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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「孤島のデスゲーム」篇
88/109

勇者の帰還

 家の外に出ると、穏やかな潮風が全身を包んだ。

 シゲハルさんの言う通り、空が白んできている。

 入り江の先の崖の上に立って二人で水平線を見つめていると、ゆっくりと朝日がその姿を見せ始めた。

 その鮮烈な輝きに、俺は思わず目を細める。


(綺麗だ……)


 ここがどういう異次元世界か分からないが、朝日の美しさはどこの世界も変わらない。

 しばらくの間、俺たちは無言でそれを見つめ続けた。

 ザアァ…ザアァ…という心地よい潮騒だけが耳に入ってくる。

 つい先程までの喧騒と熱狂が嘘のようだ。


「……こんな気持ちで朝を迎えたのはずいぶん久しぶりだな」


 俺の隣でシゲハルさんが顎髭を撫でながら口を開いた。


「晴れやかな気持ちだ……」

「……」


 俺は彼に対して、何も言うべき言葉が見つからなかった。

 もう、なんというか……本当に申し訳ない……

 だが、シゲハルさんは一人で勝手に話し続ける。


「俺は……もとの世界では大手企業の営業マンだった」


「自分で言うのもなんだが、なかなか口が上手いし、頭の回転も速い方だったんでね。営業成績は常にトップ。出世もトントン拍子だったよ。毎日、朝早く仕事に出て、夜は家に帰って寝るだけという生活だったが……やりがいがあった」


「まあ、そんな時だよ。異世界に召喚されたのは」


 シゲハルさんは苦笑いを浮かべた。


「見知らぬ暗い森の中で目覚めて、最初は驚き、次に嘆き、最後は途方に暮れていたよ。自分の身に何が起きたかもわからなかった。だが、俺は運良くそこで一人の女性に出逢ったんだ。妻――つまり、アリィシャの母親だ」


 おう――それは……俺と同じパターンだ。

 だが、プルミエルは俺の妻になってくれそうもないけど。


「妻の一族は魔道貴族の末裔だった。右も左も分からず、あと五分やそこらで寿命を終えようとしていた俺に『勇者タイム』のことを教えてくれたのも彼女だ。それからは毎日、一時間のデッドリミットと共に生活する日々だったが……まぁ、辛いことばかりじゃなかったんだ。分かるだろう?」


 シゲハルさんの問いに、俺は無言で頷いた。


「善行、なんて偉そうに言うのは好きじゃないが、人々の為になることをするのは気持ちが良かった。そして、気付いた。金、出世、地位……今まで自分がいかにくだらないものを信奉してきたかを」


 水平線に朝日が半分ほど昇り、世界が明るく照らしだされていく。

 シゲハルさんはじっと海の彼方を見ていた。

 その瞳には優しく、強い光を宿して。


「強がりに聞こえるかもしれないが……異世界に召喚されて良かった。俺はそう思う。たくさんの物を手に入れた」

「そうですね……」


 たしかに、たくさんの物を手に入れた気がする。

 俺はゆっくりとそれらを思い出していた。

 色々なものを見た。

 色々なことを聞いた。

 色々な人に出会った。

 何度も死にかけたし、たくさん殴られたし、バカみたいに泣いた。

 それらもひっくるめて、今ではいい思い出だ。

 もう、その日々にお別れしなくてはいけないのが辛い。

 

「俺も……異世界に来て良かったです」

「ああ」

「悔いは無いです」

「俺もだ」


 異世界から召喚された者同士。

 どちらからともなく、自然に俺たちは肩を組んだ。

 そして、眩しい朝日を見つめ続けた。

 もう言葉はいらない。

 最後の時を心穏やかに迎えよう……

 俺がそう決心した、その時。

 

「何を二人でくっついてんだ?気持ち悪いな」


 背後で声がした。

 クォーレだ。


「もーほーだぉ……さいてぇだぉ」

「そのままそこから飛び降りて心中でもするつもりですの?」


 他の二人もいる。

 ついにこの時が来たか。

 せめて、苦痛を感じない武器で頭をカチ割って即死させてくれ……


「こちらを向きなさい、二人とも」


 俺たちは観念して、のろのろと振り向く。

 水着ギャル三人はネォーレ、リォーレ、クォーレの順に横一列に並んで立っていた。

 だが、その手には凶器が握られていない。

 このまま崖から突き落とすつもりなんだろうか?

 といっても高さは10mくらいだ。下手すると死にきれないかもしれん。

 

「覚悟はできてる」


 シゲハルさんが言った。


「もう逃げも隠れもしないよ」


 その言葉を聞いて、リォーレがふっと微笑んだ。


「あらあら。わたくしたちから五年間も逃げ、隠れ続けた殿方が……ずいぶんと殊勝なことを仰るのね」

「このごねんかん……たのしかったぉ~」

「あと、お前もなかなかのもんだったぜ。ケンイチ」


 三人は朝の光の中で眩しく光り輝いている。

 最後の最後でそんな優しい笑顔を見せてくれるなんて予想外だった。

 それにつられて、俺も微笑んでしまう。

 なんて穏やかな気持ちなんだ。

 さっきまで抱えていた悔恨や無念が綺麗に洗い流されたようだった。


「お二人に……これを」


 そう言って、リォーレが一歩進み出て、こちらに何かを差し出して来る。

 その手には。


「……鍵?」


 それは確かに鍵だった。

 古めかしい、錆だらけの鍵。


「『ジャパティ寺院』の扉を開く鍵ですわ」

「じゃぱてぃ……?」


 聞いたことのあるような……

 なんだっけ……?

 しばらく考えて、ようやくその名を思い出した。


「ジャ、ジャパティ寺院って……!勇者の!」

「ええ」

 

 そう。

 俺が――そして、シゲハルさんが目指していた場所。

 勇者の謎が解けると言われている場所だ。


「ど、どうしてそれを……?」

「ばーか。勇者の試練に合格したからに決まってるだろ」


 ごめん、ちょっと何言ってるか分かんない。

 どゆこと?


「え?でも、俺たちは負けたんじゃ……」

「げーむにはまけたぉ。でも、しれんにはごうかくだぉ」

「ご、合格?」

「勇者であるかどうか。もともと、それを見極めるための試練ですわ」 

「へ?」

「ま、オレは反対したんだけどなー。でも、二人がお前たちを勇者って認めちまったから」

「あ!うそつきだぉ!くぉーれはいのいちばんにゆうしゃだっていったぉ!」

「う、うっせ!バカ言うなよっ!」

「二人とも……いい加減になさいまし」


 俺とシゲハルさんは事態の急展開に呆然と立ち尽くすだけだった。

 だが、ようやくそれを理解した時。


「シゲハルさん……!」

「ケンイチくん!」


 二人は手を取り合い、口々にホォー!とかフゥー!とか奇声を発しながら、ぐるぐるとその場で回った。

 一瞬前までは死を受け入れる覚悟を決めていたのに……まさかの大逆転!


「やったぁ!やったやったやった!ご都合主義的展開万歳!ヒャホ――ッ!」

「俺たちはウィナーだ!俺たちこそがまさにな!ウィナーズフォーエバー!」


 バカみたいにはしゃいで、バカみたいに笑った。

 朝日が眩しいぜ!こん畜生!


「やっぱ、もーほーだぉ……」


 そんな濡れ衣も何のそのだ。

 だが、そんな喜びの最中に。


「お前たちか……勇者の試練を乗り越えし者とは」


 聞き覚えのある声と共に、異変が起こった。

 俺たちと水着ギャルたちのちょうど中間の空間。

 何も無いはずのそこが、まるで水飴のようにうねり、くねり、ねじれ始めたのだ。


「な、な、なんだ!?」


 やがて、その空間の歪んだ部分から『そいつ』がぬう、と現れた。

 シゲハルさんがその姿を見て、叫ぶ。


「じ……『次元の狭間で遊ぶ猫』!」


 そう。俺も前に見たことがある。

 ジャングルジムほどもある巨大なネコの身体に、キリンのような長い首。

 巨体に不釣り合いな小さな頭には鹿のような立派な角を生やした、気持ち悪いUMAだ。

 その生物はのっそりと空間の裂け目から這い出して来て、頭をこちらに向けた状態で座る。


「勇者二人……試練に打ち勝ったか」

「は、はい……そのようで」

「カ――――ッ!」

「うわぁぁぁぁっ!?」


 出た!理不尽なタイミングで放つ衝撃波!

 これがツライのである!

 内臓を掻き回されるような裂帛の気合を受け、俺とシゲハルさんは地べたに尻餅をついた。


「そうか」

「は、はい……」

「……」


 前回の遭遇で分かったことだが、猫は本当に自分のペースで話す。

 ヘンに茶々を入れたり突っ込みを入れたりすると、『カーッ』が来るので、ここは次の言葉を黙って待つのが吉だ。


「お前たち……」

「はい……」

「お前たちは何者だ……?」

「ジン・ケンイチです」

「どうでもいい。カーッ!」

「ぐぅあぁーっ!ど、どうでもいいって……!」

「ヤマダ・シゲハルだ」

「しらん。カーッ!」

「うぐぅぅーっ!し、しらんとは……!」


 はーん!何を言っても結局『カーッ』が来るんじゃん!

 俺たちは地面にはりついたまま、猫を見上げた。


「で……もとの世界には帰れるんですよね?」


 恐る恐る聞いてみる。

 猫はしばらくの間、目を閉じて考えていたが、やがてゆっくりと目を開く。


「帰れるのは一人だけ……」

「は?」

「聞き返すな。カ――――ッ!」

「うわぁぁぁああっ!?」

「く……待て!猫!どういうことだ!」


 シゲハルさんが、這いつくばりながら猫に向かって声を荒げた。


「『帰れるのは一人だけ』とは!?」

「読んで字の如し……」

「二人のうち一人だけということか!?」

「しかり」


 嘘だろォ!?

 俺たちは唖然とした。


「勇者は同じ世界に二人存在できない」

「な、なぜだ!?」

「そう決まっておる」

「決まっているって……でも、残された方はどうなるんだよ!」

「うむ……」


 猫は再び目を閉じる。

 しばらく沈思黙考してから、目を開けた。


「この世界をやろう」

「は?」

「水着ギャルもいる……三人もいる……」

「い、いやいや……そういう問題じゃないだろ!」


 水着ギャルは確かに魅力的だが、もとの世界に戻れないのはハッキリ言って超困る!


「俺たちはもとの世界に戻らなければいけないんだ!妻と娘もいる!」

「お、俺だって待たせている仲間たちがいるんだ!」

「おい!聞いてるのか!?自分の肉球を見つめてる場合じゃないぞ!」

「あくびなんかして……!チクショウ!ちゃんと聞けよ!」


 俺とシゲハルさんは口々に抗議した。

 だが……


「カ――――――ッ!」

「うわあああぁぁぁぁぁぁ!」


 すぐコレだ!バッキャロウ!


「とにかく戻れるのは一人だ……いやなら二人でここにいろ。三分待つから決めろ」


 くそっ……もう話にならない……

 俺たちは途方に暮れて、その場にへたりこんだまま、互いの顔を見合った。


「ケンイチ君……まったく、なんてことだ……」

「こんなのってないッスよ……」


 ここまできて、まさかこんな結末が待っているなんて……!

 だが、もう考えるまでもない。

 どっちがもとの世界に帰るべきかなんてのは決まってる。

 俺はシゲハルさんに素早く提案した。


「シゲハルさんが帰るべきです」


 その選択に迷いはない。

 だって、迷う必要があるか?

 もう彼は五年間もここで暮らしている。充分だ。

 それに、妻と娘が彼の帰りを待っている。

 そして、家族と過ごす幸せな生活が待っている。

 その価値はまさにプライスレスだ。


「ケンイチ君……」

「そんな顔しないでください。さっきは死ぬ予定だったんだから、それに比べたらだいぶマシになりましたよ。ギャルもいるし」

「しかし……」

「あ、戻ったら向こうの世界にいる俺の仲間たちに『異世界召喚された俺が水着ギャル三人と暮らすことにしたったw』とラノベのタイトル風に伝えて下さい。異世界で勝ち組になったって感じで」

「……いいのか?」

「いいんです」


 カビラみたいな感じになったが、まあ、いいじゃないか。

 湿っぽいのは嫌いだ。 


 たしかに未練が無いと言えば嘘になる。

 いや、未練だらけだ。

 もう一度、プルミエルに――仲間たちに会いたい。

 たまらなく会いたい。

 父、母、兄貴、親類縁者、友達、クラスメート、先生たちに会いたい。

 向こうはそろそろ夏だろうか。

 夏休みにはお祭りに行きたい。

 花火も見たい。

 隣には浴衣を着た佐野さんがいたりして。

 親戚の家にも行きたい。

 秋には修学旅行もある。

 お決まりの京都だろうか?

 北海道とか沖縄とかにならないかな?

 市立じゃ無理かな……


 俺は水平線を振り返る。 

 そして、昇りきった朝日を見つめた。

 その向こうに、過ぎ去った日々と叶わなかった未来を見つめた。


「分かった。じゃあ、次元猫に言ってくる」


 シゲハルさんは立ち上がり、次元猫のところへ言って何やらゴニョゴニョと小声で話す。

 自分だけが帰るという後ろめたさから、気まずい思いをしているんだろう。

 そんな風に思わなくてもいいのに。

 胸を張ってアリィシャに再会してほしい。

 俺はお前の為に帰って来たぞ、と言って彼女を喜ばせてやってほしい。


「分かった。では、もとの世界に戻すぞ」


 次元猫がゆっくりと起き上がり、その薄気味悪い瞳が光を放ちはじめる。 


 するとどうだ。


 空間に蛍のような小さな光が漂いだし、その光は次第に強さを増しながら、俺の身体の周囲をぐるぐると旋回しはじめる。


「え?」


 何コレ?何か間違ってない?


 と思った時。


 シゲハルさんが近付いて来て、俺の手に何かを握らせた。

 手を開いてみると、そこには――鍵があった。

 さっき、リォーレが見せてくれた鍵だ。


「え……?」


 どういうこと……?


「元気でな、ケンイチ君」


 顔を上げると、そこにはシゲハルさんの笑顔があった。

 それを見て、俺はこの状況をようやく理解した。

 嘘だろ!?


「え!?どうして!?シゲハルさん!」

「君だって同じことをしたはずだ」

「奥さんとアリィシャはどうするんですか!?」

「きっと二人とも分かってくれる。単身赴任の期間が延びたようなもんだ」

「もう帰れないかもしれないんですよ!?」

「大丈夫。俺なりにこの世界から帰る方法を探してみるよ」

「ダメだ!ダメだダメだ!」


 何でこんなことを!?

 何を考えてるんだ!?


「バカなことはやめて下さい!どうかしてますよ!?」

「ケンイチ君」


 半狂乱になってわめき散らす俺をなだめるように、シゲハルさんが優しい声で語りかけてくる。


「君は自分では気付いてないのかもしれないが、本当に素晴らしい男だ。俺に息子がいたら、きっと君のように育ってほしいと思うだろう」

「シゲハルさん!何言ってんだ!?」

「君はまだ若い。もっと素晴らしい人生を送る権利がある」

「あんただって!」

「俺は美しい妻をもらい、素晴らしい娘も授かった。満足だよ。これ以上、何を望むっていうんだ?」

「そんな!」

「いいか、ケンイチ君。よく聞くんだぞ。人生の先輩からのアドバイスだ」


 力強い、大きな手が、しっかりと俺の肩を掴んだ。


「どんな時でも自分を信じろ。やりたいことをやって、なりたいものになれ。誰の言葉も気にするな。君の未来は君だけのものなんだ」

「……」


 俺は泣いていた。

 シゲハルさんは笑っていた。


「アリィシャによろしくな」


 そう言って、彼はパッと俺から身を離した。


「シゲハ……!」


 伸ばしかけた俺の手を、光の奔流が遮る。

 それは大きく渦を巻いて俺の身体を包み込み、そして、ゆっくりと上昇しはじめた。

 足元に、手を振る三人の水着ギャルと目を爛々と光らせている気味の悪い生き物と、そして、偉大な勇者の姿が見える。

 そこに向かってどんなに大声を上げても、届かない。

 やがて、俺の身体はどんどん速度を上げながら空高く上昇していった。 




 いつの間に気を失っていたのか。

 気がついた時には、俺は湿った土の上にうつ伏せに倒れていた。

 霧のような小雨が降っていた。

 もとの世界に……帰れたのか?


「く……」


 立ち上がろうとするが、体に上手く力が入らない。

 土を掴んで、ゆっくりと身体を起こすと、目の前には俺が飛び込んだ『次元穴』がぽっかりとその口を開いていた。

 そこへ向かってのろのろと手を伸ばすが、何も感じられない。

 異次元へ繋がる道が閉じてしまったのだろう。


「シゲハルさん……」


 しばらく、その場を動けなかった。

 後に残して来たものがあまりにも大きすぎる。

 その喪失感は容易に埋まりそうもなかった。

 俺は雨に濡れながら、ぐったりとうなだれていることしかできなかった。

 そこへ。


「ケンイチ!」


 背後で声がして、振り向く前に誰かが抱きついてきた。


「うぉ!」

「ケンイチ!戻ってきたんだね!よかった!ケンイチ!」

「ア、アリィシャ……?」


 そう、アリィシャだった。

 俺は慌てて向き直った。

 伝えなければいけないことがある。

 謝らなければいけないことも。


「ア、アリィシャ……!」

「よ、よかったよぅ……ケンイチまでお父さんみたいに戻ってこなかったらって……うっ、うっ!」 

「アリィシャ、聞いてくれ……」

「あ、すぐにプルミエルたち呼んでくるから!」

「ま、待ってくれ!」


 俺は彼女の腕を掴んだ。


「ケンイチ……?」

「聞いてくれ……俺は異次元の向こうの世界でシゲハルさんに会った……生きてたんだ」

「ええっ!?本当に!?」

「ああ。で、でも……」


 言葉の途中で、涙が出てきた。

 でも、泣きじゃくってる場合じゃない。

 しっかり事実を伝えないといけない。


「お、俺だけが帰ってきちまった……」

「え?」

「ほ、本当はあの人が帰ってくるはずだったのに……俺が帰ってきちまったんだ!ごめんよ、アリィシャ……恨んでくれ……」

「ど、どういうこと?お父さん……死んじゃったの……?」

「し、死んでない……でも、異次元に閉じ込められたまんまだ……俺をこっちに戻す為に身代わりに……」

「……」


 アリィシャはしばらく何も言わなかった。

 俺も何も言えなかった。

 雨だけが――静かに二人の上に降り続けていた。


「……どうだった?」


 アリィシャが、ようやく口を開いた。


「え?」

「ボクのお父さん。かっこよかった?」


 言葉の意味をはかりかねて、俺はアリィシャの顔を見つめる。

 なんと……彼女は笑っていた。

 シゲハルさんが最後に見せたのと同じ――優しい笑顔。


「か、かっこよかった……」

「ホント?」

「ああ……男の中の男だ……」

「そっか~……そっかそっか!さすが、ボクのお父さんだねっ!」


 アリイシャ、教えてくれ。

 なぜ、そんな風に笑えるんだ?

 もっと俺を責めてくれ。

 思いっきりぶん殴っても良いんだぞ?

 俺に跨って拳の雨を降らせてくれ。


 だが、彼女はそうはしなかった。


 優しく俺の身体を抱き締めて――耳元でこう呟いた。


「ケンイチ……帰ってきてくれてよかった……」


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