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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「孤島のデスゲーム」篇
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Tour de démons (ヤッフォン教授視点)

 『アルヴァンの魔法塔』……


 稀代の黒魔道師スハラム・アルヴァンがこの塔を建設したのはもう何百年と昔のことだ。

 今は無識な人間どもがその悪辣な好奇心でもって面白半分に観光施設として扱ってはいるが、本来であればこの塔は、古代の魔道研究において重要な意味を持つ文化遺跡と言っていい。

 いや、遺跡という言葉にも語弊があろう。

 上位の階層には合成魔獣や魔芯兵器を用いた様々な魔術トラップが張り巡らされており、それは今もなお機能し続けている。

 つまり、アルヴァンの探究心とその魔道に関する叡智が、生きたテクノロジーとして現存し続けているということだ。

 遺跡などではない。

 この塔はアルヴァンの遺した巨大なパズルなのだ。

 そして、自らの秘密を紐解く挑戦者を待ち続けている……


 


 暗く、長いこの螺旋の階段をひたすら上り続けてもう何時間になるだろうか?

 もう膝が痛みはじめ、呼吸もままならない。

 昼夜を問わずして机にかじりつき、書物を読み漁るという生活を続けてきたことで足腰が完全に萎えてしまっているのだ。

 長きに渡って活用されなかったことに対する、己が肉体からの復讐だろうか?


(まったく……年をとった……年を……)


 自らの衰えを認めるのは酷なものだ。 

 だが、後ろについてくる小男のコリンチャも似たような有様だった。

 息を切らし、重たそうに足を引き摺って階段をなんとか上っている。

 そう、この何千段、何万段もの階段を休憩も挟まずにひたすら上り続けるなど不可能である。

 凡人ではない者を除いて――だが。


「どうした?早く上がってこいよ」


 その男は十段ほど高い位置から、悠然と私たちを見下ろしていた。

 当然のように、涼しい顔をして。


「なんだなんだ?ここに来るまでは人をあんなに急かしてたってのに、いざ塔の中に入るとこれだ。まったく、情けないったらないな」

「ラ、ラ、ラーズ……ま、ま、待て……す、す、少し休ませてくれ……」

「あー……ま、いいだろう。十分ほどな」


 ラーズは『魔王タイマー』を確認してから、ドスンとその場に腰を下ろした。

 

「君も座っていいぜ、アガシ」


 そう言って、彼は手に持ったロープを引っ張る。

 そのロープの先は獰猛な犬につけるような鉄製の首輪に繋がれており、そして、その首輪はムウサの上位将校であったはずのアガシという名のダークエルフの首に巻きつけられていた。

 後ろ手に縛り上げられた彼女は唐突に首を引き寄せられ、力無くラーズの足元に倒れ込んだ。

 軍服が襟元からはだけ、その下に着込んだ白のブラウスから褐色の若い肌艶が覗く。

 ラーズの『魔王タイム』をチャージする為に、乳房を掴まれたり尻を撫でまわされたりと、その身体には様々な淫らな悪戯が為されてきたのだ。

 その姿は実に哀れだった。

 口にはしっかりと猿轡を噛まされ、目は厚手の布で目隠しをされている。

 ラーズが語るところによると、この女は『虚影の邪眼』というあまりにも鮮明な幻覚を魅せる瞳術を使うそうなので、その対策として目を塞いでいるらしい。

 両腕を縛り上げられているのも、その卓越した剣技と獣のように獰猛な闘争心を警戒してのことだと言う。

 だが、それらはラーズお得意の詭弁だ。

 いかなる武器を以てしても、魔王を仕留めるに至る脅威には成り得ない。

 この戒めの装は誇り高きドラゴンライダーであるダークエルフの女に、いかにして恥辱を与えるか――虜囚としての自覚を植え付け、屈服させるかということについてラーズが趣向を凝らした結果なのだ。

 拘束されている若い女の肢体が、彼の嗜虐的な性癖を満たすに足るものであることもその一因にある。

 だが、この女の意志は強靭だ。決して服従はするまい。

 それは不幸とも言えるが。


(とんでもない男に捕まってしまったものだな……お前も私も)


 私は苦々しい思いで、目も口も塞がれて息苦しそうに喘ぐダークエルフを見つめていた。

 そう。

 ラーズという男に支配されているという点では、私と彼女の違いは拘束されているかいないか、それだけなのだ。

 

「お」


 自らの持つ松明の光の下で、ラーズが突然、声を出した。


「戻ってきた」

「な、な、何が戻って来たのだ……?」

「ケンイチさ」


 ケンイチ……?

 どこかで聞き覚えのあるその名。

 ケンイチ、ケンイチ……

 私は頭の中で何度も反芻し、そして、思い出す。


「ケンイチ!ゆ、ゆ、勇者か!?」


 バカめ!なぜ、そんな大事な名前を忘れていたのだ!?


「そうだよ」

「も、も、戻ってきた……とは?」

「この半日以上、あいつの存在を感じられなくなってたんだ。ひょっとして時間切れを迎えてくたばったのかもと心配していたんだが……わはっ!これは文句無しに嬉しいニュースだ」

「ゆ、ゆ、勇者の存在を感知できるのか?」

「なんとなくだがね」

「そ、そ、それはどういうことだ?」

「おいおい、俺が知るワケないだろう?あいつはどっか別の世界に行っていた、そして帰ってきた。それだけの事じゃないか?」

「べ、べ、別の世界……!」


 私は興奮していた。

 魔王に出会うまでは、勇者について書かれた古文書『勇者典範』の解読に人生を捧げてきたのだ。

 別の世界……それはおそらく『勇者の証』を手に入れるための、試練の世界ではあるまいか。

 なんと……あの少年が!あのような凡庸な少年が!

 ショジャイの保存集落までたどり着き、そして、勇者の試練を乗り越えたと!

 私は驚きを通り越して、感動すら覚えていた。


「ラ、ラ、ラーズ……」

「何を言いたいかは分かってるさ、教授。実は俺もあいつのファンでね。出来ればもう一度再会したい。そして、俺を大いに脅かして欲しいんだ」


 口ではそう言っているものの、どこまで本気かは分からない。

 やはり、この男にとっては自分と対極の存在である『勇者』ですらゲームの駒に過ぎないのだ。

 だが、たしかにそうだ。

 この男を凌駕するものを、あの少年は何一つ持ってはいない。

 

「ゆ、ゆ、勇者はお前に勝てない……いや、お、お、お前と再会することも無いかもしれん……」

「つまり、あいつが自分の世界に帰っちまうってことかい?」

「そ、そ、そうだ……」

「どうかな……?」


 ラーズは邪悪な笑みを浮かべて立ち上がる。


「そいつはどうかな?あいつは確かに帰りたがるだろうが、俺との決着をつけなければいけない」

「バ、バ、バカな……し、し、試練を乗り越えたのだ。も、も、もうジャパティ寺院は目の前だ……」

「じゃあ、急いで最上階に行かないとな」

「ま、ま、待て……な、な、なぜ、最上階に行くのだ?」


 それはこの塔に入ってからの疑問だ。

 ラーズは迷うことなく最上階へ向かうことを選択した。

 何の確信があって?


「お宝は一番高いところに隠すもんだろ?」

「そ、そ、そんな理由で……」

「なぁ、教授。俺にはスハラム・アルヴァンの考えていることが分かる。あいつは鼻持ちならない奴だ。傲岸不遜で、高慢で、驕慢で、性格のねじ曲がった意地の悪い野郎だよ。奴の考えることは何でも分かる。俺と似た者同士だからだ」


 その点については大いに同意しよう。だが、それを声に出す度胸は私には無い。


「そんなアルヴァンが、自分の隠したものを容易に他人に見せてくれるはずがない。散々に努力と手間を要求した挙句に、一番遠いゴールの先に置いておくはずだ。だから、この塔の階段を上りきった、その更に先にしかアルヴァンの遺産は無いってことだ」


 一理ある。

 いや、『魔王文書』から読み取ることのできるアルヴァンの性格を考えるならば、間違いないと言っていいだろう。


「さ、休憩は終わりだ。行くぞ」


 ラーズはロープを引っ張り、アガシを立たせる。

 私の隣でぐったりと屍のように横たわっていたコリンチャも、そのカエルのような顔を引きつらせながらのろのろと立ち上がった。

 だが、そこで首を振って泣きそうな声を出す。


「ら、ラーズ様ぁ……俺ぁもう少し休んでいちゃいけませんか?疲れてどうしようもないんで」

「おう……そうか」


 ラーズはのしのしと階段を降り、私の前を横切ってコリンチャの前に立った。


「悪かったな、ここまで付き合わせてしまって」

「え?」


 次の瞬間。私は自らの目を疑った。

 なんと、ラーズの足がコリンチャを大きく蹴り飛ばしたのだ!


「え?おやぶ……」

「あばよ」

「う、うぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ……!」


 螺旋階段の吹き抜けに放り出されたその小さな身体は、恐ろしい悲鳴と共にあっという間に暗黒の奈落へと消えていった。

 この高さから転落したのでは、到底、助かるはずもない。


「な、な、なんと……なんということを……!」


 私はコリンチャの消えた闇を見つめ、恐怖に震えることしかできなかった。

 だが、ラーズは平然としていた。

 それどころか、まるでくずかごに溜まっていたゴミを処分したような清々とした笑みを浮かべているではないか……!


「な、な、なんという……!」

「どうした?早く行こうぜ、教授」

「な、な、なぜだ……!?」

「ん?ああ、今のか?『魔王タイム』がもうヤバかったんでね」

「し、し、しかし……あ、あ、あの男は手下だろう!?」

「手下ってのは親分の為にいるのさ」


 ラーズは右手に松明を掲げ、左手でアガシのロープを引き、再び悠然と階段を上り始めた。


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