。


「じゃあ、僕が殺したってことでいいですね」

「な、何言ってんだ、お前……」

「不死身の人間を殺したんですよ、僕は」

「そ、そう……なるのかな……」


 不死身の人間を殺そうと思えば殺せた、っていうことにちょっとした満足感を覚えているのか?

 クレイジー……!お前はクレイジーボーイだぞ……!

 こいつの猟奇的な思考回路にはついていけない。

 俺はもう疲れきって、しばらくは浮力にまかせてゆったりと水面を漂っていた。

 だが、一つの疑問が浮かぶ。


「……なぁ、なんで殺さなかったんだ?」

「?」

「俺を殺せたのに殺さなかったのは何故だ?」


 不思議だ。

 これだけサイコな殺人マシーンが何故とどめを刺さず、途中でやめてしまったのか?

 俺にとってはラッキーだったが、どうにも納得がいかない。

 イグナツィオはしばらく考えていたが、真顔で首を少し傾げた。


「なんででしょうね」

「なんで……って、わからないのかよ!」

「わかりません」

「変な奴め……!」

「本当に変だな……なんで殺さなかったのかな」


 おお、やべぇ。

 ここで気が変わって「やっぱ殺します」とか言われても困るので、俺はやんわりとこの話題を終わらせることにした。


「ま、いいよ。結果オーライ!殺さないでくれてサンキュー!」

「殺した方が良かったですかね?どう思います?」


 お前はそれを殺そうとしてる相手に聞くのか……?


「いや!殺さなくて大正解だ!さすがイグナツィオくんだヨ!仏の心!」

「そうですか」

「この話はコレでお終いにしよう!な?」

「なんでだろう、本当に」


 しきりに首を傾げるイグナツィオ。

 くそう、とりあえず一言、言ってやるか。


「まぁ、その――アレだ。ちょっとは人間らしくなったってことじゃないか?」

「人間らしく……ですか」

「そうだ。これを機に殺し屋なんてやめちまえ」

「やめる?殺しを?」

「腕が良いんだから、御者でもやれよ。誰も殺さない生き方をしたらどうだ」

「無理だと思います」

「無理じゃねーよ!」


 『角○卓三じゃねーよ!』のノリで俺はイグナツィオの手を取って力説する。

 こいつを真人間に戻してやることが、自分の使命のようにさえ感じてきた。

 生命の尊さを学べ!イグナツィオ!


「俺は――成り行きだけど、勇者になっちまって、そのせいで一時間ごとに死と向き合ってる……だから分かる。死ぬのは簡単だけど、生きてるってそれだけですごく大変なんだ。生きるって奇跡に近いぜ。凄いことなんだ」


 そう。本当にそう思う。

 こっちの世界に来てそれを学んだ。

 人は、周囲の人々の支えと励ましで生きているのだ。

 俺がそうであるように、誰もがそうだ。


「だから、人を殺すなんて、そんなバカげた仕事は今すぐやめちまえ!」


 感情が昂ぶって、つい語尾が大きくなってしまう。

 この温泉よりもアツい俺の説教……イグナツィオの冷めきった胸に響いただろうか?

 だが、奴は「フウやれやれ」といった様子で首を振った。この野郎。


「ま、考えておきます」

「考えるなよ。今決めろよ。いつ足を洗うの?今でしょ!」

「お節介だなぁ」

「当り前だろ。友達なんだから――」

「え?」

「……」


 うお……

 やっちまった……

 言ってから、気がつくタイプの恥ずかしい言葉……!

 俺はいたたまれなくなって、思わず両手で顔を覆ってしまう。

 しょうがないぢゃん!そう思っちゃったんだから!


「寒いこと言いますね」


 イグナツィオのツッコミも容赦無しだ。

 だが、撤回はせん……


「いいだろ!別に俺がどう思ってようと!」

「まあ、思ってるぶんにはいいですけど」


 冷たっ……!

 俺たちの関係は『殺し屋とその標的』でしかないのか?

 友情は強制するものではないが、一方通行では悲し過ぎる。

 苦い顔をする俺とは対照的に、イグナツィオはあくまでも無表情だった。

 だが、その茫洋とした目をこっちに向けて――


「そういえば、そろそろ『勇者タイム』がまずいんじゃないですか」


 などと言う。

 おゥ!くそっ!すっかり忘れてた!俺は慌てて勇者タイマーを確認する。


『11:01』


「おお!ちょっとヤバめ!」

「僕の背中を流させてあげますよ」

「サンキュー!……って、腹立つんだけど!チクショウ!」

「友達でしょ」

「……う、うむ」


 まあ、いいか……

 これが俺たちの距離感だ。

 奴の口から『友達』という言葉が聞けただけ良しとしよう。

 ちなみに背中を流すってのは、相撲部屋では格下の仕事だけどな!どうでもいいけど!


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