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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「孤島のデスゲーム」篇
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決着……流せ、心の汗を

 勝つ。


 必ず勝つ。

 絶対に勝つ。

 なんとしても勝つ。

 これはそういう戦いだ。


「ずいぶんといい顔になったじゃん」


 俺の闘争心に水を差すように、クォーレが鼻でせせら笑った。


「ようやく本気になりましたのね」


 リォーレはプラチナブランドの髪をかきあげて、どこか嬉しそうに笑う。


「つぎのじゃんけんでけりがつくぉ!」


 ネォーレはソファの上で飛び跳ねながら笑う。


(……)


 俺は眼を閉じ、彼女たちの挑発を遮断した。

 明鏡止水――という言葉がある。

 一点の曇りもない鏡。

 静かにたたえている水。

 それらの如き、邪念の無い心。

 今はただ、その境地を目指すのみである。


「始めよう」


 次の勝負を促す俺の言葉を聞いて、三人の顔に驚きの色が浮かんだように見えた。

 リォーレは、ふん!と強めに鼻を鳴らし、姿勢を整えた。


「私に本気で勝つつもりですのね?」

「ああ」

「勝てると思ってらっしゃるの?」

「勝つ」


 俺はリォーレの瞳を真っ直ぐ見つめて言った。

 彼女はぐっと息を呑んで、押し黙る。


「そ、それじゃあ始めるぞ!」


 クォーレがいつもの位置についた。

 俺はすう、と大きく息を吸う。

 そして、自分に言い聞かせる。


 相手を観察しろ。 

 相手が何を出すか、よく観察しろ。

 迷うな。

 躊躇うな。

 自分の選択を信じろ。

 

「叩いて!」


 よく見ろ……


「かぶって!」


 見ろ……!


「じゃん!」


 見え……た!


「けん!」


 拳を握りこむ、リォーレの手。

 俺はその動きを先程も見ていた。

 デジャヴではない。

 一番最初のじゃんけんでもその動きをした。

 その時出したのは……グーだった。


「「ぽ」」


 俺は迷わずパーを選択する。

 パーを出すのはこれで四回連続だ。

 なぜこんなに?俺の頭がパーだからなのか?

 不思議だ。

 そんな事を考える余裕まであるなんて。

 

「「ん!」」


 そこから先は、まるで一秒が何十倍にも引き延ばされているかのような感覚だった。

 全てがスローモーションに見える。

 リォーレの出したのは――やはりグーだった。

 じゃんけんは俺の勝ち。

 そして、俺はそれが分かっていた。


「!?」


 彼女の美しいブルーの瞳が大きく見開かれ、じゃんけんの敗北を悟る。

 だが、その時すでに俺の手はハンマーを握っていた。

 自分が勝つ――と確信していたから出来る動きだった。

 俺は最小限の肘の動きでハンマーを振り上げる。

 リォーレはようやくヘルメットを手にしたところだった。

 

 勝った!


 そう思った。

 このまま振り下ろせば、絶対に彼女は間に合わない。


 俺たちの勝ちだ!


 これでゲームはクリアだ。

 俺はもう一度仲間たちのもとへ、シゲハルさんはアリィシャのもとへ――それぞれが望む場所へ帰れる。

 全てがうまくいく。

 ハッピーエンドが待っている。

 やれ!

 勝利を手に入れるんだ!

 このままハンマーを振り下ろしてしまえ!

 リォーレを――ハンマーでぶっ叩け!


「く……」


 どうした!?何を躊躇ってる?


「う……」


 俺は――

 俺は何を思ったか――


「うああああああっ!」


 肘を引いて――

 ハンマーの軌道をギリギリで変え――

 

「ああああっ!!」


 目を見開いて硬直しているリォーレの鼻先をかすめて、思いっきりテーブルをぶっ叩いた。

 バキャッ!という音と共に、テーブルは真ん中から割れた。


「……!」


 その場にいた誰もが瞠目し、そして唖然としていた。

 しばらくの間、全員で呆然と割れたテーブルを見つめ……何も言わなかった。

 そして、どれくらいの沈黙の時間が流れただろうか。

 ようやく、ネォーラが口を開いた。


「は、はずしたぉ!こいつがあせって、ねらいをはずしたんだぉ!」

「そ、そうだな!ははっ!緊張でもしたのかよ!」


 二人のギャルは口々に言いたいことを言う。

 リォーラだけは唇を噛んだまま、俺を睨みつけていた。

 敗北を免れた安堵ではなく、プライドを傷つけられた怒り――ということだろうか?

 だが、もうそんなのはどうでもいい。

 どうでもいいのだ。

 俺は椅子に腰かけたまま、ぐったりとうなだれた。


「……」


 俺は……

 俺はシゲハルさんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 顔を上げることも、シゲハルさんの顔を見ることもできない。

 うつむいたまま、謝罪の言葉を口にした。


「すいません……シゲハルさん……」


 情けない……

 不甲斐ない……

 俺は彼の信頼を踏みにじった……!


「お、俺には……これ以上は出来ません……どうしても出来ません……!」


 違う。

 こんなのは言い訳だ。

 俺は自分の倫理観を優先してしまった。

 女を殴りたくない、傷つけたくない。

 そんなのは勝手な自己満足だ。

 自分でも分かっている。

 分かってはいるんだ……

 だが、たとえあと何百回じゃんけんに勝っても俺にはリォーレをハンマーでぶっ叩くことはできない。

 できない……!


「本当に……すいません……」

「何を謝ってるんだ?」


 シゲハルさんはそう言うと、俺の肩を優しく抱いた。


「男として正しいことをしたんだろう?」


 俺を責める言葉は一言半句も無い。

 ゆっくり顔を上げると、そこには彼の笑顔があった。

   

「胸を張れ。よく戦ったな。立派だったぞ」

 

 大きな手が伸びてきて、俺の頭を力強く撫でる。


「……~っ!」


 喉の奥から変な声が出て、気がつくと俺は泣いていた。

 拭っても拭ってもそれは溢れて止まらない。


「シ、シゲハルさん……」

「泣けばいい。涙は心の汗だ」


 そう言ってシゲハルさんは立ち上がり、三人のギャルに向き直った。


「棄権する。このゲームは俺達の負けだ」


 なんの後悔も無い――そんな清々しい声だった。

 動揺したのはギャルたちの方だ。


「な、何ですって!?」

「まだけっちゃくはついてないぉ!」

「決着はついた。もうこれ以上は戦えない」

「じゃあ、ルールは元通りだ!お前たちを殺すぞ!」

「しかたない」

「お待ちなさい!あなたはともかく、ケンイチはどうなんですの!?負け犬で終わっていいんですの!?」


 彼女たちの猛烈な抗議を、シゲハルさんは悠然と手で制した。


「負け犬なんかじゃない。俺は同じ男として彼を誇りに思う」

「ど、どういうことだよ!?」

「女を殴るくらいなら死んだ方がマシってことだ」


 その言葉に呆然とするギャル達を尻目に、シゲハルさんは俺を立たせた。


「外に出よう。もうすぐ日が昇るぞ。最後に二人でそれを見よう」



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